第9話 乱入者
「……ようやく来たわね」
七限目が終わり、ようやく放課後になると、しばらくしてアリア・ドルミエス・アルトレアが屋内演習場の第一区画に姿を現した。すでにコートの中央には例のエンマ・ヴェンナコスキの姿がある。観客席にはまばらに野次馬の生徒の姿が見受けられた。
また見せ物にされるのかとアリアは半ば頭をかいた。
「その呆れ顔がいつまで持つのか、見ものね」
「それで、結局俺に何のようだ」
「私と、決闘しなさい!」
「帰る」
「……ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「そういうの、もう間に合ってるんだ」
「間に合ってるとは何よ! まるで私が誰かの二番煎じみたいじゃない!」
「……」
全くもってその通りなのだが、あえてそこには触れなかった。
「聞いたわ。不届にも、このエンマ・ヴェンナコスキを差し置いてこの学園で最強の座を欲しいままにしてるそうじゃない」
「欲しいならやる」
「そうじゃなくて! 周囲に示さなきゃならないの! 私がこの学年で一番だって!」
「それで、どうなるんだ」
「皆から尊敬されるわ!」
「……」
「何よ、その短絡的な……みたいな目」
「実際そう思ってるからな」
「尊敬されるのは大事よ? そんなこともわからないのかしら」
「……もういい。それで? 彼のエンマ様は一体どのような勝負をお望みで?」
「私と陣取り合戦よ!」
「……」
この学園において陣取り合戦とは概して、空間を自身の魔力で取り合い、どちらが先にしていないの空間を完全支配するか。もしくは指定時間後にどれだけの領域を支配しているかで優劣を競い合う試合のことを意味する。
「……どっちだ」
「完全支配と行きましょう。私は何にでも完璧を求めるの」
「……あんまり良くない癖だけどな、それ」
「何か言いました?」
「いや、さっさと始めようか」
「いいでしょう」
観客席、付き添いに来たレティシアとフリーダ、さらにその付き添いのアンジェリーヌやゴールドバーグの姿もあった。
「エンマさんってそんなに強いの?」
「まあ……一年前に転校してきて、すぐにクラスでも実力者として知られるくらいにはすごいかな」
「なんでもアリアを抜けば学年で一番の魔術師じゃないかって噂されましてよ」
「けど……そこまで、強いとは思えない」
「あらそう? 私は案外アリアを打ち負かせると思ってますが」
「……それ、本気?」
「もちろん、冗談ですわ」
「アリアが負ける姿は……想像できない」
「そうですわよね〜」
「じゃあ、アリア君の方が強いかもなんだ」
「まあ、いくらエンマさんとはいえ、あのアリアに勝てるとは僕も思えないね」
各々総評がまとまり、もう一度コートの方に目を移したところ、エンマの友人がルール説明を終え、既に試合が始まろうとしていた。
「……第九拘束、解放」
「何か?」
「いや、なんでも」
準備を済ませると、お互いにコートの範囲外を出て、立ち位置に着く。
「両者位置について、用意、初め!」
「……!」
その瞬間、エンマ・ヴェンナコスキの瑠璃色の目が彩光を放つ。その姿にアリアはいくばくかの驚きの様相を見せた。
「あれって……」
「どうしたの、フリーダさん」
「魔眼じゃない?」
「え⁉︎」
「そういえば、実物を見たのは初めてですわね……」
「私、見たことがある。あれ、魔眼……」
「そうなの、ジンジャーさん!」
「ひっ……」
「どうどう、レティシアさん……本当なの?」
「……たぶん」
その言葉に再びコートの方に各々の視線が吸い寄せられる。
ここにいるのは魔術師ばかり。魔力の流れにはひどく敏感である。両者が互いにどのような魔力操作を行なってるかぐらいは制裁に読み取ることができた。
「押されてる……?」
「たぶん……」
アンジェリーヌとジンジャーは口々にいう。
「あれ、何の魔眼なの?」
「……」
「……フリーダさん?」
「どうしたの、フリーダ」
「……いや」
「流石に、見ただけじゃ、魔眼がどれに当たるのかは、わからないと思う……」
