第6話 改めて、ヒーロー

 

 謹慎って言われたときには「え?」ってなった。知ってるはずの言葉なのに一瞬「どういう意味だっけ?」って考えちゃったし、なんかの間違いなんじゃないかって思ったし、めちゃくちゃ後悔したし、宙さんがなんか笑っていたのもちょっと納得できなかった。でもしょうがないから大人しく親のところに帰って、そっからの二週間がとっても長かった。

 戻ってきて何か変わってるのかと思ったけど、なんにも変わっていなかった。宙さんは何もなかったみたいに迎えてくれて、でも「また頑張れよ」と言ってくれた。「次またやったら分かってるな?」とも言われたしそれは本当だと思うけど、でもダメだとは一度も言わなかった。よかった、と思う。

 お店に来たお客さんには「帰ってきたんだね」とか「どこ行ってたんだ?」とかいろんなことを聞かれた。宙さんも西さんも何があったのかは言ってなかったみたいでホッとなって、でも自分で説明するのはちょっと気が引けてうまく言えなかった。それでも家に帰ってたって言ったら「お帰り」とか「寂しかったじゃない」とか言ってもらえたのは嬉しくて、やっぱり頑張らなくちゃって思った。



「よう、太陽」


「大地さん! 久しぶり!!」


 珍しいくらい入ってたお客さんがいなくなったタイミングで大地さんが来てくれた。大地さんのことだから人がいなくなるタイミングを待っていてくれたのかもしれない。店内をぐるっと回って、相変わらず大量の駄菓子を持ってレジに来る。駄菓子は小さいのが多いからバーコード読むのもちょっと大変だ。


「相変わらず宙さんがいないときに来るんだな?」


「今のところはまだな」


 施設の職員だって知られないほうがいいとかなんとか、よく分からないけれどそういうものらしい。でも俺が、店にいないときには来てるっぽくってうーん?ってなる。


「なんだ、しょぼくれてるって聞いてたんだけど思ったより元気そうじゃないか」


「えっ、緑さんそんなこと言ってたの?」


 全部で484円。打ち終わったところでそんなことを言われて驚いた。

 確かに一回家に様子を見に来てくれたことあったけど、そんなこと大地さんに言ったなんて。


「心配されてたってことだよ」


「大地さんも心配してくれてた?」


「まぁな」


 お金を払った大地さんが俺の頭を撫でる。大きな手は初めて会ったときと変わらない。あれはまだ高校に入る前だったから、そのときと変わらないままの扱いなのはちょっと悔しい気がするけれど、大地さんにだったらいいかなとも思う。


「太陽が落ち込むなんて天変地異が起きてもおかしくないと思ったし」


「……それ、からかってない?」


「揶揄ったんだよ。大丈夫そうだったからな」


 良かったよ、と言って大地さんが笑う。その笑顔も変わらなくて、5才も年上だなんてとても思えない。同い年でもおかしくない気がする。そうすると緑さんより年下になっちゃうけど。


「そういや、

「こんにちはー! 太陽君帰ってたんだねー」


 大地さんが何か言いかけたタイミングでお客さんが入ってきた。良く来てくれる高校生の女の子だ。

 大地さんと俺がいっぺんに振り返って、そうしたら驚いちゃったみたいで一歩後ろに下がる。


「あれ、お話中だった?」


「いや、もう帰るところだったよ。大丈夫」


 大地さんが笑って手を振る。会計は終わっていた沢山の駄菓子を持って「じゃあな」って俺に言って、女の子に「どうぞ」って言ってお店から出て行った。

 あれって施設に持って行くのかな。もしかして家で一人で食べてたりして?


「ごめん、邪魔しちゃった?」


「そんなことないよ」


「なら良かった! 宙さんみたいに大人な人だったから、仕事の話してたのかなって思って」


 俺も一応大人なんだけどな?こないだ二十歳になったんだけどな?でも分かる。大地さんは大人っぽいし俺はあんまそういう自覚ないし。でも仕事の話ってそれだけで大人っぽい感じがあるよな!

 まー仕事の話じゃなかったんだけどさ。


「そーいうんじゃなくて……先輩、みたいな感じ?」


 一つ前の代のイエローだから、多分。学校が同じって訳じゃないけど……あ、でも大地さんどこの高校だったか聞いてないな。緑さんと同じだったら正真正銘学校の先輩になるんだけど。


「へー。そういえば前にあのイケメン君も太陽君のこと先輩って言ってた」


「そうそう、それと一緒」


 イケメン君ってのはきっと海のことだから合ってる。海は学校違うけど。

 ……海もなぁ。名前呼びがどーしてもダメでも、せめて先輩ってのはやめて欲しいんだけどなー。呼び捨てがダメなら大地さんみたいにさん付けでも───でもそれもなんかむずがゆいっていうか、やだよなぁ……。


「変な顔してる」


「え?」


 変な顔ってなんだよ。そんなつもり全然なかったんだけど。

 元に戻そうと思ってこねてたら笑われた。なんでだよ。

 

