第6話 一面的思考の愚かさ

「魔力過剰症候群。魔術回路の異常発達によって過剰な魔力が産出され魔力中毒症状を引き起こす原因不明の病気の一つ。魔力は常に体の中に生み出され続けていて、魔力が発散されず、保持上限いっぱいまで魔力がたまるとしばしば魔力中毒症状に陥る。この病気はその魔力中毒が頻発するものなの。主な症状は頭痛・腹痛・吐き気・めまい・耳鳴り・酩酊感。重度のものでは幻聴なんかが聞こえたりするわ」

「それが、アリア君が患っている病気……?」

「そう。アリアは幼いころから魔力が強くて魔力中毒症状に悩まされていた。魔力中毒自体はそこまで珍しいものでないから、アリアの両親は魔力を発散するようアリアに教えて、あの子もその通りにしていたようだわ。それでしばらくの間は何ともなかったから両親も安心していたのね」


 どこか昔を振り返るようにレイラさんは語ります。


「……異変が起こったのは9歳のころよ。突然、毎朝ひどい頭痛と吐き気を訴えるようになったの。不審に思ったアリアの両親が病院に連れて行くと医師はアリアを魔力過剰症候群と診断した。それからアリアは日常的な魔力の発散を義務付けられたわ。アリアの父は彼に流体操作について教えて、それでアリアは魔力を発散していた。それでも魔力は年を経るごとに強くなっていく。11歳を過ぎるころにはついに使えきれないほどにまで成長してしまった。魔力は日中ほどではないとはいえ寝ている間もたまり続けるわ。日中に魔力を空っぽにすることでどうにか対処していたわけだけれど、使い切れないほど魔力が強まると夜中にひどい魔力中毒を引き起こすようになった。ここに来たときは大変だったわ。突然夜中に起きてきたこともあったし、リビングで泣いていたこともあった。激烈な頭痛と吐き気、耳鳴りに幻聴、軽度の錯乱状態で睡眠を拒絶したこともあったほどよ」

「……」


 レイラさんは話すたびに顔をゆがめ泣きそうになっていきます。


「朝は重度の魔力中毒でひどい頭痛と吐き気で目を覚まして、気持ち悪さの中朝食を食べるとひどい腹痛にさいなまれる。起床から一時間ほど続く耳鳴りを聞きながら朝の支度をし、血流が回ってくると寝ている間に体に蓄積されていた疲労物質が回ってひどい低血圧と倦怠感で起きていられなくなる。強すぎる魔力を発散するために日中の間、休みなく魔術回路を酷使するせいで神経に異常をきたしてパニック障害に陥ったこともあったし、日常的に二日酔いのような酩酊感にさいなまれる。脳波はひどいもので常にぐちゃぐちゃ。これがアリアに根気強く聞き続けてようやくわかった一日の体調よ。本人に聞いたら頭痛・腹痛・吐き気のうちどれもないことはないといってたっけ」

「それは……」

「ここに来たばかりの時あの子に聞いたことがあるわ。中学生の頃よ。どんなふうに魔力を発散してるのかって聞いたら、あの子は流体操作で発散してると言った。どのくらいの範囲なのか聞いてみたら、見える空一面の大気って。中学生の子供がよ? 信じられる それからは大変だった。魔術の使用許可をとるためにわざわざ市長に会いに行って、諸所を駆けずり回りようやく出力制限付きで許可が下りた。今は重力操作も使わないと魔力を消費できないから、それも許可を取った。むしろこっちのほうが大変だったわ」

「……」


 私は自分の考えていたスケールとの差に愕然とします。河川一帯の水をせき止めるなんてレベルじゃない。ヴェルリア全体に影響を及ぼすほどの魔力範囲なんて、もはや聞いたことがないです。


