第4話 スターゲイザー 〈1〉

 辺り一帯ミクロルフロウの丘で敷き詰められた悠久の大地の中で、カナリアは巨大な二足自立型ロボットを発見する。

 金属に酷似した光沢を持つ滑らかな外壁に身を包み、関節部分から淡く光る蒼い線。ベースの色は黒に近い灰色の単色カラーで重厚感を漂わせる装甲のボディが目に付く。


 自身と対象物の距離から推測すると、あの巨大兵器は25メートルほどの大きさだろうか。

 左肩から腕にかけての形状が右肩と異なっているが、戦闘に特化した武装は見当たらない。


 目の前に舞い降りたそのロボットに、カナリアはどこか見覚えがあった。


(…………バスタービル、あれ、、バスタービルじゃないか!?)



『バスタービル』

 エルシルフが持ち込んだ戦闘型二足歩行ロボットであり、未知の物質で作られ未知のエネルギーで動くとされている大型兵器。

 どのような意図で造られ、どのような操作で動くのかはよく分かっていないが、その一つ一つの完成度は現在の技術をはるかに超えている。


 目に焼き付けるほど映像で見た憧れの星遺物を、カナリアが見間違うわけがなかった。

 政府が発表した全バスタービルとは形状が異なるが、的を得た見た目に通ずる外装をしている。



 あまりにも衝撃的な物を前にして、カナリアはしばらく停止する。

 目に飛び込んできた情報が何一つも理解できず、それを脳が処理するどころか拒否反応さえも引き起こしている。

 その理由が目の前に鎮座している。


 今現在確認されているバスタービルは全部で四台。それらは全て国…………いや、世界の最重要遺産として厳重に保管されている。

 軍国用バスタービルの模造品という可能性も少なからずあるが、バスタービルを独自で研究し、調べ尽くしたカナリアにはどうも目の前のそれが模造品のようには見えなかった。


 そこまでの情報を整理したところで、改めて今起きている事の重大さを身に染みて感じる。

 ここにいるバスタービルは世界で初確認となる5台目……あるいは、バスタービル以外の未確認星遺物である可能性が高い。



 全身から不思議と汗が滴り、手は小刻みに震える。

 背中から感じる穏やかな風が、ちょっかいを掛けるように吹き荒れる。

 採掘場から運んできたプラントのにおい、土埃のにおいがやけに鼻につく。

 緊張で鼓動が素早く脈打ち、全身をくまなく駆け抜ける血流音と心臓の音が五月蠅く響く。


 カナリアは脈打ち荒れる鼓動を深呼吸で抑え、今一度状況確認をして気分を落ち着かせる。


(バスタービルではなかったとしても、このような大型星遺物は発見次第政府に報告しなければならないはずだ。星遺物基軸機器であったとしても生産すること自体が世界規約に違反している……。ってことは、このバスタービルを所有している人物は新手のテロリスト……か、新型のバスタービルを世間に公表せず機密で扱っている国家組織か…………)


 考えようにも規模が大きくなっていくばかりだ。

 政府が直々に管轄する星遺物が目の前で動いていたという事実……それを目の前で見てしまった事実は、その記憶を消したくても無理な問題だ。


(だめだ。こんな浅はかな推測では見当がつかない。)


