第17話 ジジイ変わらず
「ここか」
「ここですね」
「チュシャル街」と書かれた看板に、街の入り口からも見える大きな塔。どうやらここがチュシャル街のようだ。
「ダールさん、酔いは大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけねえだろ。こちとら吐きそうでしょうがねえ」
「た、耐えてくださいね? 人がいるんですから」
「問題ねえよ。我慢くらいはできる」
「よかったです。じゃあ行きましょうか、チュシャル街に」
顔面蒼白で元気のないダールと違い、ミルトは元気いっぱいだ。正直、あの勢いにダールが着いていくと吐きそうだ。
「おい待て」。ダールが呼び止めると、ミルトは心配そうな顔をする。
「やっぱり我慢できませんか?」
「我慢はできるけどよ、もう少し落ち着いて歩け。吐きそうだ」
「分かりました」
ミルトは理解して歩く速度を落とすが、好奇心は止まらない。周りをキョロキョロ見渡すと、キラキラした目でダールを見てくる。
「なんだ」
「レンガの道にレンガの建物、それに木が合わさってすごくおしゃれです!」
「はいはいそうだな」
「本当に思ってます?」
「どうだろうな」
はぐらかしたところであからさまだ。ダールの素っ気ない反応にミルトは察したのかジト目を向けてくる。
「もう、ダールさんって本当に分かってくれないですよね」
「興味ねえからな」
「はいはい、ダールさんはそういう人でした。それで、どこで情報集めをします?」
「人が集まるとこだな。ここよりももっと人がいるとこだ」
「……どこに行けばあるんでしょう」
「この先だ」
「へ?」
「真っ直ぐ行くぞ」
「ほ、本当にあるんですか?」
あるかどうかダールも知らない。だが、ダールの勘が頭で言う。真っ直ぐ行け、前に行けと。
「さあな。勘だ」
「分かりました。どうせ歩いてみないことには分からないですからね」
真っ直ぐ続くレンガの道を進むも、道中にいる人の数はまばらだ。
いつの間にか塔を見上げる位置に来たが、人が集まる場所は見つからない。
「人がいませんね」
「いねえな。いると思ったんだかよ」
「あ、ダールさんこの塔に登りませんか」
「なんのためだよ」
「それは……周りを見渡せば人のいるとこが分かるからです」
絶対に今考えた。返答に生じた遅延はそれを物語る。が、ダールの策、もとい勘が外れた以上のるしかない。
「そうするか」
「やった」
「走んなよ。転んだらケガするぞ」
「はーい」
ウッキウキのミルトは、ダールより一足早く階段を登りきる。
景色が相当よかったのか、ミルトはキラッキラの瞳で登りきってないダールを見てきた。
「んだよ」
「すごいです! ここからハームブルトが見えちゃいます!」
「マジかよ。どんだけ遠くまで見えんだよ」
「あ、ダールさん見てください。新しい建物が造られていますよ。あ、あそこも。それにこっちも」
「そこかしこでやってんな」
「なにができるんでしょう」
「さあな、家とかだろ。それよりも人の多い場所を探せ」
「はーい」
楽しむミルトをそれとなく注意して、ダールは目的である人の多い場所を探す。
ここからならすぐに見つかりそうだが、なかなか見つからない。目につくのは建設現場、それにしても多い。
「あ」
「あったか?」
「あそことか多くないですか?」
「よくやった。あれだけ多ければ情報集めにもってこいの場所だな」
――――
西日で塔の影が大きく延びるチュシャル街、噴水のあるベンチでダールはうなだれる。
今の今まで手がかりなし。村長の娘であるメトラも、怪しい人や馬車を見た情報も、一切ない。
村長の娘にいたっては予想外も予想外だ。
「村長の娘さんどこにいるんでしょう」
「俺が聞きてえ。つうか1人くらい知人はいるだろ」
「いなかったですね」
「こうなるんなら顔の特徴やら聞いておけばよかった」
「ごめんなさい……やりたいって言ったのボクなのに、全然聞いてませんでした」
