第6話 学内決闘

 朝8時・ティルティア学園4-D にて。


「なあ、オルブライトさん。今日二時限目にベクトルの実習があるだろ?よかったら一緒に組まないか?」

「あ、ごめんね。私、アリア君と組むことになってるから」

「……なんか困ってることとかないか?」

「困ってること?」

「ほら、ずっとアリアといるだろ? それであいつ、そんなに人と話す奴じゃないからさ」

「ううん、ぜんぜん。アリア君にはずっとよくしてもらってるよ」

「ほら、あいつ何言ってるか全然わかんないしさ!」

「確かに難しいことを知ってたりもするけど、私が質問したらちゃんと説明してくれるよ」

「いやー、なんていうか。『そんなのもわかんないの?』ってかんじがして癇に障らね? 見下してるっつーか──」

「考えすぎだよー、アリア君は全然そんなのじゃないよ」

「あはは、そうかなー……」

「あっ、アリアくんおはよう!」


 レティシアは登校してきたアリアをみかけるとすぐさま駆け寄る。


「アリア君、きょうベクトル操作の実習授業があるよね。二人一組って聞いたんだけど、もしよかったら私と組んでくれない?」

「ああ、わかった」

「やっ」


 「やった」の最後の文字を切って、アリアに背中を向け小さくガッツポーズするレティシア。そのしぐさは何とも女の子らしくてかわいらしく、また、それがアリアに向けられた感情であることにジョセフ・ベントリーは鼻元をゆがませた。


「そろそろやめたら?」


 ジョセフに声をかける女生徒が一人。


「はたから見てて、みっともないわよ」

「うるさいな」


 カリナ・チェイコヴァー、ジョセフがマーケットへ行くときに連れていたうちの一人であり、ジョセフ・ベントリーの幼馴染に当たる。

 

 彼女はジョセフの姉のような存在で、同い年ながらジョセフの行動にいちいち口出す彼女がジョセフには少しうっとおしかった。


「お前には関係ないだろ、カリナ」

「新入生の女の子の尻を追いかけてすげすげと断られている姿がどう見られてるか、自分でも分かってるんじゃない?」

「だから、うるさいっていってんだろ!」


 多少動きが強くなったのを自覚してレティシアのほうに振り替えるジョセフ。幸か不幸か、レティシアはアリアとの話に夢中で聞いていなかった。それも、どちらかといえばレティシアが一方的にしゃべるばかりでアリアはまるでめんどくさいとでも言わんばかりの仏頂面でそれを聞き、合図地もせずにいるのが余計ジョセフの機嫌を損ねた。


