第7話 理解から最も遠い感情
「頭いってえ……」
「あら、起きた?」
7時限目の保健室、アリアは貸付の病床で横になっていた。
「少しは楽になった?」
「ええ、少し」
「そう、それならよかった」
布団をめくると近くにあった自分の靴に履きなおす。
「もう行くの?」
「ええ、もう放課後ですし」
「そう、気を付けてね」
「はい」
「それと、分かってるだろうけど魔術回路は酷使しないこと。いくら制限があるとはいえ──」
「わかってます」
「……そう。それなえあ、気を付けて帰るのよ」
「はい、それじゃあまた」
そのまま保健室を後にし教室へと向かった。中に入るとフリーダやレティシア、その他何名かが残っているだけで既にあたりは閑散としていた。
「あ、アリアくん、体調は大丈夫……?」
「ああ、大丈夫だ」
アリアはそれだけ言うと自分の机に向かい、荷物をまとめてすぐに帰ろうとする。その様子を見てか、レティシアも急いだ様子で荷物をまとめ始めた。
「……」
「……」
レティシアは何も言わず、隣に来るでもなくアリアについていった。アリアもそのことに気づいていたが、特段話すことがないと思い声をかけはしなかった。
長い沈黙が訪れる。最も二人話しているわけではなく、並んで歩いてさえもいないのでこれを沈黙と呼んでいいかは定かではないが、少なくともレティシアにとってはどこか息苦しい静寂だった。
「……じゃあな」
ヴェルリア・ストリートの横道に入るところでアリアはレティシアに挨拶をする。
「あ、うん……また明日ね」
レティシアは何と答えてよいかわからず、しおれた声でそう答えた。二人は駅通学と徒歩、ここでお別れとなる。
レティシアは彼の後ろ姿をしばらくの間眺めていた。
◇◇◇
翌日、俺が学校に行くとレティシアは遠くのほうから俺のことを眺めていた。こっちに来ようか迷っていて、来たいけど来ていいのかわからないといった感じがありありと表れている。
「はぁ……」
あれから俺は以前よりも増して周囲に避けられるようになっていた。露骨にではない。だが、周囲のいわゆる積極性というものが全く感じられなかった。好奇心さえ失せるような、いわゆる腫物扱い。そういう扱いには慣れていたつもりだが、それでもまったくもってどうということはない、というわけでもないのである。
レティシアはまるで警戒する猫のようにこちらの様子をじっと観察してきた。最初はフリーダの隣で、次は少し近くの席で、しまいには同じ席で少し距離を開けてこちらのほうをじっと観察してくる
「はぁ……別に怒ってないよ」
「ほんとう?」
若干曇り顔が晴れて、それでもまだいぶかしげに俺の様子をうかがう。
「ほんとうだ」
「……よかったー。嫌われたかと思ったよ」
「別に悪いことしてないだろ」
「でも、嫌なことしちゃったかなって」
「いや──」
嫌じゃないから、ダメなんだ。とは、流石に言えない。
◇◇◇
「ねえ、アリア君。私、遊びに行きたい」
レティシアは四時限目の物理の授業中、個人ワークの時間中に突然そんなことを言ってきた。
「……藪から棒だな。どこにだ?」
「アリアくん家」
「は?」
「え、いや、だから。アリアくんちに遊びに行きたい」
「……早くない?」
「というと?」
「そういうのはもっとこう……数か月とか経ってからじゃ?」
俺の認識では会ってから間もない相手の家に行くというのは何かしら身の危険を感じるような気がして敷居が高いというのが一般理解なはずなんだが……いや、そもそも。実際のところ世間一般でいう友達が一体どのタイミングでお互いの家に行くようになるのか、人付き合いの少ない俺には全く分からない。誰か辞書か事典をくれ。
「あー、やっぱりそうなのかな。今まで行った時もそんなこと言われたよ」
「ちなみに、今まではどれくらいで家に遊びに行ったんだ?」
「そうだなー、あってから3日とか?」
「3日!?」
がたり、と少し音を立ててしまう。先生がこちらのほうを見てきたが、素知らぬ顔をしておいた。
「3日……!? 危なくないか!?」
「危ないって……何が?」
「え、それって中には男子も入ってるんだよな」
「まあ、そうだね。男子の家にも遊びに行くかな」
