第17話 グウェナエル・シヴィレ
「……」
「……」
「……」
「……」
「……その貧乏ゆらしをやめていただけませんか?」
「……」
「聞いてますの?」
「……」
「フリーダ?」
「だあああああああああ!」
ティルティア学園の校庭に、女学生フリーダ・ランベルトの声が響き渡る。突然の叫び声に周囲にいた生徒はびくりと彼女の方を見た。
「──いきなり叫ばないでくださいまし!」
うるさいと言わんばかりに隣にいたアンジェリーヌ・ル・クレジオは抗議する。そんな彼女の声も無視して、フリーダは叫びを上げた。
「どうせすぐエンマくんとくっつくと思って静観してみれば、イチャコライチャコラとっかひっかえしやがって! 何なんだ、アリアのやつは!」
「完全に逆恨みですわね……」
「どこが逆恨みなもんか! あいつ、二日おきにそれぞれと放課後を過ごしてるんだぞ! 挙句、最近は両方と楽しんで……!」
「貴方が怒ってるのは愛しのレティシアが取られたからでしょう?」
「これのどこが逆恨みなんだ!」
「逆恨みじゃない……まったく」
呆れたようにアンジェリーヌは自分の髪をクルクルと回し始めた。
「そもそも、今の婚約者ごっこを始めたのはレティシアさんなわけでしょう? なら、この状況はレティシアさんが望んだと言っても過言じゃありませんわ」
「レティはこんなこと望んでない!」
「一体その自信はどこから湧いてくるんですの……? とにかく、それで話がややこしくなって、結果的にアリアは二人を相手することになったんですから、見方によっては御愁傷様と言えなくもないでしょう?」
「あの二人に囲まれてどこが御愁傷様なんだ、どこが!」
「……」
それは確かにそうだけど、とアンジェも思った。
「……まあ、今の状況が幸か不幸かはさておき、結婚願望もない時期にいきなり縁談を決められては若人の一人でもあるアリアとしてもあまり面白くはないでしょう。いろいろと制約はあるでしょうし、エンマさんがいくら成績がいいと言っても、アリアほどではないんですし」
「そのアリアが問題なんだよ……あいつ、最近は放課後毎日二人と遊んで……せめてどっちか置いていけ。というか、レティシアを置いていけ……」
「貴方、結局それなんでしょう……?」
いよいよ持って、アンジェは呆れ果てた。
「大体、市警に目をつけられてるような奴がレティシアに釣り合うはずないじゃないか。そんな奴と婚約してるなんて、いくら嘘でもレティシアの名誉に関わる」
「じゃあフリーダは、ワイバーンを放った犯人がアリアだと思いますの?」
「……」
そこに関してはフリーダも黙りこくった。
「私も話を聞かれて、逆に探りを入れてみましたけど、聞くところによれば市警はワイバーンにアリアの魔力があったからというだけで犯人だと決めつけているらしいですわ」
「もしかしたら、本当かもしれないだろ」
「本気で言ってますの?」
「……さあ?」
フリーダは豪雨での一件を思い出す。わざわざ川を堰き止めてまで子供を助けるような奴が、今度はわざわざワイバーンを放して、必死でそれを食い止めるか?
