第15話 居心地は悪くないような……



 侍女には休憩時間というものが一応ある。代わりばんこに仕事をするので、数人が同じ時間に集まってお茶をしたりするのだ。

 ようやく午前の仕事が終わって休憩室に入ったあたしを、先に休憩していた数人の侍女仲間が迎えてくれた。


「お疲れ様です」「お疲れ様」「今日は暑いですね」「洗濯仕事もこういう時は悪くないですよ」「私は日差しがあるのが嫌だわぁ」「それはわかります」


 こういった会話はどこの時代、世界でも似たようなものなんだよなぁ。

 あたしは彼女たちの会話に適当に頷きながら、お茶を用意した。こんなときは冷たいお茶が飲みたいけど、氷は貴重だからそういうわけにもいかない。

 しぶしぶ熱いお茶を淹れて、侍女トークに混ざりに行く。


「もう仕事には慣れました?」


 最も歳の近い侍女が声をかけてきた。


「まぁそれなりには」


 と無難に答える。


「レナさんは筋がいいってハンナ様が言ってましたよ」

「え、そうなんですか。嬉しい」


 これは素直に嬉しい話だ。ハンナさんのことは好きだし、好かれてるなら嬉しいに決まっている。


「そうそう。殿下もよくレナさんに給仕を頼みますよね」

「あ、ああ、そうですね」

「羨ましいです。殿下のところにお茶を持って行けるだけでも幸せなことですよ」


 などというが、そういえばお客さんが来ているときは、アルはあまりあたしを呼ばない。


「お客さまが来ている時はでもマリアさんの方が多いですよね」

「ああ、それは昔からなんですよ。だから頼みやすいんでしょうね」

「へぇ」


 そういうこともあるのか。お客さんが指名することもあるってフレデリカが言ってたし、お城でもそういうこともあるんだろうな。

 頷きながら、あたしはお茶をのむ。正直、居心地はかなりいい。

 伯爵家にいたときは、こういう会話に入ることもできなかった。みんながあたしを避けるからだ。でもここでは平等に扱ってくれるから、随分助かっている。

 もちろん。例外もいるんだけど。


「レナさんは殿下が直々に侍女にと御所望された方ですもの。殿下への給仕を独り占めしたい気持ちはわかりますわよ」


 ずうんと、空気が悪くなる。こういうことをいう侍女も確かにいるのだ。あたしはそれを言い放ってお茶を優雅に飲んでいる侍女、令嬢でもある彼女、シルビアを見遣った。


「1人じめだなんて、適材適所というものがありますでしょ」


 だからお前は適さないから給仕がほとんど頼まれないんだよ。


「まぁ、謙虚なことですわ。でも殿下が他の方をお呼びになると不機嫌な顔をなさっておいでですわよ」

「あら、気のせいです。私は殿下の侍女ですから。お客さまがいらっしゃっているのを気にしているだけですわ」


 こういう水面化の、本音と建前を使い分けた言葉の応酬はたのしくもあるのだが、本音を言えば、拳で解決したい。こういう言葉遣い苦手だし。

 でも売られた喧嘩は買うぞ、こら。


 火花が散り始める。と、侍女たちは席を外し始める。そりゃそうだ。喧嘩してる人の間に座っていたくはないだろう。


「では、あたしはこれで」


 あたしもさっさと立ち去るに限る。長々と付き合ってやる必要はない。

 背をむけ、コップを片付ける。そのあたしの背中に、シルビアの声が投げかけられた。


「ただ、心配ですわ。殿下がまさか、まさかあのレナ・ハワード様を召し上げることになるんじゃないかって、そんなことになったら大変……」


「どういう意味?」


 思わず睨みつける。

 ひっ! と短い悲鳴をあげて、シルビアは去っていった。脅かしすぎたみたい。

 でもどういう意味だろう。だって、もうすでにあたしは殿下のお付きの侍女なわけで、召し上げることになるって、なに。

 それに、あのレナ・ハワードって……。

 まさか、あの殴った事件のこと、結構噂になっているんだろうか。

 なんだか、気が気じゃないというか、突然不安になった。



 どうしてだろう。今とても、アルクスに会いたいと思った。

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