第5話 アナタにその覚悟があって?

 仲田花(仮)に調査報告を渡すべく、探偵二人はファミリーレストランで彼女を待っていた。ドリンクバーから飲み物を取ってきて、彼女を和やかに迎え入れる。


 彼女の正面に座った律は夕日に照らされつつ、にっこりと笑みを浮かべた。


「それで、どういう目的なの? 花田探偵事務所のパラリーガルちゃん?」


「……なぁんだ、バレてたんですか……」


「アタシ、騙されるのは嫌いなの。アナタは怪しさ満点すぎてむしろびっくりだったわ?」


「もしかして、分かってて気づいてないふりしたんですか? 性格悪いですね」


 あまり意外じゃないように振る舞いながら、彼女は律に対抗しようとする。


「あら、心外ね。アナタに言われることじゃないわ。よく言うじゃない、やるやつはやられる覚悟をしろってね。アナタにその覚悟があって?」


「そ、それは……」


「アタシは勿論あるわよ。だって、やられたら意味がないもの。それくらい分かるでしょう?」


「…………」


 しかし、偽りの初心者が敵うような相手ではなかった。言葉を選んでいる間に、律はどんどん話を進めていく。


「もう一度聞くわ。目的は何?」


「えっと……」


「あらま、言わせる気? 分かったわ、調査結果を教えてあげる」


 スパイシーチキンが運ばれてきて、律はそれを彼女の前に置いた。窮地におかれた彼女だが、好物を目前に置かれて、無意識に皿を目で追いかける。


「調査対象の男は花田小次郎、花田法律事務所の社長を務める四十七歳。七年ほど前に妻を病気で亡くし、現在は独身。近頃、クラブハウスに出入りをしていて、かたわらには年齢不詳の女性が常に立っている。二人は近々再婚するらしいわね、結構有名な話見みたいよ」


「周囲にまで広まってるんだ……」


「そして、もちろんアナタのことも調べたわ。名前は花田佳奈、弁護士を目指して勉強中の二十三歳。七年ほど前に母を病気で亡くして、以来父親と二人暮らしをしていたが、最近は帰りが遅い。特に、火曜と金曜の夜は何時間も連絡が取れなくなっている。でしょう?」


「…………」


「花田小次郎はアナタの上司であり、父親だ。こんなことは調べさせるまでもなく、アナタは知っていた話よね。知りたいのはここから先かしら?」


「…………」


 佳奈は押し黙ったまま、律の様子を窺い続けていた。途中途中で、チラチラリとチキンを気にする様子も見せている。


「花田社長のそばにいた白鳥美嶺って女だけど、あれはアタシの実の母親だ。アンタはそれを知ってて、アタシに依頼したのかしら? それこそ、性格悪いと思うのだけど」


「……だって、お母さんが見知らぬ男と仲良くしていたら、嫌じゃないですか? だから、もしかしたら再婚させない手伝いをしてくれるかも、なんて思って……」


 若干もじもじとしながら、彼女は本当の狙いを告白する。結果、律の読みは全て当たっていた。


「残念だけど、その手伝いはできないわ。だって、どうでもいいもの」


「……え?」


 佳奈は信じられない、と言いたげな表情を浮かべる。信じていたものに、裏切られたかのような顔だ。


「アタシ、もう何年も前にあの女とは縁を切ってるの。あの女は裏切り者。大嫌い。視界にも入れたくない。だから、何やってようが興味ないんだ」


「ご、ごめんなさい……、そんなことまでは知らなかった……」


 潔く、佳奈は頭を下げる。本当は人をはめるような悪い人間ではなかった。その事実は、龍也にとっても大きな救いだった。


「いいかしら、佳奈ちゃん? アタシたちのこと、調べてから来たんでしょう? それは一向に構わない。だけどね、調べるなら、中途半端には終わらせないこと。あらゆることがその人を構成している、それを忘れないで」


「……はい。肝に銘じておきます」


「いい子。でも、よかったわ。最初は喧嘩でもふっかけられたのかと思ったもの。大好きな社長の隣を奪った大嫌いな女と、同業者を両方とも潰せる一石二鳥の機会だものね」


「し、しませんよ、そんなこと。第一、同業者でもありませんし」


「まあそうね。じゃあ、なんで偽名を使ったのかしら?」


 律から直球で突かれて、佳奈は言葉を詰まらせる。しかし、もう隠すのはよくないと素直に話すことにしたようだ。


「それはだって、バレたくなかったから……。彼女さんのことを調べてもらうのはなんか怖くて、でも、実の父を調べてなんてもっと言えなかったんです……。まさか、私のことまで調べられるとは思いませんでしたけど」


「怪しさ満点だったもの。調べてしまうのは職業柄かしらね」


「反省です……」


「よろしい。そのチキン、アンタ用だから全部食べなさい? 好きでしょう?」


「まさか、好物まで……調べられるってすごいことですね……。はいっ、いただきます!」


 パンッと音を立てながら両手を合わせ、佳奈はスパイシーチキンにかぶりついた。追加で辛味を足して、それでもなお美味だけを感じ続けている。


「……あの、辛くないのか?」


「え? んー、辛いですよ? でも、これくらいじゃ『辛ッ』とまではいかないというか。優しい辛さですね~」


「……へぇ……」


 激辛好きということは分かっていたが、ここまでとは。


 調べ尽くしていても、いざ目の前にすると違うものだな――と、佳奈に対して少しだけ恐怖を覚えた龍也だった。

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