第18話 街の謎、ダールのあれこれ

「ダールはここになんの用があって来てんだ?」


「頼まれ事と情報集めのために来てんだよ」

「なんの情報を集めてるんですか?」


「誘拐犯だ」


「誘拐? そんな事件ありましたか」


「聞いたことねえぞ」


「あー……」


 シキメとジジイが知らないのは当然だ。そもそも口外されていない事件で、つい昨日ダールたちも知ったばかりだ。


 言うか言わないか、ダールは考えて話すことにする。「口外するな」とは言われていない。


「ハームブルトで起きた事件だ。つっても、人を疑って兵士にも言ってなかったからな。やっと明るみになった感じだ」


「なるほどな」


「でも、どうしてここで情報集めなんかしてるんですか」


 シキメの質問は順当だ。ダールだってハームブルトで集められるならそうしたい。が、できないからここにいる。


「村じゃあ協力も期待できねえ、情報も集まらねえでむりなんだ。んで、しょうがねえからここで集めてるってわけだ」


「そりゃご苦労なこった」


「なるほど、それでここにいるんですね。私たちも協力できることがあればしますよ」


「じゃあ怪しい馬車やら人を見てねえか」


「んー……残念ながら見てないですね」


「そうか、あんがとよ」


 シキメは首を横に振り、ソフンも「分からん」と答える。


 これだけ聞いて手がかりなし。誘拐された人は、チュシャル街方面を通っていないのかもしれない。


 けれど、反対となると魔族の領地。そこに運ばれるなんてバカげた話は聞いたことがない。


「にしても誘拐か。この街といい、いろいろと起こりすぎだ」


「ジジイ、この街になんかあんのか?」


「どこから湧いたのか知らねえが、不明な金がこの街にバンバン入りこんでんだよ」


「ソフンさん、あまり口外されては困ります」


「すまねえシキメ! ダールだしいっかと思ってな」


「不明な金か……」


 ダールの脳裏によぎるのは混血主の人身売買。一部の金持ちがこぞって買い、そのお金が舞いこんでいる。


 あくまでも憶測だが、仮に本当なら大問題だ。村長の娘にも危険が迫っていることになる。


「なあ、メトラって知ってるか」


「メトラ? 人か? ものか?」


「人だ人」


「知らねえなあ」


「分からないですね。その人がどうかしたんですか?」


「そいつにこいつ指輪を渡すのが頼まれ事なんだよ。けどな、どこにいるかも分からねえから困ってんだ」


「顔の特徴とか、性別とか分かりますか」


「……」


「ミ、ミルトくんは分かるかな」


「……」


 ダールとミルトはそろいもそろって顔をそらす。どうせすぐに見つかると、たかをくくってこの有り様。それはミルトも同じなのだろう。


「どうして聞いてこなかったんですか……」


「どうせ知人の1人はいて見つかると思ってたんだよ」


「見つかったんですか?」


「見つかってないです……」


 見つからないから、こうして探しあぐねている。とは言えず、ダールは自分の怠慢に歯ぎしりをすることしかできない。


 シキメの質問が終わり一拍の間を置いてから、傍聴していたソフンは口を開いた。


「メトラつったか。そいつはとんでもねえほど孤独なんだな」


「孤独ですか。孤独になる理由があるんですかね」


「あるとしたら混血種だからだろ」


「ダールさん、そういうのは早く言ってください。貴重な手がかりですからね」


「悪い、特に意味がねえと思ってな」


「大ありです」


「てことはもしかしてよ……」


 これが手がかりになって、大きな情報が得られる。ダールは期待が高まる目で、優雅にお茶を飲むシキメを見る。


 シキメがカップを下ろして流し目を向けてくれば、期待は最高潮だ。


「ありませんよ」


「いやねえのかよ」


「ないものはないです。変な間を作ってあるようにするのはやめてください」


「混血種かそういや、人を避けてる奴がいるって話を聞いたな」


「マジかジジイ」


「嘘はつかねえよ。話しかけても返事くらいでそそくさいなくなるらしいぜ。確か場所は、排水路の近くだったな」


「明日はそこに行きましょうダールさん」


「だな」


 目星がついて目的も決まった。明日には指輪を返して晴れて茶葉を手に入れられる。


 後は、誘拐犯だけだ。


「仕事の話はこれくらいにして違うことを話そうや。夕飯時はもう仕事のことなんか忘れてえからな」


「分かったけどよ、なに話すんだ。別に聞きてえことはねえぞ」


「あ、じゃあボクいいですか」


「なんだ」


「ダールさんがどうして勇者候補に選ばれたかです」


「そんなん決まってんだろ。まぐれだ」


「へ?」


 目を点にしておどろくミルトを気にもとめず、ダールは額の傷あとをトントンと人差し指で叩く。


 いわゆるこれが勇者の証だ。たまたま父につけられたのが、運よく勇者の証になったらしい。


「これが稲妻のアザってやつでよ、勇者の証みてえなもんなんだよ。んで、これがある奴が国中に何人かいて、その1人が俺だ」


「そ、そうだったんですか」


「これで満足か」


「満足ですけど、どうしてそんな好機をむだにしちゃったんです?」


「どうしてって言われてもな……」


 なる気がなかった。ダールがそう答えれば、次の質問は容易に想像がつく。


 なぜか――。もちろん答えはある。勇者が嫌いだからだ。けれど、言ったところで理解されない。言ったところで、悪になるのはダールだ。


「言えねえことの1つや2つはある。ミルト、これ以上は聞かないでやってくれ。いずれ話してくれるさ」


「分かりました。ダールさん、話したくなったらいつでも話してくださいね。ボク、待ってますから」


「ふん、墓に入ったら教えてやる」


「教える気ないじゃないですか!」


「ダールさんらしいです。ところでダールさん、私からもいいですか?」


「なんだシキメ」


「ダールさんの強さの秘訣を教えて欲しいです」


「げっ」


 ダールがまたかと露骨に嫌な顔をすれば、シキメは不機嫌そうな顔をする。


 戦いかたを教えた時も、酒を飲む前も、ことあるごとに聞いてくる。シキメの真面目すぎる性格から考えるに、高みを目指すためだろう。


「ねえよ」


「絶対に信じませんからね。明らかにダールさんの強さは一線を越えてます」


「酒とタバコと……」


「でたらめを言わないでください。私は真面目なんです」


「分かったよ、言えばいいんだろ言えば」


 ついに観念した風に言っているが、本当になにもない。ダールはそれっぽく、なおかつ有効な方法を頭を急回転させて考える。


「あー……経験だ。とにかく場数がものを言うからな。強くなるのは場数に比例するんだ。分かったか」


「はい!」


 シキメは満足そうで、ダールもこれで解放されたはずだ。もう、強さの秘訣を聞いてくることはないだろう。


 ダールが安心して息をついたのも束の間、横からジジイが肘で小突いてきた。


「んだよ」


「シキメに戦いかたを教えたのはお前ダールか」


「そうだよ」


「道理で強いわけだ。なにを教えたんだ」


「戦いかたと、後は戦うときの考え方だな」


「考え方?」


「使えるもんは使えって話だ」


 剣を握ったからといって、最後まで剣で戦う必要はない。剣を握ろうが、蹴りだろうが頭突きだろうが使えるものは使い、時には環境にあるものすら使う。


 戦いは生きるか死ぬか、そこに卑怯はない。それがダールの考えだ。


「なるほどな、タメになるぜ」


「ならもういいかジジイ。飯が冷めちまうからさっさと食いてえんだが」


「すまねえな。じゃあそろそろ飯に集中するか」

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