レティシアはいったい何を俺が疑問に思っているのか心底わからない顔をしてきた。余計混乱してくる。会って数日と満たない男子の家に遊びに行くなど、レティシアは貞操観念が薄いのか? いや、今までの振る舞いにそんなのを感じさせるものがなかった。すべて演技? いやいや、それはない。
「男子の家に行って、母親から咎められたりしないのか?」
「確かに、お母さんには昔から遊びに行く人の家はきちんと選びなさいって言われてたけど、私が全く聞かないもんだから、小学4年生ぐらいからは言われなくなったな」
「しょ、小学生からなのか……」
レティシアのこの危機感のなさというのはどういうわけか納得できるような、できないような。とにかく、普通の人より心配になるもんだから不思議だ。
「……家の人に聞いてみないとな」
「家の人って家族?」
「いや、家主の人だ」
「家主ってことは家族は別に住んでるの?」
「ああ」
「あっ、ごめんね。立ち入ったこと聞いちゃって……」
「別にいい、ちゃんとご存命だ。実家はヘルティナのほうにある」
「へー、ヘルティナかー」
「……今日帰ったら聞いてみるから」
「ほんと!? うん、よろしく!」
その日の自習は妙にはかどった。
◇◇◇
「悪い、待ったか」
「ううん、大丈夫だよ」
翌日の放課後、家主の人に許可をもらえたということで私たちは昇降口前に集まっています。
「それじゃ、行くか」
「うん!」
アリア君は徒歩で学校に通学しているようで、いつも通っているという通学路に沿って家まで向かいます。
ヴェルリア・ストリートの中ほどまで歩いて、横道にそれるとヴェルリアの中心街から一転、閑静な住宅街へと入ります。なんだか町並みは少し入り組んでいて、うねった坂や袋小路も多く、あたりは閑散としていました。道中の公園には偉い人の銅像みたいなのが据え置かれていて、広い道路に街灯と街路樹が交互に立ち並んでいます。
「悪いな、少し歩くぞ」
「いっつもこの道を通って学校に通ってるの?」
「ああ」
「……そうなんだ」
「?」
少しすると今度は少し田舎っぽくなってきました。……表現がいけませんね。そこまで田舎というわけでもなく、どちらかというと自然が多くなってきたというほうが正しいでしょうか。川は壁で縁取られておらず、ほとりは草原となっていたり、下流にはちょっとした森があったりします。毎朝、この静かな道を通って通学できるのはとても心地よいでしょう。四時の空の下でも十分心地よいです。
「ついたぞ」
「おお~」
「そんなに驚くところじゃないだろ……」
アリア君の家はちゃんとした一軒家でした。木造の大きな家でヴェルリアの郊外に位置しています。もともとヴェルリアは自然の多い地方都市で、魔術の発展とともに近年目覚ましい躍進を遂げていますが、開発されているのは都市の中心部のほうだけで未だに都心から外れた郊外は多くの自然を残しているといいます。今になってそれを肌で実感しました。
「ただいま」
「おじゃましまーす」
「はーい」
玄関に入る遠くのほうからせわしい足音が聞こえてきます。
「あらあら、よく来たわねえ!アリアから聞いてるわ、あなたがレティシアさんね~!」
「お初にお目にかかります、レティシア・オルブライトです」
「あら~! 行儀いい!」
「レイラさん、はしゃぎすぎ」
アリア君は少し恥ずかしそうにレイラさんをなだめます。
「この人がここの家主、レイラ・スウィングラーさんだ」
「気軽にレイラってよんでね~!」
「よろしくおねがします、レイラさん」
私は中を見回します。
「おうち、一軒家なんですね」
「そうよ~!家主なんて言ってるけど、ただの借家だからオーナーは別にいるけどね。さあ、あがってあがって。くつろいで行ってちょうだい」
「はい、そうさせてもらいます」
「アリアの自室は二階だから~」
「レイラさん、さすがにそのぐらいは俺が言うよ」
「あら~、それはお邪魔しました~」
そういうとレイラさんは奥のほうへと消えていきました。
「悪いね、騒がしくて。レティシアが来て少しはしゃいでるんだ」
「元気な人だね」
「確かにな」
アリア君は「こっち」と二回のほうへ案内します。
「驚いたぞ」
「何が?」
「レティシアがめちゃくちゃ行儀良くて」
「あはは、そりゃあね」
「クラスメイトの意外な一面を見た」
「もう、やめてよ~」
入ったのは二階の少し奥のほうの部屋でした。