 それを知ってか知らずか、楽しそうに話すレティシアも憎悪のうちに入ろうとしている。


「……っ」


 ジョセフは不愉快だと言わんばかりに席に座った。もうすぐ、授業が始まる。



 ◇◇◇



「えー、では。これよりベクトル操作の実技演習にはいる」


 校庭にある練習場、その一つに生徒を集めティム・ハウスミットは全体にアナウンスする。


「まず、魔術の三要素の一つ、前提命題の構築で欠かせない情報の取得をするわけだが、その前にイメージお手本を見せようと思う。アリア、前へ」


 言われて、アリアは前へ出る。


「それから、組んでいるのはレティシアか。さすがに新入生に相手させるのは荷が重いだろう」

「ううぅ……」

「どんまいレティ、仕方ないよ」


 落ち込むレティシアを近くにいたフリーダが慰める。


「そうだな……」

「はい、先生!」


 そこで静まり返った群衆の中ジョセフ・ベントリーは手を挙げる。


「なんだ」

「俺が相手します!」


「あーあ」

「やめときゃいいのに」

「……あのバカ」


 セザール・フリーダ・カリナが口々に漏らす。彼らにはジョセフの行動はひどく滑稽で、それでいて愚かに写った。


「ふむ……そうだな。それじゃあ、やってもらおうか」

「わかりました!」


 ジョセフは自分から前へ出るとアリアの正面へと立つ。その眼は授業では似つかわしくない戦意にたぎっていた。


「それじゃあ、二人には疑似的な模擬戦をやってもらう」

「疑似的な……模擬戦?」


 疑似で模擬とはいったいどういうことかとレティシアは首を傾げた。


「二人にはこのぬいぐるみと剣をそれぞれ一つ与える。お互いコート内にこれを置き、相手のぬいぐるみを剣で貫いたほうが勝ちだ。簡単だろ?」

「ぬいぐるみや剣はコート内から出してはいけないんですね?」


 アリアがルールを確認する。


「ああ。このコートの外には出さないようにして、高さも皆が見やすいようにそこまで飛ばさないように頼む。目安は5mほどだ」

「確認ですが、相手のぬいぐるみを剣で貫くことが条件ですよね?」

「ああ、そうだ。使う魔術はベクトル操作のみだ」

「相手の剣を折ることは?」

「禁止だ」

「それ以外は」

「相手に対する直接攻撃及び周囲の観客を危険に晒す行動は禁ずる」

「わかりました」

「さっさと始めようぜ」

「……」


 ジョセフはひどく好戦的でルールを何度も確認するアリアを制するように急かす。


「では、皆コートの外に出て。ベクトル操作の使い手がどのように魔術を扱うか、それをよーく見ておけよ」


 先生の指示に従ってほかの生徒はコートの周りで二人を囲むように観戦する。


「では、両者自分のコートの中心に剣とぬいぐるみを置け。間違っても相手を刺そうだなんて考えるなよ。……よし、それじゃあ、試合開始!」


 交流戦とは違い、用意の合図もなく唐突に試合は始められる。


 先に仕掛けたのはジョセフだった。にやりと笑みを浮かべたジョセフはすぐさまコート内に魔力を展開し空間を支配しようとする。アリアも同時に展開しお互いの魔力支配率は五分、お互いがお互いのコートを陣取る形となった。


 魔術のおさらいをしておこう。魔術には三つの要素がある。前提命題、論理命題、結論命題。


 まず、前提命題には情報が不可欠だ。空間の位置に関しては言わずもがな、ベクトル操作ではさらに空間のベクトルの状態について、電磁場操作なら空間の電磁場の状態について、流体操作なら流体の状態について情報が必要となる。


 情報を得るためには魔術解析をする必要があるが、目分量でもいい。多くの場合誤差がすさまじく複雑な魔術であればあるほどその誤差はバタフライエフェクトのように増大するため、基本的には魔術解析を使った情報を取得し、前提命題を構築する。


 魔術解析ができるのは自分が魔力によって満たした空間だけ。つまり、魔術を使うには、基本的に空間を魔力で満たす必要がある。


 次に論理命題だが、これに関してはその場で考えるのではなく魔術師が常日頃から研究し論理を考えておいて、本番でその通りに組み上げる引き出しのようなものだ。ゆえに構築するのは簡単で、前提命題のように空間を支配するとか、そういったことは一切いらない。一つあるとすれば、論理命題は基本前提命題より複雑で量も多く、空間を支配して前提命題を作りながら同時に論理命題も構築するというマルチタスクが求められるという点か。


 つまり、前提命題は魔力が多ければ多いほど、論理命題は魔術的な演算を行う魔術回路の発達度合いによってより早く構築できる。この二つを作ることで結論命題が自動的に導かれるのだ。

 

 ゆえに魔術において一番最初にやることといったら、それは空間の支配なのである。


「しっ!」


 ジョセフは空間支配率が五分であることを把握すると一気に攻勢に畳みかける。


 魔力には周波数というものがあり、ある周波数の魔力は特定の周波数の魔力に反発する。反発した魔力同士は消滅する。


 相手の魔力で満たされた領域に自分の魔力をねじ込むには、自分の魔力で一度相手の魔力を消滅させ、そのあとに力技でねじ込むしかない。だから、陣取り合戦は魔力が多いほど有利なのである。魔力が多ければ多いほどごり押しで空間を支配できるため、魔術師はしばしば魔力が命だともいわれたりする。


 ジョセフは自分の魔力をアリアの魔力と反発させながら着実に自分の領域を拡大していく。対してアリアは支配領域を拡大するジョセフに対し逆に魔力を守るように自陣に退かせていた。


「もらった!」


 アリアのコートの二分の一、全体の四分の三ほどを侵食すると痺れを切らしたようにジョセフは全領域を支配しきることなく自分の剣をアリアの人形めがけて飛来させる。


「あっ!」


 思わずレティシアは声を上げた。


 しかし──


「なっ!」


 次の瞬間、いきなりアリアの魔力が、まるで今まで力をためてきたといわんばかりに一直線にジョセフのぬいぐるみへと延びる。高濃度のアリアの魔力はぬいぐるみまでの道中のジョセフの魔力をすべて打ち消し、なおも高い濃度で残ったアリアの魔力がジョセフのぬいぐるみまでの直通ルートを作る。チェックだ。


「まずっ!」


 ジョセフはすぐさま自分のぬいぐるみを動かす。しかし、それを追うようにして折れ曲がった魔力と、その通り道を飛翔する剣が追う。


「あちゃー、やられたね」


 フリーダが事態を把握できないレティシアに対して説明する。


「さっきまで、ジョセフ君が優勢だったよね? なのに、なんでいきなり防戦一方になったの?」

「だからさ。空間を拡大すれば、その分魔力の濃度は低くなる。防御が手薄になるんだ。だから、あんな簡単に魔力をねじ込まれる。ジョセフみたいにむやみやたらに魔力を広げればいいってもんじゃないんだよ」

「へー、そうなんだ」


 薄い魔力の中、ジョセフの剣はアリアのぬいぐるみを追うが、圧倒的に魔力の濃度が違うこの状況ではジョセフの剣はアリアのぬいぐるみに躱されるばかり。対して、ジョセフは戦闘機のように追ってくるアリアの剣をよけるのに精いっぱいだった。