 カナリアは今一度この場に起こっている未知の体験に思考を巡らせながら、しばらく動きがないか様子見する。


 政府に通報するという手段も状況によってはしなければならない。ただ、こんな千載一遇のチャンスを政府に受け渡してしまうほど、カナリアも臆病ではなかった。

 パニックに陥る脳内と芯から湧き出る怖気、その反面には興味と研究心が心を揺さぶっていた。



 背中を逆撫でするような風が吹きつけ、カナリアの不安を一気に加速させる。

 雲一つない晴天の日差しが公平に降り注がれ、息を潜めるカナリアの額からは滲み出た汗がゆっくりと垂れる。

 よそよそしく目の前で揺らぐ草本を手で軽く抑え、反対の手で手庇てひさしをつくり陽の光を遮る。

 胸にあたる地面からはひやりとした湿っぽい土と草本の温度が感じられ、背中から受ける熱を緩和する。


 相手の素性がわからない以上無闇に近づくのは危険であり、かといって放置できるほど一般的な事例でもない。

 カナリアは額から垂れる汗を拭うのを堪えながらひっそりと息を殺し、今目の前にある星遺物を観察し続けた。 



 額から滲み出る汗が三滴ほど地面に垂れた頃、目の前のロボットにようやく動きが見られる。


 ロボットは片膝を立てて座り込み、ガクンと力が抜けるように停止した。

 今の一連の動作が電源を切った合図だと考える。

 つまり、操縦士はまだ機体の中にいる。



 操縦士が一体どんな人物なのか、どういう経緯でこのバスタービルを操縦しているのか……

 何一つわからない状況下で起こる出来事に、少年は息を殺して見守った。



 一旦停止したように見られた巨大ロボットは足先から青白い閃光玉のようなものを噴出してまばゆい光を放ち、その閃光玉はゆっくりと回転しながら上昇していく。

 閃光玉の軌道を通過した機体の外装は瞬く間に透明になって消え、空間に溶け込むように姿を消していく。

 対象との距離が遠いせいか、どのような過程で消えているのかは分からない。

 目を凝らしてみると陽炎のような揺らぎが見える。しかし、僅かな揺らぎもやがては消え失せ、完璧といわんばかりのカムフラージュを魅せる。


 カナリアはその一部始終を、目の水分が乾ききるまで瞬きもせず焼き付けた。

 見たことのない大型星遺物に、見たことのない技術。

 政府も公表していない未知の現象に、不信感と興奮がぶつかり合う。


(噓だろ…………カムフラージュ機能がついた星遺物なんて見たことのないぞ。あんな技術は政府も公表していないし、どう考えてもこの世界の技術じゃない。…………なにがどうなってるんだ。)


 星遺物の普及と高度な技術士の存在によりターフラム大陸『モノフ地区』は発展都市区になったわけだが、そんな星遺物の最先端地区でも物体を透過させるカモフラージュ技術を開発した技術者エンジニアは聞いたことがない。


 総合的な判断からして、カナリアの立ってい目線の先に佇んでいるロボットの機体は新型の星遺物『バスタービル』である可能性が高い。

 カナリアはその点を含め警戒しながらも、この機体がこの場に降り立つ理由を知るため、再び偵察を続けることにした。



 気候は晴天。猛暑に苛まれ、時折吹くぬるま風が不快感を募らせる。

 白色無地のTシャツは汗と地面からくる湿気でぐっしょりと濡れ、サウナのように熱で噎せ返る。




 青白い光は巨大な機体をみるみるうちに飲み込んでいき、1分足らずで腰下までの外装を消してしまった。

 そんな摩訶不思議な現象が行われている最中、機体の脊髄辺りからフワッと何か落ちるものを目撃した。


 人型……のように見えるのだが、自然落下をしているようには見えなかった。

 推測にはなるが、おそらく星遺物の類による能力だろう。

 標的とかなり距離があるため正確に確認することはできなかったが、カナリアはそれが操縦士であると推測する。



 地表に降り立った操縦士は高さ20メートルはあるであろうコックピットから飛び降りたにもかかわらず平然と歩き出し、第11区画星遺物採掘場に向かって歩いていく。

 フィディカが受け取った連絡内容にも第11区画星遺物採掘場の話が挙がっていたことから、目的はそこだろう。


(星遺物採掘場は政府管轄の直属施設だよな。ってことは、フィディカで連絡を取っていた組織は政府軍の類か……?だとしたら俺のフィディカに情報漏洩してるのは明らかヤバいし、バスタービルを常用するのってガバガバ過ぎないか?)