「そういえばなんでしばらくいなかったの?」

 

「あー……」


 また聞かれた。聞かれると思ってなかったタイミングだったから、さっきまでみたいにはなんだか返せなかった。カウンターの上で頬杖をつく。考える。でもやっぱりうまい言葉は出てこない。

 女の子はまっすぐこっちを見てるし、そうやって見られているとごまかすのにも気が引けてくる。そうすると今は他に誰もいないし、この子にだけならいいかな、しょうがないか、って気持ちになってきた。


「ちょっとミスっちゃって」


 でも本当のところを言うのはやっぱりちょっと嫌で、そこだけはごまかした。宙さんがいたらこんな言い方したら怒られてたかもしれない。今はいなくてよかった。


「え、でもちゃんとできてたって言ってたよ?」


「ほんとか? 良かったー! ……じゃなくて、そこじゃなくって」


 なんて説明すりゃいんだろ。今から詳しく言うのもなんかちょっとアレだし、うーん。うーーーん。

 言葉が出てこなくて、手を動かして説明できないかなと思ったけれどそれもできない。ううん。


「とにかくそういうことなんだよ……」


 なんて説明すればいいのか考えても考えても分からなくて、動かしていた手も疲れちゃって、カウンターの上に突っ伏す。かっこ悪いなーと思う。だけどどうしたらいいのかよく分かんない。


「よく分からないけど、そっかー」


 でも納得してくれたみたいだ。よかった。ホッとして顔を上げる。


「戻ってこれて良かったね」


「おう!」


「ふーん?」


 ちょっと意外そうな顔をする。なんでだよ。


「なんでそんなにお仕事好きなの?」


 不思議そうに女の子が言う。そんなこと聞かれるだなんて思わなかったからえっ?ってなって、そしたら女の子が慌てて両手を振った。


「あっ、えっと、お店のじゃなくて。何でも屋のやつ」


 あっ、なるほど。言い直してくれて言いたいことが分かった。分かったんだけど。


「なんでって、そりゃあ……」


 ヒーローでいたいから。だからと思って始めたことだ。でもそれをどう説明したらいいんだろ。ヒーローをやっていた、っていうのは他の人に言っちゃいけないことだ。色んな人にそう言われたし、そんなこと言ったって信じてもらえないのは俺でも分かる。だから「ヒーローでいたかったから」だと説明はおかしくなる。でもそれ以外の理由なんてないし、浮かばない。どうしたらいいんだろう。どうしたら……


「……えと、」


「うん」


「ヒーロー」


「え、お店の名前のやつ?」


「うん」


 ヒーローだった過去は言えない。ってことはそれはないってことだ。

 ないってことは、じゃあ。


「ヒーローになりたかったから」


 もう一回。レッドじゃなくて、俺が、俺だけど雲居太陽が、ヒーローになる。なりたい。

 誰かと戦うヒーローじゃなくて、そうじゃないヒーロー。それだったら、戦う相手を探さなくてもいい。

 ……なんか、すごくしっくりきた気がする!


「それでお店の名前をヒーローにしたんだ? へー、なんか覚悟決まってるって感じ」


 女の子も納得してくれてる。二人で納得してるの、なんか面白いな。俺が説明してんのにな。 


「太陽君はすごいね」


「えっ、そっかな」


「そうだよ!」


 なんか急に褒められた。なんでかは分からない。でも褒められるのは嬉しい。なんででも嬉しい。


「あっ、でも! すごいの宙さんだから! あと緑さんとか海とか!」


 嬉しいけど、俺だけじゃない。宙さんがいたから今こうやってできてるし、それは緑さんも海もなんだし、だいたいヒーローになったときに会えたのが緑さんや海じゃなかったらきっと今みたいになれてなかった。そんでそれは宙さんもおんなじなんだ。


「俺、もっと頑張らなくっちゃいけない」


 俺が思うように思ってくれたらいいなって思う。そのためにも、ヒーローになるためにも、もっと頑張らなきゃいけない。うん。なんか、本当にちゃんと分かった気がした。


「そういうところが、だと思うなー」


「えっ、何が?」


「えー。じゃあ、ナイショ」


 えっ、なんでだよ。言っておきながら内緒ってズルくね?


「よーし。じゃあ復帰祝いで太陽君にジュース奢っちゃう」


「えっ、いいよそんなの」


 びっくりして慌てて手を振る。でも女の子はこっちを見ないで冷蔵庫の前まで行っちゃう。


「いいじゃん、お店の売り上げにもなるんだし。どれがいい?」


 言いながらもう冷蔵庫のドアを開けてる。いいのかな。宙さんに聞いたほうがいいんじゃないかな。でも今宙さんいないし、そこまで言ってくれてるし。いいのかな。うん。


「じゃあ、ソーダ!」


「オッケー!」


 女の子が笑いながら右手で丸を作る。

 どうしてなのかはやっぱり分からなかったけど、でも。応援してくれるのは嬉しかったから、俺も両手ででっかい丸を作って返した。

 

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