第11話 ホワイトローゼ姉弟

「田舎臭い町ねぇ……本当にこんなところにいるのかしら」


 人気のない路地を歩きながら、白黒のドレスを風に揺らしてミルキィはぼやいた。吐き慣れないヒールの靴が、荒く敷かれた石畳に引っかかって歩きにくいせいで、彼女はやや機嫌が悪い。

 その後ろからついてくる弟のジョンは、ずり落ちた眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら応じた、


「そのように命じられている以上、ここで捜索するしかありません。ですから、捜索は俺に任せて姉さんは残っていても……」

「嫌よ。それじゃあ手柄がもらえないじゃない」

「俺が任務を終えた後、その報告を姉さんが挙げればよいのでは?」


「その時に、私が詳細を説明できなきゃ意味ないでしょ、馬鹿ねぇ」

 言い捨てて、ミルキィはふんと鼻を鳴らして顎を反らす。理不尽な罵倒に、ジョンは怒る様子も見せずに素直に詫びた。

「失礼しました」


 この姉、ミルキィ・ホワイトローゼの傍若無人さは弟であるジョージ・ホワイトローゼが一番よく知っている。思うがままに振舞い、喋り、そして当たり散らす。そんな姉でも、ジョンの敬愛は一切揺らぐことはない。早くに両親を亡くし、まだ幼く何も出来なかったジョンを守り育ててくれた、強く優しい最愛の姉だからだ。


「あーあ、どうせならもうちょっと準備してから来ればよかったわねぇ。あのお方も、魔力探査の〈魔導機マギア械〉でも貸してくれればいいのに」

「事は急ぐべし、と出発を急かしたのは姉さんですよ。身支度の時間をもう半分でも短くできれば、まだ準備を整えられましたのに」

「何よ、私が悪いっていうの!?」


 ムキーッ! と湯気が出そうな勢いで激昂し、ミルキィは弟に詰め寄った。実際、ジョンが言ったように、<密命>を受けた後ろくに下調べもせずに屋敷を飛び出したのはミルキィだし、せっかく出かけるのだからと必要もなくドレスを見繕って化粧をし、ついでにジョンも自分に合わせてコーディネートを強要したのもこのミルキィである。


「そうは言いませんが、この場当たり的な捜索をせざるを得なくなった要因の一つに、姉さんが関わっていることは確かです」

 ジョンは冷静にそう告げた。

 この弟、堅物そうな見た目の通りに四角四面で、空気を読んで誤魔化すということを知らない。


「つまり私が悪いって言いたいのね! 生意気言うんじゃないわよ!」

 髪を逆立てる勢いで喚き散らし、ミルキィははっとして咳ばらいをする。


「いやだわ、私としたことが……貴族のレディなら、いつでもお淑やかであるべきね」

 そして怒りを収めたミルキィは、胸元にかかった一束の髪を手の甲で優雅に流した。

「とにかく、密命を受けた以上、私達に失敗は許されないわよ。何としても亡命した王子、トロワ様を見つけなくては」

 二人が『あのお方』より命じられた密命、それはトロワの捜索、そして。


「密命が成功すれば、新たに勲章がもらえるかもしれないわよ。そしたら私達、貴族階級をあげてもらえるかもしれないわ。準男爵から男爵、伯爵まで行けたりして……!?」

 ミルキィは目を潤ませてうっとりと野望、いや夢を語る。この姉、元農民から成り上がりで貴族になったせいか、目先の権力に途方もなく弱いのだった。


「モーほほほほ! やるわよジョン! 家出王子、何処に隠れていようと引きずり出してやるんだから!」

「姉さんのためなら、俺は全力で密命を遂行します」

 喧しい声で高笑いする姉に、ジョンは静かに頷いてみせた。


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