すいか
その夜、テンちゃんのお母さんがすいかを切ってくれた。民宿の居間にある大きくて立派な座卓に、冷えた麦茶とすいかが並ぶ。
懐かしい。ちいさい頃もこうしてすいかを切ってもらった。テンちゃんがすいかに塩をかけると甘くなると教えてくれて、実践した私はえらく感動したのを覚えている。だってひと振りであんなに変わるなんて。魔法みたいって、思ったんだもの。
「美味しそうー! 祖母にも持っていきたいのでお皿借りてもいいですか?」
ぱあっ、と瞳を輝かせた守屋さんは昼間とは違い、ダボっとしたTシャツにショートパンツのラフな格好だった。
「もちろんよ。いま用意するわね」キッチンから戻ったおばさんはその手にお盆とお皿とおしぼりを携えていた。それらを受け取って、守屋さんは廊下の奥へ消えていく。
「ちょっと天司? ぼうっとしてどうしたの?」おばさんの視線の先にはだらしなく座卓に頬杖をつくテンちゃんの姿がある。やっぱり昼間動きすぎたのかも。
テンちゃんは気だるげに頭を振って「なんでもない」と立ち上がる。でも縁側へ向かう足取りが明らかに重そうで、私は心配になった。
「天司君は塩かける派? かけない派?」
ぼんやりと外の風にあたる横顔を眺めているうちに、守屋さんが戻ってきてすとんとテンちゃんの横に座る。テンちゃんの視線が、一瞬だけ守屋さんに惹きつけられて、すぐに逸らされたのを私はただ見ていた。
「……かけない派」
「そうなの? 甘くて美味しいよ」
「魔法みたい、に」
「そうそう!」
ちりちりと夏虫が鳴く縁側に並ぶふたりを、私はただ、見ているだけだった。
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