第5話 スターゲイザー 〈2〉

「おい。俺の自慢の機体にツバつけて帰ろうだなんて、そんな甘っちょろい考えは、してないだろうなぁ……?」


 怒りのこもった低い声が、カナリアの鼓膜を振動させる。

 操縦士パイロットが帰ってくる前に逃げ隠れるつもりだったのだが——

 今、目の前にいる軍服を着たこの中年男性は、どこからどうみてもこのバスタービルの操縦士パイロット……持ち主で間違いなさそうだ。眉間に皺を寄せて引き攣った顔をしている。

 それにしても想像よりはるかに早い帰還だ。引き返してきたか、あるいは……もう既に事が済んで折り返してきたのか……?

 考えられる事象はいくつのあるが、少なくとも今はそんなことを考えている暇などない。



「おいガキ、そんな無防備警戒でバレないとでも思ったか?」



 …………いや、そもそもバスタービルがバレてるんですよ。

 あなたの乗っているバスタービルなんて、それこそ世間に出たら大騒ぎも大騒ぎの大混乱になるはずなのに、こんなガキにバレているんですよ。

 ——とは、流石に反論できなかったが、今そんなことを気にしている暇などない。あれだけ無警戒な着陸をしたんだ、バレることも対策済みなんだろう。



 そうなるとやはり、今は逃げることが最優先事項だ。

 どうにかしなければと思考回路を回せば回すほど、照りつける太陽に灼かれたこの身の自由はどんどん奪われ汗ばかりが滴り落ちる。

 日差しは雲に遮られることなく永遠と降り注ぎ、凪いだ風の青野原には逃げ場などどこにも存在しない。

 手持ちは自慢のアインクロメアと、水筒やタオルなどの最低限のものしか積んでいないリュックサックのみ。形勢を逆転するような武器になりそうなものはない。



「なぁお前、ここになんの用だ?辺り一面平原の場所で突っ立っているわけだが、、、おい、なんか言ったらどうだ?」


 おじさんくさい顔は威圧をかけながらどんどんと距離を詰めてくる。

 返す言葉を考える隙も与えずガンガンと詰めてくる姿勢は新手のヤンキーのようだ。



「い、いやぁ……?変な通信が聞こえたからその目的地に向かってみたら、バスタービルが降り立ってたって感じで……別に、何かしらのスパイとか……そんなんじゃないっすよ…………」


 カナリアは身振り手振りで身の潔白を証明しながら弁明する。

 何がどうあれまずは偶然バスタービルを発見したことを伝えないと見の危険が訪れそうだ。



「まぁ、お前がこんなところにいる時点でバスタービルが見つかってるのはわかるが…………変な通信が聞こえた?ってことは、俺らの無線通信が外部に漏れ出していて、それを偶然嗅ぎつけた犬コロがお前ってことか?」


 軍服のおじさんはカナリアの弁明を鼻でフッと嘲笑って「嘘をつくにしてももっとマシな嘘をつけよ、興ざめだ……」と一言文句を放ってから子供に躾をするような言い草で言葉を飛ばす。


「大体なぁ、バスタービル知ってる時点でコイツが星遺物なのはわかるだろ?それを乗りこなす操縦士パイロットが古臭い電気通信なんか使うわけねぇだろ。星遺物で暗号化された通信使ってんだ。漏れたとしても通信の内容がわかるわけねぇだろうが。」


「それは重々承知してますよ……ただ、俺のフィディカは祖父のガラクタから拝借したもので、時折暗号化された通信を解いて引っ張ってくる時があるんですよ……それで偶然にも暗号を解読してしまった……?みたいな感じで……」



 全て本当のことを話しているはずなのにどんどん自分が怪しい存在の立ち位置に置かれているのが分かる。ここまで喋っても自分にかかっている疑いが晴れなければもう何言ってもお手上げなので、隙を見てどうにか逃げきれないかと視野を広げて周囲の情報を取り込む。

 おじさんとの距離は手を伸ばされたらすぐに捕まるほどの至近距離、余計な動きはできない。それならば————


 ガッッッ!

「——!?」


 どうにかして逃げ出そうと考えていた矢先、軍服のおじさんがガシッと両肩を掴んでくる。




 力強く捕まれ、カナリアはその一瞬の出来事に怖気付き、「ヒッ」と情けない声を出して肩をすくめながら固まる。

 背中から出たことのない冷や汗が滝のように流れ、子堂宇を感じるほどに心拍数が上昇する。

 息が止まりそうなその空間は、時空が歪んだかのように時の流れが遅く感じられる。

 おじさんは今までよりもさらに歩幅一歩分の距離を詰め、カナリアのフィディカをぐっと覗き込んで嘗め回すように凝視し、ニヤリと笑う。



「………このフィディカはジャックのジジイが作ったフィディカか……そうだろ?」


「……え、あ、あ?そ、そうです……けど、なんでおじいの名前を……?」


 軍服のおじさんに捕まった時は連行されるのだと希望を捨てていたのだが、予想外の出来事に思わずカナリアはパニック状態になる。


「おじい……?ってことはお前、ジャックの孫か!?」


 驚いたのはカナリアだけでなさそうで、おじいという言葉を聞いた軍服のおじさんは目を丸くして飛びつくように聞き返す。


「孫というかなんというか……まぁそんな感じです。ただ、おじいが俺にとっては父親みたいなもんで。」


「おいおい、孫なのは本当かよ……。冗談、ってわけでもなさそうだな。つまりドラハルトにガキがいるってことだよ……な?あぁ意味わかんねぇ、頭おかしくなりそうだ。」


 軍服のおじさんは相当ややこしい状況に頭を悩ませているが、それはカナリアも同じ境遇にあるわけで、見ず知らずのバスタービル操縦士が祖父の名前で驚いているという異様な光景にはいまだに脳が正常に処理できないでいた。


