第4話 冬の教室の怪談

 大雪が降ったある冬の朝、徒歩で登校するのが難しかった私は親に車で学校まで送ってもらい、いつもより早く教室に入った。教室にはすでに深田君がいて、自席で本を広げていた。この前の席替えで隣同士になって、仲良くなってきたところだった。まだ早い時間なので、深田君以外に人はいない。

「深田君、おはよう。来るの早いね」

 と、重い鞄を机に置き、挨拶する。

「おはよう、浅野さん。浅野さんこそ早いね」

 深田君も本から顔を上げて挨拶してくれた。今日は怪談話を読んでいるらしい。

「怪談、好きなの?」

「うん。好きだよ」

 本の表紙は全体的に暗い色をしていたが、そんなにおどろおどろしくもなく、静的でシックなデザインだった。どんな怪談話が書かれているのか分からないけれど、表紙だけでは咄嗟に『あ、怪談小説だ』とは思わないだろう。

 深田君は読んでいる頁に左手の人差し指を栞のように挟み、そのまま中途半端に本を閉じて私の方へ体を向けた。

「浅野さんって、霊感ある?」

 突然の質問だった。

「え? ないよ。深田君はあるの?」

「僕もないよ」

 と、深田君は笑った。

「何ていうかさ、ホラーや怪談って、幽霊だの妖怪だの、現実には存在するかどうか分からないものがたくさん出てくるわけだよね。そうした存在が誰かの手によって物語になってこうして本に書かれて、今、僕に読まれてる。僕は小説なんて到底書けないけれど、作者の頭の中はどうなってて、その目には何が映ってて、この世界をどう感じてるんだろうって、本を読みながら考えるんだ。物語を読みながら、作者の心を覗こうとしてる。……ちょっと悪趣味だよね」

 深田君は苦笑いをする。そして、本に挟んでいた人差し指を抜き取って、完全に本を閉じてしまった。

「……ねぇ、浅野さんって、僕のこと見えてるよね?」

 そう訊かれて、私は「え?」と、深田君を見た。

「見えてるよ。見えてるけど……何か変?」

「変じゃないよ。普通のこと」

 深田君は私を和ませるように優しく笑った。

「でも、時々不思議に思うんだ。何もかも不確かに思えるこの世の中で、自分が自分として存在していて、他人もまた、自分のことを確かな存在だと思ってくれてるってことが」

――もしかしたら僕ら人間も、みんな架空の存在かもしれないのに。

 深田君はそう言って窓の外を見た。

 雪深い校庭に、尚も白い雪がちらちらと降り積もっていた。

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とてもつまらない三枚綴り短編集 2 すえのは @suetenata

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