第13話 地獄のハーレム
「はい、アリアくん、あーん」
「アリアさん、こちらも、あーん」
「……」
「どうしてレティがどうしてレティがどうしてレティがどうしてレティが……」
(帰りたい……)
こうなったのには経緯がある。
「──嘘ぉ⁉︎」
「声が大きい」
「えっと、その、私から言い出したことっていうか……」
あのあと、授業の合間にフリーダの誤解を解くところから始まった。
「じゃあ、レティはアリアとなんか婚約してないんだよね⁉︎」
「え、あ、うん……」
「おい、なんかってなんだ」
「よかったー! 私、本当にびっくりして……」
「けど、これからどうするんだ。あそこまで大見得切って、略奪婚なんて言い始めたぞ」
「それは……」
「それなら、話は早いんじゃないかい?」
「え?」
「アリアがさっさと婚約を破棄したフリをして、あのエンマくんとくっつけば話はおしまいじゃないか。めでたしめでたし」
「だ、ダメだよ!」
「どうして?」
「えっ、あっ、その……ダメだよ!」
「理由になってない……」
「ほら、アリアくんも……すぐすぐに結婚は嫌でしょ⁉︎」
「いや、まあ……」
「まだ学園で独身ライフを満喫したいよね⁉︎」
「いや、そこまで結婚に忌避感があるわけじゃないんだが……」
ヴェンナコスキじゃあるまいし……
「ほら、アリアくんだって嫌がってる!」
「けど、このままだとレティはアリアと婚約してることになるんだよ?」
「それは……後からどうにでもできるから!」
「おい」
レティシアがとんでもないこと言い出したぞ。
「とにかく、今は婚約者のふりをしよ? ねっ?」
「まあ、レティシアがそう言うなら……」
「ダメだよレティ!」
何なんだお前ら。
「そんな男と婚約者だなんて、レティシアの株が下がっちゃう!」
おい。
「そんなの、フリーダには関係ないでしょ!」
おい。
「関係あるよ!」
「ない!」
「ある!」
「ない!」
「この分からずや!」
「フリーダがでしょ⁉︎」
「……」
と、言うわけで、フリーダとレティシアの喧嘩は続くことになった。一体いつまで続ける気なんだろう……
そればかりか──
「あ、マイダーリン──じゃなかった。アリアさん!」
「お、おお。ヴェンナコスキか」
「気軽にエンマと呼んで?」
「じゃ、じゃあ、エンマ」
「……」
「あら、お二人でお買い物?」
「そうだよ!」
「え?」
帰るんじゃなかったの? レティシアさん?
「今から二人で! ヴェルリアストリートに行くの! エンマさんはあっち行って!」
「あら〜、つれませんわね〜。同じ学友として、誘ってくださらない? お二人はすでに婚約されてらっしゃるんですし、何の憂いもないでしょう?」
「どの口で……!」
本当に一体、どの口が言うんだろうか。
略奪婚だなんて言い出しておいて、よくのうのうと婚約者だと認識している相手に何の憂いもないだなんて言えたものだ。エンマ自体が憂いそのものじゃないか。
「さあさあ、行きましょう? 駅前に美味しいスイーツ屋さんがあるんですの」
「あっ、待って! 私も、私も知ってるから!」
「……」
そうして、現在に至る。
「──ここのパフェは絶品なんですの! アリアさんも一口如何?」
「クレープも美味しいんだよ! 食べて食べて!」
「OK? OK?」
何がOKなんだ? 何もOKじゃないぞ。
帰りたい。こんな気持ちで駅前で話題の絶品スイーツを頬張りたくない。お腹痛い……
「じゃあ、次はこっち行こう?」
「あら〜、それより、私とショッピングいたしませんか? 両親の小切手がありますから、好きなだけ買って差し上げますわよ?」
「くっ、親の威光を振りかざして……!」
「親の力も私の力ですわ! そもそも、婚約者を見つけ出せと言うのは両親の頼み。そのために使われるなら本望でしょう!」
好き勝手言われてるぞヴェンナコスキ父母、いや、案外言葉通りなのかな。どう言う教育してんだ!
