第4話 俺はあんたの相棒だ。いいな?
知り合いのツテを使ってクラブハウスに入り込み、龍也はゲストとして活動を始める。
花田社長とは距離を取りつつ、ここの常連客らしき人物たちに声をかけてみた。
「ああ、あの女性ね。最近はずっとあの社長さんと一緒にいるよ」
「名前は白鳥美嶺って言ってたかな。歳は……知らないね、どうなんだろう?」
「でもさ、近々あの社長さんと結婚するらしいよ。実は歳近いんじゃないかな?」
「……なるほど。そうですか、ありがとうございました」
結果としてはみな同じようなもので、新しい情報はそうなかった。最後に話を聞いた二人も言っていたように、花田社長の側にいる再婚相手っぽい女性――という情報くらいだ。
あまりの収穫のなさに、相棒感を決め込んできたことが恥ずかしくなってきた龍也だが……。
「あら、さっきの子じゃない。お連れの子は大丈夫? だいぶ具合が悪そうだったけれど」
「!?」
律から言われていたにも関わらず、不意に背後から話しかけられてしまった。
花田社長には近づかないよう注意していたのだが、クラブハウスの中はなにぶん人が多い。だから、この女性の気配には全く気づけなかった。
「あ……はい、大丈夫です」
白い肌に艶やかな金色の髪をしていて、派手なクラブハウスやキャバクラなどが並ぶ街中でも異彩を放っている。その見た目が全くの年齢不詳なため、彼女のことを美魔女と呼ぶ関係者もいた。確かに、化粧も相まって全然分からない。
「そう、ならよかったわ。でも、あなた一人がここにいて大丈夫? 彼のそばにいてあげた方がいいのではなくって?」
「えっと……ここに興味があるって話だったんで、少しだけ偵察っつーか……俺だけ見にきた感じで……。けど、店の様子が分かったんで、俺は失礼します」
「あらそう、気をつけてね? お連れの子にお大事にって言っておいて?」
「…………ありがとう、ございます」
全身の毛が一斉に逆立ちそうだった。落ち着き払った声からして、そこまで若くはないだろうと思われたが、それゆえに身を委ねてしまいそうなものである。母性が溢れまくっているのか、母感の強い人だった。
事務所に着いた頃には、もうくたくただった。体力ではないものがごっそりと抜け落ちているようで、一刻も早くスッキリさせたい。
「ただいま……、律さん」
「おかえりー。今お茶を淹れるとこなの。何がいい?」
「コーヒー」
「夜はダメ。じゃあ、緑茶でいいわね。もうすでに茶葉を準備しちゃってるけど」
「じゃあ聞くなよな……」
疲れ果てた様子を抱えたまま、事務所に戻ってきた龍也は「今日は本当に終いだ」と言うように、勢いよくガチャリと鍵を掛ける。律は茶を淹れながら、その様子を眺めていた。
「聞き込みの結果だが、彼女の名前は白鳥美嶺。花田社長の再婚相手だそうだ。それ以上の情報は特になかったな」
「……そう。おおむね予想通りだわ」
「予想通り、か……。んで、詳しい話ってのはいつ聞かせてくれんだ?」
「うん、今からするよ。リュウ、座って」
緑茶とシュークリームを乗せた盆を持ってきて、律はソファに腰掛ける。盆を近くの台に乗せ、龍也が隣に座ったことを確認してから口を開いた。
「あの白鳥美嶺って女は、僕の母親。僕を産んだ実の母親だ」
「へぇ……実の母親……あんたの母親!? 本当なのか? そうか、実の母親……」
最初は聞き返したものの、納得している自分がいることに龍也は気づいていた。
「あんまり連呼しないでほしいんだけど」
「ごめん」
年齢不詳の美魔女と言われる白鳥美嶺。その血を受け継ぎ、性別を超えた美を持つ佐伯律。そこに疑問符を浮かべる余地はなかった。
「うん。だいぶ前に縁は切ってるけど、間違えるはずがない。よもや、こんなところで目にするなんて思わなかったよ。けど、あの女なら確かに有り得る」
「律さん、相当苦手に思ってる様子だったと思うんだが……?」