「ここだ」
「これって……」
壁や棚の上には何かが飾っています。最近はあまりこの部屋は使われていないようで少しほこりをかぶっていました。
「昆虫のコレクション?」
「ああ、子供のころに好きでな。よく集めてたんだ」
見回してみます。私が標本の前で首をかしげていると、アリア君は一つ一つ解説してくれました。
「これは蛍蝶っていう蝶の一種。鱗粉に蛍光色素が含まれていて、胸部から腹部を発光させることで全体が光って見える。通称ピクシー」
「こっちは?」
「それは慟哭ゼミ。人の断末魔のような声を上げるセミで夕方なんかに出没する。これが生息していると近隣地域は呪われているなんて言われたりするが、全くのガセだな」
「こっちは?」
「それはネライダ。ジルコニウムやビスマスを色素として持つクワガタで、そのおかげで全身が光っているように見える。魔法生物に間違われやすいが、近年ではただの虫なんじゃないかって噂だ」
「きれいだね〜」
「これが飛んでいる姿はしばしば妖精に間違えられたりもするんだがな。生態系豊かな森にしか生息しないから、実際、こいつが生息してる場所では精霊もいやすいらしい。それで、こっちがアンバスタ。背中を光らせて獲物をおびき寄せるクモの一種だ。これはテツカミキリ。強靭な顎をもっていて鉄をもかみ砕いてしまう。これはモグラテントウ。テントウムシの一種で、唯一羽が広げられず飛べない種類なんだ」
「いろんなのがいるんだね~」
「いろんなのを集めたからな」
「これは?」
「それは竜蝶。魔法昆虫の一種だ」
「竜蝶ってことは蝶なの?」
「いや、竜でもなければ蝶でもない。四枚の羽根を持ち、トンボのような尻尾と前に傾倒した触覚、竜のひげと呼ばれる器官を持つ。羽が蝶のようだから、最初は蝶か何かだとおもわれていたんだが、明らかに首に相当する器官を持っていることから既存のどの種にも属さない新種ということで魔法昆虫に認定されたんだ。尻尾のように見えるのは腹部で、重心が後ろにあることから前足と中足は後ろ足よりも長く発達している。頭を上げて立つためだ。腕はカマキリのようなとげを持っていて、特に前足の三腕とよばれる部分にかけて湾曲している。竜のひげはトカゲのしっぽと同じようなもので、天敵から逃れるためだといわれている」
「なんだか色が薄いね」
「ああ。羽化したての蝶のように色素が少ないから太陽の下に出れないんだ。警戒心が強くて物音なんかを立てるとすぐに逃げてしまうし、自然豊かで綺麗なところでしか生きられないから精霊と同一視されたりもする。実際、精霊がいる場所によく出没するから精霊の使いなんて呼ばれ方もする。一応肉食だから口もあるし鳴き声も上げるぞ」
「鳴くの!?」
「ああ、鳴くぞ」
「どんなふうに鳴くの!?」
「こう、甲高い声だったな」
「えっえっ、ていうか聞いたことあるの!?」
「そりゃあ捕まえたからな」
「そっか……」
「大変だったぞ。朝早くから森にこもって竜蝶が出そうな場所に待ち構えて、じっと何時間も待つんだ。音を立てたりなんかしてたらいつまでたっても来やしない。暑い夏場に鬱蒼とした森の中で、虫網構えてじっとしていなきゃいけない」
「ふふっ、アリア君が虫網って、なんだかおもしろいね」
「俺にもそういう少年時代があったってことだ」
「なんかイメージでは魔法でちょちょいって捕まえそうだもんね」
「5年も前の話だ。それに虫取りなら魔法なんか使わない。今も昔も古き良き虫網だ」
「ふふっ、そうなんだね」
なんだか笑っちゃう。笑っちゃいけないんだろうけど、いつものアリアくんが虫網もってウキウキで森をうろついてるのはなんだかおかしな光景に見えて、自然と笑みがこぼれてしまいます。
すると、アリア君はおもむろに窓を開けました。涼しい風が吹いて私の髪が揺られるとひゅーっと、何かが飛んでくるような音がかすかに聞こえてきます。
「おっと」
どたどたっと物音がして振り向くと、アリア君の腕には大きな鷲がいました。部屋を覆い尽くすような大きな翼を掲げて。
「えっ!? えっ!?」
「しーっ、大きな声出すとびっくりするから」
「えっ、アリア君って鷲飼ってたの!?」
「飼ってはない。餌をやってたらいつの間にか懐かれた」
