第4話 試行錯誤するヒーロー



 外はいい天気。五月だから五月晴れ。明日から六月だからギリギリセーフ。今日も仕事がない。店にはさっきお客さんが来たっきり。でもレジの金は10円足りない。なんで。宙さんと交代するとき確認したときには合っていたのに。何度計算しても10円足りない。しょうがない。誰も入ってこないのを確認してから急いで奥に行って自分のサイフをとってレジに戻る。十円玉を出しても宙さんはまだ戻ってこない。良かった。ホッとなってレジカウンターの上につっぷす。安心したら別の悩みごとを思いだした。前からずっと悩んでいる。ヒーロー。何でも屋の仕事のこと。


 思っていたよりもできている、悪くないと宙さんは言ってくれてる。仕事をくれた人もだいたいはお礼を言ってくれる。とても嬉しいしやってよかったと本当に思ってる。うまくいくこといかないこといろいろあるけど、嫌になるようなこと──とても怒られるだとか──は特になかった。始める前に考えていたような仕事も事件もなかったけど、平和なのはいいことだからいいんだと思う。思うけど。

 ため息が出る。仕事に対してじゃない。自分にだ。

 海だったら頭がいいし資格もなんかたくさん持ってるみたいだし、なんでも聞かれたらすぐに答えられる。一緒に考えられる。あれ本当にすごいと思う。緑さんは手先が器用だしなんか作ったり直したり、そういうのがなんでもできる。俺にはできないから本当にすごいと思う。二人にはちゃんと得意なことがある。仕事にも生かせてる。じゃあ俺は?ってなる。

 体を使うこととか体力勝負だったら負けない自信があるしそういうのどんどん任せてほしい、やりたいって思う。でもそういう仕事ってなんだ?ってなるし、そんな仕事が入ってきたこともない。なんかと戦うことなんて余計にない。


「なんかなー……」


 十円玉でカウンターを叩く。でも気持ちはなんにも変わんない。壁に当たるっていうのはこういうことなんだろうか。よく分かってなかったけどなんだか分かる気がする。分からないけど、多分そう。

 なんでかって言われたら自分のせいだ。それは分かる。でもどうしたらいいのかはさっぱり分からない。レッドだったときには悩んだことなんてなかったのに。敵を倒してればそれでよくて、ブルーやイエローもそれでいいって言ってくれてて───


「ただいま」


「宙さん!」


 帰ってきた!

 考えごとをしている場合じゃない。慌てて顔を上げる。……? なんかしかめっ面をしてる。なんでだ。カウンターにつっぷしてたからか?


「太陽」


「うん、どうしたんだ?」


「なんで十円玉を持ってるんだ?」


「あっ!」


 入れとくのすっかり忘れてた!

 難しい顔をした宙さんが大きなため息をついている。あれは、お説教が始まる合図だ。




 

 説教そのものはいつも長くない。その後に店から追い出されるのもいつものこと。気持ちを切り替えてこいって最初のころ言われたことがある。でもめちゃくちゃ落ちこんじゃう。それもいつものことで、今日もそう。

 宙さんは俺のお願いを聞いてやってくれてる。なのにこういうことがあるとがっかりして後悔して、いつかやめたいって言われちゃうんじゃないかって心配になる。だから頑張らなきゃいけないし結果も出さなきゃいけない。なのになんにもできてない。


「どうすりゃいいんだろうな~~~~~~~~~~」


「おう、"ヒーロー"の坊主。何叫んでるんだ?」

 

 誰かに会うなんて思わなかった。急いで振り返る。


「なんでもないよ、西さん。こんにちわ」


 西さんはここで初めて仕事をくれた人。その後も何回も頼んでくれた、お得意さんってやつの人だ。最初は名前をちゃんと呼んでくれることを目標にしてたんだけど、誰に対しても同じように呼んでいたから今はもう気にならなくなってる。


「今日は兄ちゃんの方は一緒じゃないのか?」


 でも俺のことも坊主じゃなくて兄ちゃんって呼んでほしい。そうすると宙さんのことなんて呼んでいいのか分かんなくなるんだろうけど。でもなー。


「宙さんはお店だよ」


「そうか。相談したいことがあったんだが」


「何?仕事!?やる!!!」


 挽回のチャンス!やるしかない!!

 西さんはいつも分かりやすい仕事を言ってきてくれる。最初だって草むしりだったし、その後だって俺向きの、海や緑さんのほうがいいみたいな仕事はあんまりから、今回だってきっとそうに違いない!


「そんな安請け合いして大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ! 多分!」


 えっ、なんで吹きだすんだよ。なんか考えてるし。冗談だった……わけじゃないよな?


「分かった分かった、実はな───」


 でもすぐに両手でジェスチャーをしながら西さんが話しだす。良かった、冗談じゃなかった。





「宙さん!」


 走って帰ったらびっくりした顔をされた。なんで。いつもより早めに戻ったからか?


「お帰り。……どうした?」


「ただいま! 仕事! 仕事もらってきた!」


 今週初めての仕事!しかも俺が!自分で!

 いっつも仕事は宙さんが請けてて、別にいいんだけど、でも俺に直接言ってくれてもいいのにってずっと思ってた。だから西さんが俺に直接言ってくれたの本当に嬉しい!