 バスタービルを有用するあたり、まだ操縦手段もわからない政府の枠から除外して考えていたが、政府管轄の施設とアポイントメントしているのであれば、反政府組織とも考えられない。

 考えれば考えるほど脳の処理が追い付かない。


 カナリアが巨大ロボットを見つけてから今に至るまでまだ3分も経過していない。それなのに情報量の多さ、張り詰める緊張感、無条理に降り注ぐ陽の光に晒され続け、カナリアは顔を洗ったような汗を流していた。

 拭うにも今目の前にある光景から目を離せない、それほどまでに彼の星遺物に対する執着心と熱量が込み上げている。

 汗が頬を伝って垂れる感覚はイヤになるほど感じるが、そんな私利私欲をもろともせず、彼の目は視線の先で起こる星遺物の神秘を脳裏に焼き付きつけるまで離れなかった。



 青白い玉は既に胸を超えたあたりまで透過を済ませており、操縦士はその光景を見守ることなく目的地へと足を運ぶ。



(機体が全て消えて、操縦士がミクロルフロウを一つ超えたあたりで俺も動こう。採掘場にはオムニバスの生徒たちの対応で手が回らないはずだし、すんなり事情が済んで戻ってくるとしても10分程度は掛かるはずだ。)


 動かないまま一方的に太陽の光を浴び続けたカナリアの体は背中から火が出るのではと錯覚するぐらい熱を持ち、身体も中々の限界を迎えている。

 動きたいのは山々だが、下手に動いてバレてしまっては今までの努力が無駄になってしまう。


 カナリアはただひたすらに灼熱に耐え、操縦士の行先を見送った。



 気づけばバスタービルは姿形もなく消え去っており、操縦士も目を向けないといけないほどに視界の外まで移動していた。



(…………よし、そろそろ動こう。俺自身もう限界に近いし、今動かないと干からびちまう。)


 カナリアは地面に這いつくばった状態からゆっくりと後ろに匍匐ほふくしながら丘の後ろに身を隠す。

 いくら相手の姿が見えなくなったからといって颯爽と丘を駆け下りるなどの大胆な行動は避けたい。

 体が視認されない場所まで下がったところで、緊張の紐が解けると同時にカナリアは体を180度回転させて仰向けになり、潜めていた息を全て放出するかのように大きな一息をつく。

 乾き切った喉に周りの空気が張り付いて水分を枯らし、唾を飲み込むと激痛が走る。

 大地の涼しさが熱せられた背中から伝わり、見上げる空には直視できないほど煌煌と輝く太陽と、澄み切った青空が浮かんでいる。



 ただ、今はそんな物思いに耽る時間もない。カナリアは疲弊して感覚の鈍くなった指の先までもしっかりと力を込めて身体を動かし、バスタービルの元へと駆け寄った。










 アインクロメアを使って傾斜の緩い坂を滑り下り、バスタービルが見えていた場所へと足を運ぶ。

 周りのミクロルフロウに囲まれて盆地のようになった平坦な場所だ。



「……確かここら辺だったんだけど、すごい透過技術だな。どこにあるのかわからないぞ。」


 あんな巨体が草本の上に降り立っているものだから、普通であれば透過をしていたとしても足の部分によって押しつぶされた草から位置を特定できるはずだが、あいにく辺り一面そのような場所は見当たらない。むしろ本当にこの地に降り立っていることに疑問を持つほど景色に変化がない。


「透過直後は空気の歪みが見えてたけど、ここまで完璧に姿を消せるんだな……どうりで誰にも見つからないわけだ。」


 完璧に隠せるといっても操縦士本人がバスタービルを見つけられなければお話にならない。つまり、こんな完璧に姿を隠せる技術があろうとも、探し出す当てもあるというわけだ。



(姿を消すために使っていたあの青白い光、おそらく星遺物特有のエネルギーだということは分かる。マナを使ったものであればマナに反応するはず……)


 マナは数ある星遺物の中でも『エルシルフ型』の星遺物によく起用されており、星遺物の比率としてもエルシルフ型がほとんどであるため、マナを使うことでアクセスできる星遺物は意外とある。