アリア君は鷲の頭を指で撫でて、その子もくすぐったそうにそれを受け入れています。イグノもそうですが、動物に好かれる質なんでしょうか。
「重くないの?」
「それこそ魔術だろ」
「あっ、そっか」
「たまに来るんだが、家に入れないとこいつ怒るんだよ」
しばらくしてアリアくんは窓から腕を出しその子を逃がします。
「正直見せるものはこれぐらいなんだがな」
「アリア君の部屋みたい!」
「はいはい」
◇◇◇
「へーっ、これがアリア君の部屋か」
アリア君の部屋はまるで書斎で壁一面が本棚になっています。
「わっ、ふかふかー」
「……」
ベッドに座ってみるとアリア君は何か言いたそうな表情でこちらを見てきました。
「どうしたの?」
「……レティシア」
「なに?」
「一度フリーダに、男子の家に行く意味と、そのベッドに座る意味を教えてもらうといい」
「わかった!」
「絶対経緯を話してくれよ。正確に、きちんとだぞ?」
「わかった……?」
アリア君はいったい何を心配してるのでしょうか。
「いいなー、アリア君の家。こんなベッドで毎日眠れるんだもん」
「おい、寝そべるな」
アリア君は私を起こそうとしますが、私にその気がないのを見ると仕方がないように奥のほうへと行きます。
「正直ここには面白いもなんて本当にないぞ。ほとんど寝る場所と勉強する場所だからな。あるのはレコードぐらいか」
「レコードあるの!?」
「興味あるのか?」
「うん!」
「交響曲とか、正直学生が聞いて楽しいもんじゃないと思うが」
「アリアくんだって学生じゃん!」
「それは……そうだな」
そういうと、引き出しの中からレコードを出してそのうちの一つをプレーヤーにかけてくれます。
「これは?」
「幻想即興曲」
「聞いたことあるかも」
「音楽の従業とかで聞いてるかもな」
それからレコードの音楽を聴きながらゆったりとした時間を過ごします。
「本でも読むか?」
「うん、どんなの持ってるの?」
「そこの棚だ」
指差しされたほうを見るとなんだか難しそうな本の中に私でも知ってる小説のタイトルがあります。
「あっ、『イータ』だ」
「知ってるのか」
「お父さんの書斎にあった」
「お父さん……」
「どうしたの?」
「いや……俺は趣味がオヤジ臭いのか……いや、そんなはず……」
「?」
一人ぶつくさというアリア君。何かまずいことを言ったでしょうか。
「私これ好きなんだ。あんまり読書はしないんだけど、これは短くて読みやすいから」
「ルハン・ジルフカンクの短編集だな。論理性と調和を重んじた世界観で読者に何をやりたいかを明瞭に示してくれるからあまり本を読まない人でも筆者の真意が汲み取りやすい」
「あ、この本は読んだことないかも。読んでいい?」
「もちろん」
本を手に取るとそそくさとベッドのほうに戻っていきます。
「……そこに戻るんだな」
「あっ、もしかして座らないほうがよかった?」
「いや、いい……フリーダにちゃんと教えてもらうんだぞ」
「……? わかった」
なにはともあれ、それから会話のない時間が流れます。お互い読書に集中してレコードの流す音楽は読書の良いBGMでした。
「わるいな、あんまりおもしろいものがなくて」
「そんなことないよー」
「……あんまり友達を招いたことがなくてな。いや、まったくと言っていいほどない。初めてだ」
「じゃあ、私が初めてってわけだね」
ふふんと私は胸を張ります。
「……」
「ん?どうしたの?」
「……いや、これぐらいは普通に言うか。信頼する奴は選ぶことだぞ」
「大丈夫だよ。アリア君、優しいもん」
「……そうなのか」
「そうだよ!」
自信をもって言いました。
「そうか……」
「うん!」
私は少し、語調強めに言いました。
「アリア君は深く考えすぎなんだよ。友達を家に誘っても適当にしてればいいんだし」
「それだと退屈になるかもしれないだろ」
「案外そういうもんだよ、人といるって」
「そういうもんなのか」
アリア君は少し顎に手を当てて手元の本に目線を落とします。
「──ありがとな」
「えっ?」
「いいや、そろそろご飯の時間だな。食っていくか?」
「え!? いいの!?」
「というか、レティシアはご飯どうするつもりだったんだ?」
「……全然考えてなかった」
「おい」
お言葉に甘えることになり、一階に降りるといつの間にか食卓には何とも豪華な料理たちが私たちを出迎えていました。一体、いつ用意したんでしょう。
