5話
「ただいまー」
「あん?ソラか、おかえり」
ひと悶着あったものの、あれから無事各種おつかいを済ませたのでイオの待つ家に帰ってきた。ドアを開け帰りを知らせるとそこにはイオが相変わらず目つきの悪い目でこちらを見る。ついでに、日本語の時はわからなかったけれど、セントリア公用語でのイオはその見た目通りの粗暴な言い方をしていた。
なんかその見た目とか話し方とかだけ見るとどこの姉御だよと言いたくなるんだけれど、見た目に反して中身はすっごいお人好しっていうか。口は悪いけれど、とても面倒見が良いお姉さんだ。
だってオレみたいな見ず知らずの他人を引き取って、あれこれ教えてくれて、生活費とかも払ってもらってて、しかも裏では明希の情報が無いか色々探してくれている。
さらに!オレの旅をするに適したレベルになったら当分一緒について来てくれるというんだ。これが姉御と言わずして誰が姉御と言うんだ。正に至れり尽くせりとはこのこと……。そしてオレは今のところヒモ……。
「……?どした?変な顔して」
「あ、いや……。なんか唐突に自己嫌悪が……」
イオは呆れ顔をしながらも、どこか嬉しそうだ。
「ったく。相変わらず女々しいな。あ、今は女だから女々しくて当然か」
「誰が女か!!まだ心は男だいっ!!」
ガルルルルル。
ちょっと油断をするとこれだ。イオは事あるごとにオレに女であることを意識させようとしてくる。いや、ま、生活をしていく以上、至る所で女になっちゃったんだなと感じる場面はあるんだけれども。主にお風呂とかトイレとか。既に3か月はこの体で過ごしているとは言え、やはりふとした拍子に女である事実を見せつけられるとこれまたドキッとしてしまう。
因みにイオには俺が元男であることはしっかり説明している。この世界に来る前には男子学生で割とモテモテのいけてる男子だったんだぜ?って。けど、何故か全然信じてもらえなかった。げせぬ。とは言え、あまりにも女性としての常識が欠如しているオレに対し思うところはあったのだろう。今はもしかしたら男の子だった説ある?ぐらいには信じてくれていて、幼子に教えるかのように女性の体について色々教えて貰っていたりする。
初めのうちはかなり気恥ずかしさもあったけれど、流石に自身の体のことだ、今じゃある程度は受入慣れてはきたのだけれど。
はっはっはっ、と笑うイオをジロリと睨みながらも、オレは買ってきたものを所定の位置へしまっていく。
普段であればこの後に座学としてセントリア公用語の授業やこの辺の地理、歴史、一般常識なんかについて学ぶんだけれど、思いのほかそれらのことはすんなりと理解できてしまったので、最近はその辺の授業もめっきり少なくなった。その代わり、肉体的なトレーニングは多くなったのだけれど。
「さて、じゃ今日も訓練といきますか、お嬢さん?」
「誰がお嬢さんだっ!!おう、おう、やってやろうじゃんか!今日こそ転がすっ!!」
場所は変わり家の裏手の少し広い庭。少しぐらい暴れても大丈夫なように地面や柵、外壁には補強がされている。流石にイオが本気で暴れるとこれらは全く意味のないものになるみたいだけれど、子供が訓練する分には十分らしい。
訓練。それは対人もそうだけれど、一番は魔物との戦闘だ。旅に出るということは街の外に出るということで、安全圏から出てしまうことを意味する。安全圏外には魔物が跋扈しており、ちょっとでも油断しようものなら即座に襲われてしまう。
そのため、旅をするのであれば戦闘技術か、徹底的に逃げ生き延びる術を学べと口酸っぱく言われている今日この頃である。
オレは動きやすい格好に着替え、軽くストレッチをする。対してイオは普段通りの装いでこれから体を動かすという雰囲気は全くない。
ふむ、いつもそんな感じだけれど、今日はいつにもましてやる気がないと言うか……。一通りウォーミングアップを終えたのを見計らったかのようにイオが声を上げる。
「じゃあ今日はこいつだな」
そう言うとイオは右手を前に翳す。
次の瞬間「ゴォッ」という低い燃焼音とともに炎が形を成し――犬になった。オレンジ色のそれはメラメラと燃え凄く熱そうだ。
「はぇ??」