 アリアのぬいぐるみはついにジョセフが持っていたアリアのコート領域を取り返し、中心へと逃げていく。それに対してアリアの剣はジョセフのコートを縦横無尽に動き回りこれまた中央へとジョセフのぬいぐるみは逃げていた。


「くそっ、まてよ!」


 早く試合を決めねばと追いすがるジョセフ。勢いをつけすぎた剣はコートの中心でいきなり方向転換をしたぬいぐるみを追おうとしても、慣性の法則をもってそのまま通り過ぎようとしている。


「やばっ!」


 そして、その先にあるジョセフのぬいぐるみ。アリアの剣をよけようとここまでやってきたのである。そして──


 ぐさり、とジョセフの剣が自分のぬいぐるみを突き刺した。


「……終わったな」

「いやいや、終わりじゃないでしょ!」


 試合がさも終了したという雰囲気のクラスメイトに対して叫ぶように言う。


「お前の剣で刺してないだろ!? だったらノーカンだ!」

「見苦しいねえ」


 セザールは美しくないものを見るのが嫌いだった。


「明らかにアリアくんに誘導されてた。相手の思うように動かされてたんじゃ、負けたって言われても仕方ないね」


 レティシアに対してフリーダは補足説明を入れる。


「ルールじゃ相手のぬいぐるみを自分の剣で刺すって話だったろ!?」

「そんなこといってないぞ」

「言ってただろ!」

「確認しただろ。勝敗は「相手のぬいぐるみを刺したほうが勝ち」って。誰の剣かは指定されてない」

「相手の剣で刺したら勝ちなんて言ってないだろ!」

「いってないな」

「じゃあノーカンだろ!」

「なんでだ?」

「はあ?」

「なんでノーカンなんだ?」

「いや、そら──」

「ルールにのっとれば俺の勝ちだ。勝利条件を満たしている。それでも俺の勝利でないとするなら、それもまた例外を定める条件が必要だ。そうだな……勝敗は審判が決める。そして、審判はルールに従う。ルールにのっとれば俺の勝ちで、俺の勝利でないとする規定はどこにもない。違うか?」

「……」


 ジョセフは完璧なアリアの反論に何も言い返せずにいた。


「あー、いいか。それじゃあ、二人ともありがとう。下がっていい」


 先生に言われアリアは何でもないという風に、ジョセフはさも不機嫌そうに自分のペアのほうへと戻っていく。


「悪いな、騒がしくて」

「ううん、ぜんぜん。お疲れ」


 アリアにねぎらいの言葉をかけるレティシアを見てジョセフは一層いら立ちを募らせた。


「必ずしも簡単にベクトル操作ができるわけではない。魔術師同士の戦いにおいては空間の取り合いとなる。まずは相手の魔術領域を奪う方法を説明しよう」


そういってティムは自身の魔術空間を展開する。地面に触れたその境界がうっすらと光を帯びていた。


「このように相手の魔力によって空間が支配されているとき、この空間は隔絶されていると表現する。ではこの隔絶された空間に侵入する、つまり、自分の魔力を展開し情報を得るにはどうしたらいいか。ジンジャー、こたえられるか?」

「え、えっと、自身の魔力周波数を調整して相手の魔力と反発しないようにする?」

「正解だ。基本的に魔力は別の周波数の魔力と反発しあう。自分が出す魔力は基本的にすべて同じ周波数を持つ。相手も同様なため相手の魔力と反発することが多い。故に簡単には自分の魔力を侵入させられない。そこで、反発しない周波数へと変化させるんだ」


 ティムはわかりやすいように別の周波数の魔力を魔術で色付けしながら生成し、隔絶された空間に入り込ませる。


「これを「滑り込み」と呼ぶ。相手の魔力に自分の魔力が重なっている状態だ。反発率が0になることはないが、それでも周波数によっては相当軽減できる。ある周波数の魔力に対して反発する魔力の周波数の範囲を反発帯と呼ぶ。対して、比較的反発しない周波数の範囲を順応帯と呼ぶ。特に反発しにくい周波数をスイート・ポイント、順応点とも呼ぶが、順応帯に自分の魔力を調整し、できる限り順応点に近づけるのが「滑り込み」のカギだ。ではもう一つの魔力をねじ込む方法だが、アンジェリーヌ、わかるか?」

「相手の魔力で満たされた空間が十分に小さければ、自分の魔力によって相手の魔力を押しつぶしますわ」

「正解だ。滑り込みはいちいち周波数を調整する必要がある。また、相手と魔力が重なっている状態だから、自分が情報を取得できると同時に相手も取得できる。相手の情報を完全に遮断し、自分だけが情報を得るにはお互い最も反発しやすい周波数に魔力を切り替え、相手の魔力にぶつけるんだ。これを「押しつぶし」という。基本的に相手の魔力空間に侵入する方法はこの二つ。「押しつぶし」と「滑り込み」だ。相手の魔力が高濃度でたくさんあるなら「滑り込み」。逆に小さければ「押しつぶし」と覚えるといい。押しつぶしのほうが効果は高いが、総力戦になるから負ければ支配領域をすべて失うことになるから注意しろ」