英雄願望があるならまだ分かる。けれど、子供を助けたなんて話、他では聞いたことない。少なくとも自分で話を広めたりはしてないはずだ。それに、仮にこれがアリアの犯行なら手法があまりにも──
「短絡的すぎる」
ばっとフリーダは横を振り向く。そこには百八十はあろうかという長身の男が立っていた。
「誰に話を聞いても収穫なし……それに、衝動的犯行にしては回りくどすぎるし、計画的犯行にしては短絡的すぎる。特に、あのガキなら……」
「……」
男に言っているガキというのが何となくアリアのことを言ってるんじゃないかとフリーダは思った。
「おい、そこの坊主」
「ぼう……!」
「失敬ですわね。フリーダはれっきとした女性です」
すぐさま隣にいたアンジェが声を上げる。
「ああ、悪かったな。それじゃ、嬢ちゃん。最近話題のアリアってガキについて、何か知らないか」
「アリア……?」
「不審者に教えることは何もありませんの」
「……」
すっと身分証を差し出される。一応アンジェリーヌが確認すると──
「連邦魔術局……⁉︎」
連邦魔術局。正式名称は連邦魔術取締局。長いからいろんな略語が存在する。
確かに男が見せた身分証にはそう書かれてあった。本物を過去に一度も見たことはないが、少なくとも偽物とはあまり思えない。本物感がその身分証のデザインやらレイアウトから醸し出されている。
「それで、何か知らないか?」
「……」
「……」
二人とも、しばらく閉口した。目の前にいるのがあの泣く子も黙る連邦魔術取締局のエージェント。重大な魔術凶悪犯を取り締まる本物の刑事という事実に、驚きを隠せなかった。
「……アリアなら、私の同級生だけど」
「どういう性格だ?」
「どういう性格って……ぶっきらぼうだよ。人とあんまり仲良くしないし、喋ろうともしない」
「その割には、最近女を連れてるって噂だが」
「あれはレティがお人よしだからだよ。もう一人は求婚してるみたいだけど……」
「へえ、ぶっきらぼうなやつがお嬢様に求婚ねえ……」
「中学生の時に他生徒に魔術を向けたって言われてて、それで怖がられてるから!」
「聞いたけどよ、それも噂だろ?」
「そうだけど……」
フリーダは男の言葉に肩を落とした。
「よくそんなの信じるよな。俺が魔術局のエージェントだって言ったところで身分証見せるまでは信じないくせに、誰が言ったか分からねえ噂は信じるんだから」
「……」
男の言葉に、フリーダは言い返せなかった。
「なんか、いじめられてるって言われてたり、逆にいじめてるとか言われてたり、よくわかんねえんだが、結局アリアって小僧はどっちなんだ?」
「……みんながよく思ってないのは事実だから、それで言えばいじめられてる。でも、本人はそれを受け流してるから、言い返した時に逆にいじめてるって見られなくもない……噂もあるし」
「あー、グリモなんとかね。はいはい」
「グリモワールです」
「はいはい、グリモワールね」
「……」
めんどくさそうに男はフリーダの言葉に相槌を打っていた。
「それで? お前はそのアリアってガキのことはどう思うんだ?」
「嫌いです」
「お前も嫌いかよ……これで何人目だ」
困ったように男は頭をかいた。
「この学園にアリアを好きな奴なんていませんよ」
「だけど、婚約したいって言ってる奴もいるんだよな?」
「それは……」
確認するように男は彼女の顔色を伺う。何も言わないフリーダに、さらに事実確認をした。
「あー、なんだっけ? 一人がもう婚約してて? それでもう一人が略奪婚? はは、一体いつの時代だよ」
「それは……!」
「あーはいはい、どうせなんかあるんだろ。そういうのは別にいいんだよ。捜査には関係ないんだから」
「貴方、さっきから何なんですの?」
横槍を入れてきたアンジェリーヌに男が振り向く。
「さっきから、フリーダに話を聞きながら合間合間に小馬鹿にするような態度をとって、話を聞きたいのか聞きたくないのか、分かりませんわ」
堂々たる態度でアンジェリーヌは男に抗議する。たとえ魔術局のエージェントだとしても、友人への不礼儀は見過ごせなかった。
「いやいや、俺は単に面白いなと思ってな」
「面白い?」
「ああ。みんな嫌ってるくせに具体的に何が嫌いかはわからなくて、あのガキが誰かをいじめてるって聞く割にはいじめられてるエピソードばかり集まるし、それに何の動揺もしねえで日常を過ごしてるあのガキの神経もどうかしてるけど、何より、人をいじめててその自覚のない奴らがあまりに多くてよ」
「っ……!」
「いや、本当に、水平思考ゲームでもうやってるみたいで訳わかんねえなと思ってさ」
さも面白いと言わんばかりに男は笑った。
「それはっ、アリアに原因があるだろう!」
突然声を荒げたフリーダに男は眉一つ動かさず鋭い視線を返す。隣にいたアンジェリーヌは友人の、滅多に聞かない怒鳴り声に驚きの様子で彼女を見た。
