第15話 いつもの面倒ごと
『──紹介に預かったアンセルム・ヴァクトマイセルムだ。前学長は今回の一件で辞任することになり、代わりに副学長であった私が、これから学長として教鞭を取ろうと思う。古き良きこの学園は、その創立をイリアコド連邦成立以前、イリアコド王国時代にまで遡るが──』
学長、本当に辞めたんだな。解任ということは伏せられている……いや、あの新聞記者の情報が正確ではなかった可能性も十分にあるが、仮に自主退任ではなく懲戒解雇だとしても、混乱を避けるために表では伏せておくだろうな。
「何考えてるの?」
「いや……」
「そんなことも分からないんですの? アリアさんのことだから、それはそれは聡明な叡智を持って魔術の鮮烈なる発想の着手に取り掛かって──」
その時、教室に戻ろうとする俺たちを引き止めるものが一人。いや、正確には二人組だった。見知らぬ男、服装からして魔術師ではないようだが……
「君、アリア・ドルミエス・アストレアくんだね」
「……」
「何なんですの、貴方達!」
行手を阻む彼らにも物怖じせず対処するエンマ。学園の敷地内だが、彼らは関係者か?
「ヴェルリア市警の者だ。取り急ぎ、事情を聞きたく、今から事情聴取に応じてもらえないだろうか?」
「……」
その言葉に周囲はざわざわとどよめいた。
腕章の柄は間違いなく市警のもの……事情聴取は受けたはずだが、目をつけられたかもしれない。連邦魔術取締局からの情報共有はなされたのだろうか。
「事情聴取ならもう済ませたはずですが」
「あれは連邦魔術取締局が勝手にやったことだ。我々とは関係ない」
「……」
縦割り人事で情報共有がなされてないのか、それとも回ってきた資料を信用してないのか。どちらにしても、断ると面倒そうな話だった。
「分かりました」
「アリアくん……」
「大丈夫だ。すぐに戻ってくる」
「ふん」
「……」
心配そうにこちらを伺うレティシアに慰めの言葉をかけたのだが、随分と敵対的だな。帰ってこられるとでも思ってるのかと言いたげな様子だ。
そこまで嫌われることなどしただろうかと思いつつ、その場の全員に見送られながら二人の巡査に素直に同行した。これは、帰ったらまたよからぬ噂が立つが、仕方がない……こう立て続けだと面倒極まりないな。一体、俺が何をしたというんだ。
「大丈夫かな、アリアくん」
「大丈夫に決まってますわ。アリアさんは学園の英雄なんですから」
「……」
エンマの言葉に、素直に頷けないレティシアであった。
◇
十一月の取調室、石造りのそこはどこからか風が吹き込んでいて、やたらと肌寒い。ヒュオーという風の音が耳障りな取調室に、二人の巡査とともに鮨詰めにされる。一体何の拷問だと思いつつ、俺は素直に取り調べを受けていた。
「……それじゃあ、何かね。君はワイバーンに椅子やら黒板やらを魔術でぶつけて、熱したコンクリートで火傷を負わせて、挙句六年生でも扱いの難しいプラズマ操作の、それも魔術師四家のフラム・ランツを試して、失明させたとでもいうのかね」
「概ねそうですね、はい──」
「大人を舐めるのもいい加減にしろよ!」
「……」
こうなった。
やはり取締局の事情聴取は共有されていたようで、俺の供述と周囲の証言を照らし合わせながら事実を確認をされたのだが、事実だからと首肯したところ、何度やってもこんな事態に陥ってしまった。
「……」
「なんだその目は!」
「……」
何回やっても堂々巡り。同じ質問の繰り返し。いいかげん呆れを通り越してうざったくなってくる。
「元からです」
「そんな嘘、俺に通じると思ってるのか⁉︎」
「嘘じゃないです」
「年上に対する物言いが、なっとらんだろ!」
「すいません」
「……」
「……」
あ、悩んでる。今度はどうやって俺を言いくるめようかと悩んでる顔だ。
まあ、信じがたいのは分かるけど、共感はできないけど、理解できない人がいることは理解できるけど、言うほど理解を拒むほどなんだろうか。この世には、十二歳からベータ積分を理解する化物や、オイラーの公式を理解できないなら数理学者として終わってるなんていう奴もいるんだぞ。こんなの、赤子でもできるやつはいるにちがいない。
などと内心では思いつつも、そんなことは言わない。言えば生意気だとかでまた話がややこしくなる。俺は賢い子、余計なことは言わない。そう、余計なことは……
「……あのなぁ、学園でどんな目にあってるかは知らないが、人様に迷惑かけちゃいけないだろ」
「……それは、そうです」
「だろ? それで、何があったかは知らないけど」
知っとけよ。
「カーッとなってドラゴンを放つなんて、悪戯じゃ済まないんだからな」
「そうですね」
言ってることは間違ってないので、同意した。間違ってはない。
「……挙句に、それを自分で倒したことにするなんざ、男のやることじゃねえよ」
「でも、みんなが危なかったです」
「……」
また考えてる。いつまで待たせるんだろう。思考スピードが遅すぎやしないか? 人間として終わってるだろ。
「あのなあ、お前がみんなを危険に晒したんだろう?」
「俺がですか?」
「そうだろう? ドラゴンなんか放って……」
「放ってないです」
「……はぁ」
はぁ、じゃないが。ぶち殺すぞお前。
いかんいかん、落ち着かねば。
「ちょっと、変わってくれ」
「あいよ」
冷静になるために深呼吸すると、その間に俺を取り調べしていた奴が記録していた奴に交代する。
いいのか? 一応は公正に聴取するために二人に分けてるんじゃないのか?