 気だるげな声でみんなは返事をします。


 みんな、すごいです。こんな説明を聞いて、誰一人あたふたしていません。私なんてもう混乱してしまいそうなのに……というか、してるのに……後でアリアくんに教えてもらいましょう。


「では、これ以外にもう一つ隔絶された空間で情報を得る方法があるんだが、知っているやつはいるか?」


 沈黙が返される。そんな中、手を挙げるものが一人。


「アリア」

「情報を取得するだけであれば、隔絶された空間以上の大きさを持つ魔力空間を相手の魔力領域の外に配置し魔術空間と物質空間の写像を変更することで実質的に目的の空間の情報権を得ます」

「……正解だ」


 アリアの回答に誰もが首をかしげる。


「これは、「魔力魔術空間媒介論」と呼ばれるものだが、名前の小難しさにとらわれる必要はない。要するに我々が魔術解析で情報を取得するとき、魔力が得た情報を魔術空間という仮想の空間を通して得ているとする理論だ。魔術空間というのは我々が考えた仮想の空間で、要は魔力を別の場所に展開しておいて、こちらから勝手にその魔術空間をずらして目的の空間の情報を得ようという、そういうメソッドだ。本当は魔力を展開する必要さえない手法だが、それだとそのずらした場所にまた魔力を敷けばいいからな。それを相手にさせないために予め魔力を敷いておくわけだ」


 詳しく言えば、魔術空間の位置座標と物質空間の位置座標の対応を変える、つまり、写像を変更するわけだが、いまはそこまで勉強しなくていいとティム先生は付け足す。どうやらさしものこの学園といえど、大学で学ぶ分野だったようだ。


「長い話になったな。とりあえず今覚えるべきは「滑り込み」と「押しつぶし」だ。周波数を変え自分の魔力を滑り込ませる、自分の魔力で相手の魔力を押しつぶす。この二つを覚えるのが先決だ。では今日やる内容だが──」






「ふわーん、ちかれたー」


 二時限の授業が終わり自分の机に突っ伏すレティシア。


「お疲れ」

「全然先生の言ってることわかんなかったー」

「どんまい、まあこの学園ではよくあることだよ。だから、みんな予習するんだし」

「『滑り込み』と『押しつぶし』は分かったんだけど、あの魔力何とかっていうのはよくわかんなかったー」

「あー、あれか。気にしないほうがいいよ。はよくあるから。卒業まじかの六年生ですら扱えるのは校内で数人っていうし」

「てことは、アリアくんもできるのかなー」

「……さあね」


 数少ない実習授業の後、教室には和やかな雰囲気が流れる。


「おい、アリア」


 そんな中、ジョセフがアリアへ声をかける。


 彼がアリアに声をかける事態でまれだ。あんなことがあった後では周囲も嫌な勘繰りをせざる負えない。少し周囲が静ま。


「もう一度試合しろ」

「……面倒なんだが」

「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ」

「……」

「なあ、別にいいだろ?どうせお前は強いんだ、次も負けないんだろ?」


 その言い草には明らかに怒気が含まれていた。


「別に、あれは授業のデモンストレーションだろ。気にすることでもない」

「やれっていってんだよ!」


 だん、と机をけるジョセフ。明確にあたりが静まり返った。


「……いつだ?」

「今日の昼だ」

「……断る」

「理由は?」

「体調が悪い」

「嘘つくなよ!!」

「嘘じゃない」

「……だったら、決闘を申し込む!」


 クラスが少しざわついた。


 決闘制度、それは古くからある学園の正式の制度の一つであり、古くはイリアコド連邦で合法的に許されていた司法手続きの一つである。


 ことティルティア学園においては生徒が教師に申し込むことで一方的にそれが受理され、対戦相手の意思関係なく執り行われる。


「先生に頼んでお前に決闘を申し込む!」

「そうか」

「そうかっておまえ、いいか! 今日の昼だからな! 場所はグラウンド、さっきの演習場だ!!」

「勝手にしてくれ」

「遅れればお前の不戦敗だぞ!」

「そうか」

「てめえっ」


 アリアの胸ぐらをつかんで、レティシアが声を上げたのを聞くと、ジョセフは中途半端な状態でアリアを吊り上げて言った。


「逃げんじゃねえよ!!」

「わかった、わかったから」


 仕方なさそうにアリアは従うと、何も言ってこないジョセフを一瞥し、そのまま勉強を再開した。その様子が余計ジョセフの癇に障った。


「っ!ぜってえ逃げんじゃねえよ!!」


 捨て台詞をはくとジョセフは自分の席に戻っていく。アリアは終わったあとで自分の失敗に気づいたが、気にしないことにした。


 一部始終を見届けて、レティシアはアリアのもとに駆け寄る。


「アリアくん、大丈夫?」

「ああ、平気だ」


 なっさけねえ、とジョセフがぼそりとつぶやく。教室の空気はそれからしばらくぎこちなかった。



 ◇◇◇



 食事の時間帯が終わってから四年生の学年は少し騒がしかった。決闘騒ぎが起こったと聞きつけて野次馬が会場に集まり、それがアリアを中心にしたものと聞くと、またあいつかという流れになる。すべてが予定調和であった。