 カナリアは左耳に装着しているフィディカに手を当てて機能を調節し、『周囲のマナにアクセス』という機能を使う。

 祖父が作ったファディカにはこういった使い道がよくわからない機能がたくさん付属している。

 コレばかりは祖父の趣味だからどういった経緯でこんな機能をつけているのかはよくわからない。



 解析が終わったフィディカは前方約4メートル付近にてマナの歪みがあるのを検知した。

 カナリアは検知された場所へと小走りで駆け寄り、両手を前に出して探りを入れながらあたりを彷徨き回る。

 すると、左手に金属のようなヒヤリとした感触を見つける。


「……お、あったあった。バスタービル本体が完全に消失したわけじゃなかったんだな。」



 星遺物の中で転送を行うものはみたことないのだが、それを言ってしまえばこんな完璧に透過することのできる技も見たことないのだから、正直不安だった要素は多い。

 ただ、今目の前に確実に触ることのできる実体があることからすれば、あの青白い光は物体を透過させることができる機能を持っているということだ。



 姿形は見えないけれども、触った感触はよくわかる。金属特有の冷たさと質感。ただ、似たような素材を知っていても触ったことのない異質な材質。天然の星遺物素材でできている。

 透明化された物体と実体のある物体が干渉し合って、手を触れた透明な空間に水面のような波紋が広がる。


「目では実物を拝むことはできないけど、確かにここにあるんだよな…………。俺が今まで……夢にまで追いかけた幻の星遺物『バスタービル』が。」


 興奮のあまり体が勝手に震え始め、今になってやっと実感が湧いてくる。

 自分が星遺物に興味を持った発端とも言える幻の星遺物が、今目の前に存在していて、それを自分は触っている。

 確かな感覚が脳にまで直接刺激として送られ、瞬きすら忘れてしまうほどに、今自分は感動している。




(ほほう…………これはこれは、なかなかすごい……)



 ペタペタと透明の機体を触りながら、カナリアは機体の足回りをぐるりと一周する。


(この機体の足回りはざっと1.5メートルほどか……この大きさなら遠目で見た全体像が25メートルくらいになるのもおかしくない。)



 次に気になるところはやはりこの透明化だ。実用されているところなんてみたことがないし、触れても透明化を解除せず透過を維持しているのにはかなり複雑な仕組みが施されているはずだ。

 ただ、そんな悠長に調べるほど時間は有り余っていない。


 カナリアが敵のバスタービルに接触したのは操縦士がミクロルフロウの丘の向こうへ消えたすぐだ。第11区画星遺物採掘場までの距離はざっと計算して200〜300メートル、徒歩でおよそ5分程度なので往復で10分ほどかかる。

 カナリアがここにきてバスタービルを触ってから3分が経過したところだろうか。単純計算ではまだ余裕があるが、少なくとも操縦士が一人とも限らないし、上空いた味方の連絡により折り返す可能性だってある。早くに撤退して損はない。


 もっといろいろな場所を見たい、触って確かめたい、調べてみたい。

 次々と湧き立ってくる感情を心の内に押し込んで、カナリアは足早と撤退する決断を下す。


「……そうだ!撤退する前にコレだけ———」

 そう言ってカナリアはカバンの中からシールのようなものを取り出して透明な機体にぺたっと一つ貼り付ける。


(GPS機能付きシールだ!おじいの作る『どこで使うやつシリーズ』だったからあんまり使ったことはなかったけど、こういう時不意に役立つから捨てたもんじゃないよなぁ。)



 そんなことを考えながらカバンを勢いよく背負い、アインクロメアを放り投げて乗ろうとした瞬間———





「おい。俺の自慢の機体にツバつけて帰ろうだなんて、そんな甘っちょろい考えは、してないだろうなぁ……?」


 目の前にできた大きな影……

 それをたどるようにゆっくり顔を上げると、そこには軍服のような服を着て顰めっ面をした中年男性が、カナリアの目の前に立っていた———



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