ひまわり
「そろそろ花を用意する時期か」おじさんの言葉にテンちゃんは「ああ」とだけ頷く。「今年も朝のうちに行ってくるんだろう?」テンちゃんは物置からホースリールを出しながら、再び「ああ」と返事をする。
まだ六時前の早朝にもかかわらず、日差しはすでに眩しい。ホースを庭の蛇口に取りつけて、テンちゃんは水を出した。じゃばば、と涼しげな水音が響く。
ずっとずっとテンちゃんを見てきて、ひとつ気づいたことがある。
私がテンちゃんのそばに現れるとき。
それは、テンちゃんが私を思い出しているときなのだ。
「まだ朝顔しか咲いてないからなあ。どうする?」
「そこのひまわりでいい。蕾だし、夏祭りの日には咲いてるだろ」
「墓前にひまわり?」
縁側に腰掛けるおじさんはきょとんと目をまるくした。
「別にアリだろ。……ひまわりの浴衣着てたし」
よく覚えているなあ、と私は感心してしまった。それとも私が忘れはじめているのかもしれない。ひまわりの浴衣、そういえば着ていた。白地に咲いた大きなひまわりが可愛くて、お母さんにおねだりしたのだった。慣れない下駄でのぼる山道はすごく歩きづらくて、テンちゃんの背中がどんどん遠くなっていってた。
『テンちゃん、待って』
私は手を伸ばす。
『置いてかないで』
テンちゃんは振り向いて私を待ってくれるけど、近づくとまた先へ行ってしまう。
そうだ。あのときの私は、ただ……。
「今年は露店も変わるし、花くらい好きなもん供えてやらねぇと」
ぼそっとこぼれたテンちゃんの独り言は、たぶん私にしか聞こえなかった。
……テンちゃんは本当に、よく覚えてくれている。
まるで呪いみたいに。
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