あのソラを彩って。 -Over the Fate-

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ぷろろーぐ

ぷろろーぐ 1

 セントリア大陸東部に位置する商業都市イース。そこから出て東へ進んだ先にある樹海。


 薄らと差し込む光は後光の様に輝きちょっとした荘厳さや神聖さを感じられる。きっとコンクリートジャングルの都心で働く社会人がこの場に来たら感動と肺を通して清涼な気を取り込める……そんな気がすると思う、多分。


 かく言うオレも、関東のそこそこ都心よりの学校に通っていたので雑多な人混みや灰色の街並みとは隔絶した雰囲気には圧倒されたもんだ。


 さて、そんなオレなんですけれど、今、命の危機に瀕してます(?)


「青空ちゃん!いまだ!今こそ特訓の成果を見せてみろ!」

「青空ちゃんじゃねぇし!!」

相手にはちゃん付けでいいだろ?それよか前向け前~」

「こちとら心は男の子なんだよっ!!――うわぁっ!!」


 真紅の髪を翻し、鋭い瞳の女性――イオがニヤニヤといじの悪い笑みを浮かべ楽しそうに叫ぶ。本当にムカつく顔だ。いつか一矢報いてやる!とは思いつつも、目の前を過ぎる凶悪な風切音に声を上げてしまった。


 慌ててソレから距離を取り体勢を整える。オレの視線の先には瞳を赤く光らせる狼……いや、狼の様な獣が1匹。ソレから発せられる


 手が震え、心拍数が上がる。口の中がドンドン乾燥していきねばつく。背中には常に冷たい汗が流れ気持ち悪い。少しでも気を抜けば簡単に抜けてしまいそうな足腰。今からでも逃げ出してしまいたいほどの重圧に、胃の中が飛び出してきそうだ。けれど、逃げた先に安全なんてどこにもないことは、この4か月で嫌というほど思い知らされている。

 わかりやすい害意も凍て付く殺意も。目の前にあるハッキリとした脅威は死を想起させるにはあまりにも容易かった。


 出来ればこのまま穏便に、安全に帰宅したい。そしてあったかいシャワーを浴びて柔らかな布団に包まれたい。


「グルゥァァアア!!」


 けれど、そんなオレのささやかな願い虚しく、目の前の獣はそのをより濃く滲ませ迫ってくる。


 さっきコイツが爪を振るったそこそこの太さがある木は半ばまで削られていた。つまり人間の体なんて簡単に裂く事が出来てしまうということ。もし、もしコイツの爪がこのままオレの胴体に当たったら?きっとそのまま上と下で泣き別れてしまうだろう。

 そんな事が想像できてしまうんだ。怖い。怖くて怖くて仕方がない。


 なんでオレがこんな目に。

 なんでオレばっかり死にそうにならないといけないんだ。

 なんでオレはここにいるんだ。


 あまりの世の理不尽に怒りと絶望と悲しみと……あらゆる負の感情が吹き出してくる。


『青空は俺のヒーローだから』


 だと言うのに。


 脳裏に浮かぶのはムカつく幼馴染の笑顔と臭いセリフ。


 オレは地に根を張る様に足腰に力を入れる。逃げたいし怖い、でもオレに大層な幻想を抱くアイツに背を向けるような、これまでの自分を否定する様な事はしたくない。


 何のために今まで頑張ってきた?

 何のために死にそうな思いをしてきた?

 何のために今を生きている?


 オレは。


 目前までに迫る爪を見る。動画をスロー再生させたかのようにゆっくりと迫る爪が、獣の視線が、色の揺らめきがオレにどこを狙っているのかを教えてくれる。


 必要なのは勇気と正しい力の使い方だ。


 今度こそ、踏み出せ。


 過度に恐れるな。


 ここがオレが生き残れるか、旅立つための資格があるかの分水嶺だ。


 覚悟と選択の瞬間、オレはふとここに来る半年前の事を思い出す。




 ☆★☆




「えーであるからして――――」


 カッカッカッ、と黒板にチョークがぶつかる心地の良い音。カサカサ、サッサッ、とノートに板書する音。

 毎日のように聞き続けたそれは、単調なリズムであり、昼食を終えた午後一発目の今には非常に良く効く。徐々に瞼が重くなり、ふとすれば教科書を盾に眠りの世界へ旅経ってしまうではないのだろうかと言う程だ。

