緑陰
「だからおじさんいらっしゃらないのね」
守屋さんは日傘を傾けた。まるい影が動いてしゃがむテンちゃんをすっぽり覆う。
「おい。いらねぇって」
「この猛暑で日差しにあたり続けるのは自殺行為だと思わない?」
「テンちゃん、お昼からずっと動いてばっかり。倒れちゃうよ」
民宿の裏庭に白いテントが積まれていく。夏祭りに使う、大きい集会用テントだ。まだ畳まれたままのそれらをテンちゃんは一輪車の荷台に載せた。
「手伝う?」守屋さんが聞くように、ひとりで抱えるには男の人でも重たそう。昔は確か、テンちゃんのお父さんがこの準備をしていた。
「服が汚れんぞ」今日の守屋さんは真っ白いノースリーブのブラウスにスキニーデニムで、いつにも増してすらっとして見える。
「洗えば済む話でしょ。なんならジャージ着てくるわよ」
「いらねえ。客なんだからゆっくりしてろ」
頑なにつっぱねるテンちゃんに守屋さんはぷう、と頬を膨らませた。
「もう。天司君までわたしを『よそ者』みたいに言うの?」
「……!」
テンちゃんの顔が強張る。それからすぐに視線を外して、「悪かった」と告げた。
「でも手伝いは必要ない。……あんまり俺にかかわるなよ」
忠告というより、懇願めいた声音だった。そのままテンちゃんは一輪車を押して青葉が茂る裏道の奥へと歩き出す。あんまりにも濃い緑陰にテンちゃんがのみこまれていきそうで、私は慌てて後を追った。
だから、耳に届いた守屋さんの独り言の続きは、わからなかった。
「わたしと喋ってくれるの、天司君しかいないのに」
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