「誰にも説明しようとしなくて、誰かと仲良くなろうともしてこなくて、そんなやつが嫌われるのは当然じゃないか!」
「仲良くしてくれなそうな奴らと、どうやって仲良くするんだ?」
「っ……」
「俺からしてみれば、そのガキと仲良くしたくねえのはお前らの方に見えるけどな……なんでかは知らねえけどよ」
「……」
「その二人の女生徒とは別にそこまで悪い仲でもないんだろ? わざわざ矢面に立ってコカトリスを止めた話を聞く限り、薄情ってわけでもなさそうだが……」
やはり、フリーダは何も言えない。その様子を見て、男は肩をすくめたように話を畳んだ。
「ま、貴重な意見助かったよ。これに懲りたら、お前らもドラゴンには気をつけるんだな」
そう言って男は去っていく。アンジェリーヌは隣にいるフリーダの方を持ちながら、男の背中を眺めていた。
「何なんでしたの、あの男は……」
「……」
フリーダの耳からはあの男の言葉が、まるで焼きついたように鮮明にこだまして離れない。
その日彼女は、比較的無口に日常を終えた。
◇
「あの、二人とも……」
「はい?」
「どうしたの?」
「いや、何でここにいるんだ?」
時刻はすでに五限目に突入し、本来であればレティシアとエンマは教室に戻っている頃だった。しかし、以前として二人は保健室にいる。……目の前で広げられているものを見れば分かるが。
「……サボり?」
「サボりですわ」
「堂々とお嬢様がサボるな!」
「あら、私だけ許されませんの? いけずですわ。よもや私が略奪婚約者だからではありませんわよね。その場合、民法に則って相応の請求を……」
「あーあー! 聞こえない! 一々法を逆手に取るな! 一般庶民に対して悪質すぎるだろ!」
「市民に認められた正当な権利ですわ」
当然だと言わんばかりに胸を張るエンマ。くそ、こいつに法を教えたのやっぱり間違いだろ。
「いいのか、二人とも単位があるだろ」
「いいんですのよ、一日ぐらい」
「そうそう、私たちが見てないとアリアくん何するかわからないし」
「一応、私もいるんだけどね」
デスクで仕事をしているエステル先生が声をかけてくる。
「二人とも、そうはいうけど本当に授業はいいの?」
「はい」
「勿論です!」
「それを先生の前で堂々と言うのね……」
やれやれとエステル先生は仕事に戻って行った。基本この人は自由にさせてくれる。そう言うところが俺は好きだ。
「……けど、授業がわからなくなったりしないか?」
「そこはほら、アリアくんに教えてもらえれば」
「さてはそれが理由だな?」
「な、な、何のこと?」
わざとらしくレティシアは顔を逸らす。まさか、俺がいないと質問する人がいないとか……それはないか。フリーダやアンジェリーヌ達だっている。その気になれば、誰にだってレティシアは協力を仰げるだろう。
「学年主席にご教授いただくなんて機会、滅多にありませんもの。この機を逃す手はないですわ。私はクラスも違いますし、この機会にたくさん教えてもらわなくては」
「主席って……前回はエンマの方が点数高かっただろ」
「さあ、それはどうでしょうかね?」
ティルティア学園の試験は点数と一緒に上位五十名が張り出される。当然、十位以上は注目の的だから俺も印象に残っているが……確か前回の一位はエンマだったはずだ。
「勉強で俺に教わることはないだろ」
「あら、それならアリアさんは一位を取った時に『もう教わる人はいない』なんて思ったんですか?」
「……」
「誤魔化されはしませんわよ。貴方の勉強と私たちの勉強が違うことぐらい、婚約相手として──」
「え⁉︎ アリアくん、私たちと違う勉強してるの⁉︎」
「ちょっと、今いいこと言おうとしてましたのに!」
言い合うエンマとレティシア達。本当に微笑ましいな。
「……さて、それはそれとして、勉強するか」
「保険医としてはあんまりお勧めできないんだけど?」
「う、すみません……ダメですか?」
「うーん……」
「先生は『安静』とは言ってたけど、頭を動かしちゃいけないとは言ってませんでした!」
レティシアが元気よく言い訳を並べる。いいぞ、その調子だ。
「……やっぱりダメ。頭を打ってるから、あんまり難しいことは」
「というか、いつの間にかはぐらかされてません⁉︎」
──エンマの叫びを最後に、二人は黙々と勉強していた。俺は彼女らの様子を眺めながら、時折立式ミスや導出過程の誤り何かを指摘する。適当に論理過程をさらうだけなら、そこまで負担もなさそうだった。
「そこ、間違えてるよ」
「えっ、うそ」
「多分微分と積分ごっちゃにしてる」
「あっ……」
急いでレティシアはノートを書き直す。
「……アリアさんは大丈夫ですか? 気分は悪くありませんか?」
「ああ、大丈夫だよ。これぐらいならなんとか──」
言いかけた時、不意に魔力衝波を感じ取った。とても微細な、俺でないと気づかないような魔力波。大きな魔術の余震ではない……秘匿しているのか?