こいつ、脚色してもおかしくないだろ。そのための分業制ってことを理解してないのか?
「……」
「……」
「……分かるけどねぇ」
殺すぞ。
「むしゃくしゃしてたんでしょ」
「だから、してないです」
「友達いなかったんだもんね」
「だから、います」
「誰?」
「……ここでいうと、その子も呼び出すでしょ、貴方達」
「ほら、いないんじゃん」
「……」
腹たつなー。こいつ、馬の糞でも踏んづければ良いのに。そのまま死ね。
「お兄さんもさ、若気の至りってあったよー」
お前ごときと一緒にするな。
「俺はティルティア学園に受かったぞーって。本当は受かってないのに、両親にも嘘ついて」
聞いてないんだが。てか、そんなことしてたのか。
「嘘がバレて退学になったけど」
えぇ……
「自分を誇大に見せたい気持ちはわかるけどさ、そういうのはバチが当たるんだよ」
「でしょうね」
あ。口が滑った。
「は?」
「ああ、いや……」
「モッぺん言ってみろこのやろう!」
「……」
いつになったら解放されるんだろう。
◇
「じゃあ、今日はこれで返すが、くれぐれも妙な真似すんじゃねえぞ」
「そっちも、俺の周囲に変なことしないでくださいね」
「……」
「……」
「……」
いつの間にか夕暮れ。一体何時間拘束されたんだ。普通に過剰聴取だろ。
「うわ! 馬の糞踏んづけた!」
「何してんだよ、お前」
「……」
天罰が降ったようだな。なむ。
日が暮れているが、暗い街を突っ切ってそのまま帰途につく。夜の街は危険だが、不審者が出たところでストレスの捌け口にさせてもらうつもりだ。むしろ出てこい。正当防衛を理由に無茶苦茶してやる。
そうやって警戒しているうちは出てこないもので、何事もなく郊外の家に帰った。張り合いのない。
「ただいま」
「お帰りー」
家に帰るとレイラさんが待ってくれていた。
「ごめんね、今日、当番なのに」
「いいのよ、大変だったんでしょ?」
食卓にはすでに料理が並んでいる。本当なら、今日は俺の当番のはずだった。
「いただきます」
「いただきます」
祈りを捧げて、料理に手をつける。中央のキャンドルが薄暗い食卓を照らしていた。
「……今日、市警に呼び出された」
食事の最中、頃合いを見計らってレイラさんに報告する。流石に、警察のご厄介になったことは伝えておかなくては。本当に、厄介だった。
突然のことにレイラさんはびっくりしている様子だった。フォークに刺しているダラートが皿に落ちる。
「大丈夫だったの⁉︎」
「うん、なんとか」
「前に事情聴取は受けたんじゃなかったっけ」
「なんか、連邦局の取り調べを信用してないみたいで、もう一回受けることになった」
「何それ、そんなの許されるの……?」
「解放されたけど、まだ俺を疑ってるっぽい。俺の周辺の人にちょっかい出すかもしれないから、レイラさんも気をつけて」
「分かったわ。そしたら、その時は『私の息子は何もしてません!』って言うわね!」
「はは、ありがとう」
暖かな食事、温かな家。俺がさっきまでいた取調室とは大違いだ。ここに帰ってこれたのは、本当に良かった。
「にしても、市警は何を考えてるのかしら……二度もアリアを呼び出して。何もなかったから解放されたんじゃなかったの?」
「俺がワイバーンを倒したってこと、信じてないっぽい。生徒一人がやったにしては派手すぎるって……」
「何それ⁉︎ あんの税金泥棒たち、ちゃんと調べてないわね! アリアなら余裕だっての!」
「まあまあ、レイラさん、落ち着いて……」
「そうは言うけど……」
「俺もあの人たちの立場なら信じなかったし……」
そう、彼らと同じ、世界の広さを知らず無知なまま平穏に暮らしている人たちと同じ立場なら、そんな世界があることを知りもしないだろう。
人は、信じたいものを信じて、信じたくないものを信じない。それは、学園の奴らと同じだ。
それは多分、レティシアもエンマも……
「アリアなら、あんな奴ら一捻りなのに……」
「できるとしていいは違うよ」