アリアは模範的な操作で魔力を動かしていく。その手際は決して悪くはなく、並の魔術師であればすぐに支配権を獲得できそうなものだが、不自然な挙動でその動きが逸らされる。時に静止し時に曲がり、また、ヴェンナコスキの魔力もまたおかしな挙動で動いている。まるで意表をつくかのようなそれは的確にアリアの魔力に突撃し、弱点を狙われたアリアはその支配権を取り取られ、全体的には徐々に後退する形となってしまっていた。
「まさか、エンマさんが魔眼持ちだったとは……」
「学年で随一ってのもあながち間違いじゃないかも……」
「……」
「……」
「……ん? どうしたんですの? レティシアまで」
「いや……」
今度はレティシアの方が眼前の光景を見て首を傾げる。すごい戦いだ。自分には真似できやしないだろう。
しかし、何かが引っ掛かる気がする。何かが足りていないような、違和感があるような……
「……無粋だな」
アリアはその言葉だけを残して、全ての魔力をエンマの魔力にぶつけた。
エンマはこれを待ってましたと言わんばかりに囲い込み、そして、余剰魔力によって一度に押しつぶす。その隙に、指定領域を完全に支配し、審判である友人のコールが演習場に響き渡った。
「あ゛ぁ……はぁっ、見ましたの! 皆さん!」
わあっ、とその場の観客からまばらな歓声が送られる。その一つ一つに応えるようにエンマ・ヴェンナコスキは手を振っていた。
「……おめでとう」
「貴方も……っ、なかなか、やりますわね!」
「ありがとう」
「まあ? 特別に、私のライバルと名乗っていただいても構いませんが?」
「……遠慮しておくよ、力不足だろう」
「貴方はまた私の誘いを……まあ、いいでしょう。いい試合でした」
「ああ」
お互いに固い握手を交わす。
「さあ、帰りましょう! 皆さん今日は私の奢りですわよー! 駅までの売店に急ぎましょう!」
彼女を取り巻く友人たちは呼応するように叫び声を上げた。
「……」
「敗北おめでとう」
「ちょっと、フリーダさん……!」
「何が力不足だって? 手抜いてたくせに」
「はぁ?」
「え……」
驚きの声がアンジェリーヌとジンジャーからもれる。しかし、レティシアはフリーダの言葉に眉ひとつ動かさなかった。
それどころか、彼女はアリアの方を少し険しい様子で見ていた。
「……何のことだ?」
「何のことだって……わからないとでも思った? 君の魔力量、トン単位のドラゴンを浮かせられるんだよ? あんな魔力、一瞬で消し炭にできるぐらいには魔力が有り余ってるはずだよね」
「……」
「第一、鎮静の魔眼に対して真っ向から対応していたのは君じゃないか、アリア」
「……あれは、魔術干渉を意図的にしないカエルが相手だ。エンマは自分の魔眼を使いこなしながら、自らも魔力干渉をしていた」
「だから何? 魔力量の言い訳にはならないよね?」
「……事前に決めている。試合の際には学生の範囲にとどめた魔力と魔術回路しか使わないと」
「は? それで手抜いて、一人負けても内心鼻で笑うって? いい趣味してるね」
「……手を抜かないと、怒るのは君たちじゃないか」
「……」
「……」
「……」
「……少なくとも、彼女は自分の魔眼を使いこなしていた。十分学生の域では才能がある。それに対して、一定の評価としての勝利を与えて何が悪い」
「勝利を与える? はっ、君はいつもそうさ。何でもできる気でいて、ご自慢の魔力量と魔術回路を鼻にかけて、今度は批評家気取りかい? 君のそういうとこ、本当に虫唾がはしるよ」
「……帰る」
「あっ、ちょっと……」
「レティ! 行こ!」
「あっ……」
◇
「アリア君、あれは私も良くないと思うな」
魔眼を持ったエンマ・ヴェンナコスキとの試合後、ある昼休みにレティシアとアリアは席を同じくして勉強に励んでいた。ベクトル操作の魔術書に向き合う中、レティシアは昨日の試合について異議を唱える。
「いざこざになるのはわかるけど、手を抜くのは良くないと思うよ。失礼だよ」
「……別に、手を抜いたわけじゃない」
それに対して、アリアは弁明した。
「レティシアは、あの試合は何のためにあると思う?」
「何って、勝負のためでしょ?」
「どうしてあの方式が勝負に持ち込まれたと思う?」
「それは……」