「アリアくん、大丈夫かなぁ」


 会場が少し変更されたようで、グラウンドにある決闘場と呼ばれる場所にレティシアたちは来ていた。簡易的な観客席もあり決闘の様子を快適に眺めることができる。


「大丈夫じゃないかな」

「でも、決闘だよ。それに、やっぱり友達同士でけんかはよくないよ」

「そもそも、あの二人が友達かどうか疑問が残るけどね」

「……」


 すでに会場にいるジョセフ・ベントリー。それに対してアリアはまだ来ていなかった。約束の時間まであと10分である。


「アリアくんはどうしたんだろ?」

「昼に保健室に行っていたのを見たけれど」

「保健室? 体調悪いのかな」

「さあ。そういえば、よく保健室に行っていたね」

「病弱なのかな……」

「どうだろうね」


 そのとき決闘場に現れる影が一人。今日の主役の一人、アリア・ドルミエスである。


「悪い、遅れた」

「逃げたかと思ったよ」

「それで、ルールは?」

「ベクトル操作だ。試合方式は今日の模擬戦と同じ」


 ティム先生が回答する。


「今日の模擬戦と同じということは、相手の剣で相手のぬいぐるみを突き刺したとしても勝利になるのか?」

「んなわけねえだろ」

「ルールはお互いにぬいぐるみと剣を一つずつ所持。ぬいぐるみと剣はコート外に出してはならず、勝利条件は自分の剣で相手の人形をさすこと。その時点で試合終了となる。また、相手に直接危害を加える、または魔術的干渉を行うのは一切禁止だ。ベクトル操作以外の魔術もしかり、反則行為が認められた時点で敗北とする。場合によっては介入させてもらうからそのつもりで。双方の安全が保障されなくなれば試合は一時中断、場合によっては中止とする。我々の判断で反則負けにすることもある。勝負は三本先取。先に三回勝ったほうがこの決闘での勝者となる。よろしいか……それでは両者、立ち位置につけ」


 ティム先生の合図で観客席からも喧騒がやむ。皆の視線は二人に集まっていた。


「人形と剣を自陣の中央に。では、決闘……開始!!!」


 伝統ある決闘の法式にのっとり、コインを弾くといち早く号令を出す。静寂の中、コインの甲高い音がなって、試合の開始が宣言された。


 やはり先に仕掛けたのはジョセフだった。前回の反省を生かし、今度は相手のぬいぐるみまで一直線に、最小限の領域だけに高濃度の魔力を通して直通ルートを作る。そして、コートの横に魔術構造物を作るとアリアのぬいぐるみめがけて飛翔させた。


「はぁ……」


 アリアは少しため息をつく。このため息が一体何なのかわかる者はいない。


「く、空間展開!?」

「え、なに?」

「魔術のメソッドの一つですわ!」

 

 レティシアの隣に座っていたアンジェリーヌが横から入る。


「魔術は本来、魔力があるところでしか使えませんの。当然ですわよね、空間の魔力を消費してモノを動かしたり浮かせたりしてるわけですから。だから、魔術師はまず魔力で空間を満たす。次に魔術を作る。そして、魔術的干渉を行う。これが基本ですの。しかし、空間展開は魔力で空間を満たす必要がない。いってしまえば、魔力が全くない空間にも魔術的干渉ができるチート技なんですの!」

「それって、できるとどうなっちゃうの……?」

「そうですわね……たとえば、今相手の陣地の人形を爆散させたりとか……」

「ええ!? それ強くない!? わざわざ魔力で空間を満たすとか、そんな面倒なことしなくていいじゃん! ていうか、私たち何学んでたの!?」

「実は、これには一つからくりがあって、結局位置座標がわからないとどうしようもないっていう点があるんですけど……」

「え、じゃあ結局魔力で空間を満たさないと……情報を得るには魔力で満たす必要があるし、結局意味ないんじゃ……」


「まさか……」


 アンジェさんは私と同様空に描かれた魔術幾何模様を眺める。それはステンドグラスに描かれた絵画よりも神秘的で複雑な光景だった。


「思い出してごらんなさい。相手の支配領域の情報を得るにはどういう方法があったんでしたっけ?」

「滑り込みと押しつぶしと……あの魔力何とかってやつ!?」

「そうですわ。魔術空間をずらすあの方法と組み合わせることによって、相手の支配領域に問答無用で干渉する鬼畜魔術が完成するんですの! 本来は相手から魔術干渉されずらく、自分が干渉しやすいから支配領域ですのに……」

