第7話 特別講師
あれから数日、ティルティナ学園ではいつもの毎日が繰り返されていた。
アリアが7時に登校すると、レティシアとばったり会い、そのまま学園へと一緒に歩き、教室に入る。一緒に授業を受けて、わからないところは質問し、休み時間には誘いがあればアンジェリーヌやフリーダ、ジンジャーなどと共に談笑する。
そんな平和な日々が続いていたある日、学園に新たな人物がやってきた。
「今日、特別講師の人が来るんだってね」
隣にいるアリアに声をかける。
「らしいな、ティム先生が朝の時に言ってた」
アリアは専門書に目を落としながら答える。
「いったい何の授業やるんだろうね。ドラゴンの話とかかな?」
「レティシアは魔法生物好きだよな」
「うん! だって、不思議がいっぱいでしょ」
「そうだな」
受け答えの最中、アリアは目線こそ変えないものの、わずかに微笑する。
魔法生物は一般の生物とは区別され、魔法や魔力の影響を受けたとされているものだが、であればなぜ他の生物との違いが出るのか、全ての生物が魔法の影響を受けていて然るべきではないのかという論争は未だ決着の様相を見せていない。それどころか、どんどんと話は飛躍し、それを助長したり話をこじれさせるような主張や根拠が飛び交うばかりである。魔法生物は不思議でいっぱい、なるほどこれ以上に魔法生物という存在の懐疑さを表している言葉はないだろうとアリアは一通り考えて言葉を飲み込んだ。考えていることを何と話にしゃべるのは、いつも戒めていることである。
「お前らー、一旦静かに」
教室に入ってきたティム・ハウスミットは騒々しい生徒たちに号令をかける。
「特別講師の方が来てくださった。ありがたい話をしてくださるから、一生懸命聞くように」
「私がわからなくなったら、また解説してね」
レティシアは小声で隣いるアリアに耳打ちする。
「駄目だろ。講義の邪魔になる」
「えっ! それじゃあ、私はどうしたらいいの⁉︎」
「授業の後にまとめて教えてあげるから……」
「ありがと!」
「それでは先生、どうぞこちらに」
「先生なんてやめてくださいよ」
件の男は苦笑いを浮かべる。
「えー、みなさんこんにちは。私、フィリップ・ブロムリーと申します。普段は医学・統計学的視点からの魔眼の研究をしていまして、一応能天級魔術師をさせていただいてます」
「能天級って?」
「……」
「あっ、ごめん……」
「……魔術師の位階だよ。イリアコド連邦には魔術師協会っていう連盟があって、基本的にそこで研究発表を行うんだけど、その組織内での魔術師の勲章さ。下から四番目の位だね」
「能天級というのは一応、魔術師協会での監査の仕事を任せていただく立場でして、若い魔術師の卵である皆さんには、有益な話ができたらなと思ってこの場に参りました」
話しながら、フィリップという男は苦笑いを絶やさない。人の良さと小心さが服を着て歩いているような人物であった。
「それでは、早速ですが本題に移らせていただきます。今回皆さんに抗議したいのは、いわゆる魔眼ですね」
ざわざわ、とクラスは騒めく。
無理もない。魔眼とは一般に呪いの象徴、先天性の罪悪。恐れ忌み嫌われ、魔眼持ちだからという理由で捨てられた赤子や殺人事件はこのイリアコド連邦においても珍しくない。まさしく生来呪われた目。
「みなさんが魔眼と聞いて驚くのも無理はないでしょうが、近年、僭越ながら私の研究で魔眼というのは医学的な症状の一種であるということが分かってまいりました。これまでの人の恐怖に裏打ちされた伝統と呪詛の象徴ではなく、新たな時代におけるマガンの在り方について、皆様に共有できたらなと存じます。では早速、魔眼の定義から参りましょう」
かっか、と規則正しく、慣れない様子で板書していくフィリップ。彼の書く文字を多くの生徒がその目で追っていた。
