ぷろろーぐ 2
合気道道場の帰り道、オレはあちこちの痛みに呻いていた。
「いてて……」
合気道なので本来激しい稽古などはないはずなんだけれど、うちのセンセーは実戦に趣を置くハードなお方なので、今日は念入りに投げ飛ばされまくりました。勿論受け身も取るんだけれど、センセーって限界ギリギリ攻めるのが上手いっていうか、オレがギリギリ受け身を取れる程度に投げ飛ばすもんだから、時たま失敗して体のあちこちを打ち付けてしまった。オレとしても痛いのは嫌だし死ぬ気で受け身を取ってたんだけれど……。
「今日もみっちり扱かれたみたいだな」
「他人事みたいに言いやがって……お前がもう少し早く掃除終わらせてくれれば遅れることもなかったのに!!」
「いや、それは青空がさっさと掃除を始めなかったからだろ?」
「……まぁ、確かに」
「素直に言えてえらい」
ふと、大きくて頼もしい手が俺の頭に置かれなでりなでりと……ふぁ、心地がいい……じゃなくて!!
ぱしんと明希の手を払いのける。危うくオレが悪いせいでこんなことになったと認めてしまうところだった。
「いや!でも廊下で騒いでた奴らが邪魔で遅れたのも否めない!つまり廊下のやつらが悪い!!」
「数秒前の俺の関心を返して欲しい。もう少し自分の行動も振り返ってみたらどうだ?」
「うるさいうるさーい!オレは体のあちこち痛いし全然返せなかったし!こう、内なるフラストレーションが発散出来てないの!!」
そう、結局あの後稽古に間に合わず遅刻してしまった。うちのセンセーは非常に時間に厳しいお方なのである。少しでも遅れようものならその日の稽古がハードになるのはいつものこと。
『時間に遅れるとは何事か!社会人になったら時間は何物にも代えられない重要なものだぞ!その腐った根性叩き治してくれる!……私は時間守らないけどなぁ!』
『理不尽っ!』
そんなわけで今のオレは腹の虫の居所が悪い。確かにオレも行動が少~し遅かったかなって1mmくらいは思ってるよ?でも、計算上本来は間に合ってた筈なの!ちょうど掃除終わって、さぁ向かうぞ!って時に廊下では一人の男子生徒が女性3人によってボコボコにされておりその野次馬が群がっていたんだから。
この状況は何事?って疑問にも思ったけど、流石に遅れそうだったから急ぎ足で人を掻き分け進もうとしたんだけど、今度は死に体だった男子生徒が徐に立ち上がりオレに向かってくるもんだから。
「……っ!!」
普段ならそんなことしないんだけど、急にっていうのと、ちょっとあまり
そんで保健室にはたまたま先生がいなかったのでそのままベッドにポイーってしてもらって急いで向かったわけなんだけれども。まぁ無事遅れましたと。いやぁあれはタッチの差でしたね。
「まぁ言いたいことはわかるが……そうだクッキーでも食べるか?昨日作ったやつなんだが」
「食べる!!」
明希に渡されたクッキーを半ば奪う様にして受け取りそのまま口に放り込む。絶妙な甘さとほろ苦さが絶妙にマッチしている。これはチョコクッキーか!しかもオレの大好きなビターチョコ!口の中に広がる幸せに幾分か気分が解れていく……。
てかこいつイケメンなくせにお菓子も作ったりするんだよな。誰だよこいつにお菓子作り系男子の属性付与したやつ。女子力も兼ね備えさせてどうするんだよ。手に負えないモンスターと化すぞ。
あ、なんか別の意味でモヤモヤしてきた。ちゃっかりオレの好きなお菓子を用意してくるあたりも憎い。
「んっ!!」
なのでもっと要求することにした。たった一枚で機嫌が良くなると思うなよ。こちとら食べ盛りな男の子ぞ!たくさん食べて大きくなるんだい!
