第10話 親方のお節介
ミンナノ王国から少しはなれたコダカイ山脈。その山脈の麓にある坑道でダールは働く。
いつもなら酒気帯びだったり遅刻だったりと素行不良なダールが今日だけは珍しくなにもない。そんなダールを見て、同じ労働者たちはざわついていた。
「くそが、真面目に働いて悪かったな」
ダールが真面目に働くのは信じられない。とでも言いたげなうるさい視線にイライラして、振り下ろすつるはしは自然と力が入る。
だいたい、全ての元凶はミルトにある。今日だっていつもみたく酒を飲もうとして、ミルトに止められた。
「おいダール。お前が飲んでこないと、ちょっと飲んできた俺が目立つだろ」
「うるせえレメッタ。俺だって飲みたかったわ」
「じゃあどうして、今日は飲んでねえんだ?」
「拾ったガキに止められたんだよ。仕事前はよくないですーとか言われてよ」
「なるほどな。ん?」
それとなく言えば聞き流されると思ったが、そうもいかなかった。
レメッタの重たげな瞳はパッチリと冴えて、ダールを凝視してくる。
「んだよ」
「ガキを拾った?」
「ああ。拾っていろいろあって、今は俺の家にいんだよ。なんか変か?」
「変もなにもなぁ……。お前がガキを拾うとか想像できねえし、一緒に住むとかもっと想像できねえよ。ウケる冗談だぜ」
レメッタは腹を抱えてゲラゲラ笑い、毛ほども信じていない。ダールもこうなることは予想していて、特に驚くことはない。
「冗談だったら最高だな」
「え、マジなの?」
「大マジだ」
「うっそ、俺まだ信じてねえからな。そうだ、今度お前の家で飲む時に会わせてくれよ」
「かまわねえけど、なるべく早くしろよ。仮にも迷子なんだ。親が見つかったら速攻返すからな」
「分かった分かった。じゃあ明日あたり適当に決めようぜ。そろそろ仕事に戻らねえと、親方にどやされちまう」
「だな」
話を終えて仕事に戻ろうとすると、レメッタはなにを思い出したのか「あっ」と言ってこっちに振り返る。
ダールもなにかと思い振り返ると、レメッタは心なしかワクワクしていた。
「1つダールに耳寄りな情報だ」
「なんだよ?」
「最近ミンナノ王国で窃盗が増えてんだとよ」
「それがなんだよ。俺は盗まれねえからな」
「まあまあ、ダールがそういうのも分かる。お前は昔から、なぜかこの手の技術に詳しいからな。でもよ、今度は違うぜ?」
「違うってなんだよ」
「なんでも相当な手練れでな、魔族の力なんじゃねえかとまで言われてるんだ」
「あり得ねえだろ。ここらに魔族は住んでない」
バカげている。それがダールの率直な感想だ。魔族がミンナノ王国にいるなど、一度も聞いたことがない。
「そうだな。でもあり得ない話ってわけでもなさそうだぜ。実際、魔族と人間のハーフが住む村はあるからな」
「やめだやめ、しょうもない」
「しょうもないって言うなよ。わりと耳寄りな情報だったろ」
「ああそうだな。ありがとよ」
「おい俺の水筒! いつ盗んだんだよ」
ダールが水筒を投げ渡せば、レメッタは怪訝な顔で質問してくる。
当然、手の内を見せては面白みがなくなる。ダールが「さあな」と答えをはぐらかせば、レメッタは悔しさをあらわにする。
「くそ、今度はねえから」
「そうかよ、楽しみにしてるぜ」
「今度はない」と言っているが、ダールが水筒を盗った回数はこれで3回目だ。にもかかわらず、頭に血が上ったレメッタは気づいていない。
次はどれだけ雑に盗れるか。ただ盗ることに飽きてきたダールは、新たな楽しみかたを考える。その時だった。坑道に野太い怒鳴り声が響いたのは。
「ダール! レメッタ! さっさと仕事に取りかからねえか!」
「げ、親方が来ちまった。すいやせーん、すぐにしまーす」
「はいはいすんません」
「ダールは待ちな、少し話があるからな」
「お、クビか?」
「おめえは仕事に行け!」
「へいへい」