「魔眼の定義とは人間の中枢神経より独立した魔術回路、というふうに言えます。本来魔術回路は魔法を行使する上で様々な演算や魔力操作を肩代わりする中枢神経の一つですが、過剰な魔力によって魔術回路が異常発達し、それ自体が独立処理をするようになったのが魔眼と言うわけです。集積回路的な様相を極める魔眼の魔術回路は、その独立性からもう一つの脳と言っても過言ではありません」
「アリアく〜ん、もうわかんないよ〜」
難しい単語のオンパレードに泣きつくレティシア。当の本人は話を聞き漏らすまいと早口で答える。
「つまり、魔眼は魔術回路の一つってこった」
「ありがと〜」
「あはは、すいません。難しい話が多かったですかね」
ぎくりとする二人。聞かれていたのかという驚きと、そこまでうるさかっただろうかという不安が周囲の視線とともに鋭く刺さる。固まる二人に、特に状況を理解していないフィリップは気にせず講義を続ける。
「つまり、過剰な魔力が恒常的に通った結果、変質した魔術回路、それが魔眼の正体です。視神経ないしは聴神経は脳と直接繋がっていますから、自ずと影響も受けやすく、高名な魔術師に盲目・難聴・失声が多いのはこのためです。さて、では今一度魔眼の定義を指し示しましょう。医学的にマガンとは、『魔力過剰による変異により後天的に独立分化した末梢神経』のことを指します。先ほどは中枢神経と言いましたが、あくまで本来であれば中枢神経に従属するはずだった末梢神経が、マガン発症による独立分化によって、中枢神経と末梢神経の中間の存在となり、どちらの性質も有するようになったということです。従来通り中枢神経と感覚・運動器官の情報の受け渡しをするだけでなく、中枢神経並みの演算能力をもって独自に演算する新たな準中枢神経、それこそがマガンです。魔眼と一括りにしますが、実は眼球以外にも耳や舌、あるいは体の一部がマガンになった例も存在します。皆さんは言霊や盲目の魔術師の存在を知っていたりはしませんか」
「言霊って?」
「言葉を現実に変えることのできる力だ。一般にはオカルト的存在と見られてるけど、実際に存在する能力だよ」
「その通りですね。今まで言霊と言われていた存在も、実はその本人の舌がマガンだったんじゃないかというのが有力な説です。盲目の魔術師も、これから紹介する末期マガンによって魔術的解析が行われることにより、失明してもなお周囲の状況をある程度精細に読み取れたからではないかというふうに言われています。このように、これまで逸話とされてきたことがマガンの新たな定義によって信ぴょう性を帯びてくるという事態が、近年散見されるようになりました」
ニコリとフィリップはアリアに笑いかける。本人としては熱心な生徒に目をかけているつもりなのだろうが、本人からすれば嫌に目立つので言葉を拾わないでほしいところである。無論、講義中に喋るなと言われればその通りなのだが。
アリアは周囲の視線を想像して、流石に胃が痛くなってきた。
「さて、もう少しだけつまらない話にお付き合いください。これで最後ですから」
アリアはもう限界だと項垂れるレティシアをなだめ、フィリップもまた彼女を見て少々苦い笑みを浮かべる。自分の研究なだけに、生徒に面白いと思わせられない自分の能力のなさを悔やむしかないのだ。
「マガンは決してオカルト的な存在でもなければ、呪いでもありません。れっきとした病状の一つです。故にマガンには病期が存在し、段階的に進行していきます。魔眼症状の発症・進行段階は五つ、潜在機・初期・中期・後期・末期に分かれています。それぞれステージⅠからⅤに分類されていて、ステージⅠはマガン振興が水面下で行われている段階、過剰な魔力の流入によって魔術回路が発達、マガン化が進行していきますがステージⅠでは顕著な独立分化は見られません。ステージⅡになるとマガン化は急速に進行し、二週間ほどの経過してステージⅢに移行します。ステージⅠの段階でマガン進行の95%が完遂するとも言われていまして、最後の5%の段階でステージⅡに移行し急速にマガン化が進むわけですね。