「あっ、きたわねー」
「こんなに豪華な……」
「わるいな。今日レティシアを連れてくるって言ったらレイラさん大慌てしちゃって」
「そりゃあ、アリアが初めて連れてきた友達だもん。それに女の子! 盛大にお出迎えしなくっちゃ!」
「出迎えられたほうは恐縮するよ」
「あら、そうだった?」
「いえ、ぜんぜん! ありがとうございます!」
「そう、それならよかった。じゃあ座って座って、ぱあっと行きましょう」
「──好きなのから食べて頂戴ね。うちはあんまり礼儀作法とか気にしないから」
「それ、レイラさんだけですよ」
「だって、友達と一緒に食べるのよー? 堅苦しいのなんて抜きにしたいじゃない」
「この料理たちを見たらだれだって背筋ぐらいのび……レティシア」
「ん? にゃに」
「よだれ」
「あっ、ごめ、ごめんなさい!」
「気に入ってくれたようで何よりだわ〜。ローストチキン、キノコ煮込み、ポタージュスープ、シリニャーオ、ダラートそれにセリアなんかもあるからね!」
シリニャーオはエウテと呼ばれる小さなジャガイモを付加して皮をむき豆やアスパラガスなどと一緒にトマトスープで、イリアコド連邦に伝わる郷土料理。対してダラートは麦を練ったものを薄くのばし四角状にきりとったものをゆがいたものでソースに絡めて食べられたり、これまたスープなどに入れられたりします。
「これ、全部だべていいんですか!?」
「ええ、いいわよ」
「量が多いから食べられる分でいいからな」
「それじゃ、いただきましょうか」
がっついてはいけません、がっついてはいけません、がっついては──
「うふふ、いい食べっぷりね」
「──はっ!?」
「意外と大食なんだな」
「いやっ、そんなことは……」
「そういえば、食堂でも結構な量食べてたな」
「あぅ~」
「こら、アリア。女の子にそういうことは行っちゃだめよ」
「いっぱい食べるのはいいことだろ」
「思春期の女の子は体重に気を遣うものなんだから」
「……そうなのか」
「あぅ~」
「でも、大丈夫よ。レティシアさん、よく考えて?」
落ち込む私にレイラさんは諭すように言います。
「あなたが体重を維持したいのはなぜ?」
「なぜってそれは……」
「おいしいご飯をいっぱい食べたい、違う?」
「はっ!?」
「『はっ!?』じゃないだろ」
あきれたように言うアリア君。それでも私はレイラさんの言葉に深く感銘を受けました。
「そういうことなら、食べるときに体重を気にするなんて愚かなことだと思わない?」
「確かに……」
「???」
アリア君はまだ理解できないでしょうが、これは革命なのです。意識改革なのです。
「私、いっぱい食べます!」
「そう、ならよかったわ」
「悪魔の誘惑……」
私はそれから舌が欲するままに料理に手を伸ばしました。
「うふふ、本当にいい食べっぷりね」
「そうですか?」
「ええ、作ったものとして喜ばしい限りだわ」
「これ、全部レイラさんが作ったんですか?」
「まあ、全部ではないけど私も台所に立ったのは確かね」
「とってもおいしいです!」
「そう、それはよかった」
「特にこのローストチキン、ハーブがきいていて香ばしくて……」
「そう、だそうよ。アリア」
「え?」
「……」
私はアリア君のほうを向きます。
「えっ、これアリア君が作ったの?」
「というか、全部アリアよ」
「ぜっ、全部!?」
「ええ。下ごしらえは昨日の夜に、私は簡単なものを作った後、アリアに言われたとおりに仕上げをしただけ。正直お手伝いレベルなものよ」
「昨日の夕方にいきなり買い物に出ていくからびっくりしましたよ」
「えっ、いや、え!?」
信じられません。目の前にある料理は正直お店で出されてもおかしくないレベルの品ばかり。これをアリア君が作ったなんて……
「アリア君、料理もできたの!?」
「いや、単にレシピを見ただけだ」
「レシピ通りにしてなぜかできないのよ~」
「それはレイラさんが不要なアレンジを加えるから」
「だってアリアもしてるじゃない! 私だって!」
「……」
「……」
私はいまだに開いた口が閉じません。これまでアリア君をすごいすごいと思ってきましたけど、魔力も強くて魔術回路もはたっつしていて勉強もできて、その上料理も……?