「のった俺にも責任がある、気にすんな」
ここでうだうだ後悔していてもしかたない。ダールは立ち上がり、大きく伸びをする。
いったん戻って確認するか、明日また探してみるか。ダールが思慮を巡らせていると、近づく足音。
ミルトも気づいて、ダールと一緒に足音のほうを見ると、兵士が立っていた。
「なんだ」
「通報があってね。怪しい大男が小さな子どもを連れ去ったと」
「そんなやついたか?」
「すっとぼけられても困るなぁ。君のことだからね」
「あ」
ミルトが察してクスクス笑い、ダールもようやく理解した。
「誤解だ。俺はこいつの保護者だ」
「そうなのかい、坊や?」
「は、はい。そうです」
「んー、声が震えてるから怪しいね」
「笑ってるからだろ」
「本当かい?」
ミルトはコクコクと首を縦に振るが、それでも兵士の誤解は解けない。むしろ兵士は眉間にシワを寄せて、懐疑的にダールを見る。
「言わせてる。の間違いかな」
「いやいや顔をよく見ろ。どうやっても笑ってる。ミルト、てめえも笑え」
「強要……?」
「ちげえよ」
「もう……むり……」
ミルトは笑いを爆発させて大笑いをする。腹を抱えて目に涙を浮かべて、ひとしきり笑えば酸欠状態だ。
「怪しい人を探してたらダールさんが怪しい人になっちゃってて……もうおかしくてダメです」
「ど、え、どういうこと?」
「ダールさんはボクの保護者なんです。本当ですよ?」
「そういうことだ。ま、よろしくな」
未だキョトンとして、兵士は理解できていなそうだが見ての通りだ。
腕に抱きつくミルトの保護者はダールで間違いない。
「通報のあった怪しい野郎はどこのどいつだぁ」
「お、ジジイこんなとこにいたのかよ」
「んお、その声はダールか?」
久々のジジイはなにも変わらない。日焼けした肌に白髪頭、半そで半ズボンのずぼらな格好までもだ。
ソフンはダールを見るなり、いかつい目をたらして笑顔をうかべる。
「変わらねえなダール」
「そういうジジイだって変わらねえよ」
「それじゃあ、そっちの坊主がミルトか」
「は、はい」
「どうだ、ダールとは仲良くやれてっか?」
「はい!」
「そりゃあよかった」
「まさかソフンさんの知り合いとは知らずに……すみません」
「気にすんな若造。俺とダールはこの人相だからな、慣れっこだ」
ソフンはダールに親指をさして豪快に笑う。
ジジイは気にしていないが、ダールは気にしている。外に出歩けば呼び止められて、ミルトを連れれば誘拐犯。面倒なことこのうえない。
「とりあえず、
「わ、分かりました!」
「……よし、いなくなったな。ダール、久々の相手に対しての礼儀は覚えてるか?」
「これだろ」
ニヤニヤとダールが飲むしぐさをすれば、ソフンは誇らしげにうなずく。
ミルトはしぐさから察したのか、大きなため息をついた。
「ソーバさんが2人をバカって言うのが分かる気がします……」
「すみません! 遅れてしまいました!」
「シキメちゃん、気にしなくていいよ。もう終わったから」
「そうです……え、あ、ダールさん!?」
「よっ、シキメもいたのか」
「お前ら知り合いか。こりゃあ酒の席も盛りあがるな!」
「私は遠慮しておきます。その、ミルトくんもいるので」
「俺も賛成だ。飲むんなら気兼ねなく飲みてえからな」
ダールは首を縦に振り、シキメの意見に賛同する。
ミルトのため。ということはなく、実際はシキメの尊厳を守るためだ。シキメが酔うととんでもない悪癖を露呈させることをダールは知っている。
ジジイは首をかしげてることから、知らなそうだ。
「ダールまで珍しいな。こうなりゃあ飲むのはまた今度だ。今日は飯にするか!」
「いいな」
「いいですね」
「そして今日は俺が全部払ってやる! 食いたいもん食え!」
「ジジイ最高かよ!」
「やった。どこで食べます」
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