からかうレメッタは追い払われて、ダールは親方と二人になる。
親方はあいかわらず威圧的な顔をしている。蓄えすぎたヒゲも手伝ってより一層だ。
そんな親方の威圧感が3割増しになるほど、今の親方の表情には力がこもっている。
「んだよ」
「子どもができたのは本当か?」
「ちげえよ。拾ったんだよ」
「あれ? そうだったか? ソーバさんはどう言ってたっけなぁ……」
「やっぱりババアか」
「あったりめえだろ。ソーバさんの店に行きゃあいろいろ話すからな。嬉しそうだったぞ」
「興味ねえよ」
「そうかそうか。まあどっちにせよ、おめえにも守るものができたってわけだ」
親方はうんうんとうなずき、満足げな様子だ。なにに満足したかは知らないが、悪い話でないなら、ダールにはどうでもいい。
「で、話しはそれだけかよ」
「バカタレ、それ以外にもある」
「じゃあさっさと言ってくれ」
「明日から日中に働け」
「はあ?」
突拍子もない親方の発言に、ダールの眉間にシワがよる。あまりにも突然のことで意味不明。もちろん理解できない。
親方はダールの反応が意外だったのか、目を丸くしていた。
「おめえ、そんなに驚くことか?」
「あたりまえだろ。なにをどうしたらそうなる」
「はぁ。まさかとは思うけどよ、こんな時間に子どもを一人にして、いいと思ってんのか?」
「問題ねえだろ。ガキはスヤスヤ寝てる時間だ」
「こんのバカちんが! スヤスヤなわけねえだろ。いいか、夜は子どもにとってとにかく怖いんだよ。分かるか?」
「知るかよ」
「なら覚えておけ。そんでな、そんな怖い怖い夜に一人きりなんて、怖すぎて夜も寝れねえに決まってる」
「はいはい」
親方は嘆かわしそうに天を見上げるも、ダールは全く共感できない。それでも適当な相づちをうつのは、こうなった親方は話を聞かないからだ。
ダールがいつものようにあしらうも、今回もいつも通り。とはならなかった。
「分かってくれたならよかったよかった。そんじゃ明日から……」
「待てよ。やるとは言ってねえぞ」
「おめえも話を聞かんやつだな。いいか、子どもにとって……」
「ガキが夜を怖がんのは分かったよ。分かったけど問題があんだろ」
「言ってみ?」
「金はどうすんだ金は。日中の金じゃあ俺もガキも飢え死にだ」
「なら家族手当で変わらんくしてやる。どうだ?」
親方は腕を組み、自信満々な様子でダールを見上げる。
ダールにとっても悪い条件じゃない。今ここで首を縦に振ることもできるが、ギャンブラーの血が騒いでいた。
まだいける。ダールは本能に耳を傾けて、さらなる条件を口にする。
「親方、連休もくれよ」
「はあ? 急になんだ?」
「ガキは絶賛親探し中なんだよ。しかもガキは記憶喪失で親の顔が分からねえ、探すのに難儀してるんだ」
「だからって連休はいらんだろ。国に任せておけ」
「任せたいのはやまやまだが情報が足りねえ。国中から集まった迷子届け全てに目を通すのは時間がかかりすぎる」
「それもそうだが……だからってなんのために連休がいるんだ」
「ガキの記憶を取り戻して、ちっとでも情報を得るためだよ。情報があれば国も大助かりだ」
「しかしなぁ……」
親方はこめかみを押さえて、顔をしわくちゃにする。ダールの言い分に、心が大きく揺らいでいるのだろう。
この様子からしてあと少し。ダールには秘策があり、ニヤリとする。あと少しをぶち抜くとっておきの秘策だ。
「それによ、ガキだって記憶を取り戻せたら幸せだろ。なんも覚えてねえのはあまりにもすぎる」
「そうか、そうだな。それはそうだ……。よし、許可しよう。けどな、事前に言えよ? 後はちゃんと理由もだぞ?」
「わかったわかった」
勝ち取った連休、もちろんミルトのためじゃない。ダールがサボるためだ。
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