「アリアくん、もしかしてアンドロイドだったり?」
「どこでそんな言葉覚えた」
「フリーダさんに聞いた」
「余計なことを」
アリア君は少し目をそらして
「本当に、レシピ通りにしただけだ。何も特別なことはない。支持されている通りに調理すれば最低限のものきちんとできる」
「それが、なぜかできないのよねー」
「わたしも、料理苦手かも……というか、どうして隠してたの!?」
「なぜって、そりゃあ……」
「ほらほら、早く食べちゃいなさい」
◇◇◇
「ふー、おいしかった」
「よかったわね、アリア」
「……」
「それじゃあデザートにしましょうか」
「まだ食べるんですか」
「あら、レティシアさんはおなかすいてない?」
「すいてます!」
「そうよね~」
レイラさんはそういう遠くのほうからマスカットを持ってきます。
「それ、皮ごと食べれるぞ」
「えっ、そうなの?」
「ああ。皮ごと食べれるように栽培されたマスカットで、シャインマスカットというらしい」
「──おいしい!めちゃくちゃおいしいよ!」
「だろうな」
「これ、いくらするの?」
「80リベラ」
「は、八十!?」
果物に80リベラ、私のお小遣いで一か月に一個しか買えません。
「なんか、すいません。こんなに良くしていただいて……」
「ほら。だから言ったでしょ、レイラさん。あんまり高いと恐縮しちゃうって」
「アリアが値段を言うからでしょー?」
「隠すほうがおかしいでしょ。ああ、レティシア。気にしなくていいぞ。このマスカットのお金はレイラさんのもはや使うことのない結婚費用からアイタタタタ!」
「舌癖の悪い口はこれかしら?」
子供をせっかんするように口を引っ張るレイラさんとアリアくん。表面上は怒っていますが、二人とも笑っています。
「ふふっ、お二人とも本当の家族みたいですね」
そういうとレイラさんは少し悲しげな表情をしました。
「……そう」
「そりゃそうだろ」
アリア君はきっぱりと言い捨てます。
「それじゃ、レイラさん。俺はちょっと夜の散歩に行ってくるから」
「客人を置いて? アリアのお客さんでしょ?」
「招いたわけじゃないんだがな、頼むよ」
「……わかったわ」
そういうとアリア君は外に出ていきます。どうしたんでしょうか。
「……悪いわね」
「いえいえ」
リビングに少しの静寂が戻りました。
「改めて、今日は来てくれてありがとう。あの子結構マイペースだから大変でしょう?」
「いえいえ! むしろこっちのほうがアリアくんにいつも勉強を教えてもらって助かってます」
「そう、あの子が……」
レイラさんはまた寂しげな表情を浮かべました。それは肉親でなくとも、自分の子供を心配する親の顔です。
「あの子は、アリアは学校ではどう?」
「それが、すごいんですよ! いつ当てられてもズバッと答えるし、呑み込みの遅い私にも丁寧に説明してくれたり──」
うんうんとレイラさんはうなずきます。
「──この前なんか交流戦で六年生の先輩を倒しちゃって、学校では噂になってました」
「ふふ、そう」
まるでわが子の話を聞くような目でレイラさんは私の話を聞きます。
「頭もいいし説明も上手だし、その上魔力も強くて魔術回路も強いなんて、私あこがれちゃいます!」
「……その話、誰から聞いたの?」
「えっ、えっと……学校のみんなから聞いたんですけど……」
「……」
「なんか、川の水を全部せき止めるほどの魔力だって、みんなうらやんでました」
「そう、そうよね」
そこでレイラさんの雰囲気が変わります。
「普通に考えたら、そうなるわよね」
「えっ、えっと……」
「レティシアさんはアリアのことどう思う?」
「えっ……あの、すごいなって」
「そっか、そうよね。そう見えるものね、仕方ないのよ」
レイラさんは何かを押し殺すようにそう言って俯きます。
「……あの、聞いていいかわかんないですけど、アリア君って病弱なんですか?」
「……どうして?」
「え、いや、あの。前に保健室行ってて、中学のころからよく言ってるって聞いたので……」
「……まあ、あなたになら行っても大丈夫でしょうね」
「え?」
「魔力過剰症候群。それがアリアにつけられた病名よ」
レイラさんは深く座りなおしました。
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