第5話 目が、チカチカする

 B棟の沢田さんは、何の仕事か知らないけど、朝九時に出掛けて、二十時に帰宅する。「七色」で朝食を食べているが、オレとは時間がズレているから会ったことはない。

 帰宅時には買い物袋。

 自炊はあまりしていないようだ。

 引っ越してきた時にあいさつしただけだが、寡黙で真面目そうな人、という印象。

 

 さて、どう切りだそうか。


 ドアの前で考える。

 逆ギレされると厄介だ。かと言って、理詰めで説得出来る語彙力も無い。

 さて・・・・


 五分後。

 ドアが開いた。


「こ、こんばんは、沢田さん」

「私の部屋の前で何をしている?」

「あぁ、はい。私はA棟の・・・・」

「ジョニーだろ?」

 全く交流ないけど、あだ名はここまで伝わっているのか。

「まあ、入りたまえ」

「はい。じゃあ・・・・お邪魔します」

 お宅訪問には失礼な時間だ。


 いやいや。

 恐縮してどうする。

 下着ドロボーだぞ。


「君は、まゆみを幸せにできる自信があるのか?」


 いきなりだ。


「はい?」

「私は安定した職に就いている。収入も、多分君の三倍以上はある。金銭的には問題ない」


 この人は、何を言ってるんだ?


「だが、君のようにまゆみに好意をもたれていない」


 玄関先で対面。

 何故、上から目線なんだ?



「いや、あのぅ・・・・」

「そこで、私から提案がある」

 指をさされた。

「君がまゆみに告白して、彼女が受け入れたら、私はきっぱりとあきらめる。それでどうかね?」


 いや、だから・・・・


「いや、待てよ。私の勘違いか。君はあれか、娘の茶々のほうを狙っているのか?」


 手が勝手に動く。

 沢田さんの胸ぐらを掴んでいた。


「何だねこの手は。暴力で抑えるつもりかね。これだから頭の悪いヤツは・・・!」


 考えるより先に、オレの拳は沢田さんの顔面を殴っていた。

 加減はした。

 たぶん、した。

 沢田さんは、気持ち良いくらい吹っ飛んで、床に倒れた。

「痛い痛い痛い痛い・・・」


 大げさ過ぎる。

 初めて殴られたのか、暴力にトラウマがあるのか。

 ま、関係ないけど。


「き、貴様!」

 腕を振り上げて、殴る動作をしてみた。 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・」

「沢田さん、下着を盗みましたね?」

「はい、私がやりました」

「返してくれませんか?」

「はい、お返しします」

 素早く立ち上がり、部屋の奥へ。押し入れを開ける音がして、早足で戻ってきた。

 買い物袋がふたつ。

「これで全部ですか?」

「は、はい」

 怪しい。

「本当に?」

 睨む。

 数秒。

「少々お待ち下さい」

 また早足で奥の部屋へ。

 今度は木箱を持ってきた。この違いは何だろう。

「これで全部です」

 少しためらったが、下着をひとつの袋に詰めて、木箱を開けた。

 ・・・・ん?

 こっちの下着は、まゆみさんの匂いが強い気がする。

「ちなみに、袋のは洗濯した下着で、こちらは、洗濯前のものになっております」


 とんだ変態野郎だ。


 素早く袋に詰める。

「今度やったら、誰か分からないくらい殴るからな」

「はい、もうしません!」


 部屋を出る。

 ため息。

 やってしまった。

 感情が抑えられなかった。

 でもまあ、これで沢田さんも懲りただろう。

 結果オーライだ。


 まゆみさんにすぐ返したいところだが、こんな時間だ。明日の朝にしよう。

 家に戻って、袋をテーブルに置く。

 じっと、袋を見つめる。

 まゆみさんの下着・・・・

 いかんいかん。

 変な事は考えるな。オレまで沢田さんと同じになってしまう。

 寝よう。

 風呂に入って歯磨きして、さっさと寝よう。


 翌朝。

 少し早めに起きて、ゴンザレスの散歩を終える。

 この時間ならいいか。

 ドアをノックする。

「おはようごさいます」

 は〜い、とまゆみさんの声。

 何か緊張する。

 ドアが開いた。

「あ、ジョニーくん。おはよー」

 今日もステキな笑顔だ。

「あのう、沢田さんから取り返してきました」

「あ、そうなの。説得してくれたのね。ありかとう、ジョニーくん」

 ちょっと恥ずかしそうだ。

 そりゃそうだよな。

 袋をひとつ渡す。

「こっちはまだ洗濯してないほうで・・・」

 凄い勢いで取られた。

「もう、バカ!」

 頬を叩かれた。

 ドアが閉まる。


 あれ?

 なんかマズかった?


 とりあえず返せた。

 朝メシ食いに行くか。

「七色」に向かう。

 後ろでドアが開く音。

「助仁」

 振り返ると、茶々が立っていた。

「お前は、女の気持ちが分かってないなぁ〜」

「どういうこと?」

 ため息をつく茶々。

 返事はなく、ドアが閉まる。



「どうした、ジョニー。いつもの元気がないな」

 ヨウイチさん。

 朝から元気マッスルだ。

「ステーキ食うか? 元気出るぞ」

「結構です」

「ま、生きてりゃツライこともあるさ。そういう時は、笑ってりゃいいんだよ」

 ガハハハハ・・・・

「アンタと違って、ジョニーは繊細なんだよ。はい、どうぞ」

 食事を用意してくれたケイコ姉さん。

「ありがとうございます。頂きます」

「しっかり食べて、今日も頑張りなさい」

 背中を叩かれた。

 何か、いつもより沁みる。  


 職場についてすぐ、後ろから声をかけられた。

 振り返る。

 うわっ!

 思わず身体がのけ反る。

「アンタ、ここの社員だろ?」

 ゆっくり目を開ける。

 体格のいいオバサン。

 ピンクのキャリーバックに真っ赤な上下のジャージ。

 何だ、この色。


 目が、チカチカする。

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