第17話 またまた嫌な噂



 最近のあたしはどうかしてる。

 フレデリカからも心配されてしまった。元気がないって。ほんとうにその通り。元気がない。

 アルクスと話すときは少しだけ敬語を混ぜるようにした。言葉遣いをなおして、ちょっとまともに見れるようにしてみた。

 初めは不思議そうにしていたアルクスもだんだん気になり始めたみたいで、口調についてどうして変えたのかと聞かれることもあったけど、あたしは適当に流した。

 なんとなく。

 つい。

 癖だよ。

 なんて言い訳をしてる。そんなとき、ミゲルさんから痛いくらいの視線が突き刺さる。悪い感じはしないから、心配してくれているのかも。アルってば本当にいい友達をもってる。

 あたしはアルクスのいい友達にはなれそうにない。


 落ち込むあたしに追い討ちをかけるようなことがあったのは、あたしが城で働くようになってから2月ほどだった時だった。


「もうそろそろ、新しい職場は見つかりまして?」


 突然そう言ってきたのは、前にあたしにつっかかってきた侍女仲間のシルビアだった。

 首を傾げるあたしに、シルビアが苛立ったように眉を寄せる。


「ご存じないわけではありませんよね。あたな、自分がなんて呼ばれているかご存じ?」


 暴力令嬢。

 知ってる。それがなによ。


「令嬢にあるまじき呼ばれ方ですわ。随分暴力的で、そう、いままでも何度か乱闘騒ぎがあったと伺いましたわ。学園でも、そうだったとか」

「だったら、なに」


 そういえば、学園時代にもフレデリカにへんな態度をとる奴を転ばしたことがあった。殴ったことはないけど、胸ぐら掴んで脅したりってのもあったかもしれない。

 どれも、相手が悪かったこともあって、大騒ぎにはならなかったけど。その時から

暴力令嬢ってあだ名はあった気もする。

 それがなに?


「殿下が、ご友人であるフレデリカ様のために、あなたを雇ったのは存じておりますけども、それに頼りいきってここに居座るのはどうかと思いましたの。だって、それではいつ殿下に悪い噂がたつかわかりませんのよ」

「……悪いうわさ?」

「もう遅いかもしれませんけども」


 どういうこと?


「社交界にお出にならないからわからないのね。最近噂になっておりますのよ。殿下が、暴力女に惚れているって」

「え」


 そんな噂がたっているとは予想だにしていなくてあたしは目を丸くした。


「あたしは、殿下の友人みたいなもので……」

「そんなことみんな知りませんわ。殿下とフレデリカ様との噂がなくなると、今度はあなた。噂では、伯爵家には当時あなたがいて殿下はあなたに会いに行っていたんじゃないか。なんて話も」


 それは実は真実だが、ここでそれを肯定するのはまずい。それに真実とはいえど、殿下の目的はあくまでも友達に会いにきていたわけであって、あたしは身分的にもそういう対象にはなり得ないはずだ。

 つまりそれなのに噂になっているということは、それほどにあたしが殿下に近づきすぎていて、それが周りからは異質に、特別な関係に見えるほどってこと。


「そんなの噂だろ。本当のことじゃない」

「ですから、真実がどうかなんて、関係ないんですのよ。噂というのはね。あなたも貴族の端くれなら、わかりますでしょ?」


 そう。人の口に戸は立てられない。そして噂は、誰かにとって面白い方に変化していく。それは大概、当人たちにはマイナスな方向に行くことが多い。


「殿下は暴力とは無縁の方ですわ。それは皆がしっていること。そこにあなたの登場。正直に言いますと。殿下の評判に傷をつけかねないと思いますわよ」

「っ!」


 たしかに。殿下は平和主義というか。剣術や武術方面の話はほとんど聞かない。街の人にも愛されているし、戦争に反対する主張を何度もしているとフレデリカから聞いている。あたしとは正反対だ。


「あなたがいると、殿下に不利になる」


 シルビアのいうことは正しい。あたしは悔しくて、唇を噛み締めた。

 シルビアは言いたいことを全部言ったのか、最後に「すこし考えてみてはいかが?」と言って去っていった。

 彼女の行動のきっかけはあたしへの嫌がらせ。殿下に気に入られているあたしが気に食わないってことだろう。でも、彼女のいうことは嘘ではない気がした。



 ああ、どうしてあたしはいつもこう。誰かにとって邪魔な存在なんだろう


 しばらくそこから動けなかった。

 心がざわついて、動けない。足に根が張ったみたい。心臓がドキドキと音をたてている。鼻がつんとして、じわりと目の周りがあつくなった。

 視界が揺れる。


 ああ、やだな。泣きたくない。

 あたしはそのまま、走り出した。

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