「けど、それって……」

「ああ、魔術空間を今、アリアくんはずらしてるんだ」

「空間展開自体維持に魔力がかかりますしね。まあ、使うのは空間に浮遊している魔力じゃなくて自分に蓄えられた魔力を直接消費されるんですけど」

「それって……どれくらい大変?」

「空間展開自体はこの学校でも使える人は結構いますわ。魔術空間をずらせなくても、目測である程度の精度は誇りますし。けど、実戦できちんと扱える方は何人いるか……」

「じゃあ、アリアくんは今それをやってるの?」

「さあ、そんなのわかりませんわ! 目測でやってるのか、それとも魔力魔術空間媒介論を理解し実践しているのか。どちらにしたって──」


 バッとアンジェが振り返る。


「化け物ですわ!」

「試合終了!!」


 二人が話している間に一戦目が終了する。完全に支配していたと思っていた自分の支配領域にある人形にめがけて飛来したアリアの剣によっていともたやすく自分のぬいぐるみが貫かれ敗北するジョセフ。


「なっ……」

「二戦目、用意!」


 早急にぬいぐるみが交換され、息つく暇もなく位置につく二人。


「始め!!」


 しかし、結果は変わらない。ジョセフはまたしても魔力を伸ばすがアリアは器用に人形を動かしてその刃から逃れ、そのうちにジョセフの人形を貫く。二戦目はたった30秒で決着がついた。


「おまえ、いかさましてんだろ!」

「してないよ」

「じゃあなんで俺の領域内でそんなに動けてるんだ!魔力だって展開してないだろ!!」


「あーあ」


 近くにいたセザールもあきれた声を出す。


「あ、セザール君も見に来てたんだ」

「もちろんだよ。こんな素敵なショーは久しぶりだからね。けれど、これは見るに堪えない。もはや公開処刑じゃないか。空間展開すら知らずにいかさま呼ばわりするのは滑稽以外の何物でもないよ」

「……」

「……」

「アリアくん……」


「両者ともに三戦目、用意──」


 言い争いになるのを事前にティムは防ぐと、次の試合の号令をかける。


「はじめ!!!」

「っ……!」


 焦った様子で魔力を展開するジョセフ。またもや直通ルートを開通させるが、もはやその動きに施行や策などは全くない。ただ力業で勝とうとするのみ。彼の剣ははたから見ても上限速度を逸脱してるのではないかと思うほどのスピードでアリアの人形に飛来する。一歩間違えればアリアのほうに飛んできてもおかしくない。


 それに対しアリアは剣を構える。もちろん手で構えているわけもなく、自分の人形を守るように魔術で浮かされたその剣は、地面に切っ先を向け今か今かと待っている。そして、ジョセフの剣が飛来した瞬間、それを切り上げると慣性の法則で勢いのついたジョセフの剣ははじかれ場外へと出てしまった。


「そこまで!!コート外に出たことにより、ジョセフ・ベントリーは反則負け。よって、決闘の勝者はアリア・ドルミエス・アルトレア!!!」


 いくらかの歓声が鳴り響いた。刺激求める学生たち、特段興味なくとも騒げる理由があれば十二分に騒ごうとする。それはこの学園も例外ではなかった。


「ふざけんな!!」


 一人の男が怒声を上げる。無論それはジョセフ・ベントリーのものだった。


「正々堂々勝負しろつったろ!?」


 怒りに任せて詰め寄るジョセフ。次は喧嘩騒ぎかと観客たちも沸き立っていた。笑い声さえ聞こえてくる。


「しただろ」

「ルールを使って勝利判定もらって、純粋な魔術力で勝負しろよ!!」

「あちゃー」

 