「どうしたの?」
「如何されました?」
俺の様子に気づいたレティシアが声をかけてくる。レティシアの言葉に、エンマも俺の方を伺ってきた。
「……誰かがここを魔力解析した、気がする」
「それって、そんなに変?」
「保健室をわざわざ魔力解析することなんてありますの?」
「それは、そうなんだが……」
「誰か探してたんじゃない? それこそ、アリアくんみたいに──」
その時、乱暴に扉が開かれる。困ったようなエステル先生の声が聞こえて、物々しい雰囲気に俺たちはカーテンから様子を伺った。
「──あ、いた。ようやく見つかったよ。たく、探させやがって……」
男はづかづかと保健室に入ってくる。俺の方を見ると……いや、俺を見つけるとすぐさまこちらに寄って来た。
「二人……例の婚約者か?」
「貴方は……」
「貴方、いったい何のようですの?」
俺の問いに被せるようにエンマが問う。突然の訪問者に、エンマは警戒心たっぷりといった様子だった。
「どこにいるかと思ったら、保健室で婚約者を二人も囲って、いいご身分だねえ……」
「名を名乗らなければ、すぐに市警を呼びますわよ?」
「味方もしてくれないのに?」
「……」
「……」
男の挑戦的な物言いに、二人は睨み合う。まるで蛇とカエル、犬と猫。自分より二回りも大きいその男に対しても、エンマは一切動じなかった。
観念したように、男は懐からあるものを取り出す。
「あんまり見せびらかすもんじゃないんだけどな……」
「何ですって?」
「魔術局だ。訳あってそこにいるアリア・アストレアに事情を聞きに来た」
エステル先生が不意に驚愕の声を漏らす。
連邦魔術取締局。イリアコド連邦における重大な魔術犯取締を担う司法省最後の砦で、その組織の性質上あらゆる施設・敷地に対して強制捜査権を持つ。国営機関の中でも特に手の負えない凶悪犯に対して政府が切れる最後の手札であり、犯罪者取締りの最後のリーサルウエポンというわけだ。
彼らにとって身分証の開示は強制権の執行とその明示を意味する。平たく言えば、この時点で教育省管轄のティルティア学園に勤務するエステル先生は、教師として男に従うしかなくなったわけだ。残るは非力な俺ら生徒のみ。指揮命令下にあるわけではないから俺たちに従属義務は発生しないが、魔術局員に逆らうのがどういうことを意味するのか……最悪殺されるかもしれないというのは、あながち冗談でも何でもない。
特にこいつは、一番最初に俺の取り調べを担当した取調官だった奴だ。名前は確か……グウェナエル・シヴィレだったか。印象的だったから覚えている。俺にしてみれば忘れろというのが無理な話だ。
魔術局とて他の警察機関と同じ。捜査過程での違法行為が露呈すれば困るのは向こうのほうなんだから、まだ犯人と確定していない俺にそうそうおかしな真似はしないだろうと甘い考えで取り調べに臨んだ俺の、文字通り鼻っ柱を折ってくれた張本人だ。魔術局は司法省直轄機関、平たく言えば彼らの行いがそのまま司法の行いとして反映される可能性もある。はなから司法があっち側についていると気づいていれば心構えのしようもあったんだろうが……それでも流石にあれは無理だ。もう思い出したくもない。
ここは穏便に場を納めて帰っていただかなければ。
「どう──」
「魔術局の方が保健室に何の用ですか? まさか、怪我をしたから来たと言うわけでもありませんでしょうに」
またもエンマが俺より先に前に出る。
それはどちらかというとエステル先生の決まり文句じゃないんだろうか。まあ、先生は手帳を見せられた時点で何も言えないんだけど。
エンマはさっきよりも警戒心ましましになったようで、自分が対応するオーラが感じ取れた。おかしなことにならなきゃいいんだが……まあ、最悪俺が折れれば解決するだろうしな。ここは一旦様子をみよう。
「さっきも言ったように、そこにいるアリアって小僧に聞きたいことがある。用がないなら退いてくれ」
「取調べなら以前に終えたはずですが」
「今回は別件だ。これから聴取することになる。悪いが、嬢ちゃん達は少し席を外してもらおうか」
(別件……?)