 故に、たまには気を利かせて別の音を奏でても良いのではないだろうかと思う。例えば、ロックとか。そうすれば多少はこの睡魔も紛れ、勉学にも集中できるというもの。いや、寧ろ何の曲か気になって集中できないかもしれない。いずれにしろ退屈なのは間違いない。こう興味の引く会話などないものだろうか。


 キーンコーンカーンコーン……。


 結局、全く授業の内容に集中できず終わりを迎えるチャイム。


「えー、今回はここまで。来週にはテストがあるから各自復習しておくように」


 チャイムと共に初老の男性教諭は覇気のない声で言うとさっさと教室を出ていってしまった。授業に対して積極的ではない自分が言うのも何だけど、あんな風にやる気がなく、ただ教科書を読み上げ板書しているだけの授業を行ったところで誰がやる気になるのだろうか。

 ぶっちゃけなら、自身で教科書を読み問題を解けば良いのであって授業を受ける必要なんて皆無だ。

 正直オレ自身こんな感じでまともに授業を受けているのはほぼないぐらいだけど、テストではそれなりの点数を採れている。つまりはそういう事だろう。

 まぁ教師なんてある意味とても過酷な職業だとは思うので、初老の男性ともなればそれこそこれまでの事で擦り切れやる気などどこかへ行ってしまったのかもしれない。多少の同情はあれど、それはオレらとは関係ないだろとも思うけれど。


「いてっ」


 詮無いことを考えているとふと頭に軽い衝撃が走る。急に何なんだと思い顔を上げるとそこには両手に箒を持った幼馴染の姿があった。


「またしょうもない事を考えてただろ。今日は俺と青空が掃除当番だ。さっさと終わらせよう」

「へいへい、わかりましたよーだ」


 幼馴染様はオレの頭を小突いた方の箒を渡すとさっそく机を片付け始めた。

 相変わらず無駄にイケメンな面と無駄に高身長でカッコいいこの幼馴染様はオレの考えてることなどお見通しって感じで腹が立つ。確かにしょうもないことではあるけれど、こう見えても男子高校生だ。少しくらい非日常に憧れる斜に構える高校生を演じてもいいじゃないか。

 幼馴染様にジトっとした目を向ける。切れ長の目にクールな眼差し。きっとその視線は数多の女性の胸を貫く矢の如し。鼻はシュッとしてスマートでやや高め。目に掛かりそうな前髪ではあるものの全体的にすっきりとしていて爽やかさを感じさせる黒髪。大抵の女性であれば包み込めそうな高身長。手足も長いと来た。


 なんだこの完璧イケメンは。


 こんなのが幼馴染ってオレ敗北者ルート一択では?こいつきっとギャルゲーの男主人公だよ。実際中学から今に至るまで沢山の女子からラブなレターを貰っているのを見ている。もうマジビックリするくらいモテるんだよな。オレなんて今までちょっと気持ち悪い悪質な手紙くらいしかもらったことないのに、この格差はなんだと言うのだ。理不尽だ。

 実際、男のオレから見てもカッコいいし、時たま胸がキュッとすることがあるぐらいだし、もしオレが女の子だったらコロッといってた可能性が大だ。ただ、こいつを好きになっちゃうともれなく様々な嫉妬と羨望、それからこいつへのアプローチに対する心配とか、心休まらない日々になるのは想像に難くないため、やっぱりないなとも思う。

 昔はオレよりも身長低かったし、泣き虫だったし、オレがいなきゃなんも出来ないくらいの手間の掛かる弟みたいな感じだったのに……。


 ふと窓に反射した自分の姿を見てみる。


 日本人にしては珍しい透き通る黒髪で太陽の光に翳すと少し青みがかっていてサラサラ。目はアーモンド型で大きめ。鼻は高い方だと思うし整ってはいる。あいつがカッコいいを地で行くイケメンだとすればオレはワンコ系幼馴染って感じだ。

 しかし、幼馴染様との視線の高さを比べてみれば圧倒的に低い。つまり身長が低いということだ。更に手足もシュッとしていて筋肉のきの字も感じられない。寧ろどことなく柔らかそうに見える。男らしさからはかけ離れている。

