第10話 怪しい二人

 次の日、ウィルは旅立ちに向けて下準備を進めていた。


「コベルコ行きの荷馬車ってない? 作業員募集とか、無いかな」

「そうねぇ、一週間後に出荷の予定はいくつかあるけど……」


 〈酒場〉に情報を求めて来店したウィルに、マスターは気の毒そうに首を振った。

「作業員の募集はないわね。積込作業に人を呼ぶほどの荷物じゃないんでしょ」

「うー、そっかぁ。上手いこと作業について、ついでに乗せて行ってもらおうと思ったんだけどな」


 荷物の積込作業の手伝いという仕事は、日雇い仕事の一つとしてよくある案件である。荷物を運ぶだけなら、運搬用の馬車なり〈精密機ギア械〉を用意すれば、それを扱う人間が一人、多くて二人いれば十分である。だが荷物の積み下ろし、倉庫への移動までを一人で行うのは大変だし、時間もかかって効率が悪い。そのため、現地で人を雇って荷物の積み下ろしだけさせるというわけだ。

 作業時間も短く、多少体を鍛えている者なら簡単に出来る仕事のため、報酬は安いが人気の仕事なのだ。取り合いになることも多いぐらいだが、今は運悪くその求人は出ていないようだった。


「他に出荷ってあるかな。別にコベルコじゃなくてもいいんだけど。カモカとかは?」

「残念、それ以外に直近の出荷はないわね。カモカぐらいなら、朝早くに出発して一日中早足で歩けば、夜中には着くんじゃないかしら? ま、あたしがやるかって聞かれたら、答えはノーだけど」

「じゃあ俺だってノーだよ……」


 なるべくなら楽をして移動したい。だけど金もなるべく節約したい。それでウィルが思いついたのは『大きな町へ向かう荷馬車に乗せてもらう』という作戦だった。ヒッチハイクとも言う。

 しかしそう都合よくもいかず、どうやら早くもヒッチハイク作戦は撤回となりそうだ。


「どうせならさっさと次の町に移動して、すぐ仕事を探したいんだよなぁ。あるいは、ここで日雇いの仕事を見つけて時間を潰すか……いや、そもそも日雇いだって少ないって言うし……」


 〈酒場〉を後にして、ウィルは悶々としながら商店街に向かう。特に買うものがあるわけではないが、こういう時は歩き回って気晴らしした方がいい。つい考えすぎてしまうクセがあると自覚しているウィルの、自分なりのメンタルデトックスである。


「あいつ、今頃何してんだろうな。……流石に、もうここは離れたんだろうけど」

 思い出すのは、朝まで一緒の部屋にいたトロワのこと。朝まで一緒に、と考えて、いやその言い方はまずいだろ、と自分で自分にツッコんだ。


 何のことはない。世間知らずのお坊ちゃんが野宿するのを憐れんで、一晩部屋を貸してやっただけのことだ。朝、床で目を覚ましたウィルが寝惚けた頭でベッドを見た時、すやすやと眠る金髪の美少女がいることにぎょっとしたが、それがトロワだったことを0.5秒で思い出し、思わず壁に頭突きをして自身の目を覚ました。

 その後、最低限の朝食を出してやり、最後まで同行をねだるトロワをお付きのメイドともども部屋から放り出した。これからいろいろと忙しくなるのだから、金持ち坊ちゃんのお遊びにいつまでも付き合っていられない、というのがウィルの言い分であった。


「あいつに偉そうなこと言っといて、ぶらぶら遊んでるわけにもいかねえし……ん?」


 その時、ウィルの視線がふと引き寄せられた。人が多く行き交う大通り、そこに並ぶ店舗の間の路地に、誰かが立っている。

 男女の二人組のようだが、目立つのはその二人がやけに上流階級のいで立ち……ドレスにコート、帽子を被っているからだった。この町の金持ちでも、あんな恰好をする者はいない。つまり、外部から来た人間のようだ。


 男女は何事か話しているようだが、不意に男の方が顔を上げて周囲を見回す。そして、ウィルを見た。

「あ、やべ……」

 ついぼんやりとしていて、凝視していたことがバレた。慌ててその場を立ち去ろうとするが、何と男はこちらへ向かって歩いてくる。逃げることもできず、ウィルは硬直したままその男を見上げた。


(で、でか……!)


 悠然とこちらへ歩いてくる男は、遠目では分からなかったがかなり体格がよく、ウィルは思わず肩を竦めて男を見上げる。短い赤茶色の髪を小奇麗にまとめ、上品なコートを纏いハットをかぶるその顔は眼鏡をかけており、まるで建築現場にいるような体格をしていながらも、その印象は知的でやや冷たく感じられた。

 どこかの貴族と思しき青年は、一切の愛嬌を見せない表情と声でウィルに話しかけてきた。


「失礼、人を探しているのだが……この辺りで、町の者ではない少年を見なかったかね? 金の髪をした、いかにも上流の家の出という感じの」

「え、え……?」


 急にそんなことを問われ、ウィルは動揺と困惑で言葉に詰まった。それをどう受け止めたのか、青年は目を眇めてさらに追及してくる。

「知っているのかね? 知っているのなら居場所を教えてほしい。謝礼が必要か? いくら必要だね?」

「いや、その……」


「やめなさいジョン、怯えているじゃないの」

 女性の声がして、青年が視線を外して振り向いたことで、ようやくウィルの緊張は解けた。青年の背後に、先ほどのドレスの女性が立っている。白黒のドレスに派手なデザインの帽子を被り、青年と同じく赤茶色の髪を肩に広げている。そして彼女もまた、デカい。


「俺は普通に質問しているだけですが」

「お前は喋り方が乱暴なのよ、自覚なさい。……ごめんなさいね、弟はちょっと不愛想なだけで、悪気はないのよ」


 女性は呆れたように弟を窘め、その後ウィルへ優しく微笑んだ。つばの広い帽子の下で笑みを浮かべる彼女に、ウィルはおどおどと頭を下げた。決して不美人ではないが、派手な帽子とドレスにはやや負ける顔立ちだった。


「私達、その少年の両親から頼まれて、あの子を迎えに来たのよ。まだ子供なのに一人で出歩いちゃって、ご両親が心配してるのよね。君、もし何か知っていたら教えてほしいのだけど、どうかしら?」

 女性はそう言ってウィルを見る。ウィルは、少し考える素振りを見せたが、


「いや、知らないな。俺、日中はずっと仕事で倉庫の中にいるし……悪いけど、あんた達の役に立ちそうなことは知らないよ」

 と答えた。女性はあからさまにがっかりとし、途端にウィルに興味を失ったようだった。


「そう、残念ね……まあいいわ。じゃ、行くわよジョン」

「はい、姉さん」

 青年、ジョンは慇懃に応じ、ウィルに無言で頭を下げてから、すたすたと歩いていく姉の後ろを追って立ち去った。二人が離れて、ウィルは無意識に感じていた圧力から抜け出して大きく息を吐く。


「何なんだ、あいつら……探してるのって、まさか」

 質問された瞬間、ウィルの脳内にはトロワのことが思い浮かんだ。それを彼らに伝えなかったのは、本当に彼らが『トロワを保護するために来た』のかどうか、確信が持てなかったからだ。 


 トロワを誘拐し、実家に身代金を要求する犯罪者である可能性だって充分にある。いずれにしても、そう簡単に情報を渡すべきでないという判断の元、ウィルは誤魔化しの返事をしたのだった。



「……それにしても、デカかったな。あの女の人の、帽子……」




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