絶叫
「誘ってくれてありがとう! 来てよかった」
満面の笑みを浮かべる守屋さんをちらっとだけ見て、テンちゃんは視線を外す。愛用のキャップを目深にかぶり直しながら、「灯籠作りはコドモの仕事だからな。誘ったわけじゃない」と相変わらずぶっきらぼうな態度を見せた。
「なにー? わたしが子どもみたいじゃない。天司君と同い年のはずだけど?」
「あの場所で灯籠作る側は皆コドモなわけ」
「ええ? 天司君は?」
「作ってねぇよ。俺はまとめ役だから。ここ数年、つか、ずっと作ってねえ」
じりじりじり。蝉も鳴きはじめていっそう夏らしくなっていく。畦道を歩くふたりに落ちる影もいちだんと濃い。
「じゃあもし作るとしたらどういうの?」
「群青色の魚」
テンちゃんははっきりそう言った。
「たぶん、それしか作れない」
さっきまでの軽口とは全然違う、静かな絶叫のような声だった。守屋さんも気づいたのか、神妙な面持ちでテンちゃんの顔を覗きこむ。「それって……」
ざあ、と海岸沿いに植えられた松の木がざわめく。雲ひとつない晴天の下、潮風が香りだけ撫でていく、そんな爽やかな夏の日だった。だけど。だけど、キャップのつばに隠れたテンちゃんの目は、暗い暗い、うず潮に似て底が見えない。
「忘れたら、許されない気がして」
金魚すくい。七夕の短冊。すいか。灯籠。浴衣。何かをするたび、テンちゃんは私をなぞる。何度も、何べんも、まるで決して消させないかのように。
……だから私、ここにいるの?
「わたし、千穂さんに会ったことないからわからないけど。でもそれは、絶対に天司君を幸せにしないと思う」
テンちゃんはゆるゆると首を振る。「……変な話した。行くぞ」それきりテンちゃんは守屋さんが何を話しかけてもずっと黙ったきりだった。
――許されない気がして。
ねえテンちゃん。誰に?
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