「大気操作に関しても天候を変えてしまう恐れがあるし重力操作も地下の地盤をゆるませて場合によっては崩落させるかもしれない。それを幼いころのアリアも理解していたからこそ出力の増強ではなく範囲の拡大で対処していた。特に一定高度以上の大気と一定深度以下の地盤には干渉しないように気を付けていたらしいわ。そのために範囲を拡大するにもいちいち魔術の論理を変えなきゃいけなかった。だから、アリアは魔術を勉強せざる負えなかったのよ。魔術回路も同じよう異常に発達しすぎていた。魔術回路の発達に大脳が追い付かず、100%のパフォーマンスを出せば脳機能に深刻な障害が出る。だから、アリアの両親は魔力過剰症候群と診断された後、すぐにアリアを連れて精霊の里に赴いた。そこで複数の拘束術式を施したの。魔力過剰症候群患者の魔術回路は発達しすぎていて、送られてくる情報に大脳の処理が間に合わないから、日常生活ではその出力を外部からの働きかけで強制的に制限している。中でもアリアの魔術回路は発達しすぎていて、普通の疾患患者よりも拘束が必要だったから、普段のアリアはその能力の10%~20%しか出してないわ。解除にも段階ごとに条件がある」

「あれでたったの10%~20%……」


 私は先の交流戦の試合を思い出します。


「魔術の才能は魔力と魔術回路。周囲の者はアリアを一様に羨ましがるけど、何もわかっていない。あれはアリアの血のにじむような努力によってようやく制御できているものであって、本来なら魔術の勉強どころか日常生活を送ることも難しく寝たきりなってもおかしくなかった。事実、中学三年生の三か月間そうなった」

「寝たきりって、アリア君がですか?」

「ええ、一時期不登校になったわ。不眠症に加えて食後の低血圧、ひどい片頭痛に耐えかねて動けなくなったのよ。学校に行き始めたのはそれこそ高校が始まってから」


 全然知りませんでした。というより、アリア君が不登校になったなんて話を聞いたことがありません。なぜみんなは噂しなかったんでしょうか。


 レイラさんはだんだんと語気が強くなり、その声に震えが混じります。


「「やっぱり才能が違う」「私もそんな病気になってみたかった」? ふざけないでほしいわ。健康な体という、アリアよりもよっぽど恵まれたものを持っていながら、アリアが一番欲してやまなかったものを持っておきながら自分の怠惰を低い魔力と魔術回路のせいにして僻んで……アリアは、それこそ一度しか言わなかったけど、こんな体なら魔力も魔術回路もなければよかったとこぼしたことがある。魔術の才能は魔力でもなければ魔術回路でもない。それは魔導士の才覚であって魔術師に必要なのは魔術への理解だけ。そして、アリアは魔術の勉強がしたかった。それだけを望んで、それ以外に一切の興味がなかった。人生で立った唯一の生きる目的を必要のない才能に踏みにじられてる。それなのに、周囲はそれに気づかないまま……」


 そこまで言い終えると、いきなり自分の顔を手で覆いました。


「そう、アリアは魔術だけが生きがいでそれが生きることよりも大切なもの。それは分かってるの。けれど、本音を言えば魔術なんかにもう関わってほしくないわ。おかしなことを言っているのはわかっているしアリアがこれからまともな人生を送りたいのなら魔術の勉強をするのが一番なのも理解してる。けど、あの子を見守る立場としては、もうこれいじょう魔術に、魔法にかかわって人生を狂わされてほしくない。今も不眠症で眠れていない。食べ物も異常に制限されてる。魔力過剰症候群のせいでアリアは普通の人がえられる幸福、そのほとんどをなげうっている。魔術のために、魔法のために。そして、何も知らない人間から恵まれたような扱いを受けて、羨ましがられ妬まれる」


 そこまで言い終えるとレイラさんは覇気のない笑顔を浮かべて謝ります。


「……ごめんなさい、こんな話、聞かせるべきじゃなかったわね」

「いいえ、聞いたのは私ですから……」

「誰かに吐き出したかったの……こんなことをいうのもなんだけど、気にしないで頂戴。アリアは自分の体の不調を隠したがるから。たぶん、心配かけたくないんだと思う。さっきの散歩も、たぶん魔力を発散しに行ったのね。私が昨日、突然ご馳走を作ってくれなんて言い出したから。さすがに料理をしながら魔術は使わないみたい。包丁とか危ないしね。それに自分の不調で他人に迷惑をかけたくないのよ」

