第4話 それ、犯罪だから

 とりあえずお湯を沸かす。

「あ、お構いなく」


 いいえ、構わせて下さい。

 まゆみさんはお風呂上がりらしく、髪が少し濡れていて、シャンプーの良い香りがする。

 じっとしていたら、どうにかなってしまいそうです。


 お茶を用意して、まゆみの前に座る。

 オレのベッドが後ろにある。

 いかんいかん。

 変な事は考えるな。


「相談って、なんですか?」

「あぁ、うん。あのね・・・・」

 言いにくいことなのか。

 耳にかかった髪を軽くかき上げる。

 ヤバいぞ。

 耐えられるか、オレ。


 ドアをノックする音。

 夜中にしては激しめ。

 この感じ・・・・


「ちょっとすいません」

 立ち上がって、玄関に向かう。

 ドアスコープで確信。

 カギを開けると、勢いよくドアが開いた。

「夜分にすまないが、ちょっといいか?」

 もう部屋に入っている。

 下の階に住んでいる、大路おおじ 三太さんたさんだ。

 通称、オジサン。

「新曲が出来たので、聞いてくれないか?」

 彼はサラリーマンをしながら、プロ歌手を目指す、自称三十二歳の男。

 見た目は四十代。

 たぶん、本当は四十代だとジョニーは思っている。

「こんばんは」

 まゆみさんがあいさつ。

「君もいたか。丁度いい。君も私の歌を聞いて、感想を教えてくれ」

 持ち込みギターの調整を始める。

 オジサンは、曲が出来るとオレに聞かせて感想を求める。

 狭い部屋だ。

 オジサンがそこに立ったら、オレはまゆみさんのとなりに行くしかない。

 肩が触れそうなほど近い。

「すみません。一曲弾いたら、多分満足して帰るので、ちょっと付き合ってもらえますか?」

「うん。分かった」

 小声で会話する。


 ヤベ。

 付き合うなんて言っちゃった。

 あと、横からだと胸の谷間が際どいとこまで見えてしまうんだが・・・・

 いかんいかん。

 オジサンの曲に集中しよう。


 歌は、まあちょっと上手い。

 歌詞とメロディーは、どこかで聞いたような曲を少しアレンジした感じ。

 オジサンの良いところ。

 声、だと思う。

 彼の歌声は、とても澄んでいる。

 以前、素直にその事を伝えたら、曲が出来るたび、オレに一番に聞かせてくれる。

 良い人なんだ。

 なんだけど、もう少し場の空気を読めたら、もっと良い人なんだけどなぁ


 一曲終わった。

 二人で拍手する。

「大路さん、ステキな声ですね」

 おお。

 ベストな返答だよ、まゆみさん。

「また新曲ができたら、まゆみさんも聞いてくれたまえ」


 じゃ。  


 一曲で満足したようだ。

 爽やかな笑顔を残して立ち去るオジサン。

 ドアをロックする。

「時間、大丈夫ですか?」

 日付けがとっくに変わっている。

「ジョニー君こそ大丈夫?」

「オレは平気です。二、三日寝なくても大丈夫ですから」


 ウソだけど。


 あらためて、まゆみの前に座る。

「それで、相談というのは?」

「あぁ。うん。あのね、最近家のモノがよく無くなるの」


 それは一大事だ。

 まゆみさんの家を狙うなんて、何というクソ野郎だ。オレが死刑にしてやる。


「家のモノって、具体的に何を盗まれたんですか?」


 オレが必ず取り返してやる。


「ええ〜っと、そのぅ・・・・私の下着」


 ・・・・

 ・・・・なに?

 まゆみさんの下着、だと?

 なんて羨ましい・・・・じゃなく、なんとセンスのある・・・・でもなく、何というクソ野郎だ。


「ここって、洗濯機が外にあるでしよ?」

「そうですね。玄関の横に」


 確かに盗みやすい。


「いつ頃からですか?」

「ええっと、ひと月くらい前から」


 そんな前から。


「警察とかには?」

「あ、うん。警察には言ってないの。なるべく穏便に済ませたい、っていうか、私は戻ってきたらそれで・・・・」


 何だか歯切れが悪い。

 下着ドロボーをかばっているのか。

 だったら、理由はひとつ。


「もしかして、犯人が誰か、分かってるんですか?」 

「・・・・うん」


 やっぱり。


「一度、見かけたことがあって・・・・」

「知っている人、とか」

 うなずくまゆみ。

「B棟の沢田さん」


 ここのアパートは二棟あり、A棟にジョニーとまゆみ親子、神様、大路が住んでいる。

 B棟は裏側の一段高い場所に建っている。


「沢田さんて、あの沢田さん?」


 確か、ひと月前くらいに引っ越してきた、真面目そうな人だ。


「となり街でね、ホステスしてた時の常連さんだったの」


 まゆみがお気に入りで、とても世話になったらしい。

 だからと言って、下着を盗んでいいわけがない。


「悪気は無いと思うの。だからジョニーくん、沢田さんを説得して、取り返して欲しいの」


 悪気があるから盗んでいる。

 そう思ったが、まゆみが大事おおごとにしたくないなら、従うしかない。


「分かりました。オレが何とかします」

 まゆみさんの表情が、パッと明るくなる。

「ありがとう。こんな事頼めるのは、ジョニーくんしかいないから」


 頼られている。

 オレ、まゆみさんに頼られている。


 笑顔の下に胸の谷間。

 オレのジョニーも、元気ハツラツだ。



 翌日から張り込みをした。

 現行犯で捕まえるのが一番だと思ったからだ。家にいるときはずっと、窓の隙間からまゆみの洗濯機を見張った。

 だが、犯人の沢田は、何かを察したのか、一向に現れない。

 三日目。

 オレは直接、沢田と話すことにした。

 言ってやる。


 それ、犯罪だから。

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