「次はこっち行こ!」
「駅から少し離れた先にとびきり美味しいパンケーキ屋さんがあって──」
「次はこっち!」
あっちこっちと二人に連れ回される。視線が痛い。学園とはまた別の、好奇の視線が突き刺さるのを感じた。帰りたい……
けれども次第に夜も更けていく。帳を下ろしたように暗くなる。いつの間にか、とっぷりと日は沈んでいた。
「あー、二人とも?」
「そろそろ夜も更けて参りましたわね。如何です? 今夜寝所を共にするというのは?」
「寝所を共に……! ダメだよ! そんな……エッチな!」
(ふしだらなって言いたかったんだろうな……)
「あら〜、アリアさんの婚約者は随分と貞操観念がお堅いことで。若い男女なんですから、もう少しおおらかにいきませんこと?」
「そういうのは、大人になってからだってお母さん言ってたもん!」
お母さん……
「あら。私たち、もう大人ですわよ? 連邦法の成人規定は満十五歳、私たちは既に済んでいるからこそ貴方方も婚約を結べたのではなくて?」
「くっ……」
でたらめ設定なだけにどんどんボロが出ていく。って違う、そうじゃなくて──
「そろそろ帰らないと、親御さんが心配するだろ」
「あら、両親はアリムガンデにいますから、家には誰もいませんわよ?」
「そういうんじゃなく……それでも、夜に女の子だけで帰るのは危ないだろ」
「それじゃあ、送っていってもらえます?」
「なっ……!」
「ああ、そうしよう」
「だ、ダメだよ! アリアくんまで……え?」
「ちょっと、掴まれよ」
二人の肩を抱き寄せる。
魔術空間、展開。
空間解析、ベクトル解析、流体解析。
物質解析、オブジェクトの重心判定、境界線セット。
魔術行使、開始。
二人を抱いて、魔術に魔力を流すと、途端に俺たちの体は宙に浮かんでいく。そのまま、上空100mのところで、ヴェルリアの街を見下ろした。
「わっ、わわっ」
「っ……」
「これなら、変な奴にも会わないだろ。夜の街は物騒だからな……エンマの家はどっち方面だ?」
「え、えっと、こっちですわ」
暗闇の空に向かって、人差し指を指す。
「よし、そっちだな」
魔術で姿勢制御を施しながら、徐々に俺たちの体は先ほどエンマ・ヴェンナコスキが指し示した方角に向かって進んでいく。秋の夜風を俺たちは全身で突っ切っていった。
「寒くないか?」
「え、ええ。ちょっと……」
保温魔術・空気抵抗阻害、展開。
「……」
「ヴェルリアストリートには夜行列車は通ってないはずだ。駅通学なんだろ? 帰りはどうするつもりだったんだ」
「えっと、アリアさんに送っていってもらおうかな、なんて……」
「最初から、それが狙いだったのか……」
「は、はい……」
「……まあ、いいか」
「……」
エンマのやつ、顔が赤いな。寒いのか。
仕方がない。保温魔術もやり過ぎれば暑いし、そもそも人為的に温めること自体危険が伴う。出力にも限度があるし、流体操作での空気抵抗阻害にも完璧ではない。この場で魔術を再構築すればできるだろうが……これ以上拘束を解くわけにもいかないしな。
どんなもんかと思って魔法新聞を見てみたが、最近は近頃物騒らしい。案外、本当に殺人鬼と出くわすかもしれないって言うんだから気をつけなくては。
夕方に二人を返さなかった時点でこうなることはわかっていたんだし、送迎ぐらいの義務はあって然るべきだろう。
「……どうした?」
「えっ……」
「いや、ずっとこっちをみてくるもんだから」
「え、いや、その……」
「……」
俯いた。何なんだ?