何か出てきましたケド?え、これもしかして魔術ってやつ?今まで教えて貰っていた単なる現象とかとは違うというか……。魔術の中には召喚魔術なるものもあるし、そういうやつかな。
「今までは基礎のトレーニングと対人戦についてレクチャーしたが、正直ソラに関しては対人能力はほぼ完成していると言っていい。そのアイキドウてやつも良くできているし、何より目が言い。だからそこは旅をしながらでも十分だ」
「え……。いやでも、オレ一回もイオを倒せてないけれど」
イオにそれなりの評価をしてもらえたけれど、実のところ白星は一度も取れていない。確かにオレの目はちょっと、いやかなり良い方だ。具体的に言えば動いてる電車の中の人の顔を認識したり電光掲示板とかも読めてしまうレベル。つまり動体視力がとんでもなく良い。これは日本にいた時にセンセーにも言われたことだ。きっとこれは才能のうちの一つなんだろう。ほんとはもう一つ人とは違うものがあるけれど……。まぁそれはいいや。
とにかく、オレの目は良い。だから大体の動きは見てから対処できる。けれど、目に慣れ過ぎてしまっているためか、体が追い付かないこともしばしば……。
そういう意味では対人戦においても全く及第点貰えるレベルじゃないと思うんだけれど……。そんなオレの釈然としない様子に、イオは軽くため息を吐いてオレのおでこを指でぐりぐりし始める。
「まずだ、ソラ。お前は自分の能力を過小評価しすぎだ。お前の前にいるのは相当な実力者。アタシが自分で言うのも何だが、世界の上澄みって言ってもいいレベルだ。そんなやつを相手に白星取ろうなんて100年早いわ」
「ぐわぁぁぁ、頭が揺れるぅぅぅ……」
「伝わるか微妙だけど言うぞ。ソラの対人能力はかなり上の方だ。魔術や異能……。それこそ
だったら後は外に出た時の対処、つまりは魔物との戦闘訓練した方が圧倒的に良いに決まってんだろ」
「ふひゃっ!!」
イオが勢いよく指でオレの頭を押すもんだから変な声を上げながら尻餅をついてしまった。地味におでこが痛い……。
「わかったか?とにかく、今日から出発までは魔物向けの戦闘訓練だ。最低限の対処ができなきゃそれこそすぐにお陀仏だ。死にたくないなら、アキに会いたいってんなら死ぬ気でやれ」
「……む、言われなくたって!!」
そうだ。明希を見つけるためにも、とにかくオレは強くならなきゃいけない。戦闘においてとてつもない先輩のイオがそう言っているんだから従うべきだろう。
焦る気持ちはまだまだある。でもそれ以上に焦って死んだらそこまでだ。明希もあれで中々しぶといやつだし、仮に同じくこの世界に迷い込んでいたとしても、きっと生き延びてくれているだろうし、何よりあいつはあいつでオレの事を捜してくれている筈だ。
「はっ、いい顔になったじゃんか」
そう言うとイオはニヤッと口角を上げた。相変わらず凶悪な顔でひょっとしたら逃げ出す人もいるんじゃないかって感じだけれど、これでもオレのことを心底思って自信を付けてくれたんだろう。
ホント、何から何まで頭が上がらない。この世界における
とは言え。
「あの、そこでなんだけれどさ。今日の訓練てもしかしてこの炎の犬と戦闘とかってオチ?」
「あん?そうに決まってんだろ。人型の魔物なんてこの辺じゃ出現しねぇし、寧ろそれならソラのアイキドウがあれば十分だろ」
「ヴ……。まぁ、そうかも、だけれど」
「だろ?だったらまずは最もポピュラーな犬型の魔物を想定した戦闘の方が効率的ってもんだ」
おーよしよしよし、とイオは炎で出来た犬の頭を撫でている。
あの、近くにいるだけで熱気を感じるのに触れるのは如何に……。
「さて、それじゃ早速と行きたいところだが、流石に魔物相手に素手って言うのはかなり無茶苦茶だ。それこそ守りの拳じゃ分が悪いにもほどがある。故に、ソラには武器を扱ってもらう」
「ぶ、武器?それって剣とか弓とか?」
「弓ってまた原始的な……。とは言えまぁそうだな、そのイメージでいい」
「で、でもオレ武器って言う武器使ったことないし……」