 フリーダは痛々しいものを見る目だ。


「空間展開も魔術の能力の一つ。むしろ魔力に頼らず、そこまで速度も出さずに勝ったアリアさんのほうが純粋といえますわね」

「最後は完全に動きが読まれたもんね。ありゃあ、負けるよ」

「こんな辱め、僕だったら腹を切るしか──」

「なにそれ」

「東洋の伝統さ。汚名を受けた時に自らのお腹を切って男らしさを示すんだよ」

「なんだか野蛮ね」

「あはは、あの男にはお似合いだろう?」


 随分とクソミソ皆言ってます。ちょっとジョセフくんが可愛そうなような……


「ひきょうだろ!!」

「ルールも会場も、決めたのは全部そっちだったじゃないか」

「だったらなんだよ!?」

「卑怯のしようがない」

「しただろうが──!!」


 決闘場では勝敗がついたというのに未だ口論が続いています。いくらかの生徒は飽きて校舎に戻っていくのが見えました。


「見苦しいね、僕は帰るよ」

「わたくしも、フリーダさんたちは帰らないんですの?」

「レティ、帰らないの?」

「私は……」


 一足先に帰っていくセザールさん。ほかの観客も、一人、また一人と帰っていきます。むしろこれからが本番だとヤジを飛ばす者もいらっしゃいますが……


「そんなこと言われても困るんだが」

「はっ。やっぱ優等生様は違いますな」


 その言葉には明らかな侮蔑と蔑みが含まれています。


「魔力に恵まれて、魔術回路にも恵まれて、何でも持ってる人は良いよな。気楽で良さそうだ。魔力でおしつぶしゃ、それで終わるんだから!」


「何言ってるんですの、あの人」

「アリアくんはむしろ魔力出してなかったよね」

「ふ〜ん、スマートじゃないねぇ〜」


「……」

「病気だか何だか知らねえけど、そんなんなら俺もなってみたかったぜ」


 皮肉たっぷりに言うジョセフ。あきれてアンジェリーヌが帰ろうとしたとき、明朗にその声は響いた。


「……わからないな」

「はあ~? 何言ってっか聞こえねえ──」

「自分の能力の低さを才能のせいにして努力を怠る人間のことなんか分からないなと、そう言ったんだ」


 熱を持っていた観客席の騒ぎが少し冷えかえります。静寂の中、ジョセフくんの声だけが響いていました。


「は?」

「聞こえなかったのか?」

「も、もっかい言ってみろよ」

「バカの考えることなんか理解し難いと言ってるんだ」

「てめぇ!」


 怒りのあまりジョセフくんはアリアの胸ぐらをつかんで、拳を振り上げようとしました。威嚇のように声を低くします。


「二人ともやめろ」


 ティム先生は制止に入ろうとします。しかし、二人はやめません。といううより、ジョセフくんは今更引き下がれません。


 この学校は生徒の自主性を尊重するのが教育方針。そのうえで多少のいさかいやぶつかり合いはあってしかるべきとされています。二人が辞めない以上、めったなことではティム先生は口出しできません。参ったなと頭をポリポリと書いています。


「自分の怠惰を生まれ持った者のせいにするのは楽だよな。そうやって他人をうらやむのは楽だよな。努力しないで誰かをねたむのも楽だよな」

「ふざけてんじゃねえぞ!!」

「ふざけてるのはどっちのほうだ」

「こっちだってな!!一生懸命──」

「貴様は本当に努力したのか?」


 初めて、アリアは彼の胸ぐらをつかみかえしました。突然のことにジョセフはぎょっとして、図星を突かれて何も言えなくなったようでした。


「本当に、本当に胸を張ってそう言えるのか? あんなお粗末な魔術で? あんなふざけた魔力操作で?」


 あたりの空気が凍り付きます。それは周囲の者にも覚えがあり、その言葉はそこにいるほとんどの者の図星をついたからでした。


 いえ、むしろアリアくんに言われてはこの場で自身を保ったまま胸を張ってそのやり取りを見ていられる人のほうが少ないでしょう。アリアくんの頑張りは周囲の人が一番知っています。


 アリアはそれだけ言うと踵を返していきました。行先はおそらく……保健室。


「……私、行ってくる!」

「あ、ちょっと!レティ!」


 アリアを追うレティの後ろ姿を、恥ずかしさ交じりの憎悪の目でジョセフは眺めていた。



「……なんだ」


 無言でついてくるレティシアにアリアは声をかける。


「なにが?」

「なぜついてくる」

「だって、一人は寂しそうそうだったから」

「そんなこと一言も言ってないだろ」

「でも、そんな感じがした」

「……一人にしてくれ」

「いや」

「してくれ」

「でも──」

「じゃあ、お前は一生俺の隣にいてくれるのか?」


 射貫くようなアリアの視線が突き刺さる。突然の質問にレティシアは何も答えられなかった。


「──余裕のない奴のそばにいるってのは、そういうことだ」


 それだけ言うとまたアリアは歩みを進める。残されたのは呆然と立ち尽くしたレティシアのみだった。



 ◆◆◆



「うーん……」

「どうしたの、レティ?」


 放課後、いつもなら足早に帰路に就く私ですが、今日に限っては悩める人のように腕を組みながらうんうんとうなっています。


「いや、アリア君に嫌われたのかなって……」

「レティが? それはないでしょ」

「でも、5時限目は授業にいなかったでしょ?」

「たまたまじゃない? それにあんなことがあった後じゃ教室に行きずらいってのもうなずけるし、私ならそのままサボっちゃうよ。それに、6時限目にはちゃんと来てたじゃないか」

「そうかなぁ……」


 私は納得がいかず首をかしげました。


「そういえばさ、なんでみんなアリア君にちょっとよそよそしいの?」

「そりゃあ、噂があるからさ」

「でも、それって単なる噂なんでしょ? ちょっと避けられやすいならまだしも、みんなそういう雰囲気じゃなくない?」

「レティは鋭いね」

「へへーん」

「……レティはグリモワールって知ってる?」

「アリア君のあだ名だっけ。趣味悪いよね」

「そう、グリモワール。もともとグリモワールっていうのはそういう種類の本を意味するものじゃなくて、単なる固有名詞だったんだ」

「固有名詞?」

「ああ。昔も昔、大昔。魔術師もいなかった太古の時代、あるいは神話の時代、グリモワールという自我を持った一冊の本がある男に魔力を授けたんだ。その本は膨大な魔力と魔術回路、そしてマガンを与え、引き換えに死後の魂を奪ってしまったとされている……その男が魔術師の原点、開祖ともいわれていて同時にレイスのオリジンでもあるんだ。そして、その本に付いた名前が──」