「あ……あのー、おじいとはどういったご関係で?」


「ジャックとか?アイツは良い腕してるエンジニアでな。昔から機器整備のたびにお世話になってる俺のお得意様なんだ。何なら昔は一緒に仕事してたぜ。」


「…………ってことは、おじいとは昔からの仲で、いまはおじいの仕事相手って事ですか?」


 今まで趣味の延長線上のような仕事をしては一流の企業とは一切連絡を取らずどこの誰だかわからない団体と取引しているのが祖父の仕事スタイルだ。俺自身仕事の依頼を受けてモノを作る姿をあまり見かけることがなかったのだが、まさかこんなところでこんな出会い方をするとは…………



「まぁ簡単に言えばそうだな。『仕事仲間』だ。それでお前がジャックの孫ってことは、ドラハルトの息子……なんだよな?」


「──まぁ、そうです。ただ、俺をここまで育ててくれたのはドラハルトではなくておじいだから、俺はそんな人を親父と呼ぶ気はないです。」


「なんだかな。ドラハルトらしいと言えばドラハルトらしいが、いつの間にガキなんかこさえて何やってんだ……」



 普通の人なら『フロード』のネームを聞くだけで目を輝かせてうらやましそうに英雄譚を語りだしたりするのだが、この人は驚くどころか険しい顔をして頭を悩ませている。

 しばらく考え事をしていた操縦士は「いや、一旦考えることはなしだ」と独り言をぼやいて、一息ついてから透明のバスタービルに手をついて話し始める。


「…………お前、名前は?」


 名前を聞かれるのが嫌いなカナリアはふてぶてしく「カナリア・フロード……です。」と名を名乗るが、そのふてくされた態度に軍服のおじさんも呆れ顔をする。


「お前…………しょげた自己紹介だな。フロードなんていい名前もらってんだ、自分の名くらい堂々と胸張って喋れるようになれ。———俺はデューク。デューク・クライスだ。趣味で星遺物を追っている調査をしている。ざっくり括れば研究者ってとこだな。星遺物を研究するために組織を作り、そこで専門的な研究をしている。」


「組織……研究チームみたいなものですか?」


「研究チームみたいな曖昧でチープな集団じゃねぇ。たった一つの『星遺物モノ』のために人生を捧げ、大切なものを切り捨てもなお狂ったような人生を謳歌する最高で最低な仲間たちだよ。」


 ジャックは組織の話に笑みをこぼしながら、

「フロードのガキ…………お前は一旦俺のアジトにこい。色々聞きたい話は山ほどあるし、残念だがコイツを見た上ではいさようならって帰すのは流石に無理なもんでな。ただ心配はいらねぇ。うちの組織は星遺物に興味を持った曲者ばかりだ。悪い気はしないと思うぜ。それに、フロードのガキを手玉にとれるのも悪い話じゃねぇ。」



 ……なんか、最後の一言があまりいい言葉に聞こえなかった気もするが、それでも話自体はすごく魅力的に感じる。祖父のお得意先であり、バスタービルを扱う星遺物好きの謎の組織からの勧誘……勧誘?ほぼ拉致に近い状況ではあるが、こんなチャンスを無駄にする訳にはいかない。


「まぁそうなりますよね。……行きますよ。実際こんな国家機密レベルの星遺物を目の当たりにして五体満足で帰れるとも思ってませんから……」


「そうか。それならば話が早い。五体満足で帰るつもりがないなら腕の一本でも落としておくか?」


 五体満足の返しに腕一本の軽いジョークを交わされるも、どこかジョークだけで済まされそうにない言葉の重圧にカナリアは「……冗談ですよね?」と確認を取ることしかできなかった。




 太陽は気づけば天高く昇り切っており、ジリジリと焼かれるような暑さをそよ風が奪い去っていく。丘の形状に沿って流れ込む風は、乾いた草の青々しい臭いを運んできては鼻をくすぐるように刺激する。


 デュークは額に滲んだ汗を拭って口を開く。

「……とりあえず、ここに長居するのもよくないだろうし、事が決まったんだから早めに動くぞ。」


 そう言ってデュークは透明化していたバスタービルを元に戻す。

 凛とした立ち姿のバスタービルを見上げ、カナリアは思わず感嘆をこぼす。

 星遺物の賜物が目の前に現物として現れているが、そんな境遇に対して実感は湧いていない。

 このときカナリアは、自分の身の回りで起きていることに気付く由もなかった。



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