「仕事を?」


「本当だって! 西さんが頼んでくれたんだよ!」


 なんかちょっと怪しそうな顔をされたけれど、ちゃんと言ったら納得してくれた。宙さんも西さんのこと

信用してるもんな。割となんでも頼んでくれるし。


「で、どんな仕事だって?」


「西さんちの庭に蜂の巣ができてたんだって。だからそれをとってほしいって」


「は?」


 驚いた顔をして宙さんが固まった。え、なんで。


「宙さん?」


「……お前、蜂の巣の駆除をやったことがあるのか?」


「ない! けど、なんかあれ、袋かなんかに入れて叩き落とせばいいんだよね?」


 難しいことはないはず。体を使うことだし、これもある意味戦うってことだし、とても俺向きの仕事じゃん?


「……」


 ……あれ。宙さんなんで頭を抱えているんだ。

 やりかた違ったのかな。でもそんなに?


「太陽」


「うん?」


 宙さんが立ち上がってこっちに来る。

 なんだろう、と思っていたら───



 ───?!?



 ゴン!という鈍い音。強い衝撃。

 えっ、げんこつなんで。なんで?!


「なんで?!?」


「馬鹿だからだ」


「バッ、そりゃ俺頭よくないけど!!」


「そうじゃない」


 ……どういうこと。

 聞きたいけど聞けなかった。なんかいつもと違う感じがする。もしかして、やばいことだったのか? 蜂の巣をとることが? そんなに??


「蜂の巣の駆除っていうのはな、専門の業者がいるくらい危険なものなんだ」


「えっ」


 そんなに???


「知らなかっただろう? なのにやったこともないのにできるだなんて、無責任じゃないか」


 確かに知らなかった。調べなかった。でも、


「でも、やってみたらできるかもしんないし…」


「それで西さんちに被害が出たらどうするんだ? 誰かが刺されるかもしれない。それがお前かもしれない。その時に万が一があったら西さんがどう思うと思う?」


「万が一……」


 そんなことがあるかもなんて考えたことなかった。死ぬことがあるかもなんて、そんなこと考えたことなかった。でもそうだ、レッドは、ヒーローは死ぬことがないって知ってた。だからなんにも考えないで戦うことができた。それでいいって言ってくれていたのはレッドだったときで、そういえば最近はそんなこと言ってくれたことがなかった───


「……。ごめんなさい」


 どうしたらいいのか全く分からない。謝っても次に続けなきゃいけない言葉が分からない。いつの間にか視線が下がってた。けど上げられる気がしない。


「西さんに説明してキャンセルを入れておく。いいな?」


 請けておいて断ったりしたら西さんはどう思うだろう。宙さんは今どんな顔をして言っているんだろう。分からない。こわい。どんな敵よりもこわい。



  ───プルルルルル



 電話だ。仕事用の電話が鳴ってる。

 顔を上げると宙さんが受話器をとっていた。


「はい、何でも屋ヒー……こんにちは、いつもありがとうございます」


 あの電話ってことは仕事の依頼に違いない。でも。

 任せてもらえないかもしれない。もう、ダメかもしれない。……なんだか胸の奥が痛い。


「……はい、今聞きました。はい。」


「───なるほど、そういうことだったんですね。分かりました」


「はい、伝えます。ありがとうございます」


 え。今聞いたとか伝えるとか、もしかして。もしかして!


「た───


「宙さん! 今の電話西さんだよね?! なんて言ってた? なんか、その……」


 多分そうに違いない。でもどうして? 分からなくて、それが怖くて、うまく聞けない。


「……怒られとけ、ってさ」


「え?」


 なに? どういうこと?


「前々から危なっかしいと思ってた、だから一度痛い目に遭っておいたほうが良いと思った、って」


 危なっかしい? ハチだから?? でも前からって???

 うーーーーーーん???


「どうやらアシナガバチの巣らしい。だからちゃんと対処をすれば自分たちでも対処ができる。ちゃんとできるなら改めて頼む、と西さんは言っていた」


 アシナガバチ。

 聞いたことがないハチだ。


「どうする?」


「や!


 言いかけて慌てて首を横に振る。ハチの名前も知らなかったのにやるって言ったらさっきの繰り返しだ。そうしたら今度こそ愛想をつかされる。でもどうしたらいいんだ。分からない。……分からない。


「……どうすればいいんだ?」


 海や緑さんだったら知ってるに違いない。勉強、ちゃんとやっておけばよかった。


「よし」


「え?」


 よし? 今よしって言った? 分からなかったのになんで??

 あれでもなんか、宙さんの様子がさっきまでとなんか違う気がする。


「必要なものは明日買いに行く」


「うん」


「やり方は調べて出しておくから木曜夜までに覚えとけ」


「うん!」


 なんだかよく分からないけど許してもらえた気がする! じゃないとやっていいって言わないもんな! よかった!!!

 今度からはちゃんとやったことないこと知らないことはそう言う、伝える。うん。


「それと」


「うん?」


「今回のペナルティは終わった後にな」


「えっ?!」


 許してくれたんじゃないの?どういうこと???

 本当によく分からない。分からないけれど。


 宙さんがほんのちょっとだけ笑っていたから。どんなペナルティでも受け入れなきゃ、って。思った。

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