「お断りしますわ」
「嬢ちゃんにそんな権限あるとでも?」
「ありますわよ。自分の婚約相手が事件の犯人呼ばわりされているんです。取り調べに関してもすでに終えたはずなのにも関わらず、病床にいるアリアさんにまた聞き取りをしようと、片腹痛いですわ」
「病床って、なんだ、坊主。怪我でもしてんのか」
「ええ、まあ……」
「お医者様から絶対安静にとの言いつけです。分かったら、さっさと帰ってくださいまし。アリアさんは非常に体調がすぐれないんですの」
「そう言うわけにも、いかねえなあ……」
「どうして?」
「俺だって、こいつに話を聞くためにこんなガキの多いところにノコノコと足を運んできたんだ。何人にも俺の手帳見せちまったし、魔術局の名前を出して目標を達成できませんでしたと知れれば、俺がご主人様に怒られちまう」
「あら、貴方の飼い主は随分と躾が厳しいようですわね」
「猟犬の飼い主なんざ、みんなどこも一緒だよ」
二人の舌戦を前に俺とレティシアは傍観していた。流石にこの舌戦に混ざる気力も知識もない。法関連のことはからっきしだから、下手に出ても知識のなさを露呈するだけになるだろう。
「……」
「……」
レティシアは、彼女が抱えている不安を表すように俺の手を握っている。少しだけ、こめる力が強くなったか。
「……」
「……!」
握り返す。そもそもこれで合ってるのかわからないが、今の俺にはこれぐらいしかできない。自分が怖くても、それでも周囲の人を気遣える優しい彼女には、これしくらいしか──
「……そもそも、俺はそのガキが事件の犯人なんざ、思ってねえよ」
「え?」
話が急展開した。エンマは驚きを隠せない様子で、グウェナエルの顔を見る。
「そういうゴタゴタはこの前済ませた。あの時は事件の容疑者として取り調べしたが、今度は重要参考人として話を聞くだけだ」
「重要参考人……?」
「そうだ。前回は犯人じゃないかどうかの取り調べ。今回は事件捜査に協力してもらうための取り調べ。同じ取り調べでも意味合いは違う。分かったか、嬢ちゃん?」
「その嬢ちゃんって呼び方、やめてくださいまし!」
そういうことなら、前みたいな取り調べを受けることはなさそうだな……いや、どうだろう。あれがスタンダートな可能性も……考えたくない。
それにしても、意外だな。事件の捜査に関して、この男が口を和すとは思えなかったんだが……いくら信用を得るためにしても、魔術局の扱う事件は秘匿性が高い。たとえ些細なことでも外部に漏らすのは相当な制約や条件がかかっていると思っていたが、エンマが民法を盾にしたおかげだろうか。
魔術局も刑事事件には無類の強権を発揮できるが、民事となると管轄が違う。下手に訴訟問題を起こして組織に迷惑をかけようものなら、首を切られるのはグウェナエルの方なのか? そうだと仮定すると、エンマのやり口が実は案外効果的だったのかもしれない。
「悪かったよ。えっと……そっちがエンマ・ヴェンナコスキで、そっちがレティシア・オルブライトか? ……へ〜、略奪婚なんていうからどんな顔してるかと思えば、随分とおとなしそうな嬢ちゃんじゃねえか。おとなしそうな顔してのに、やるこたたいしたもんだな〜」
「どこに目をつけてるんですの⁉︎ あの子がレティシアで、私がヴェンナコスキですの!」
「あれ、てっきりお前の方がレティシアかと……」
「取り調べの前に周辺関係者の顔と名前ぐらい覚えておいてくださいまし!」
エンマの声が保健室に響いた。
「悪い悪い……随分噛みついてくるもんだから、てっきりお前さんが正妻の方かと……」
「せい……!」
「違うのか?」
「りゃ、略奪婚は側室制度とは違いますの! 変なこと言わないでくださいまし!」
もう一度、エンマの叫び声が響く。
そりゃあ、まるで自分が側女志望みたいな言い方されたら誰だって怒るだろうな。
それにしても、魔術局員であるグウェナエルによくここまで渡り合えるよな。この男の風体も立場関係なしに威圧感があるってのに、エステル先生も信じられないようなものでエンマを見てるし……
「それじゃあ、ちょっと席を外してくれるか?」
「それは却下です」
「なんでだ。話聞いてただろ」
「席を外さなければいけない理由がわかりません」
「そりゃあ、プライバシーとかあるだろ……」