「ま、そのなりじゃそうだよな。剣を持つにしても振り回されそうだし、かと言って短剣を扱うには身体能力的にもリーチが厳しい。じゃあ魔導銃がいいかって言われるとコスパ悪いし今のソラじゃマイナス収支、つか、そもそもしっかり訓練受けなきゃまず当てることすら無理だろうな。じゃあ何が使えるんだって話だが……」
……なんか事実その通りなんですけれどもここまでぼろくそ言われると悲しくなってくる。はい、まぁ?剣なんてもん持てるかって言ったら無理ですけれど?一回センセーの道場にあった真剣持たせてもらったことあるんだけれど、重くて持ち上げるので精一杯だった。そんなんで振り回せるかって言ったら、寧ろ振り回されるわっていう。それ以外にしてもそう、概ね仰る通りです、はい……。
ファンタジーって言ったら剣と魔法ってイメージなんだけれど、現実普通の高校生が剣なんてもん持てるわけないやん。もうただの筋トレ用の道具でしかないわ。特に今のこの体になってからは訓練したからと言って持てるようになるビジョンの欠片も見えませんけれども、ハッハッハッ……。はぁ……。
あ、魔法に関しては存在はするがそもそも扱える人自体が稀らしく、この辺では使える人は全くいないらしい。魔術に関しては、多くの人が当たり前のように使える一般的な技術・学問ではあるものの、しっかりと学ばなければ使用は難しい。一応、並行でイオから基本的な魔術を教えて貰っているんだけれど、魔力っていうのがいまいち掴めず使用できるまでに至っていない。
イオ曰く、少し心もとないが魔力はあるとのことなんだけれど、自身で感じ取れるようにならなければ、いくら魔術言語を学ぼうが、魔導具を使用しようが、魔術を使用するには至れないらしい。やっぱり現実は厳しかった……。
「そういやソラってチキュウにいた頃センセーとやらにアイキドウ習ってたんだろ?その際にこう、何か武器の扱いとか習わなかったのか?」
「うーん……」
メインで習っていたのは合気道で、一応刀や青龍刀などの持ち方についてはレクチャーは受けている。けれど、さっきの通り、基礎的な筋力が足りなく使用できるまでには至っていないので、どんな練習法があるとか、どんな型があるとかまでは教えて貰っていない。
弓も扱ってみたけれど、あの時は何とか撃つまではいけたが命中率は中の下。使えなくはないし練習すれば……。と言う気もするけれど、今の体格では難しいと言わざるを得ない。
何か他に実戦でも使えそうな武器、武器~。そうやって考えていた時、ふと一つだけ思い浮かぶものがあった。
「あ……。棒術」
「棒術?」
そう、棒術だ。合気道の延長戦上で習っていたソレは棒術や杖術。どちらも合気道の柔と相手の力を利用する技術で、比較的軽いし今の体格でも問題なく扱えるはず。
ただ、棒術が魔物相手に効果的かと言われると未知数なんだけれど……。イオの顔を覗き込む。
「ふーん、棒術か……。確かに、ソラのアイキドウと併せればシナジーを得られるな……。寧ろソラみたいに力が弱くても相手の力を比較的安全に利用できるってなれば十分すぎるくらいだな」
イオは言うが早いか、訓練相手?の犬をその場に放置し、ピューとどこかに行ってしまった。ここに残されたのはオレと炎のわんちゃんだけだ。
「あの、イオさん?どうしてこの犬置いてちゃったんですか?なんか熱気凄いんですケード!」
ちょっとの気まずさと、心なしか炎の犬も飼い主に置いてかれたことに悲しそうにしているように見えた……。気がする。
=== TIPS ===
・魔法1
魔術とは違った別の法則に基づいて事象を引き起こす技術。
使い手は非常に稀で、少なくともイース周辺にはいないようだ。
・魔術1
魔法とは全く別物。
魔術言語、魔術式を理解すれば概ね誰でも利用できる技術。
但し前提として魔力を持ち、魔力を理解できていなければ使用はできない。
多くの一般人レベルでも使用可能な程、世に浸透している技術。
・イオの召喚した犬
オレンジの炎で出来ていてとてもあちあち。
普通に触ると火傷しそうである。
青空にとってその炎の犬は魔術による召喚であると思っている。
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