我ながら、よく自分で言うなと思う。そっくりそのまま自分に問い返すべきだ。
「でも、ワイバーンを倒さなかったら学園のみんなが危なかったんでしょう?」
「……それは、そうだね」
「学園の英雄を犯人扱いして……聴取とかお願いされても絶対断ってやる」
「英雄って……やめといと方がいいよ」
「アリアは大丈夫なの?」
「えっ……」
突然、こちらに話を向けられて、今度は俺の方が固まってしまう。
「あんまり元気、無いみたいだから」
「いや、別に……」
そうだ。大丈夫なはずだ。
いつもと同じ、信用されず、疑われて、いつまでも理解が得られない。いつもと同じはずだ。大丈夫、大丈夫。慣れてるんだから。
「大丈夫だよ」
「……」
レイラさんはしばらくの間、俺の様子を伺っていた。
その日、口に運んだグラタンは、なぜだかいやに薄く感じた。
◇
「……朝か」
六時、いつも体内時計が正確だからか、この時間になるとちょうどに目が覚める。
しばらく布団の方でモゾモゾとして、スッキリすると起き上がって食卓に向かう。
「レイラさんは……まだ寝てるか」
あの人は夜勤も多いから生活リズムがぐちゃぐちゃで、よく寝坊しそうになって慌ててる。
でも、ギリギリまで寝かしといたほうが体力も回復するだろう。
キッチンに置かれている麦袋をとって、そのまま皿に入れると、水でふやかしてモゾモゾと食す。朝食は面倒だからこのぐらいでいい。
レイラさんのためにパンとゆがいた野菜、ベーコンなんかを用意すると、自分も少々つまみ食いして二階で寝ているレイラさんを呼ぶ。大抵は一回で起きないので、その間自室に戻って勉強を始める。
いつの間にか時計がすぎていて、ギリギリになるともう一度レイラさんを呼んで、起きたことを確認してから学校に向かう。
「じゃあ、行ってくるから。朝食は用意してるからねー!」
「は〜い」
毎度、レイラさんは自室の窓から俺を見送って、俺もそれに手を振ると学園に向かう。これで、俺の静かな日常は終了する。
学園に戻れば、昨日のことで何かされるかもしれない。警察にまた呼び出されとなれば、あらぬ噂をもう広められているだろう。周囲の好奇の目線はもちろん、からかいなんかも飛んでくるかも知れない。
行きたくない、と言う思いがどこからか溢れてくる。足が重くなっていく。切り替えろ。学園は勉強をする場所だ。授業を聞いて、一人知識に没頭する場所だ。他のものは、全て切り離して仕舞えばいい。
「……」
「──アリアくん?」
ばっと前に振り向く。そこにはいつの間にかレティシアとエンマの姿があった。
「大丈夫? 呼んでも返事がなかったから……」
「あ、あぁ……」
「体調が悪いんですの? 保健室で休みます?」
「……いや、大丈夫だ」
二人は顔を見合わせる。面倒だ、さっさと学校に行きたい。
「本当に、大丈夫ですの?」
「ああ、大丈夫だ。ほら、行くぞ」
二人を置いて、先に行く。構ってやれる余裕も、気遣える余裕も、なぜだかこの時はなかった。
「あっ、待って!」
「待ってください、お二人とも!」
騒々しいのは嫌いだ。全部、全部なくなって仕舞えばいいのに。
◇
「アリアさん、大丈夫かしら……」
「う〜ん、体調悪そうに見えるけど……」
屋外での課外授業。アリアは一足先に課題を終わらせてベンチで休んでいた。二人は遠くからアリアの様子を眺めている。
「行かなくていいんですの?」
「え?」
「貴方の婚約者でしょう?」
「……」
「なんで今更照れてますの……」
「けど、それを言ったら今日はエンマさんの番じゃん」
「私は……アリアさんは、あまりうるさいのは嫌いでしょうから、そっとして差し上げた方がいいのかと……」
「私も、一緒にいない方がいいのかなって……」
二人してもう一度アリアの方を見る。
「それはどうなんですの?」
「え?」
「少なくとも、貴方といるときは幾分か緊張が取れているように見受けられますが」
「……」
「わ、私の個人的な主観に基づく感想ですの! 間に受けないでくださいまし⁉︎」
