第14話 責任問題

「あっ、いた!」

「……」

 あの後、考え直した俺は校庭に出て二人の元に向かう。

 レティシアが真っ先に俺を見つけて、後からエンマが駆け寄ってきた。

「あのね、アリアくん、今日は──」

「アリアさん、今度は私と二人で──」

「二人とも、ちょっとデートに行かないか」

「……」

「……」

「「へ?」」


 ◇


「──つまり、俺は騒々しいのが苦手なんだ」

「「はい……」」

「周囲でやかましくされたり、あーだこーだと言い合うのもいいが、それを常態化されちゃ敵わないんだよ」

「「すいません……」」

 やってきたのはヴェルリアストリートにある駅前のカフェ。こんなお茶屋さんがあるだなんてまったくもって知らなかったから、やはり慣れないことをするのは良くないな。疲れは限度を知らない。

「特にエンマ。流石に授業を抜け出してくるのはどうかと思うぞ」

「はい、すいません……」

 エンマは紅茶のティーカップを前にして申し訳なさそうに俯いている。俺がどういう人間で何が嫌いで、どういうことをされるのが苦手なのかというのを懇切丁寧に話したら、どうやら思い当たる節がたくさんあったようだ。これで、少しは落ち着いてくれるといいんだが……

「……二日交代は?」

「「え?」」

「今の調子で毎日毎日同時にこられたら体がもたない。だから、二日おきに交代制にする……というのはどうだろうか」

「……」

「……」

 ああ、胃が痛い。何でお前が決める立場なんだ、思い上がってんじゃねえぞ!という心の声が聞こえてくるようだ。聞こえないけど。

「……本当に、いいんですの?」

「え?」

「いや、その、もう来るなと言われるつもりで身構えていたんですけれど、またお茶に誘っても宜しいんですの?」

「どうなんだ、レティシア」

「へ⁉︎」

 一応は体面上レティシアは俺の婚約者。この場において判断を仰ぐのは彼女がいいだろう。

「え、えっと……いいんじゃない?」

「じゃあ、そういうことで」

「……分かりましたわ! このエンマ・ヴェンナコスキ、全身全霊を持って与えられたチャンスをモノにして見せます!」

「あっ、やっぱり──!」

「それじゃ、私はちょっと用がありますので失礼しますわ!」

 レティシアが何か言おうとする前に、風のようにエンマは去ってしまう。

「あぅ……」

「……あれは、その、なんだ」

「……?」

「エンマのアタック頻度を減らすのが目的だから、その、レティシアの担当だからって、必ずしも俺といる必要があるわけじゃ、ないんだからな」

「……」

「……」

「……え、どうして?」

「え?」

「だって、私たち、婚約してるんでしょ?」

「それは……」

「なら、一緒にいるのが自然じゃない?」

「それは……そうなんだが」

「だったら、一緒にいようよ。それとも、アリアくんは嫌?」

「……嫌では、ないが」

「なら決まりだね!」

「……」

 レティシアはどこかニコニコしながらコチラをみている。一体、どういうつもりなんだろうか。


 ◇


「では、報告通り……」

「はい。アリア・ドルミエス・アストレアが本件の重要関係者と見て、捜査を進めるべきでしょう」

 ヴェルリア市警の巡査部長室には二人の男がいた。一人は重厚な木製のデスクに腰掛け、もう一人は彼の前で報告書を片手に報告義務を果たそうとしている。

「脱走したコカトリス・バジリスクおよび今回引渡しが行われたワイバーンその他学園内に併設されている魔法生物飼育小屋のドラゴンについて、全てアリア・ドルミエス・アルトレアによる魔術的痕跡が発見されました。また、目撃者の証言によれば、彼の魔力が濃くなった瞬間、ワイバーンは大人しくなったとされています」