「アリアくん! すごいよ!」
「……この子は、ムードってものがわからないのかしら」
「街がまるで宝石みたい!」
「ははっ、そんなふうにヴェルリアの街を形容したのは、レティシアが最初だろうな」
「……」
◇
「ここでいいか?」
「ええ」
目的地に着いて、一度二人を下ろす。目の前にあるのは立派な邸宅だった。
「おっきな家だねー」
「でしょう? お父様が買ってくださったの!」
「すごーい!」
「……」
「……今日は、その、ありがとうございました。送っていただいて……今度──!」
「まあ、遊びに行くんならいつでも誘ってくれ」
「え」
「……」
「……はい」
一度だけ、にこやかな笑みを見せてエンマは家に入っていく。
がちゃんと閉まった扉の向こうには、何の明かりもなかった。
「……」
「むー、アリアくん……どうしてそういうこと言うかな? あれだと、エンマさんに私たちが婚約してないってバレるじゃん」
「まあ、それはそうなんだが……」
「……?」
レティシアを抱き寄せて、もう一度空に飛翔する。家の方角を聞いて、すぐに速度を上げていった。
「あの家、大きかったな」
「そうだよねー」
「……」
「……どうしたの? アリアくん」
「……いや」
一人暮らしには大きすぎる家、一生徒には分不相応な邸宅、転校。両親は故郷にいて、彼女は今一人暮らし。家に帰っても、誰もいない。
どういう気持ちなんだろうな。親に結婚してこい婿探しだなどと言われて、故郷を追い出されて、見知らぬ土地で学生をすることになって、家に帰っても自分を知るものはいない。
高価な邸宅が、両親の圧力のように感じるのではないだろうか。必ず婿を探してこないと、何を言われるかわからない。これだけ投資したのに、あんなに金を費やしたのに、その言葉がチラついて。
金をかけてもらっている、投資してもらっている。だから、失敗はできない。何が何でも相応しい人を探さなければならない。消耗する精神の中で、それでも結婚はしたくない。
案外、彼女の見栄っ張りなところは、そんな自分の境遇と自分自身に折り合いをつけるための処世術なのかもしれないな。彼女の言った通り、両親を納得させるだけの理由を作るために一番になって、それでも、目の前に俺が現れた。これなら両親も喜ぶはずだ。自分もいいはずだ。半ば、自己催眠状態に陥っているのかもしれない。
あの広い邸宅で、一体、彼女は何を思うのだろうか。
◇
「アリアさん?」
「アリアさん?」
「アリアさん?」
「っ、えーい、出ていけー!」
ティム先生の雄叫びが、ベクトル操作の授業室に響く。
「はーい!」
飄々とした様子で、エンマ・ヴェンナコスキはまた去っていった。
「……おい、アリア。あれは一体どうにかならんのか。職員会議にも上がってるんだぞ」
「俺に言わないでください……」
やっぱりあいつ、おかしいわ……
翌日、また朝にばったりであったと思ったら、今度は毎朝一緒に通学するとか言い始めて、ことあるごとに俺を見つけると駆け寄ってきて、あまつさえ授業にも割り込んでくる始末。その度に、後ろから刺すような鋭い視線がふりかかってくる。特に……
「……」
「あの、レティシアさん?」
「ふん! アリアくんは、ああいう金髪の美人さんの方がいいんだもんね!」
「……」
レティシアまで怒り出すようになった。俺が何をしたと……?