ステージⅢは中期、いわゆる安定期です。もっともマガンが瑞々しく、魔眼として機能を保った状態では一番最初のステージと言えるでしょう。中期到達後もマガンは徐々に発達していき、やがて後期に突入します。ステージⅣ、マガンの独立分化と発達が進むことによって末梢神経としての機能が徐々に減退・消失していきます。眼球であれば視力が、耳であれば聴力が、舌であれば味覚が徐々に失われていき、時には痛みやめまい、かすみやその他錯乱状態に陥ることもあるそうです。ステージⅤ、完全に末梢神経としての能力が失われ、代わりに魔術回路として完全な独立分化が達成されます。この段階のマガンは非常に処理能力が高く、盲目の魔術師が目を失ってあらゆる場所に目を獲るなどと言われているのは、マガンが末期状態に突入することで視力を失った代わりに、魔眼による魔術解析で本来死角であるはずの場所も視ることができるようになるからだと考えています。以上がマガンの発達段階、ステージが進むごとにマガンとしては発達していきますが、感覚器官としては弱体化していく欠点も持ち合わせているわけですね」
流石にこれ以上当てられるわけにいかない二人は机にある紙にレティシアが質問を書いて、それに執筆で答えるという筆談の形をとっていた。
「それじゃあ、みなさん。眠たい授業は終わりにして、今度は魔眼の詳細な話に移りましょうか。魔眼は呪いの象徴でもありますが、同時に高名な魔術師の証拠でもありますからね。強力な力を有することも珍しくありませんから、特に男の子なんかは得意なんじゃないでしょうか」
ティルティナ学園はいわゆるエリートの在籍する学園ではあるが、皆今をときめく若人ばかり。魔術師として魔眼に畏怖と憧れを抱くものも少なくない。
子供特有のプライドと、抑え難い衝動に「自分は興味ないから」というふうな顔は取り繕ってはいるものの、背を伸ばす男子諸君が露骨に散見される。中には本当に興味ないものもいるようだが、食いつきのいい反応にフィリップは満足げに頷いた。
「魔眼には多くの分類があります。レアリティによる分類、同系統の魔眼のなかでの性能による分類、そして、どれだけの能力を有しているか、数での分類。今日はそれぞれを教えていきたいと思います」
そう言うと、フィリップはティムに目配せをして事前に用意していた籠を持って来させる。
ティムの持ってきたそれに注目が集まる。
「これはウシガエルというカエルの仲間ですが、なんとこのカエル、魔眼を持っているんですね。試しにこのカエルに何らかしらの魔術を試みてみると……ほら、この通り」
カエルの近くで簡単なベクトル魔術を構成しようとすると、見慣れぬ挙動でその魔術構造物が瓦解していく。明らかにカエルからの魔術的操作であることは、この学園に在籍し魔力の流れを察知できるものなら誰でも気づけることであった。
「それじゃあ……君、ちょっと前に出てきてくれるかな?」
「……」
呼ばれるアリア。先ほどから他の生徒より目立っていたこともあって、また、なまじ教え合いと言う何ともん勉強熱心な姿で目立っていたこともあり、明らかに意図がある形で壇上に立つよう指示される。変に目があるのでまさかとは思っていたが、予感というのは悪いふうに的中するものだ。
良くも悪くも……いや、彼の場合は悪い視線を方々から浴びながら、フィリップの隣に立つ。本来目立つことはそんなに好きではないのだが、席を立つ時にレティシアから「頑張って」と励ましの言葉を小声でもらってしまったこともあって、下手に誤魔化すこともできず、淡々とカエルに向かう。
「それじゃあ、何か魔術をかけてみてくれるかな?」
「……なんでもいいんですか?」
「うん! できるだけいろんな魔術をかけてくれると、この魔眼の効果がわかりやすいかもね」
「できるだけ多く……」
その言葉をアリアは反芻する。
「……」
「!」
