第25話 王子ってずるい


「さぁ、ちゃんと話をさせて?」


 そう言って、アルクスはあたしを立ち上がらせる。あたしは、顔を覆ったままなんとか立ち上がった。

 今、顔見せられない。


 恥ずかしさから、だんだん悲しくなってきた。

 結局、今回は婚約が無しになっても、いずれはまたこういうことになるわけである。

 仮に、仮に、アルクスと両思いで、こ、こい、恋人、に、なれたとしても、それはそれで、その先は地獄だ。


「やだよ、あたし、またこういうことあったら、やだ」


 思わず言うと、目の前のフレデリカが悲しげにするのを気配で感じた。

 なのに、うしろのアルクスときたら、喜色が滲み出てますけど? 気配に!


「何がうれしいのよ」

 

 じとりと睨む。


「いや、だって、それって俺のこと、好きってことでしょう?」

「ば! ばっっかじゃないの! そ、そんなの、そんなの、あ、あ、あ、あたりまえでしょぅ………」


 ああああ、また恥ずかしいことをぉぉぉ!

 だから喜ぶなこのあほ殿下!!!


「と、とにかく! 仮にそうだとしても!」

「そうなんだろう?」

「そ、そうだけど、そうじゃなくて、そうだとして!」

「うん」


 ニヤニヤとするアルクスをとりあえず遠ざける。


「また、婚約とか、あるんでしょ」

「ああ……」


 それか。みたいな声をアルクスが出す。それですよ。

 

「殿下」

「うん?」


 フレデリカがあたしを挟んで立っているアルクスに声をかける。


「この際ですから、はっきりさせてしまいましょうよ」


 なんかすごく圧を感じるんですけど。

 驚いてフレデリカをみれば、すごく真剣な顔をしてアルクスを見ていた。


「わたくしの親友のこれから。殿下が責任持ってくださると信じてよろしいですわね」

「ふ、フレデリカさん!? 何言ってんの!?」

「だって、レナの言う通り、好きだとかなんとか言って、最終的には立場をお取りになるなんてことになったら、わたくし、殿下を許せませんわ! そこのところ、はっきりしてくださいませ!」

「あ、あの、フレデリカ嬢、流石に殿下に不敬は……」


 よく言ったミゲルさん! と思ったら、フレデリカに睨まれて黙った。これは、尻に敷かれる予感がする。


「うん。そうするつもりだ」

「つまり?」


 思わず問う。

 くるりと体が反転した。驚いていると、目の前にアルクスの顔があることに気づく。体を反転させられていた。


「え、っちょ」


 あたしの両肩を持っていた手を離してアルクスが膝をおった。

 膝、膝!?


「ちょ、ちょっとアル……殿下、周り見てますって」

「いいんだもう」

「はい!?」

「レナ・ハワード」

「はい!」


 え、なに?


「俺と、この俺の婚約者になってくれ」




「え、無理」


 ええええ! っと声を上げたのは、多分周囲の人間全員だった。

 ポカンと顔をしてるアルクスを見て、あたしは自分が口走ったことにようやく気づく。

 けれど、現実問題無理なんじゃないかって思うんだ。


「だ、だって」


 あたしが理由を話そうとしてると気づいて、アルクスが立ち上がる。


「あたし、子爵の娘だし、っていうかもう勘当されて、平民同然だし」


 そう。今のあたしは、フレデリカとアルクスのおかげでこうしてられるだけで、ただの平民なのだ。悲しくなってきて眉を下げると、フレデリカがあたしの肩を叩いた。


「その件だけど」

「うん?」

「お父様が、レナを養女にどうかって」

「はい?」


 これは流石に知らなかったらしく、ミゲルは目を丸くしている。けれど、アルクスに目をむければ、ずいぶんと強かな顔をしているではないか。


「いや、俺はなにも? ただ、フレデリカの一番の親友が平民になって、これから会えないのはフレデリカが可哀想だなぁって、伯爵に話しただけで」


 それだー!

 間違いなくそれだ。だってフレデリカのお父様、娘を溺愛してるもん。あたしを養女にするデメリットも、暴力令嬢って噂があるくらいだけど、そんなの伯爵の手にかかればなんてことはない。


「と言うわけで、心配はいらない」

「で、でも! あたしがさつだし」

「礼儀作法は随分綺麗だと思うよ? 姿勢も綺麗だし」


 それはまぁ、フレデリカにみっちり扱かれたから。


「そんな、社交界で生き抜けるほど頭良くないし」

「でも肝っ玉はある。ああ、肝っ玉って言い方はよくないかな。でも度胸は人一倍。だろ?」


 う、そりゃもと不良で、喧嘩慣れしてるし。


「アルクスに釣り合うほど美人じゃないし!」

「フレデリカが言っていただろ? 君は美人だよ。それにこれからは毎日かわいいって言うから。ほら、可愛いって言われるほど可愛くなるっていうじゃないか」


 それは民間療法的な何かよ!


「王や、王后様がなんておっしゃるか……」

「そこは大丈夫。母上が君のこと気に入ってるから」

「え、会ったことないのに?」

「それはいずれ」

「はぁ」

「それだけ?」


「そ、それに暴力令嬢だし!」

「そういうのは俺と一緒にいれば薄れるし、ていうか、俺が文句は言わせないよ」

「なんであたしなんかって感じだし!」

「それは、これからたっぷり聞かせて差し上げます」

「お、横暴だ!」

「王子なので」


 こんなところで王子出してくるってどういうこと?


 なんとか反論しようとするけれど、アルクスが目の前でにっこり笑うものだから、結局何も言えなくなってしまった。


「じゃあ、問題ないね」


 とアルクスが言った直後、あたしの体がふわっと浮いた。


「へ?」


 気づけばアルクスに抱き抱えられている。


「ちょっみんなみてる! ていうかはずかしいぃ!」

「大丈夫。さっきの追いかけっこで大体の人にみられてるから」


 それ大丈夫っていわない!


「さぁ。俺たち多分会話が必要だと思う。あと、無理って言われたの結構傷ついたから、どうにかして機嫌とってね」

「ええ!?」



 っちょ、フレデリカ! 手を振ってないで助けて!

 ミゲルさんその憐れむような顔やめて、やめて!

 

「だ、誰か助けて!!!」

「俺王子だから誰も助けてくれないよ」


 王子って!

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