「……仕方ないなぁ」
明希はやれやれと鞄から包みを取り出し俺の手に置いた。勿論中身はさっきのクッキーたちである。嬉しさで顔がにやけそうになるが、オレは餌付けされたぐらいで機嫌が良くなるほど単純ではない。海のように深く空のように気まぐれなのだ。
「えふぇあぁえていげんあようなうおおおうあよ!!!」
「いや食い終わってから言えよ」
因みに、明希は剣道部に所属していて全国にも出場したことのあるほどの猛者だ。うちの学校の剣道部エースってやつ。ガワも良くてお菓子も作れて運動もできるって何それ。そんなん普通存在せんわ。
なお、今日は部活がお休みでうちの道場で素振りとか鍛錬をしていたみたいだ。時折センセーが明希のところに言ってはアドバイスや何やらお付き合いしていた。あ、センセーはこの道場では合気道の先生なのだけれど、剣道も嗜んでいて過去全国優勝した経験も持つとんでもないお人だ。というか合気道、剣道だけじゃなくて、あらゆる武道に精通していて、いずれでも何かしらの結果を残している。テレビで話題に出た際には専門家の人から「生まれる時代を間違えた」と言われるくらいには凄い人だ。実際あらゆる方面からコーチにとか代表選手にとか声は掛かっているみたいだが断っているようだ。今はここで合気道の先生をしているのが楽しいからって笑って言ってた。
そんな人がいるもんだからこうして部活が無い日とかは一緒にこの道場に行ってるというわけだ。一応お金もしっかり払ってはいるっぽいけれど、どうも先生側がお金に頓着していなくて”見込みがあるやつに教えたい”ってそれだけで教えているため、実際殆ど払ってないと言ってもいいぐらいしか受け取ってもらえないらしい。
因みにオレの場合もそう。ただそれは流石に……と父がこの道場の電気代やガス、諸経費は持っているみたい。詳しいことはわからないけれど何かしらで返しているようだ。
オレは再度口にクッキーを放り込もうと包みの中に指を入れようとしたが、既に包みはくしゃくしゃで空になってしまっていた。結構な数が入っていたはずだけど、気付いたら消えていた。どこいったんオレのクッキー?
なんか夢中で食べてたのが恥ずかしくなっちゃったので、大げさに両手を上げ頭の後ろで指を組む。
「あーあー、いいよなー。明希はカッコいいし、運動もできるし、お菓子も作れちゃうし、そりゃモテモテにもなるわ!オレだってもっと身長があってしっかり声変わりしてて筋肉でもついてたらモテモテだったのになぁ!」
あー、ほんと理不尽。どうして天は二物も三物も与えるのか!オレも与えられているのだろうがもっと方向性を変えて欲しかった!なのでリセマラを所望す!オレにもカッコよくイケメンになれるような遺伝子をプリーズ!!あ、でも両親は大好きだし兄さんも義姉さんも好きだから家族と関係者のリセマラはなしで!遺伝子はあった筈だから表面化だけして欲しい!
「……俺からしたら青空の方が何倍もカッコいいよ」
明希はオレ以外には中々見分けがつかないぐらいの笑みを浮かべ言った。こんな表情をするくらいだ。本心なんだろうなと思う。それに、明希には見えないからこそきっとそうなんだろうなって思える。
だけど。
夕焼けで朱く染まった道路と長く伸びたオレたちの影。その影も見事な具合の凸凹。随分と急な段差が出来ている。これを見るだけでも現実っていうのがよくわかる。これで影の段差がもうちょっと、いやだいぶ、かなり縮まっていればまだ気も紛らわされたと思うけども。
「ふん……どうだか。明希に言われても、全然、これっぽっちも信憑性が感じられないからなぁ。これがクラスの女子とかだったら信じたかもだけど、さ!」
足元にあった小石をつま先で弾いてやった。からからと軽い音を立てながら転がっていき、やがて、側溝にポチャンと落ちていった。
どこからか聞こえてくるテレビの音、子供がはしゃいでいるのか笑う声も聞こえてくる。住宅街という場所ならではの日常の音。
オレが僻んでもみっちり扱かれてもちょっとばかし神様にお願いをしてみても、いつもと変わらない風景がそこにはあった。
そしてそんな中にいる幼馴染様の明希はやっぱりカッコいい。日常の中でもこういう夕日に染まった姿というのもまたちょっとした効果になっていて絵になるというものだ。ホントうらやましい限りだな!
「ホントの事なんだけどな。俺にとって青空はいつでも――」
明希が何か言いかけた時場違いな突風が吹き途中でかき消されてしまった。しかも目にゴミでも入ったのか咄嗟に目を瞑ってしまう。むずがゆくなりつつもちょっとした惨めさを感じるセリフだろうとは思うが、やはり途中で聞こえなくなってしまっては続きの言葉が気になるというもの。
なので突風も収まったし続きを聞かせろと目を開け声を掛けようとする――。
「……え?」
目を空けた先にあったのはいつもの帰り道じゃない。夕日で染まった道でもない。あいつの顔でもない。
あったのは――。
全く見覚えのない場所だった。
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