「重要参考人に話を聞きたいのでしたら、私たちにも話を聞いた方がいいのではなくて? 三人とも、ワイバーン事件の現場にはいたんですし、それに今の状態で貴方と二人きりで聴取を受けるというのは、今のアリアさんには荷が重すぎますわ」
「聞きたいんだが、小僧はどうしたんだ」
そこで、グウェナエルは俺の頭に包帯が巻いてあるのに気づく。
「……ちっ、悪い。見落としてた」
エージェント失格だなとぼやきつつ、男は勝手に椅子を見つけてきて俺たちの前に座る。
「話はわかった。それなら、お前ら三人に話を聞きたい」
「ふん!」
「……」
「……」
エンマはしてやったりの顔をして自慢げに胸を張っていた。レティシアは若干不安げだし、エステル先生に至っては困惑で顔一色だが。
そんなこともつゆ知らず、もしくは一切気にすることなくグウェナエルは俺たちに聞き込みを始めた。
「まず聞きたいんだが、お前達三人の関係性は?」
「レティシアさんとアリアさんが婚約していて、私がレティシアさんに略奪婚宣言をしておりますの。期限はあと五ヶ月ですわ」
「それは本当か?」
「えっと……はい」
レティシアを一瞥して、俺は答えた。
「両親は婚約のことを認知しているのか?」
「私の両親は認知していませんが、もともとそのつもりで私を留学させましたの」
「俺の両親は……知りません」
「私もです……」
参ったな。細かいことは事前に打ち合わせしてないと、俺とレティシアのどっちかがボロを出す可能性がある。
「州法によれば婚約は当事者間の合意があれば成立しますわよね?」
「まあ、合意あるうちはな……」
意味慎重な言い方。たぶん、法的には問題ないが、婚約するにあたっては両親の認知が重要などと言いたいのだろう。エンマが釘を刺してくれたが、これ以上掘られるとまずいな。
「……まあ、いいだろう。個人的なことは管轄外だ。それより、ワイバーン脱走事件について、それぞれの詳細を教えてくれ」
「詳細っていうと……」
「何時に何をしていた、とかですか?」
俺が確認すると、こくんとグウェナエルは頷く。それだったらと最初にエンマの方が事件当日の詳細について話し始めた。
「私は丁度二時限が終わったタイミングで、教室が騒がしい中、一人で次の授業の準備をしていましたの。時刻は確か……十時十分だったかしら。それで、準備を終えて友人達の方に合流しようとしたら、突然横から大きな音がして……振り向いたらあの大きなワイバーンが長い首を伸ばして入ってきたんですの。びっくりして、咄嗟に周囲の人たちに避難するように指示して、私はその場で足止めを行っていました」
「一人でか?」
「えと……はい」
「……まあ、いいだろう。それで、お前達は?」
「えっと、私たちは教室の廊下にいて……」
「そしたら、向かいから何かが崩れるような大きな音が聞こえてきたんです。何事かと思って咄嗟に魔術解析したら、明らかに大きな動体が4ーBのクラスで蠢いてるのを察知して、レティシアにその場で残るように指示した後、俺だけ教室に向かいました。それからは──」
「話した通りだな?」
グウェナエルの確認に、こくんと頷く。
「それで、嬢ちゃんはどおしたんだ」
「私は……友人に避難するように言われたんですけど、アリアくんのことが心配で、駄目って言われてたんですけど、後を追っちゃって……そしたら、4ーBの人が、アリアくんがワイバーンを追い出して、そのまま一緒に外に出ちゃったっていうもんだから、私、びっくりしちゃって……それで……」
「証言では君もワイバーンが暴れている校庭に駆けつけたとあるが?」
「……後を追って、ワイバーンが暴れている校庭の方に行きました」
「お前らな、ワイバーンがどれだけ危険か分かってるのか? 学生どころか、魔道士でも一人じゃ殺されに行くようなものなんだぞ? 本来なら、お前達は全員、今頃ワイバーンのお腹の中だ」
「はい……」
「すいません……」
厳しい言葉に、レティシアもエンマも素直に反省の色を見せていた。まあ、確かにあの場に来られた時は正直、頭の奥の血の気がさっと冷えた気がしたからな。
「お前もだぞ、小僧」
「……」
「それで、現場に不審な奴は見なかったか?」
「不審な奴……?」
「挙動不審なやつとか、妙に高揚してるやつとか。その場の雰囲気とかテンションに見合ってない様子のやつだ」
「それなら、見たところいなかったように思います」
「妙に用意がいい返答だな」
