一章 運命の始まり

1話 俺の街ではない

「……は?え?……どこ?」


 道の真ん中、人の往来の中で青空は呟く。


 道の真ん中で立ったっている青空に訝し気な視線を向ける者がいるが、当の青空は、あまりにも突飛な出来事に驚愕と不安、その他諸々がごちゃ混ぜになった様な珍妙な表情をし固まっていた。

 未だ混乱の中にありながらも、数秒してようやく首と視線は動かせるようになった。

あっちを見てもこっちを見ても、どこを見ても、青空が日常としていたものとは大きく異なっていた。


 まずは街並みだ。


 例えば道だが、現代と言えばアスファルトというイメージが強くどこを見ても灰色もしくは黒の道が舗装され敷かれている。そしてその上を人や車両が行きかう。大体どこを見てもあるもの、それが道でありアスファルトだ。しかしどういうわけかここにはそのアスファルトが無かった。

 青空の足に伝わる感触としては、兎に角硬い。アスファルトも硬いのだが、硬さの質感が全く違うのだ。例えるならそう、コンクリートを踏んでいるような感触に近いだろう。そしてその謎物質がアスファルトに変わり舗装されている。とは言え、正直これだけでは日本のどこか、もしくは海外でもあり得ると言ったところだろう。いずれにせよ、青空の周りには馴染みの無いものだ。


 次に人だ。


 これこそが日本どころか地球では無いのではと感じる最大の原因なのだが……。


 青空はキョロキョロと動かしていた視線のターゲットを、往来を歩く人の群れに合わせる。普通に二足歩行。顔も日本人というより、彫りが深く、どちらかと言えばヨーロッパやアメリカ辺りに多く居そうな感じ。全員ではないが、服も現代のファッションからは外れているようであり、機動系重視というのだろうか、ファンタジー系の設定資料集で見そうなものを着ている人も多々見られた。

 だが、数点おかしなところがあるのだ。ここまでならまだコスプレイヤーという線が捨てきれない。大きなイベントが行われてる海外にでも行ってしまったのかもしれないと信じることが出来たかもしれない。


 青空の視線は頭と尻に向かった。


「猫耳……。尻尾……。ふさふさ……。もふもふ……」



 そう、耳と尻尾である。





 耳と、尻尾、である。





 本来人の体にあるべき場所にはなく、人の体にはありえない部位が彼らにはあった。猫耳から犬耳……。果てにはなんの動物のものかはわからない獣耳。そして獣耳のあるものには尻尾もプレゼントである。

 軽度なケモナーにとっては大盤振る舞いなテンプレ要素に大歓喜なことも、青空にはここが地球では無いことを実感させるには充分であった。


 因みに、耳と尻尾だけではなく角やら翼が生えている者だったり、身長がやたらと低い者だったりやたらデカイ者だったり、何だったらケモノ方面に寄り過ぎているのかモンスターか?と疑うような者がいたり多種多様である。


 他にも髪の色が奇抜であったり、腰には剣や、背中には槍やら斧やらと何かと物々しい装いの者もいる。一般日本人を自負していた青空は、銃刀法違反は何処へ行った!と叫びたくなる衝動に駆られた。


「え、何?ここどこ?ファンタジー?異世界?夢?」


 未だに確証は持てず、心の端では超超巨大なコスプレイベントでは?と思っている青空だが、それにしてはあまりに巨大過ぎるイベント故にここが普通では無いどこかであるとしか思えなかった。

 それに、鼻から抜ける様々な臭いが混ざった空気、生ぬるい風、肌をじりじりと焼くような日差し、やたらと乾く口の中。じっとりとしめってくる両手。不安と混乱により早くなる鼓動と気持ち悪さ。全てがリアルに感じられていた。それらはつまり、今自分はここに「生きている」という事を実感させるには十分過ぎた。


 ふと、青空は空が恋しくなり顔を上げる。


 そこには真っ青なお空があり、青空を温かく出迎えてくれた。なぜかは良く思い出せないが、やたらと空が懐かしく感じていた。

 やはり空は空。代わり映えのなさはどこにいても一緒なのかもしれない。故にこの慌ただしく動く心には良い鎮静剤となる。


 なるのだが――。


「…………はっ??」


 青空の心はまたしても大きく揺さぶられる。折角多少は落ち着き、いつもの冷静沈着を見せかけていたあの頃へ戻りかけていたと言うのに、空に浮かぶある物を視線に収めてしまったことでそれは簡単に崩されてしまった。


