第16話 もしかして忠告されてる?


 アルクスがあたしを指名する回数はそれほど多くはなかった。

 あまりにも多いと、フレデリカとアルクスが噂になった時みたいに、今度はアルクスに使用人の女を弄んでるとかっていう噂がたつかもしれない。そう思うと、妥当な回数だと思った。

 会った時の会話といえば、フレデリカのことが多かった。

 あたしは今は伯爵家から通っている。仕事が遅いときは城に泊まることもあるけれど、ほとんどない。

 伯爵家に帰るとフレデリカが迎え入れてくれて、城での出来事を話す。同時にその日あった話をフレデリカから聞いて、翌日アルクスとそれについて話す。

 伝言ゲームしてるみたいだって言ったら、それからはアルクスはあたしのことをよく聞くようになった。

 あたしを伝書鳩みたいに使ってることが気になったらしい。

 気にしなくてもいいのに。あたしは大好きな友達2人の話ができて嬉しいからいいよ。って言ったら、すごい奇妙な顔をされた。


「わかっていたことだが、君は本当に、なんていうか……」

「歯切れ悪。シャキシャキ言えよな」

「うーん。つまりすごく鈍いって言われない?」

「言われないし。失礼な。あたしこう見えても勉強はできるんだからな」

「それは知ってる。学園の成績もよかったってフレデリカが」

「そうでしょうとも。フレデリカの親友やってるんだから、馬鹿じゃまわりに示しがつかないってね」

「誰かに言われたのか?」

「……まぁ、そういうことをいう人はよくいるよ。でもあたしもそう思ったから頑張って勉強したんだ」

「レナは偉いなぁ」

「普通だろ」

「でも勉強のできるできないの話じゃないんだけどな」

「え、そう? 鈍いってそういう意味じゃなくてか。なに? おっちょこちょいってこと?」

「それもちょっと違うけど」

「なんだよもーはっきりしないなぁ」


 こういう会話って結構たのしい。前世でも男友達とはよくこんな感じで会話したかなぁ。懐かしい。その時はまぁ他にも何人か仲間がいて、2人きりで話すことはなかったけど。


「お二人ともそろそろお時間が」


 あ、2人じゃなかった。ミゲルさんがいたんだ。

 この人気配読めないよなぁ。いるのに、ついつい存在を忘れてしまう。こういう特殊技能なのか、それがあるから王子の付き人なんてできるのかもしれない。


「じゃあ、レナ。また」

「うん。アルも無茶するなよ」


 仕事のしすぎてふらふらな時があるから、忠告してやる。

 そうしてお茶のカートを押して部屋をでる。と後ろからミゲルさんが一緒に出てきた。どこか行くのかな? そう思うあたしに、ミゲルさんが声をかけてきた。

 足をとめて振り返る。


「レナ様は、私が初日に申し上げたことを覚えていらっしゃいますか?」


 って、どれのことだ。


「えっと……」

「節度をもって、接してください。と申しました」

「あ、はい。そうでした。あ、近かったですか。でもアル……殿下の距離が近いっていうか」

「そうですか? 仮にそうだとしても、殿下に行いを改めるように言うわけには参りません」


 なんで? 真面目な話をしているんだろう。ミゲルさんの表情は堅い。あたしは嫌に緊張してしまう。なんだろう。なにかやな感じがする。


「殿下は、アルクス殿下は王子なのですよ。その行いを改めさせる。というのはとても不敬なことであり、分不相応であることはご理解いただけますでしょう。ならば、行いを正すのは、常にこちら側でなければなりません」


 ああ、これってつまり、忠告されてるんだ。


「つまり……あたしの行動を改めろっておっしゃってます?」


 ミゲルさんは頷かなかったけど、沈黙は痛いくらいにそうだと言っていて、あたしは顔を歪めるしかなかった。

 なんだろう。とても悲しい気持ちになる。

 アルと距離を取れってことだよね。あんなに嬉しそうにしてるアルと距離を……。


「こんなことは、本当は言いたくはないのですよ」


 ミゲルさんが言った。


「殿下はあなたがきてからとても楽しそうにしていらっしゃいます。適度に休憩もとってくださるし、私としては悪いことばかりとは思いません。ただ……」

「ただ、あたし色々やっちゃってますもんね。なんか、変に噂になってるというか、目立ってるみたいだって最近気づきました」


 そうなのだ。最近侍女たちはともかく、他の、もっと下の使用人たちがあたしを遠巻きにしていることが増えた気がする。

 あたしは耳がいいから聞こえてしまうんだけど、やっぱり巷では、暴力令嬢なんて呼ばれてるらしい。


「何が起きると断言できるわけではございませんが、双方のためにも、もう少し」

「はい。わかりました」


 あたしの素直な返事に驚いたのか、ミゲルさんが目を丸くした。

 だってミゲルさんはアルクスや、あたしのことを思って言ってくれたのだ。反発したい気持ちもあるけどさ、文句を言ったところでこの人は悪くないし。


「すこし近すぎましたよね。もうちょっと距離とってみます。はい」


 なんとか笑って見せた。

 ミゲルさんの表情から、あたしが上手く笑えていたかはわからないけど、多分下手くそな顔してたんだろうな。

 

 ああ、身分差とかそんなものがあるこの世界が嫌だ。

 それにそって生きられない不器用な自分が嫌だ。

 何もできない無力な自分が嫌だ。


 ああ、嫌なことばっかり思い浮かぶ。こういうのやだなぁ。



 

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