「……どれだけ魔術を理解し、魔術の基礎である空間支配について努力しているかを測るのが、あの勝負方式だ。さて、俺たちは魔術師だ。魔導士じゃない。魔導士なら魔力料を全て用いて速やかに相手の魔力を押しつぶす。それもいいだろう。だが、俺たちは魔術師だ。魔術師は、できないことをできるにする。誰でもできるようにすることを目的としている。俺たち魔術師のやり方は、知っていて、尚且つある程度訓練を積めば理論上、誰でも可能というのが売りだ。その魔術師の戦いで、相手は様々な技巧を凝らしているのにも関わらず、それを無視して肉弾戦を仕掛けるのは果たして許されるのか?」
「それは……」
「もっといえば、俺は手を抜いたわけじゃない。あれだけしか許されなかったんだ」
「どういうこと?」
「……」
それ以上、アリアは口を開かなかった。言いたくないことがあるのかなと思って、レティシアもそれ以上は聞き出さなかった。
◇
「今日はベクトル操作のモーメントについて、実際に物体を操作することで理解してもらう」
それから、また数日が経ったある日。今度はお昼前の四時限のベクトル操作の授業でのことである。
「この物体を解析してほしい。この物体は今、俺の魔術干渉によって回転しているわけだが、その速度ベクトルは常に変化し続けている。回転運動エネルギーというのは一つ一つの粒子の、ある瞬間における運動エネルギーの総和であって、それがこの回転する物体に仕事をさせない限り、時間によらず一定であるということはこの前の剛体力学の授業で説明した通りだが──」
快晴の日であった。上を見上げれば一面に広がるのは雲一つない青空で、秋というだけあって少しくすんで入るが、少し肌寒い乾燥した風が髪を揺らす絶妙な季節であった。
こんな季節に課外授業なんかしなくても、とほとんどの生徒は思っていたが、お構いなしにティム先生は続ける。冬場ともなれば屋内演習場は今以上に人気の場所となる。
「そこで、モーメントの操作に入りたいと思う。各々、風車を回転させて。魔術解析によって一定であるモーメントを解析し、そしてそのモーメントに対して適切なアプローチを──」
「キィエエエエエエエ!」
いきなり、どこからか雄叫びが聞こえる。人のモノとは思えない、甲高い声であった。
ティム先生は説明を一度中断したが、続く雄叫びがないことを確認して、とりあえず説明に戻った。いくばくかの生徒は説明を続ける先生に対し、まだ心ここに在らずといった様子で先ほどの雄叫びに興味を示していたが、勉強熱心な生徒が多いこの学園では、すぐに切り替えられる者も多かった。それが、かえって仇となる。
「先生!」
一人の生徒が声を上げる。その声に、すぐさま後ろを振り向いたティムは、生徒に向かって叫んだ。
「全員、校舎に向かって避難! 魔術の使用を許可する!」
危険なコカトリスが、どこからか現れていたのだ。すぐさまこちらに向かって突進してくる。
「加速魔術発動! 照準、発射!」
校庭に散らばるいくばくかの石を全て魔術で浮かせると、そのいくつかを結合操作によって合成し、一つの大きな塊にしてコカトリス目がけて発射する。重厚な羽毛に対し効果がないことを悟ると、さらに大きな礫を合成し始めた。
「っ……」
後ろを見る。4ーDの生徒は、そのほとんどが急いで校舎へと向かっており、騒ぎを聞きつけて窓辺からも多くの生徒がこちらの様子をのぞいている。観衆の数が、まだ多くなりそうな状況の中、魔術師である彼には大型魔獣に対する対抗策がない。
なくてもやるしかない。効果がなくてもやるしかない。後世ではいくらでも笑われる思考停止だが、奇襲的状況と時間的猶予のなさを鑑みれば、仕方のない思考停止というのも存在するのだ。
それが、今である。
「プラズマ操作!」
コカトリスの羽を燃やそうとするが、発火点に到達せずうまくいかない。無機物の成分割合の多いコカトリスの羽は、その発火点が非常に高く、また、魔獣はそれ自体が魔術の干渉を受けにくい。魔術に対する無意識的な対抗力が身についているのである。
「キィエエエエエエ!」
再びの咆哮、猛スピードで迫ってくる猛獣は、自分の目の前に姿を現した。
