短夜

「車出そうか?」

「大丈夫、隣のおじさんが乗せてくれるから」

 守屋さんは身の回りのものだけを持って、来たときと同じように玄関に立つ。大きな荷物は後で取りに来るらしい。

「寂しくなるわね~」テンちゃんのお母さんが名残惜しそうに言うと、守屋さんは「いつでもお手伝いに来ますよ」と笑う。

「テンちゃんも寂しいの?」私の言葉はもちろん誰にも届かない。だけど、

「こんなちっせえ島で寂しいも何もねぇよ」

 こんなふうにまるで会話のキャッチボールができたように錯覚するときがある。テンちゃんはおばさんに向けて言ってるだけなのだけど、私に返事をしてくれたみたいで、少し嬉しい。私も会話にまざれた、と思う。

 ここ最近は、ずっと見てるしかなかった。それしか、私には出来ないから。

 ぼんやりしているうちに三人は玄関を出て門のところまで行っていた。私は置いていかれるばかり。ついていくばかり。いつも、テンちゃんの後を。

 見違えるくらい広く逞しくなった背中をじっ、と見つめる。

 あれは中学三年生の夏だった。

 生きている私が、最後に見たテンちゃんは。

 中学三年生の男の子だった。

 なのにいつの間にか『大人』になって。

 なのに私は、ずっとここにいる。

 すぐに消えるのだと思っていた。夏の短夜みたいに、ひとときの奇跡だと思っていた。それが、もう何年……?

 わからない。私はもう、自分が何歳なのかも曖昧だ。解っているのはたったひとつだけ。

 ――私はずっと、この島にとらわれている。

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