「今回の竜種脱走事件の実行犯としては有力か……」

「そう見るのが妥当かと」

「そうなると、動機は?」

「個人的な理由が推察されます。彼は学園内であまりよく思われていないようですから、憂さ晴らしの可能性も……」

「若気の至りによる衝動的な反抗……ということか」

「はっ」

 男は自らの上司に対し敬礼する。

「よい」

「……」

「証拠は上がっていない以上強引なことはできない。引き続き捜査を続け、奴を徹底マークしろ。いつ尻尾を出すかわからないからな」

「捜査局が介入してきているようですが……」

「放っておけ。取り調べをしておきながら早々に獲物を取り逃すような奴らだ。なんとしても、我々が先に逮捕するのだ」

「はっ、わかりました!」

「うむ、では行け」

「失礼します!」

 バタン、とドアが閉められる。

「……アリア・ドルミエス・アルトレアか」

 彼に手渡された報告書、そこには重要人物のプロフィールも載っている。

 家族関係、父、バート・アストレア。

 現在封印指定の魔眼を所持していると見られ、逃走。

 指名手配中である。


 ◇


「どう思う?」

「……」

 連邦魔術取締局、イリアコド連邦全土の魔術性の高い凶悪犯罪について取締り、また捜査・事件追及を行う警察機関。魔術を利用した諜報活動による犯罪の事前察知から巧妙な魔術による犯行の解析まで、司法省における凶悪性・魔術性の両者が高い重大問題を取り扱うリーサル・ウエポン。司法省の鉄の部署。

 在籍するエージェントは全員魔術師として学号を持ち、なおかつ魔術捜査に関しても訓練された特A級の職員たち。そんなエージェントであるグウェナエル・シヴィレとアルカンジェロ・デ・ロベルトは支部の談話室で顔を突き合わせていた。

「……何でわざわざそんなことを聞くんだ?」

「意見のすり合わせっていうのは、大事だろう?」

「……どう思うって、あのガキのことか」

「そうとも」

「……」

 グウェナエルはしばしタバコに火をつけて、煙を燻らせ、やがて吐ききると──

「白だな」

「やっぱり、そう思うか」

「ああ、アリア・ドルミエス・アストレア。あれは白だ」

「上の方に文句が来てたらしいぞ。どうしてすぐに帰したんだって」

「上は?」

「何にも」

「じゃあいいだろ。少なくとも、俺らの報告書を見た限り、俺たちの結論に間違いはねえって認めたようなもんだ」

 もう一度、火のついたタバコを吸う。

「……確かに、コカトリスにもバジリスクにも、今回州警察に押収されたワイバーンにもあのガキの魔力は染み付いてた。だが、あれはどちらかといえば、調教師のもんだ。それも、安全管理のための」

「一生徒が、ドラゴンを手なづけてたっていうのか?」

「だって、明らかだろ。生徒全員の目の前で、ワイバーンを手名付けて見せたっていうじゃないか。あのガキの聴取にも何ら矛盾することはない。観測された魔力波に関しても、ガキの周波数と一致する」

「しかし、そうなればドラゴンを解き放ったのは……」

「……考えたくもねえな」

 じゅっ、とグヴェナエルはタバコの火を押しつぶす。

「学園生徒を洗うぞ」

「全員?」

「当然だ。まずは魔獣飼育係から当たる。まあ、どうせ無関係なとこから出てくるだろうがな」

「アリアくんはどうするのさ」

「ほっとけ。どうせ揺らしても何も出てこねえよ」

「でも、市警の方はそう見てないっぽいよ?」

「……無能め。俺の聴取を回しただろうが……!」

「あっちはお役所仕事だから、グウェンの聴取の怖さが分かってないんじゃないの? 普通の生徒が当たったら、怖くておしっこ漏らしちゃうもん」

「二度とその名で呼ぶな」

「いやん、冷たい」


 ◇


 あれから数日後、三人で交わした協定により俺の周囲には束の間の平穏が戻りつつあった。エンマがやってくることには変わりないが、レティシアとの啀み合いが減ったことが何よりの要因だと思う。やっぱり、慣れないことをしてよかった。

 しかし、登下校中はそうも行かない。どちらかに付き合う日ならまだしも、毎日そうしているわけにもいかないし、普通に帰るのであれば俺は姿を消さなきゃ行けない。

 それも元はと言えば、ワイバーン事件で俺があの竜をねじ伏せてしまったことにある。咄嗟だったからしょうがないとはいえ、もう少し穏便に済ます方法もあったのかもしれないが……レティシアが近くにいて冷静に判断しきれなかった。

 とにかく事態を収集しようとして、あのままだとあのワイバーンを殺していたかもしれない。そうなれば、俺の学園での生活は……やめよう。もう終わったんだ。さっさと家に帰って勉強しよう。

「ちょっと」

「……」

 俺……じゃないよな? フリーダからパクった魔術を勝手に改良して、俺の姿は見えてないはず。俺を探すにしても、どこにいるかわからない、目を凝らさないとわからない違和感をめざとく見つけられるわけ……

「ちょっと、君に言ってるんだけど」

「……」

 目が合ってる。普通にバレたな、こりゃ。

「……なんですか」

「うお! いきなり現れた」

 見えてたんじゃないのか?