「ええ、大丈夫ですよ。知ってます」


 私はレイラさんに向かってはっきりと言いました。


「アリア君は、優しい人ですから」

「……ありがとね」



 ◇◇◇



 アリア・ドルミエスの朝は早い。


 魔力中毒による頭痛で目を覚まし、ストレッチをしてそれを緩和。自分の体調に合わせ朝食を作ると吐き気・頭痛・気持ち悪さの中それを食べる。


 食後は酩酊感と低血圧の中、日中起きているために無理矢理座位の姿勢を取り、学校には直前に登校。それでも授業中気持ち悪くなることがあるので魔術回路を使った後などは保健室に行くことが多い。夜は不眠症の改善のため早めにお風呂に入り眠気が出なければ床に就くことなく本を読む。無理に寝ようとすると逆に焦燥感を感じ寝られなくなるからだ。むしろそれが精神をむしばみ鬱になることも経験として知っている。


 そして、現在。


 アリア・ドルミエス・アルトレアは見える一面の夜空の大気を撹拌しながら魔力を発散していた。丘に座り夜風を感じながら、もはや目では負いきれない範囲の空と地中に対して流体操作と重力操作を行っている。寝る前にこれをしておかなければ間に合わなくなるからだ。少しでも魔力を減らさなければ翌朝もっとひどい目に合う。それをよく理解していたかた、客人を放るなんて粗相を彼はしていた。全力で操作しなければならないほど、彼の魔力事情は切迫している。


「……どうした」

「来ちゃった」


 その隣にレティシア・オルブライトが座る。


「……ごめんね、アリアくんの病気のこと聞いちゃった」

「ああ、知ってる」

「あれ、家にいたの?」

「ああ、いや。すまない」


 波動解析。魔術解析の一つであり文字通り波動の状態を解析する。


 空間の電磁場や力場を調べることで音や光の周波数や振幅、位相などの情報を得ることができる。発展させればその光の色を調べたり、離れた場所の音を聞いたりもできるようになる。


「次から気を付ける」


 アリアはそれで一度気味悪がられたことがあった。そこにはいなかったはずの会話内容を知っていて、お化けのような扱いをされたのである。他人の心を無差別に覗いてしまうわけではないにせよ、他人の会話を無差別に聞いてしまうのはされたほうからすれば監視されているような気分になる。だから、アリアも無意識のうちに魔術解析をしないように、もしくはどれが本来自分が知らない内容なのかを見極めるようにしていた。広大な空一面の流体操作をするということは、即ちすべての範囲の情報を取得することにほかならない。


「私ね、アリア君みたいになりたい」


 アリアはレティシアのほうに振り向いた。


 あの話を聞いて、アリアが魔力過剰症候群に苦しめられ、しかも周りからはそれでねたまれているという話を聞いてもなおそのような表現をしたのであろうレティシアの真意を、アリアは単純に知りたかった。彼女の言葉には意味があるとアリアは判断した。