「……船?」


 空に浮かぶ船。


 本来は水の上を動く筈の船が空を渡っているではないか。多少は本来の船の形から離れているとはいえ、どっからどう見ても船としか言い様がない。

 空に浮かぶモノと言えば現代でも見た事のある青空ではあったが、それは飛行機というものであり、現代人としてはそれなりに必須の交通手段として使われていた程だ。青空本人も家族旅行などで数回利用している。だが、こと空を浮かぶ船というのは見たことがない。何処かの陰謀の多い国では開発しているのかもしれないが、少なくともメディアでは見たことはない。


「これが本当のソラ〇ネ……」


 青空の感情は物の見事にオーバーフローしてしまい世間でも割と有名なタイトルを口にしてしまう。カラオケでもそれなりにお世話になっただけに思わず口ずさんでしまいそうになるが、存在を消されかねないためなんとか自重する。


「何が……。なんだか……」


 青空はボーッと空を漂う船を見上げながら呟く。


 今までは普通の高校生を自負していた。普通に学校に通い、普通に学び、普通に趣味を楽しむ。幼馴染への多少の嫉妬や僻みなどはあるものの大抵の者が感じたことがある程度の自然な感情であり、どこぞのラノベ主人公のような奇天烈ビックリ人生や背景などない。強いて言えば合気道の先生がめちゃくちゃとんでもない人でその教え子だってことと、やたらと、それとギャルゲ主人公のような幼馴染がいるくらいだ。多少の特別感はありつつも、ある程度は普通だったのだ。

 今までがそうであるように、これからもそうである筈だったのに、気付けば異世界らしきところへトリップときたものだ。

少なくとも青空のキャパシティには収まりきらず、こうして呆然としてしまうくらいにはイレギュラーであった。


 異世界。


 青空も数多くの夢想をしたものである。


 異世界でファンタジーな世界、自分がその世界に行ったのなら剣を持ち、魔法を放ち、血のにじむ様な修行の末か、チート能力によって敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げをし、オレTUEEEEをするというテンプレ的なものを幾度も幾度も夢想した。男ならば1度は最強たる己を思い浮かべニヤニヤすることだろう。そして自分は今その世界に居るというのだが……。


 青空は視線を落とし自身の体を見る。


 華奢で小柄な体躯、小さくてぷにぷにしてそうな可愛らしいお手手。無骨な剣や槍などを持って戦うには、どう見ても頼りない。無理して持とうものなら、武器に振り回されその場でトリプルアクセルくらいは余裕でかましそうだ。

 ここが魔物とかそういったものと戦う世界だと言うのなら即座に瞬コロ間違いなしである。R-18的な感じで行くのなら、ファンタジー最弱と名高いスライムやゴブリン相手にあんなことやこんなこと……。それはもうピンクなことが起きるに違いない。そんなこと起きようものなら全裸待機大きいお兄さん達大集合である。


(……っ!むりむりむり!なんでそんなこと考えた!オレのバカバカバカ!)


 青空は顔を青ざめさせブンブンと頭を振る。凌辱ENDなんて救いがなさすぎる。青空が好きなエンディングはやはりハッピーエンドであり、バッドエンドはお呼びではない。

 最近はNTRが流行っているのかそういう広告や作品がとあるSNSで良く流れており、かくいう青空も「これも後学のため……」と嫌よ嫌よと思いながらチラッとのぞき、結果胸中がもやもやだらけで陰鬱と過ごすはめになったこともままある。そしてそれが現実にもし自分の身に降りかかったら……。もやもやどころではない。嫌なことを考えてしまった、と青空は再度自身の心を浄化すべく空を見上げる。


 この数分で一体何度空を見上げたことだろうか。人は嫌なことがあったり、混乱してしまった時には空を見上げるというが、全くもってその通りだなと実感していた。空を渡る船を見た後だしこれ以上感情や思考がオーバーフローを起こす事はないだろう。


 数分か、数十分か、少々気持ちの動揺が落ち着いたというか、寧ろ一周回って冷静になった青空は腕を組み目を伏せ現状について考え出す。


(あー、これってあれかな。本当に異世界なのかな?いや、でも異世界転移?転生?ってそんなん現実にあるわけないよなぁ……。てことはやっぱり夢?嫌に現実感があるけれど、まぁそうだよな、夢だよな、超リアルな夢だよな……。そう言えばここに来る?前に何かあった気がするけどなんだっけ――)


 そこまで考えた時、青空の体に大きな衝撃が走りよろけてしまう。うわわっと慌てて態勢を整えた青空は自身の体に衝撃を与えた存在、つまりはぶつかってきたものに対しキッと鋭い視線を向ける。今までのこととか思考の最中に予想外の邪魔をされたことからつい睨むような表情をしてしまった。


 『そうだ、この怒りを今ぶつかってきたどこかの誰かにぶつけてやろう』


(散々な目にあったのだから多少誰かに八つ当たりしたところで罰も当たらないだろう。それにこれって夢だし?夢だったら自分の思い通りに出来るのが道理だし?ここは一つ思いっきり怒って少しでも有意義な夢に――。


