6話

「悪い悪い、待たせたな」


 あちあちのわんちゃんと若干距離を取ったまま睨み合って数分、ほどなくしてイオは一本の棒を持って帰ってきた。


「ほんとにね、急にいなくなったかと思えば」

「まぁまぁ、さっき棒術ならってつってたろ?だから――」

「わっ!」


 そう言うとイオは手に持っていた棒を投げ渡して来た。唐突に投げ渡されるものだから、落とさない様にと抱きしめるようにして受け取る。

 まったく、そんな離れた距離にいるのわけでも無いんだから手渡しすれば良いというのに。この距離ですら面倒くさいとでも言うのだろうか。このものぐさめ!とちょっと睨んでみるも、イオはハッハッハッと笑うだけ。


 手元の棒を見てみると多少の装飾はあるものの全体的にはシンプルなデザイン。長さも150cm程度だろうか。オレの身長より少し大きい程度で、日本の道場で使用していたものと同じくらいだ。軽く振り回してみると軽く、とても扱いやすい。

 素材は何だろう?ただの木製……、とも思えない。やはりここは異世界あるある不思議材質でできているのだろうか。

 何にしても、とても扱いやすく手に馴染む感じだ。


「ふむふむ、アタシはあんまり棒術には明るくないんだが、まぁ、見たところいい感じそうだな」


 イオもそんなオレの様子を見て、うんうんと頷いている。


「いい感じもなにも……。ピッタリって言うか……。てか、これ高かったんじゃないのか?どう見ても普通の木の棒って感じじゃないんだけど」


 肌触りと言い、軽さと言い、何よりも簡単には折れなさそうな感触、少なくともそこらで売っている様な安物では無さそうな雰囲気だ。貰えるものは貰う主義ではあるけれど、流石に高いと分かっている物を「せんきゅーなー」と受け取れるほど図太くもないわけで……。


「んー?まーそだなぁ、それなりの値段じゃね?とだけ言っておく。とは言え、アタシも実際に払ったわけじゃ無い。どっかの依頼達成時の報酬で貰ったもんで、流石に売るのは忍びないし、けど使うにしてもアタシには必要ないしで……。そこで使えそうな奴が出てきたから譲った、ただそれだけさ。埃被るよりはマシだろ?」


 イオは最もらしい事を言って笑う。

 確かに使わないし売れもしないのであれば使える人に託す、それが1番なのかもしれない。真偽の沙汰はわからないけれど、少なくともイオにから、オレが負担に思わない様にとそんな気遣いが見える気がした。


 ほんと、ここに来てからは世話になりっぱなしだ。


「ありがと……なら、沢山使わせてもらうさ!」

「おう!そうしとけ!道具なんて使われてなんぼだからなっ!」


 明希を見つける、そのためにはオレ自身がもっと強くならなきゃいけない。


 オレは決意を改め、棒を強く握り構える。


「いいねぇ、やる気満々じゃん?」

「当たり前だろ?こんだけお膳立てされてるんだからさ」

「ちげぇねぇ。なら、早速やるぞ。流石にワンちゃんも待てが限界みたいだからな」


 イオがそう言うと、今まで散々放置された炎のワンちゃんはやっと出番だ!とばかりに尻尾をブンブンと振りやる気に満ち溢れている……。と言うか戯れて貰えると嬉しそうにしている様にも見える。


「さておさらいだ。魔物と言えば様々な種類がいる。獣型、人型、植物型、海洋型……。まぁ本当に沢山だ。その中でもこの近辺では獣型が特に多い。コネクションのアームズ初心者向けの依頼に出ているのもこの辺のやつだな。だからこそ、まずは犬型の獣を想定したコイツと戦ってもらう。何、基本は対人と同じだ。よく観察して、動きを読んで対処する。慣れてきたら打って出るそれだけさ。特にお前の眼はだ。うまく活かしてみろ――。さぁ、いけ」


 言うや否や、イオが炎の犬をけしかける。


 炎の犬は待ってました!と早速こっちに向かってくる。その勢いは思ったよりも全然早い。オレは構えてはいたものの、やはり獣は獣。初めての人以外との立ち合いに反応が遅れてしまう。

 人相手ならば、多少の遅れがあろうとも体が反応して投げ飛ばす事ができる。けど、相手は四足歩行の獣。どう力を流せば良いかわからない、だからこそ普段と同じ様に投げ飛ばすなんて事は出来ず、振るわれた爪を棒で受けてしまう。