「うん、そうだ。僕は母親をひどく苦手としている。僕が小学校低学年くらいのときかな、父さんが過労で亡くなったあの日のことは、今でも鮮明に覚えているよ」
その日、父親が危篤と聞いて、律は父方の祖父母に連れられて急ぎ病院に向かった。おかげで最期の瞬間に立ち会えたのだが、あの女はなかなか現れなかった。
律たちが着いてから一時間以上遅れての到着だった。それは、父が息を引き取ってから半時間後のことだ。それまで日中から何食わぬ顔で浮気をし、バレないように偽装してから病院に現れたのである。幼いながらにそう理解できた律だが、しかしながら誰にも言うことはできなかった。
親戚の前では泣きじゃくって、裏ではケータイをぽちぽちいじっている母の姿も、違う男と仲良く出かけていく姿も、何もかも全部知っていた。律は見てた。けれど、言えなかった。
「この人は普通じゃない、他の子と笑い合ってるような母親じゃないって、すぐに気づいたものさ。その証拠に、彼女は僕を引き取ったあと、ろくに面倒を見なかった。牽制するように怒鳴ったり、物を投げてきたり、そんな記憶しかないよ。ずっと怖かった」
親権を巡って散々泣き喚いていたが、結局は自分が「かわいそうな母親」でいたかっただけだったのだ。数年後、耐えきれなくなった律が、父方の祖父母に助けを求めてもなお、その姿勢は崩れなかった。
「それ以降は祖父母に引き取られて、縁を切った状態で今日まで暮らしてこれたんだけど……まさか、こんな再会とはね。相変わらずで、本当に腹が立つわ」
淡々と過去を語った律だが、殺気をもってシュークリームにかじりつく。それを見ながら緑茶を嗜む龍也の脳内に、ふと彼女の様子がフラッシュバックした。
「……っ、だからあのとき……!」
「ん? なに、リュウ?」
「いや、悪い。実はクラブハウスで彼女に話しかけられたんだ。そんときはビックリしすぎて気づかなかったんだが……いま思えば確かに、彼女はあんたのことをハッキリ『彼』って言ったなと思ってさ。すまん」
中性的な顔立ちの律は、遠目から見ては絶対に性別が分からないとも言える。低身長ではないものの、女性の中に十分紛れ込める背丈で、十センチ以上も差がある龍也と並べばなおさらだ。なのに、彼女は律が男だと言い切った。
「……いいや。あの女なら、あの騒ぎで気づいていたとしても不思議はないかも。だから、リュウは悪くない。帰ってくるまでの間、尾行された気配はないんでしょ?」
「ああ。たぶん、ない。話も長くならないようにすぐ切り上げてきたし、念のため回り道をしたりもしたが、そんな気配は感じなかった」
「うん、それなら大丈夫。急なことだから、向こうも無理はしないはずよ。けどそうねぇ、依頼主への報告は、ここじゃないほうがいいかも。よく行くファミレスにしておきましょう」
「了解。連絡は任せた」
「ええ」
余裕そうに、口の周りに付いたカスタードを舐める。そんな律の様子を窺いながら、龍也は心配そうに思う感情を隠さずに問いかけを声に出した。
「結局……あんたは大丈夫なのか? この件、あの女のことは避けて通れないだろ」
「リュウは気にしなくていいよ。いつかは決着つけなきゃいけないことだし」
「あんたがそう言うんならいいんだが、一人で抱え込むなよ。俺はあんたの相棒だ。いいな?」
「……ふふ。頼もしいわね、アタシの相棒は」
「当然だ。あんたの相棒だからな」
龍也は握り拳を律に向かって突き出す。だが、すぐさま拳の上下をひっくり返して、手の平を上に向けた。
「だからといって、俺の分のシュークリームまでは食わせねえがな」
「ちぇーっ、バレたかぁ」
ペロッと舌を出して、律はちゃっかり開封しようとしたシュークリームを龍也に手渡す。今度は自身の分を確保できた龍也だが、円らな瞳に見つめられ続けて、結局半分ほど分けてやったのだった。
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