「ッスゾ!!くぇあsdzxcコクロ!!」

「ひゃいっ!?しゅ、しゅみまっ……しゅみましぇんっ!!」


 青空の視線の先にいたのは屈強な肉の鎧を纏ったいかついおじさんであった。しかも何か言葉を発しているのはわかるが、明らかに日本語ではないため何を言っているのかわからない。しかし、雰囲気的には「こんなところでつったってんじゃねぇ!クソガキィ!!」と言った感じの激しい言葉であることは間違いなさそうである。

 一般人を自負する青空は最初の気概も虚しく涙目になりながら反射0.5秒で謝り道を譲ると、いかついおじさんは唾をペッと吐き出しずんずんと進んでいった。どうやら許されたようである。


(うぅっ……。こわっ、怖い!あの目絶対何人かヤっちゃってるよ……。ごめんなさい、関係のない人に怒ろうとしてごめんなさい……)


 やっぱり関係のない人に怒りをぶつけようとすることはいけないことだったのだ、と青空は再認識するのだった。夢と言えどもそこも現実的だったようだ。


「あぅ……。一体何だってんだよ。マジでここどこだよ。夢の中だって言うのに何もかもわからな過ぎて嫌になっちゃうよ、もおぉぉぉぉぉ……」


 流石に往来のど真ん中で色々考え込むのは邪魔になると学んだ青空は人があまり歩いていない道路の端の方へ行き再度頭を抱え始めた。


 異世界転移?異世界転生?どちらでも構わないが、妄想するのはとても簡単である。先の通り、壮大な物語があらかじめ用意されており、そのレールに沿ってキャラクター達は動くのだから。勿論、そのキャラクター達にも性格や気質があり、その時々の状況や選択を自らの意思で決めてはいるのだろうが、所詮は物語だ。


 だがしかしそれが現実となればどうだろうか。


 想像してみて欲しい。


 全く知らない土地。普通ではない風景。何の道しるべもない。当然知り合いの一人もそばにいない。準備が全く出来ていない状況で一体何が出来るだろうか。

 コミュ力があり、度胸があり、順応性の高い人間であればそこらの話しかけやすそうな人に声を掛けたり、はたまた人が集まっていそうな建物を探したりなど行動することが出来るだろう。しかしだ、青空はそのどちらでもない。というか、そもそもそれが普通だろう。特に日本人は海外に比べ内向的な部類だ。生粋の日本人である青空も日本人らしさをしっかりと引き継いでいる。

 さっきの様に筋骨隆々でこわーいお兄さんもいるし、そもそも自分の使う日本語が通じるとは限らないのだ。そんなところですぐに行動など出来る筈もない。


 未知は恐怖だ。


 青空は再度視線を下に向ける。


 今の青空にあるのは小さく柔らかそうな両のお手手。そして異世界転移?転生?前に着ていたであろう制服だけ。ポケットの中には何も入っていない。まさに着の身着のままとはこのことだろう。


「はぁ……。オレ、このままどうなるんだろう。何すりゃいいのかわからないし……。てかどうしたらいいんだよ……。うっ、なんか泣きそう……」


 青空はじんわりと目頭に熱を感じ、ますます陰鬱な気持ちになった。

誰もいない、1人、言葉もわからない、何をしたら良いかわからない、どうしていいかわからない。


 わからない、わからない、わからない、わからない、何もわからない。


 周囲の声が、様々な音が、不協和音のようにノイズとして耳をつく。その度に耳の奥でガンガンと鳴り響き世界が歪んでいく。


「お父さん……。お母さん……」


 いない。


「兄ちゃん……。義姉さん……」


 いない。


「……あきぃ」


 いない。


 青空にとっての大切な人たちは誰もいない。孤独と見知らぬ土地と人々。調和の中にいる自分という異物感。地面が、壁が、人が、ドンドンと大きくなっていき、自分を押し潰してしまうのではないかという圧迫感が胸を締め付ける。


「はっ、はっ、はっ!」


 浅い呼吸を繰り返しながら胸元に手を当て蹲る。苦しい。心臓が激しく鼓動しその音が耳元で鳴っているかのように感じるほど。もはやその心音でさえ青空の冷静さを奪う一因になった。

 これ以上呼吸することも出来ない、そうして苦しみの中、青空の世界はぐるりと回った。世界の輪郭が波のようにうねって、色だけが妙に鮮やかに浮き上がって見えた。自分でも何が起きたのかわからないままに視界が暗くなりやがてそのまま倒れ込んでしまった。


 青空の視界が暗くなる直前。


 夢現の中、自身に伸びる手と「赤」を見た気がした。

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