「何ですか、いきなり」

「君、アリア・ドルミエス・アストレア君だよね?」

「……」

 やっぱり、記者だったか。

「私、CH新聞の記者なんだけど」

「取材ならお断りします」

「あーん! そう言わずに、頼むよー!」

「……」

 二十代前半、茶色の髪に、いい感じの服。中産階級の人間か? 新聞社の記者にしてもいい格好だな。

 こいつがどうやって俺のことを探し当てたのか気になる。下手に断って、見つけた方法を言いふらされでもしたら厄介だ。ここは穏便に済ませないと。

「……どうやって、見つけたんですか?」

「あれあれ? 気になる?」

「……」

 近い……

「まあ、学園があんまり取材に乗り気じゃないから、多分生徒を庇ってるなって思って、それなら、ティルティア学園の生徒なら光学魔術も使えるかもって思って、学園生が通るような場所に目星をつけて張り込みを……」

「探偵みたいなことをするな、アンタ」

「えへへ、どうも〜。魔術を使うなら、必ず魔術構造物があるわけだからね。頭隠して尻隠さずだよ」

「秘匿してたはずだが?」

「う〜ん、確かに隠してたけど〜、ちょっと甘いんじゃない?」

「……」

 腹たつな、こいつ。本当に取材する気あるのか? その人間を怒らせて、インタビューを断られたらどうするつもりなんだ。

「それに、私、結構目がいいもんで」

「……解析眼か」

「あら、バレちゃった?」

 魔眼は、二種類ある。

 魔術的干渉を行う干渉眼と、魔術的解析を行う解析眼。こいつのはおそらく解析眼。詳細はわからないが、魔眼持ちか。

「あれれ〜、初対面の人に看破されたのは初めてだな〜」

「それで、何が聞きたいんだ?」

「あれあれ? インタビューを受けてくれる感じですか?」

「まあ、別にいいが」

「えっと〜、それじゃあ〜」

 ペラペラと女はメモ帳を捲る。まるで作戦決めしてるようだな。

「ワイバーンを倒したのって本当ですか?」

「……」

「あれれ? それじゃあ、コカトリスは? バジリスクは?」

「……」

「あれれ、おっかしいな〜。他の学園生に聞いたら、確かに君がやっつけったって聞いたんだけど……」

「嘘なんじゃないですか? 俺……」

「……俺?」

 あぶな……危うく自分のことを話すところだった。

「俺、何?」

「……」

「うーん、答えてくんない感じかー」

「別に、受けるとは言いましたが答えるとは言ってません」

「あちゃー、やっちゃったなー。けどいいのー? あんまり意地悪してると、うっかりどうやって見つけたか、他の人に自慢しちゃうかもよー?」

「別に、いいですよ」

「えー?」

「どうせ、最初のはブラフでしょ? 大半は魔眼のおかげ、魔術構造物の秘匿を、たかだか一般人が見破れませんから」

「あちゃ〜、作戦失敗か〜」

 やっぱり、最初からこのシナリオもう予期していやがったな。新聞社のエース記者……といったところか。だから稼ぎが良くて、身なりもそれなりにいいのか。

 それにしても、皮肉だな。呪いだの何だの言われている魔眼が、結局社会で有用なステータスの一つになってるんだから。

「ね〜、答えてくれな〜い? お姉さん、最近暇で忙しいんだよ〜」

「どっちなんですか」

「いいネタがないから、方々駆けずり回って、それでようやくこの話をかぎつけたんだ。お願いだから〜、人を助けると思って〜」

「恩を仇で返すような精神性の業界の人間に、かける情けはありません」

「そんな〜」

 人のゴシップをハイエナみたいに漁って散々人を貶めて飯を食ってるくせに、自分が困り果てたら人に情けを乞うのだから厚かましい。助けて欲しけりゃ真っ当な仕事をしろ。そうでなけりゃ天涯孤独の覚悟を持て。

