第3話 強がらねぇでくれよ。
翌日から、龍也は仲田花(仮)から以来された「とある社長」の調査を始めた。
その社長は花田小次郎といって、花田法律事務所の社長であり、企業支援では名の知れた弁護士のようだった。いかなるときもクライアントとの信頼関係を大切にし、実力も伴ってるとあって、大きな事務所のトップに相応しい風格を纏っている。
多少気になるところといえば、女性の交友関係くらいだ。七年ほど前に妻を亡くし、以来クラブハウスなどへ頻発に出入りをするようになっている。
「クラブハウスに頻繁にねえ……確かに、それは気になるわ。彼女が依頼してきた目的にも、関係ありそうな話だし、早速現地調査に行きましょ。いつくらいに行ってるの?」
「だいたい週二日くらいだな。いつも、火曜と金曜の夜九時頃に行っているらしい。報告の前に一応確認しようと思って一昨日行ってみたが、確かに社長は来てたぞ」
「んもう、別に声かけてくれていいのよ? アタシたち、相棒なんだし」
「……律さんに言う前に、確証がほしかったんでな」
「まあいいけど。その情報を信じる価値は証明されたもんだしね。だから、明日は二人で行くわよ。金曜日の夜なら、人通りもあるから目立たずに行けるもの」
「了解だ」
そう決めて、迎えた金曜日の夜。
二人は揃って、花田社長が通っているらしいクラブハウスの前に張り込んでいた。世間話をする通行人を装って、店の様子を窺う。例の社長が入店したのを見計らって、内部で調査を行なうつもりだ。
現在の時刻は午後九時五分前。
そろそろだ、と龍也は辺りを見回して、いつも社長が乗ってくる黒い車を探す。それから二分ほど経った頃、店の正面に一台の黒い高級車が路駐した。それを指さして、龍也は横に立つ律に声をかける。
「ん、あれだ。あの黒い車にいつも乗ってくる」
「なるほど」
高級車のドアが開き、対象の人物が降りてくる。
かと思いきや、最初に降り立ったのはピンクのドレスを身に纏った派手な女性だった。いつもは店の前で花田社長を迎えているのだが、今日は一緒に移動してきたらしい。
「――っ!」
その姿を目にした律は、絶望に顔を歪めて立ち竦んだ。
「律さん?」
異常を感じた龍也が振り向いて声をかけるも、彼に反応は無い。それどころか、せっかく整えた茶髪をくしゃりと握り崩して、頭を抱えている。
「……な……なんで……あの女が……ここに……」
「おい……っ! 平気か、律さん。律さん!」
龍也は慌てて、律の肩を掴んで揺さぶった。周囲からの視線も気にせず名前を叫ばれて、律はハッと我に返る。
「……っ。ええ、平気よ」
「嘘吐け」
正直、こんな様子は見たことがない。それほどの状況なのだと、龍也は解釈せざるを得なかった。
「今日はここまでにしよう。このままじゃいられねえだろ」
「大丈夫だから、続けて……」
「いいや、これ以上は目立ってしょうがねえよ。ひとまず、裏行くぞ。それとも担いで連れて行くか? 俺の元気は有り余ってるしな、あんたくらい余裕で運べる」
「…………分かったわよ」
隠そうとする律を、龍也は路地裏まで連れて行く。最初は頑なに拒否していたが、いよいよ素直に頷いてくれて、優しく腕を引いて人目のないところまで歩いてきた。
「なぁ、律さん。強がらねぇでくれよ」
「いいえ、大丈夫なの。平気なの。どうか……そう、思いたいの」
「んだよ、らしくねぇな。何かあるなら話してみろよ。それとも、俺はまだ信用できないってか?」
律は口をつぐみ、顔を逸らす。そうしてしばらく考え込んだ後、トーンの落ちた声を出した。
「ごめん、リュウ……。そうじゃない。そうじゃ、ないんだけど」
「じゃあ、なんなんだよ」
すーはーと深呼吸で整え、律は言葉を続ける。
「やられた、これでハッキリした。彼女の狙いは最初から、アタシ――いや、僕一人だ。僕一人に何かをしようとしている。もしくは、させようとしている……の、かもしれない……」
絶対に顔を見られまいと背を向けた律。龍也にはその背中が助けを求めているように思えたから、律の両肩を掴んで強引に振り向かせ、下から無理やり顔を覗き込む。
「だからなんだってんだよ。俺はあんたの相棒だ。標的があんた一人だろうと、俺のやることは変わんねえ。俺があんたを守ってやる」
「リュウ……」
律の瞳が申し訳なさげに輝く。いつもは澄ましている彼が、まさかこんな風に泣きそうな表情をするとは思わなかった。
「そんなイケメンムーブ出されると、ついに惚れちゃいそうね」
「バッカ、もう元気じゃねーか」
「ふふ」
表情を切り替えた律を見て、龍也はしまったと思う。今回ばかりはそういう流れにならないだろうと思いつつも、先手を打っておくことにした。
「だが、今日はこのまま予定変更だ。内部の調査は俺一人でやってくるから、あんたは事務所に帰っててくれ。たとえ罠でも依頼は依頼だからな。いざとなりゃ、俺に全部任せろ」
「ありがとう。でも、無理は絶対にしないで。調査はもうほとんど、終わりでも大丈夫なくらいだから」
「は? どういうことだよ。だって、必要だから今日、俺たちはここに来たんだろ?」
「そうなんだけど……。まあ、不必要ってわけじゃない。だけど、無理はいらないというか……」
「……んー……」
納得いかない、という感情を分かりやすく顔に張り付ける。そんな龍也の様子に安心したのか、律は柔らかく微笑んだ。
「ごめん。でも、詳しいことは帰ってから必ず話す。今は僕にも時間が必要なんだ。リュウが行ってくれている間に整えておくから、調査の方は任せたい」
普段被っている皮を脱ぎ捨てて、律は真っ直ぐな瞳を向けてくる。それに答えないという選択肢など、龍也は持ち合わせていなかった。
「ああ、分かった。どんな風に探ってくるか、プランはあるか?」
「調査対象の社長、その側で笑っていた女は見た?」
「あ? あー、ピンクのドレスを着てた派手な人か? あの人、いつも社長のそばにくっついてるけど……」
「そう、その女のことを周りに聞いて回って。それから、目立つ前にすぐ帰ってくること。絶対に、当人たちと話をしないように。いいね?」
力強く首肯すると、彼もまた頷き返す。
そうして龍也はひとり、クラブハウスの中へと足を踏み入れた。
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