元から平穏とは似ても似つかない俺の学園生活だが、それでも静寂はあった。居心地の悪さも無視すれば気にならない程度だし、そのおかげで帰って俺の周囲はクールな静寂が立ち込めていた。大図書館の奥の奥にある、原初の本棚に囲まれたような静謐さにも似た静けさが、学園の至る所に隠れていたはずなのに、いつの間にかそれがやかましい騒々しさにかき消されている。居心地の悪さは無視できても、騒々しさからは耳を塞げない。一体、俺が何をしたっていうんだ。
「聞いているのか、アリア!」
「アリアくん!」
ああ、もう、帰りたい……
◇
「アリアくん、どこー?」
「アリアさーん?」
「……」
放課後、どうにか二人を巻いた。この学園は校舎が無駄に広い。隙をつけば物陰に隠れることぐらい造作もなかった。
「おい、呼ばれてるぞ、色男」
「……変なあだ名で呼ばないでください」
「ふん! 随分と人気者のようだな」
「冗談が過ぎますよ、カスペルさん……」
二人から逃げる俺に声をかけてきたのは、例の鼠人、プーミリオのカスペルさんだった。左手には何通かの手紙が抱えられている。
「カスペルさんはまた郵便業ですか」
「この学園はどうなってるんだ。私はここに教師として労働契約を結んだはずなのだが……」
「教師の仕事ってことじゃないんですか?」
まあ、実際。どの教師も舐められれば同じような目に遭う。舐められないようにするか、舐められた時におもちゃにされるのが教師としう職務の一つでもあった。
「私が呼んできてあげようか」
「やめてください」
「ふん、全部君宛だよ」
「え?」
五通すべての手紙が俺に手渡される。
「なんでこんなに……」
「男子生徒の名前が二通に、例のエンマ・ヴェンナコスキからの手紙が三通。恋文じゃないのかい?」
「エンマはともかく、男子から人気を攫うようなこと、した覚えありませんよ」
「じゃあ恨み節だな」
「……」
ってことは、このうち二通は呪詛の手紙かよ。ロシアンルーレットじゃねえんだから。
「それにしても、解せないね」
「……何がですか?」
「二人の女生徒に言い寄られる状況、他の男子生徒からおそらくの恨み節が飛んでくるぐらいには、羨まれるべき境遇じゃないか。何がそんなに気に入らないんだい?」
「……先生、俺、ちょっと傲慢なこと言います」
「聞きたくないね」
「……」
この人は……
「……」
「……まあ、君がどうしてもというのなら、聞いてやらんこともないが」
「……カスペル先生、俺、恋愛ってもうちょっと厳かなものかと思ってました」
「夢の見過ぎだよ」
「こんなに騒がしいの、正直苦手です……」
誰彼から注目されるのはもういいとして、周囲で騒がれるのはいまだに苦手だった。
「興味がないと?」
「二人に興味がないっていうか、状況に引け目を感じるというか……」
「つまり、二人には興味あるわけだ」
「……」
「沈黙は肯定とみなすよ」
「否定はしませんが、肯定もしかねます」
「君らしい回答だね」
「褒めてます、それ?」
「実にノワールらしい模範的な回答だ。捻くれていて、私は素晴らしいと思うよ?」
「貶してますね、それ」
もし出会いが違えば……なんて普通に思う。少なくとも、ここまでして逃げることもなかっただろう……
「だがね、それでも僕は納得いかない」
「どうしてです?」
「エンマ・ヴェンナコスキ君は学内でも優秀な成績を収めている。彼女の両親はアリムガンデ州などという辺境に住んではいるが──」
「辺境って……」
「──伝統ある由緒正しい家柄だ。容貌にしたって難があるわけでもない。それとも、ああいうタイプは嫌いかね?」
「……そういうわけじゃ」
「なら、尚のこと分からないな。容姿も嫌いじゃない。家柄もあって、しかも自分に熱烈に求婚してくれる。はっきり言えば逆玉じゃないか。何をそんなに拒否することがある」
「……エンマは、いい子です」
「意味がわからない」
「……実力至上主義、大いに結構。ただ、恋愛における実力と、魔術における実力は必ずしも同一ではありません」
「……」
「……彼女は俺に、一生を賭けても勝てないなんて言ったんですよ」
「それが、気に食わないのか?」
「……まあ、少なくとも自分が女にしたいと思う相手として、自分に絶対勝てない相手を選ぶのは、卑怯者のすることです」
「ノワールらしくていいじゃないか」
カスペルさんを睨む。流石に彼も、自分の失言に顔を逸らした。
「……しかしね、君の恋愛観はちと高尚すぎやしないかね」
「……分かってます」
「ハッキリ言って直線的だ」
「……分かってますよ」
「恋愛はああだこうだと語る前に、もう少し経験を積んでみてはどうかね?」
「そういうカスペルさんは、経験あるんですか?」
「勿論だとも」
「……」
「……夢の中ではバッチリさ」
非モテ二人が無駄な会話をしただけだった。
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