「じゃあじゃあ、学長がクビになるって話は〜?」

「……は?」

「あれ、聞いてないの? 君んとこの学長さん、今日付で解任だって。副学長が、新しく学長に就任するっぽいよ」

「……それ、どこで聞いたんだ?」

「え〜、教えて欲しいなら交換条件──」

「ならいい」

「うそうそ! 今後の友情のために、親友には特別に教えといてあげよう〜!」

「……」

 何が親友だ。お前ほど信用ならん人間も、そうそういないぞ。

「こほん。私が教育省の関係者から仕入れた情報なんだけどね、ワイバーン事件ならびにコカトリス脱走事件の責任をとって、ルーカス・シモンズ学長は、本日付で解任されるんだって。確かな筋の情報だから間違いはないんじゃないかな〜」

「……」

「生徒に言ってないところを見ると、解任した後に、だから、明日ぐらいに朝礼で何か話があるんじゃない? こういうのは議題に投げ入れるより先に責任をとって収集をつけた方が学園としても賢いからね〜」

「……」

 示しがつかない……副学長や生活指導の教師が言っていた言葉だ。あの学長のことだからまたどうにかするんだろうとたかを括っていたが、まさかそんなふうに示しをつけるとは。

「……」

「参考になった?」

「……ああ、そうだな」

「じゃ、じゃあじゃあ、お礼に、事件のことについて教えてもらえたりなんかしちゃったり……?」

「帰る」

「あれー⁉︎」

 まさか、学長がクビになるとは。

 あの学長、怖かったけど割と好きな部類だったんだけどな。少なくとも、あの頭の硬そうな副学長よりかは。


 ◇


 翌日、エンマと一緒に登校すると、朝礼で屋内体育館に呼び出され、そこで学長の解任とその経緯、副学長の学長昇進が発表された。

 突然の知らせにザワザワとどよめき、周囲の人間はチラチラと俺の方を見ていた。何か俺が関係しているんじゃないかと勘繰っているんだろうな。

 そればかりか、朝礼が終わると自由行動になり、寄ってたかって周りの人間は、俺が学長を解任に追い詰めたんじゃないかとか、俺の親がめちゃくちゃな権力者だとか、とにかく学長の解任は俺の責任だとするような話を広め始めた。いや、まあ、部分的には合ってるんだけど、そんなこと言ったら動かなかったお前らも同罪だからな。

「失礼しちゃうよね! アリア君は4ーBの人だけじゃなくて、学園の人みんなを助けたっていうのに! がくちょうをかいにんにおいつめただなんて……してないよね?」

「不安になるな」

 ちゃんと最後までフォローしきれ。

「まったく同感ですわ。あれは学園側の完全な失態。アリアさんはその尻拭いをしただけですのに、ちょっと私、抗議に行ってきます!」

「いいよ、いつものことだし……」

「いつものこと⁉︎ 一体、常日頃どんな目に遭ってますの……?」

「アリアくんはね、それはそれは大変な偏見の目に晒されながら、毎日を生きてるの!」

「そうだったんですの……不肖、このエンマ・ヴェンナコスキ、全く気づきませんでしたわ……あんまりにも平然としていらっしゃるから」

「ふふん!」

 なんでちょっとレティシアが自慢げなんだよ。誇るところでもないだろ、それ。

「私なら学園に管理監督責任の不履行を理由に賠償請求で十万リベラはいただきますのに……その寛大なお心、流石は私の未来の旦那様ですわ!」

「まだ旦那じゃない!」

 またレティシアたちの啀み合いが始まり、悪評の立つ俺は更に注目を集めることになった。

「ほら、見てよ。学長を解任に追い込んで、今度は女の子を二人もたぶらかしてる……」

「うわー、陰で『学長をクビにしてやったぜ』とか自慢してそー。性格わる……」

「親の権力振りかざして、恥ずかしくないのかね……」

「はは……はは」

 俺は、考えるのをやめた。

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