駄目だ。わかっていても、弾けない時はある。このままだと、ゆうに6mはあるであろう体長を持つその体躯によって踏み潰されるに違いない。恐るべき筋力が、鋭利な爪を持った鋼のような足を凄まじい速度で振り回している。そのスピードを冷静に分析できない程度には、ティムは焦っていた。
「お座り」
その瞬間、コカトリスは頭からねじ伏せられる。まるで、見えない超重量の重りを頭からのしかけられたようだった。
突然のことに動けないティム。さらに、暴れるコカトリスをひとりでに地面から生え動く鎖と錠が縛りつけた。
振り返る。そこには、一人だけ逃げていなかったアリアの姿がいた。後ろにはレティシアが青ざめた様子で隠れている。
どごん、と後ろからひどい音がした。また振り返る。
嫌な予感は的中するものだ。まさかと思ったら、さらにまた別のコカトリスと、さらにはバジリスクまでが柵を超えてやってきた。おそらくは飼育してる小屋から脱走してきたのだろう。
どちらも鶏に似た形状。しかし、体長は明らかにバジリスクの方が大きい。また、バジリスクは危険な竜種であり、つまり列記としたドラゴンである。
「お前ら、逃げろ!」
叱るよりも先に、眼前の危険を察知したティムは二人に避難するよう命じた。しかし、アリアは動かない。レティシアもアリアに釣られて動けずにいる。
二人を抱えて逃げようと駆け寄るティムであったが、アリアは二匹の魔獣に対し、魔術を行使した。
焦るティムは息を荒げこちらに向かってきているが、彼が背を向けた瞬間にもう一匹のコカトリスも地に堕ち、すぐさま拘束される。バジリスクは、さすがは竜種というべきか。のしかかる4トンの重量を耐えきり、更に踏み込むと一息にアリアの方まで足をかけた。彼は、自身を害したのがこの少年であることを理解していたのだ。
不自然な影入りに危険を感じ取り振り返ったティムは、眼前に広がる恐ろしい光景に咄嗟に魔術を行使しようとした。嘴を開き今にも自分達を食おうとしているバジリスクに対し、せめて生徒だけは守らねばという意思のもと、どうにかバジリスクを吹っ飛ばそうと単純なベクトル操作で、全ての魔力を乗せて放とうとしたわけであるが、それさえも先回りされ、見知らぬ錬金術がバジリスクを襲う。
拳のような大質量の地面が、形を変えてバジリスクに掴みかかったのだ。そのまま変形をやめ硬化すると、あたかもキジをとった漁師の如く、バジリスクを宙に吊るした。抵抗するバジリスクに対して、喉に圧力をかけると途端に大人しくなる。
「……っ、お前ら、何やってんだ!」
その場の危険が排除されたことを知ると、すぐさまティムはアリアたちに叱責を飛ばした。
「拘束しました」
「逃げろと言っただろ!」
「あのままでは他の生徒に危険が及びます。ベクトル操作で、自身を移動させるのに不慣れなものもいましたから」
ふとティムは校舎の方を見る。ようやく、今になって校舎にたどり着いた生徒も何人かいた。そういえば、自分が受け持っていたのは四年生のクラスだ。瞬間的に自分を浮かせたり、移動させたりできるのはこの中でもごく限られているということを咄嗟のことで失念していた。
「……だが、お前は生徒だ」
「あのままでは先生の命が危うかったです」
「先生はお前らを守るのが仕事だ!」
「この場に死んでいい者など、誰一人としていません」
静かで、それでいて力強い言葉だった。
もう一度辺りを見回す。騒ぎを聞きつけてようやく応援に来る先生や野次馬をしている生徒。魔術に距離は関係ない。やろうと思えば、すぐにでも魔術を行使できたはずだ。それを、おそらくは許可されていないという理由でここにいる百人以上の生徒は誰一人として、あまつさえ教師もその判断ができなかった。
その上で、アリアは状況を冷静に判断して、自分にやれるだけの最良を残した。
「……もし、駄目だったら、撤退できていたのか」
「当然です。その時は、先生ごと俺たちを上空に逃します」
「……そうか」
それ以上に、生徒を守ると大見えきっておきながら、それを遂行しきれなかった己の不甲斐なさに、ティムはアリアに怒る顔を持ち合わせはしなかった。
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