 つまり全体的に整ってはいるが……整ってはいるのだが……男らしく整っているのではなく、どちらかと言えばボーイッシュな女の子にしか見えない程度に整ってしまっている。


 いやまあね、嬉しいんだよ?整っていないよりはさ、整っている方が断然いいわけで。両親には凄く感謝しているんだ。でもさ、オレも男の子なわけだ。小学生の頃の夢はスーパーヒーローになることだったこともあるほど健全な男の子なわけだよ。

 そんなわけだから中学、高校と年を重ねればもっと男らしさに偏っていくんだろうなと思っていたわけだよ。それが気付けばしっかりとそのまま今日に至ってしまったわけだ。

 方やオレの理想通りにカッコよくなった幼馴染と、方や解釈違いという方向性に伸びていってしまったオレである。

 いやもうほんと。父も兄もめっちゃカッコ良くてイケメンなんだから弟であるオレもそっち寄りになるでしょうが!なんで母さん寄りに全振りして可愛いに吹っ切っていかなきゃいけないわけ?!おかしくない?!神様なぜどして!!ここ最近身長も止まるんじゃないかってくらい年間の伸びが悪くなってきて焦ってきてるんですよ!!知ってる?今年の身体測定で身長0.5cmしか伸びなかったんだよ!!ねぇ!オレまだ高2だよ!!早くない!!?打ち止めになる気配でるの早くない?!!父も兄も175cmオーバーだし、オレも170くらい行ってもいいと思うんですよ!あいつなんて既に180cmだぞ!!20cmオレによこせ!!それでも165で170届かないけどなぁ!!!でもあいつは160cmでオレの方が5cmも高くなるから!!!

 あぁ!叫びたい!!でも人がいる!!!

 仕方ないので溜飲を下げるためにも、オレの身長が伸びないのはアイツがオレの伸びる筈だった身長を吸い取って自分のものにしているからだと思うことにした。いや、きっとそうに違いない。


「早くしないと今日の稽古、間に合わないんじゃないか?」


 気持ち呆れ顔の幼馴染様は腰に手を当てそう言った。本当に何しても様になるから腹立たしい。今すぐ「こいつ昔は泣き虫でいっつもひっつき虫の情けないやつだったんだぜ!」って言って回りたい。

 しかし時間が無いと言うのも事実。今日はこの後合気道の稽古がある日だ。せんせーは普段優しいんだけど時間に遅れたりすると、ちょっと、いや大分稽古がきつくなったりする。なのでちょーっとモヤモヤする気持ちはあるがここはオレが大人になってあげようじゃないか。


「わーかってるよー。ほらさっさと終わらせようぜ」


 重たい腰を上げながらオレも幼馴染様――明希と共に掃除に専念することにする。オレが本気を出したら掃除なんてちゃちゃちゃーとやって終わりよ!早速机をまずは教室の後ろに下げて、と。


「……む、落書きが。たく、子供じゃないんだからこんなことやめろよなぁー」


 そこにはとある先生の悪口とおもしきものが。いや、頭髪の薄さはオレも見ててわかるけどさー、そういうのは書くなとは言わないけど、絶対に見えないところに書いとけよな。なんかちょっと気になっちゃったので消しゴムで消しておいた。








 この時のオレはまだ知らなかった。


 当たり前の日常が当たり前に存在する、それがどれだけ幸運で得難いものだったのか。









 ―――――――――――――――――――――

 A「キャー!ねぇ見た?さっきのコツンてやつ!!」

 B「見た見た!もうマジキュンだよねあれ!!」

 C「ねー!やっぱ青空君と明希君のカップリングやばすぎ!尊い!尊いすぎるよ!!!」

 B「しかもしかもその後のジトっとした青空君の表情……ご馳走様です!」

 ?「わかるわぁー、あれはオレも涎が止まらなかったわ」


 ABC「「「……」」」


 ?「やっぱ青空きゅんの仕草一つ一つが色っぽいというか……こう小動物感?内なる支配欲があふれ出そう」


 ABC「「「……」」」


 ?「いや、もう溢れ出ちまってるな……オレも漢だ。こうなったら今すぐにでも青空きゅんの元へ――」


 ABC「「「汚物は消毒!!!」」」

 ?「ぐわぁぁあああ!!!」


 こうして一人の生徒の貞操は守られたのだった。








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