第16話 それは朝霧のごとく

「ダールさんのほうが終わったってことで、自分からも1つ聞いていいっすか?」


「なんでしょうか」


「自警団って、知っているっすか」


「自警団ですか、存じてますよ」


「なんで自警団が組織されたんすか」


「それはもちろん村を守るため、そのために村人が一致団結した。というところでしょうか」


「本当にそれだけっすか」


「と言いますと」


 問い詰めるワキョにリチャルドは質問を投げ返す。


 両者共に表情は真剣そのもので、場の空気がピリついてきた。


「昨日ダールさんが襲われたんすよ。ね、ダールさん」


「ああ、急にケンカをふっかけてきやがった」


「なんと。それは今初めて知りました……。お体のほうは大丈夫ですか」


「大丈夫だぜ。それより自警団は元気か、ボコしてそこら辺に捨てちまったけどよ」


「もしかして、今朝のケガ人の報告は……」


「たぶん俺だ」


「え、ダールさんちょっと待ってほしいっす。どこまでやったんすか?」


 ワキョはかなり驚いたのか、糸目を大きく見開いた。ダールはそんなに驚くことかと思いつつも、昨日のことをゆっくりと思い返す。


 最初の3人はおそらく軽傷だ。ボコボコにしたかったが気絶した。最後の2人は重症だ。骨があり、たくましい根性で立ち続けていた。


「軽いやつでたんこぶとかだろ。ひどいやつは骨が何本か逝かれたかもな」


「ダールさん……やりすぎっす」


「やりすぎもくそもあるか。ああでもしねえとこっちが大ケガだ」


「これだとダールさんが悪い人ですよ」


「すみませんっすリチャルドさん。本当にすみませんっす!」


 ピリピリした空気はどこへやら。ワキョが深々と頭を下げて、リチャルドはたじたじになる。


 ダールはもちろん我関せずで、ソファにふんぞり返ってお茶をぐびぐび飲む。


「いえ、こちらの自警団にも非があるようなので、痛み分けといったところで」


「痛み分けしてないっすよ。帰ったら自分がダールさんボコして痛み分けにするっす」


「ふざけんな。おめえが痛がれ」


「そんなの意味ないっすよ。ダールさんだからこそっす」


「二人ともおとなしくしてください! リチャルドさん、本当に自警団ができた理由ってなんなんですか」


 ミルトがじっとリチャルドを見ると、リチャルドは大きく息を吐いて前屈みになる。


 表情は再び真面目なものになり、緩んだ場の空気も引きしまった。


「……こうなってしまった以上、隠す意味もないですね。自警団を組織したのは、近頃起きている誘拐の犯人を捕まえるためです」


「誘拐!? そんなの聞いてないっす!」


「言っていませんからね。知らないのは当然です」


「どうして、言ってくれなかったんすか」


「人間だからです。今回の事件、私たちは人を疑っているため、ワキョさんが犯人の可能性もある。だから、なにも言わなかったのです」


「人間の俺が言ってもだが、ワキョこいつは犯人じゃねえよ。こいつはそんなことするたまじゃねえからな」


 勇者候補からの付き合いだからこそダールは知っている。ワキョが、そんなことをする人間でないことを。


 ダールはたまらず口をはさんでらしくないことをしたが、今回は恥とは思わない。仲間のためなら、恥も外聞もくそもない。


「そう言われましても、信用にたる情報がないでしょう」


「なら犯人を暴くってのはどうだ。それなら信用できんだろ」


「そうですね。それなら信用せざるをえないでしょう。ただ、ちがう犯人を連れてくるのはやめてくださいね。溝を深めるだけですから」


「んなこと言われなくても分かる」


――――


「ダールさんありがとうっす」


「気にすんな。そんなことより今は犯人探しだ」


「もう6人も誘拐されて手がかりなし。誰も外に出たがらないのが、今なら分かる気もします」


「まるで朝霧のように人が消えるか……そりゃおっかなくて、おちおち外を歩くことすらできねえ」


 村が静まり返ったのは手口の分からない誘拐に怯えて。あの時、ダールを見て逃げた村人も同じなのだろう。


「んー、でもどうしてこんなに起きてるんでしょう。なんのために誘拐してるんでしょう?」


「どうせ金目的だろ」


「ありえるっすね。混血種ってわりかし人身売買で人気らしいっすから。角とか羽とか、そういうのが好きな金持ちもいるっすよ」


「……お前なんで詳しいんだよ」


「兵士をしてるとこういう話も聞くんすよ! 誓って自分は首をつっこんでないっす!」


 慌てふためくワキョは心なしか怪しい。まるでその手の商売に通ってるかのような物言いだ。


 けれども疑うつもりはない。ダールはワキョを信じている。というよりも、できるはずがないと思っている。


「まあいい。とりあえずどうやって探すかだよな」


「そうっすね。聞きこみが手っ取り早いっすけど……村人の協力は期待できないし、そもそも情報を持ってなさそうっすからね」


「じゃあ、となり街のチュシャル街にでも聞いてみるか。怪しい馬車やら人物を見てるかも知れねえからな」


 どうせチュシャル街に行くのなら、1つ仕事が増えたところでだ。


 ダールが一役買ってでれば、ワキョはペコペコと頭を下げる。


「本当にありがたいっす。これからはダールさんに足を向けて寝れないっすよ」


「気にすんな。ついでだから大した仕事じゃねえよ」


「じゃあ、ダールさんが情報を集めている間、自分はハームブルトを守るっす!」


「えっーと、そしたらボクはどうすればいいですか?」


「ハームブルトでワキョの飯を作るか、俺に着いてきて情報集めをするか好きなほうを選べ」


「じゃあ、ダールさんに着いていきます!」


 ミルトに迷いはない。ダールが聞くやいなやミルトはダールに指をさしてきた。


「好かれてるっすね」


「うるせえ」 


「いやー、しっかり者のミルトがダールさんのそばにいるなら安心っす。もう暴力沙汰は無縁になりそうっすねー」


「任せてくださいワキョさん。ボクがしてみせますから」


 ドンと胸を叩きミルトは自信満々だ。ミルト一人でどうにかなるなど、低く見られたものだ。


「しっかりと見てくれんなら好き勝手するか」


「じ、自制はしてくださいよ」


「断る」


「それじゃあボクが苦労するじゃないですかぁ!」


「お前が買ってでたんだ。責任もてよ」


「ボク子どもだから分からなーい」


 ミルトの白々しい態度にダールはイラッとする。ませガキのくせに、ここぞとばかりに子供ぶる。都合のいいガキだ。


「わざとらしいんだよ。このませガキが」


「ませてないですよ。また怒られたいんですか?」


「お前が怒ろうと怖くねえよ」


「じゃあもうご飯を作ってあげません」


「そうかよ、なら家から出ていってもらうぜ」


「そんな……ひどいです……」


「あーあー泣かせちゃったっすね」


 ワキョに非難の目を向けられてダールはばつが悪い。


 思えばミルトは「ダールと一緒がいい」と強い意思を持って言ってきた。そんなやつを蔑ろにするのは気分が悪い。


「謝る気はねえが言いすぎた」


「へへ、ダールさん騙された」


「こんのクソガキ!」


「あちゃぁ」


「待てこらガキ! しばいてやる!」


「迷子にだけはならないでくださいねー」

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