「どういう意味だ?」


 その言葉に怒気はなく、優しく問いかけるようなそんな語調だった。


「だって、アリアくんすごい大変な体でしょ?」

「そうかもな」

「それでもみんなが羨むくらいすごいことができるのって、それだけ努力したからだと思うの」

「才能のおかげかもしれない」


 アリアは心にもないことをいう。


「日常生活に支障が出るだけで、魔術の才能といわれる魔力と魔術回路が強いことは変わらない。魔術を使うだけなら、苦痛を無視すればむしろ都合がいいくらいだ」

「でも、それじゃあみんな羨めない」


 レティシアは立ち上がると川のほとりの草むらに足を入れる。日はすでに没し、街灯が夜道を照らす。


「少なくとも私はアリア君みたいな目にあって羨まれるような人にはなれる自身なんてないよ」

「ははっ、そうかもな」

「もうっ、ちょいちょいアリアくんは失礼だよね!」


 言われて少し傷つく。自分の状況は何ら羨めないものだと突きつけられているようだから。これまであれほど羨望や嫉妬を軽薄に思ってきたのに、距離感を感じてきたのに。


「でもそれって、アリア君がその個性をうらやめるものにしたからだと思うんだ」

「そういう見方もできるかもな」

「そうなんだよ」

「そうか」

「そう。だから、私はそんな風になりたい。アリア君みたいにすごい人になりたい」

「……俺はレティシアが思っているようなすごい人でもなければ、羨まれるような人でもないぞ」


 そう、羨まれるはずがない。自分より上はいる。自分のように生まれ持ったものがなく、ハンデもない人間が自分の上にうじゃうじゃいることを知っている。だから、アリアにとって自分の体は単なるおもりにしか見えない。それに憎悪を抱かなくとも、誇れるようなものでないことは確かだった。


「ううん、うらやましいよ」

「……やめてくれ」

「だって、アリア君は誰かにあこがれるようなすごい人だから」


 アリアにとってそれは呪いの言葉だった。そこまでのハンデを抱えているのだ、きっとすごいのだろうという先入観を勝手にもたれ、期待される。自身に向けられる言葉が空虚なものになれば、自分を締め付けるプレッシャーのようにも感じた。


「むぅ~、ちゃんとこっち見て!」


 小さくうつむいたアリアの頬を両手でつかみ自分と目を合わさせるレティシア。アリアの目の前には端正なレティシアの顔が至近距離にあった。


「な、なに──」

「どうして自分がすごいって認めてあげないの!?」

「いや、だから、そういうんじゃ」

「私は!人のために体を張れたり、自分の心の痛みを我慢できたり、そういうところがすごいって言ってるの! 魔術師じゃなくて、人としてアリア君がかっこいいって! そういってるの! 性格の話をしてるんであって、能力の話なんかしてないこと、なんでわからないかな!?」


 子供にお説教をするようなレティシアの言葉にアリアの中の何かが揺れ動いた。


「人と──」

「そう!人として!魔力とか魔術回路とか関係ない! 全然そんなこと言ってない!」

「……くくっ、アハハっ」


 アリアは面白おかしいといわんばかりにくつくつと笑い始める。


「何がおかしいの!?」

「いや、そんなこといわれたの生まれて初めてで……ククッ、皮肉なもんだよな。かれこれ魔術の素養は褒められてきたことはあっても人間としてか……真逆の言葉は言われなれてるが、そんなことをよもやそんな真剣な顔で言うとは……アハハッ」

「私、真剣なんだけど!?」


 笑われてむすっとしたレティシアに対して、アリアは大きく笑う。


「アハハッ、ククッ」

「もうっ」


 しょうがないといわんばかりにレティシアは手を腰に当てる。


「……ありがとな」

「うむ、わかればよろしい」


 まだ、アリアには信じることができない。自分が優しいなどと言われてもいまいちピンとこないし、自分ではそう思っていない。まだ、レティシアの勝手な評価だと思うしかないのだ。それでも、今はそういうことにしておける。


「だから、私、アリア君みたいになりたい。たくさん頑張って、大変だとは思うけど、それでも」

「自分で言うのは何だが、結構大変だと思うぞ」

「うぅ~そうだよね」


 さっきの迫力とは打って変わって、いつもの調子に戻るレティシア。


「でも、決めたの。なりたいって思っちゃったから、頑張ってなるの!」

「……そうか」

「だから、アリア君にも手伝ってほしいんだ!」

「できることがあれば」

「そんなのたくさんあるよ~、だって、アリア君は自分が気づいてないだけでいっぱい良いとこあるもん」

「俺に……いや?きっとお前がいうんだ。そうなんだろうな」

「うん!大丈夫、私が保証する!」

「そういわれるとちょっと心配になってきたな」

「もうっ!」

「アハハ、わるいわるい」


 いつもよりも砕けた調子でアリアはレティシアを茶化す。


「だから、アリア君」

「なんだ」

「私と、友達になってください」


 差し出された手を一瞥する。


「……ああ、こちらこそ」


 レティシア・オルブライトはいい奴かもしれないとアリアは思った。



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