顔を赤くしながら、エンマ・ヴェンナコスキは取り繕う。
「んふふ、そうなのかな……」
「ただ、今の状況ではどうして差し上げたらいいのかわからないのも事実ですし……」
「……」
その時、アリアに近づく人影が複数。ここに来てタスクを終えた男子生徒のグループだった。
「なあ、アリア。市警に呼ばれたって本当かよ」
「……本当だ」
「うっわ、マジかよ。犯罪者じゃん」
「なんで犯罪者がこんなとこにいんの?」
「……犯罪者じゃ、ないからだ」
淡々とアリアは答える。自分を取り囲む彼らに対し、アリアは目も合わせずに、俯いたままでいた。ベンチに腰掛ける彼に、構わず男子生徒達は続ける。
「でも、呼び出された時点で犯罪者予備軍だよな。あれだろ? お前、二年の時に暴力騒ぎ起こしたらしいじゃん。魔術使って、殺しかけたんだろ?」
「……殺傷性の魔術だ。どう聞き間違えたらそうなるんだ」
「殺傷性の魔術使うのも殺しかけたのも同じじゃね? てか、どっちも一緒じゃん。君、言葉の意味分かる?」
「……」
遠くにいたレティシアとエンマは、少ししてアリアが男子生徒たちに囲まれているのに気づく。レティシアはすぐにエンマの袖口を引っ張った。
「ねえ、あれ、大丈夫かな……」
「やな予感がしますわね。私、ちょっと行ってきますわ」
「私も行く……」
アリアは何も言わない。俯いたまま、まだ静観していた。
「あーあー、聞いてる?」
「わかんないらしい。魔術ばっか勉強して頭がおかしくなったんじゃねえの?」
「言えてる」
「……」
「なんか最近女の子連れ回してるっぽいし、洗脳の魔術でも使ったんじゃね」
「うっわ、俺それやってみたいかも」
「アハハっ!」
「……帰ってくれ」
「は?」
「今は……あんまり余裕がないんだ」
「は、そんなの、俺らに関係ないっしょ」
「なんで君が俺たちに指図するのかなー?」
「……いい加減にしてくれ」
「はー? 何をー?」
「だから……」
「貴方たち、何やって──⁉︎」
「いい加減にしてくれと、言ってるんだ!」
アリアの怒声が、あたりに響く。一瞬、あたりのものが呆気にとられた。
「……うわ、怒った」
「やっべー、殺される〜」
「貴方達……」
エンマが叫ぼうとしたその時、後ろから人影が現れる。その人影はスタスタと機敏に歩いて、そのままアリアのもとへ行くと、座り込む彼の手を引っ張って、その場から連れ出した。急なことに周囲の者は反応に遅れる。
「アリアくん、サボろ」
「レティシア──」
「来て」
有無も言わさずアリアを連れ出す。校舎の方へ向かう彼らに、呆気にとられた男子生徒達は皮肉を言うだけしかできない。
「女の子に助けられてやんの!」
「だっせー!」
「つかなんでお前らが出てくんの?」
「洗脳されてるからじゃね」
「そんな魔術あるわけないでしょう⁉︎」
我慢ならないエンマは、声を張り上げて反論する。
「どうだか」
「アリアならやりかねないだろ。なんせ、あのグリモワールなんだか──」
その瞬間、男子生徒に空気砲が放たれる。
常人が見れば何の殺傷性もない魔術。しかし、魔術師にとっては本人の魔力を帯びた物質そのものを飛ばすこと自体が問題であった。
奇しくもそれは、魔術師の間では殺傷性のある行為として見做されていた。
「今、アリアくんを、その名前で呼ばないで」
レティシアの静かな声が響き渡る。彼女の気迫故か、男子生徒達は何も言えずにいた。
魔術構造物が倒壊する。レティシアは彼らの方を数秒眺めると、アリアの手を引いてすぐに校舎へと入って行った。後ろ手に引っ張られているアリアも、一緒に校舎の影に消えていく。
「……貴方達、覚えていなさい」
エンマも、レティシア達の跡を追ってすぐに校舎へと入っていった。男子生徒達一人一人の顔を見て、捨て台詞を吐いていく。
「なんなんだよ……」
消化不良のままその場に取り残された男子生徒達は、仲間内で陰口を言うことしかできなかった。
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