「いえ、ただ市警が到着するまで時間があって、その時に探したんです。ワイバーンの檻には魔術的術法が施されている。普通であればワイバーンが逃げ出すなんてありえない。特に、俺は直接世話をしたりしてましたから、あんな法術、まずワイバーンがたまたま破ったりはしないだろうな、と」
「そういえば、偶にドラゴンの飼育の手伝いをさせられてるとか言ってたな」
「はい。それで、こんな法術はまず破られないだろうなと安心してた記憶がありますから……ワイバーンが俺の魔力を覚えてなかったことも気がかりでしたし」
「例の躾とやらか」
「はい」
躾という単語が出てきた時、疑問がある様子でレティシアがこちらを見てきたが、今はグウェナエルへの説明を優先した。エンマも同じような様子でこちらを伺ってきているが、こっちは話を流せば覚えてることもないだろう。
「それで、だとしたらワイバーン脱走は作為的なものじゃなかったのかと思って、それで市警が来るまでの間、あたりで怪しい奴がいないかとか探してたんですが、目視と魔術解析で分かる範囲ではいませんでした」
「魔術解析は何をどれくらいできる?」
「不審な魔術反応と会話、魔力密度に物質解析で魔獣小屋の解析もしましたが、あらかた学園の中にはそれらしい人物はいませんでした。流石に全校生徒をくまなく調べたり、隅々まで解析することはできませんでしたが……」
「なるほど、ありがとう。参考になったよ」
「はい」
この人に素直に褒められると気分がいいな。偏見かもしれないけど、こういう人は女性にモテそう。
「それで、嬢ちゃ……オルブライトとヴェンナコスキは見たか?」
「私も特には……」
「ごめんなさい。私はそこまで頭が回らなくて……」
「いや、いい。そもそもあの状況でそこまで頭が回る方がおおかしいんだから」
「……」
まるで俺がおかしいみたいに言うな。そこまででもないと思うんだが。
「それと、確認なんだが、お前らがワイバーンに当たることになったのは偶然なんだよな?」
「えっと、私は自分から突っ込んでいったようなものなんですけど……」
「少なくとも、ワイバーンが何かしらの形で4ーBに誘導されていたとして、ヴェンナコスキが狙われた可能性は否定できませんが、その場に残って他の生徒が逃げる時間稼ぎをするとまでは予測できませんし、俺に関しては全くのイレギュラーだと思います。レティシアに関しても俺がいなければワイバーンにで会うかもわかりませんでしたし……」
「私たちが己の意思でワイバーンに立ち向かったと言う点では偶然ではないですが、第三者が必ず予測できるかと言われれば疑問が残るところですわ」
「ヴェンナコスキは逃げようと思えばいつでも逃げられたんだよな?」
「はい」
「小僧は?」
「俺は……」
その時、あることに気付く。
「……」
「どうした?」
「いえ……」
「何かあるなら言ってみろ」
「……」
電磁場操作、魔術秘匿。
周波数変調、振幅変調。
「……分かった。それじゃあ、オルブライトは?」
「えっ、私は……アリアくんを追って行ったので、アリアくんがいなければ避難指示に従ってたと思います」
「……悪かったな」
「いやいや、全然! 結局私が勝手に行っちゃったんだし、約束も破っちゃったし……」
「……それじゃあ、聞き取りはここまでだ。病み上がりのところ悪かったな」
まだ病み上がりってわけじゃないけど……
「それじゃ、良い日を」
「「「「……」」」」
男は颯爽と保健室から去っていく。あの人、本当にどこまでも勝手な人だな。
「……全く、騒がしい人でしたわ」
「私、怖かった……」
「悪かったな、付き合わせて」
「アリアくんが謝ることじゃないよ!」
「そうですわ! 元はと言えば、いきなりやってきあの男が悪いんですの! 魔術局員だからって不躾に保健室に押し入ってきて……」
「はは……」
それぐらいなら、まだ可愛いものだ。
あの人の事情聴取は、事件の容疑者としては本当に二度と受けたくない。できれば、これからは魔術局のご厄介になりませんように……
「……勉強するか?」
「そうですわね」
「アリアくんは体調大丈夫?」
「ああ、平気だ」
「無理はなさらないでくださいましね? なんでしたらら、私たちに構わず寝ててもよろしいんですから」
「そうだな、キツくなったらそうさせてもらうよ」
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