「グリモワール……」

「そういうこと。そのグリモワールはいたずら好きで、精神性は子供だったといわれている。だから、魔力と魔術回路に恵まれて、噂のたった彼のことをグリモワールなんて言い始めたんだ。実際に面と向かって呼ぶ人は少ないけどね、皆影じゃ割と言ってるよ」

「……わたし、そういうの嫌い」

「だろうね」

「みんなそういうけど、本当にアリアくんは魔力が高いの?」

「疑っているのかい?」

「そういうわけじゃないけど、アリア君ずっと勉強してるし、どっちかっていうと理論とか頭の良さでカバーしてるんじゃないかなって」

「そうだね、それもあるけど、アリアは確かに魔力も強いし、魔術回路にだって恵まれてるはずだよ」

「みたことあるの?」

「……あるよ」


 そういうとフリーダさんは少しだけ顔を曇らせます。


「あれは雨の日だった──」



 ◇◇◇



 あの日はひどい土砂降りで、6時なのにあたりはかなり暗いし、道路にはせせらぎができてるほどだった。


 その日私は部活の仕事で遅くまで学校にいて、駅まで傘をさして歩いていたんだ。


 当然、傘だけじゃ防ぎきれなくてね。靴下はぐしょぐしょ。だから、並木の下を通って少しでも降ってくる雨を防ごうと思ったんだ。そんなとき、見たんだよ。


 ヴェルリアストリートの近くには決して小さくない河があるだろう? 私はその近くを通っていたんだ。


 向こうから一人の子供がやってきた。合羽を着ていて、氾濫した河川を興味ありげにのぞいていたよ。危ないなあとか思いながら私はそこを通り過ぎようとした。


 その子が川に落ちたんだ。


 知っている通り、川沿いは岩場になっていて、雨が降っていたせいで滑りやすかったんだろうね。だから、足を踏み外してその子は濁流の河川に落ちてしまった。


 私は一瞬動けなくて、でも、事態の重さを実感するとすぐに走ったよ。


 その子は何とか溺れないようにしていたけれど、浮くのが精いっぱいで今にも荒れた波にさらわれそうになっていた。


 当時の私には目まぐるしく位置が変化する動体を持ち上げるなんてできなかったし、よしんばできたとしても子供一人を正確に持ち上げるなんてできなかった。範囲を指定して水と一緒に持ち上げるのも、私の魔力じゃとても足りなかったんだ。


 パニックに陥ったよ。自分じゃどうにもできないことを悟って、それでも何かないかと探して何度も何度同じようなことを考えた。


 それで、一度周囲の水面を固定して、そのあとに子供を引き上げようと考えたんだ。そうすれば子供は一度静止する。魔力が持つかはわからないけれど、やる価値はあると思ったんだ。


 それで私が魔術を構築して、いざ発動しようとしたとき──いきなり水面が静止したんだ。振り向くとアリアがそこにいて、彼はあたり一帯の水をすべてせき止めていた。



 ◇◇◇



「……え?」


 レティシアは信じられないようにフリーダの顔を見る。それに優しく彼女は微笑みかけた。


「ははっ、笑っちゃうよね。私が周囲の水を止めれるか考えていた時、アリア君はすでに川全部の水を止めてたんだから」


 自重するようにフリーダは言う。しかし、言葉を失ったレティシアから反応はない。それを察するとフリーダは話に戻った。


「そのあとアリアくんは子供を救い出して、親御さんのもとに連れて行った。私はあの子を追いかける間も傘を手放さなかったって言うのに、彼はすでに放り投げていて、あの子にケガがないか、かしづいて確認してたんだから。後でアリア君に聞いたよ。どうして、わざわざ川の水を全部止めたのかってね。そしたらアリアくんはなんて言ったと思う? 子供が死ぬからだってさ。下流の水をいきなり止めれば後ろから来た水が津波の要領で止まった水面に乗り上げて、そしたら、あの子は頭まで水につかって、挙げ句に水中でまっさかっ様になるだろうって。まったく、笑い話にもならないよね。私はあの子を助けようとして、危うく殺しかけたんだよ」


 ははっ、とフリーダは再び自嘲する。その姿にレティシアは何も言えなかった。


「だから、アリア君が多くの魔力を有しているのは本当のことさ。そんな大規模魔術を扱えるってことは、相応の情報量を処理できるってことでもある。結局、何から何まで僕らとは住む世界が違うんだよ」

「……」


 決してレティシアは彼女の言い分に頷かなかった。

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