「う、わわっ!」


 体長は70cm程度、しば犬の成犬程度の大きさ。体重もそこまでは無いんだろうけど、思った以上の衝撃にバランスを崩し転びそうになる。

 何とか踏ん張り構え直すも、炎の犬は「ふっ、情けない」とでも言いた気な、何とも腹の立つ表情をしている……。こいつ。


「おいおいソラ。そんなんじゃ実戦ですぐに喰われちまうぞ?」

「む、わかってるよ!今のは油断しただけだし!」

「そうかい?お節介ついでだ。おまえが感じた様に人と獣の重心は違う。勿論安定性もだ。普段の投げは難しいと思え。力の方向性を意識しろ。おまえならそれを流すことくらいはできるだろ?」


 イオの挑発的な笑みにイラッとしながらも、オレは集中する。


 炎の犬がまた突っ込んでくるのを、アドバイスに従い、しっかりと観察する。ゆったりと流れる時の中、炎の犬の動きを捉える。体の向き、足の動き、炎のゆらめき。通常の犬とはだいぶ違うが、それでもどこを狙い、どこの部位に力を込めていかがわかる。


 犬の片前足に乗った力の流れが“線のように”見えた。


「ここだ……!」


 なら――。オレは、炎の犬の勢いに逆らわず、今度こそ合わせる。鋭い爪を棒に這わせ、その勢いそのままに後方へ受け流す!


「……できた!」


 胸の奥が熱くなる。やっと異世界でも戦える一歩を踏み出せた気がして――。その瞬間、世界はひっくり返った。

 唐突に後ろからの衝撃に耐えることができず肺から空気が漏れ出る。ついでに中々の勢いで地面に突撃してしまい、遅れて顔面と背中の痛みに悶絶する。


 い、一体何が……。


「馬鹿タレ。止めもさしてない内に戦闘体制を解くやつがいるか。そういうところが油断だっつってんだよ。残念ながら今のでおまえはソイツの胃袋行き確定な」

「あぐぅぅわぁぁぁ、背中も顔面も痛いぃぃ……」


 思いの外な痛みに涙が止まらない。おかげで前なんか見えないんだけれど、イオの呆れた表情だけはやけにハッキリとイメージできた。

 確かに、あくまで今のは流しただけ。炎の犬からしても「あれ?手応えなし。でも次の攻撃すればいっか!」で済むわけだ。つまり攻撃とは一回で終わらない。ターン制のゲームの様なおまえの行動終わったから次オレな!みたいな事はないわけで、相手の態勢さえ整えばすぐにでも次の行動にうつる。

 それは対人であれば当たり前のことの様に理解しできていた事なのに……。どこかでやっぱりここは日本と同じなんて甘えた事を考えていたんだろう。

 明らかにこれはオレの認識の甘さと油断に他ならない。


 いまだに痛む顔面を顰めながらも立ち上がり目元を擦る。こちとら体は変わったにしろ日本男児だ。いつまでも泣いてるわけにはいかないし、というか泣いてないし、汗だし。


 今度は油断しない。

 棒を構え目の前のにっくき犬っころを睨む。


「やっとそれらしい顔になったな?そうだぜ?ここはおまえの居た世界と違う。戦えば誰か死ぬ可能性がある。それが普通だ。だからまず覚えろ。油断一回=死だ。こいつは何の訓練だ?そりゃ死なないための訓練だ。そいつを念頭にドンドンいくぞ」

「……最初からそのつもりだし」

「へぇへぇ、相変わらずそういうとこは男の子って感じだよな、今は女の子だけど」

「元から男だよ!最後の一言は余計だ!頭きた!いいよ!やってやんよ!おい、犬!今からボコボコのぎったんぎったんにしてやるからな!!」


 ——知らなかった。


 獣と戦うって、こんなにも怖くて、容赦ないんだって。でも、負けたままじゃ終われない。次は、絶対に勝つ。


 こんなところで躓いていたらどれだけ時間があっても足りない。


 全ては元の世界に帰るために。そして明希を見つけるために。










 尻に走った熱が皮膚を刺す。


「ひゃんっ!!?尻、尻が焼けるって!?」

「言ったそばから……。獣には手足、牙、尻尾……人間と同じと思うなっつったろ」

「尻尾で攻撃なんか想像できるか!てか、熱すぎるんですけど!火傷する!」

「そりゃおまえ、炎の犬だからなぁ」




=== TIPS ===


・魔物1

 魔物は世界を脅かす人類における絶対的な悪であり。天敵。

 魔物には様々な種類があり、現在判明しているだけでも獣型、鳥型、人型、植物型、海洋型、

 エレメント型などがいる。

 基本的に人類に対し敵対的であり、非常に残忍である。

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