一度だけレティシアの方を見て、頑張ってと言わんばかりの熱い視線を認めると、仕方がないなと言うふうに一つため息をついた。フリーダはその姿に少し顔を顰める。彼の一挙手一投足、特に呆れた時の挙動は彼女の勘に触るのだ。
しかし、ため息をついて、息を入れると真剣に変えると向き合う。万一のことがあってはならないから非殺傷性かつ出力は弱めで……
ベクトル操作、瓦解。
「おっ、いいね」
圧力操作、瓦解。
熱量操作、瓦解。
「いいねいいね、その調子」
「……」
電磁場操作、一部瓦解。
流体操作、瓦解。
「……」
音波操作、瓦解。
物質変換、瓦解。
対抗魔術作成、瓦解。
対抗魔術同時並列作成、八割瓦解。
「……」
サンプル魔術、作成。
デコイ魔術、作成。
魔術干渉、測定。
理論構築、対抗魔術作成。
中和魔術、作成。
ベクトル操作、一部瓦解。
中和魔術、瓦解。
理論再構成、対抗魔術訂正。
ダミー構成、中和魔術構成。
ベクトル操作、瓦解なし。
「……」
熱量操作、瓦解なし。
圧力操作、瓦解なし。
流体操作、瓦解あり。
理論再構成、対抗魔術再構成。
流体操作、瓦解なし。
「……」
プラズマ操作、瓦解なし。
「うわっ」
電磁波操作、瓦解なし。
「あ、えっと、やりすぎない程度に……」
対抗・中和魔術かいじょ。
重力魔術、瓦解なし。
放射線操作、瓦解なし。
「……ふう」
全魔術、解除。
「……どうやら、カエルにとって身近でない現象は魔眼にも認識されないようですね。ベクトル操作や熱量操作には敏感に反応していたのに対し、電磁場操作に対しては対処が限定的だったのと、重力操作や放射線操作に対しては全くの無頓着でしたから。それと、魔眼が行うのが魔術的操作である以上、対抗命題や中和命題も存在するようなので、一度マガンに対する幅広い対抗理論を構成して魔術として構築すれば、それ以降の魔眼による介入の一切を阻むことができるようです。人間であれば放射線操作は同じ電磁場操作として対応するでしょうから、やはり魔眼による魔術的操作は単調なのと、どうやら罹患者の中枢神経にある程度認識や識別など、処理を依存しているようです。独立分化しているといえど、やはり依存関係にあることは変わりないようですね」
「……」
「先生?」
「あ、ありがとう。もう席に座っていいよ」
嫌に周囲が静かだと感じながら席に戻っていく。彼が座った後から、フィリップ先生は幾分萎縮したように少し声が小さくなりながら説明を再開した。
「見てもらったように、この魔眼は周囲の魔術的干渉を一切中和することができる。構築された魔術ではなく魔術干渉そのものだから、この魔眼の周囲では一切の魔術行使は不可能とされている。もちろん、例外もあるけどね」
アリアの方を見ながら、まるでお伺いでも立てるかのように言った。
「この魔眼は『鎮静の魔眼」などと言われていて、分類としてはコモン・アベレージ・シングルアーツとなる。コモンというのはレアリティ分類の一つで、アベレージは性能分類、シングルアーツというのは鎮静の魔眼としての能力しか持たないということだ。マガンの中には様々な種類の魔眼の能力を発現させて出てくる『ダブルアーツ』や『トリプルアーツ』、『クアトロアーツ』なんかもあるから、一概に魔眼と言ってもその組み合わせはとても幅広い。特定の魔眼の能力が組み合わさることで、また特別なマガンとして昇華することもあるからね。それじゃあ今日の授業はここまで。あと数回は授業を受け持てるから、この先はおいおい話して行けたらなと思うよ。それじゃ」
逃げるようにしてフィリップはその場をそそくさと離れていく。置いてきぼりにされた生徒たちは呆然となり、次いでアリアのことを睨みつけた。
「……」
全てが終わってから状況を理解するアリア。何事も、本人が一番気づきにくいものである。
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