4話
「待て!」
はっはっ、と短く荒い呼吸をしながら走る影とそれを追いかける一人の青年の姿があった。荒い呼吸をしている影、フードを目深に被った人物は走るために障害となる人波を手で押しのけながら進む。
フードの人物の必死な様子と押しのけられ、つんのめったり、転んでしまう者もいることから徐々に商店街に喧噪が広がっていく。
一方青年は呼吸こそ荒くはないが人を避けて進むのに四苦八苦しているようで、中々フードの人物との距離が縮まらない。ぶつかりそうになる度に「すみません」「ちょっと通ります」と声を掛けながら進む青年の顔には苦々しい表情が浮かんでいる。
失敗した。
フードの人物の後ろ姿を追いかけながら、青年は数分前の事を思い返す。
事の発端は携帯端末―AGE―で手頃な依頼はないかと探すところから始まる。青年はお金に対して困っているわけではなかったが、別途受けている依頼まで少し期日もあるため、暇つぶしとたまのボランティアを兼ねて依頼でも受けようかと思い画面とにらめっこをしていた。
「んー、連続ひったくり犯の逮捕協力依頼か……。多分間に合うけどどうしよ」
依頼の内容的にはよくある軽犯罪の協力依頼だった。ひったくり犯を捕まえること自体はそんなに難しくないだろうが、問題はそのひったくり犯がまたすぐに犯罪を犯すのかということと、ひったくり犯の情報を集め対象の人物を特定することが出来るのか、と言う話だ。
今受けている依頼の開始は約1か月後。それまでに間に合うかと言うとかなり微妙なところなため、依頼を受けじっくりと対応することは不可能そうだなと勘定した。
そこまで考え別の依頼でも受けるか、と画面を操作している時だった、突如女性の甲高い悲鳴が鳴り響いた。
青年は声のした方へ顔を向けるとフードを目深に被った人が女性から鞄をひったくり走り去っていくところだった。目の前で犯罪が行われているのだから、流石にAGEで依頼漁りをしている場合ではない。
「大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です!それよりあの鞄の中に……!!!」
「大事なものがあるんですね?わかりました取り返してきますのでここで待っていてください。念のため、コネクションに被害申請だけお願いします。依頼料は無しで結構ですので」
女性に声を掛け、すぐに、フードの人物の後を追いかけ始める。もしかしたら例の連続ひったくり犯の可能性があるのだ。ここは何としても捕まえるべきだろう。
しかし事はそう上手く進まなかった。そこそこ荒事には慣れているためすぐにでもとっつかまえられると思っていた青年だが、相手は相当手慣れているのか、追いかけ辛い曲がりくねった路地などを利用してまこうとしてくるため、思いのほか距離を詰められずにいた。
ちょっと近付けば遠ざかり、一向に縮まらない距離に焦りを覚え始めていた時、フードの人物は比較的人通りの多い商店街へ入って行ってしまった。そして今に至る。
手を抜いていたつもりはないが、一度チャンスを逃してからはまるでチャンスを与えてくれない相手の逃走技術にはがみをしていた。
こうまで人が多ければ、全力で捕まえようとすれば、一般人に多少なり被害が出てしまう。かと言って、あまり悠長にしていては取り逃がしてしまうかもしれない。ひったくられた女性に取り返すと言った手前逃がすなんてことはあってはならない。青年にもプライドがあった。
さて、何とかして距離を詰めないと、そんなことを考えている時だった。
フードの人物が走るコースの直線状に一人の少女がメモと睨めっこし、歩きながら入っていくのが見えた。見た感じかなり小柄で華奢なため、このままいけばフードの人物によってどつかれ転んでしまうことだろう。体格差もあることだし最悪怪我を負うことも考えられる。
幸い今のところ怪我をしている人がいないからまだ騒ぎ程度で済んでいるが、けが人が出る様であれば後続の処理にも色々と影響が出てしまう。
そこで青年は大声で少女に声を掛ける。
「そこの君!危ないから止まって!!」
しかし青年の叫びも虚しく少女はそのままフードの人物の逃走コースに入ってしまった。そして数秒とせずフードの人物が少女の前まで来るとそのまま慣性の乗った手で少女を振り払おうとする。
「――ん?」
少女――青空はそこでようやく自分に危機が迫っていることに気付いた。既にフードの人物の手は青空に触れる寸前。今から避けることは不可能――普通なら、の話だ。
その瞬間、青空の視界だけが 『静かに沈む』。
迫る手が。
揺れる布が。
地面を踏む音が。
まるで水の底に落ちたかのように、ゆっくり、ゆっくりと映る。
重心の傾き。
踏み込みの角度。
力の向き。
掴まれた後、自分がどう倒されるかの“未来”さえ。
全部、鮮明に読めた。
だから――。
ぱしっ、と軽い音が鳴った。
「――っが!!?」
続いて、どすっという鈍い音と共に男のうめき声が響き、気付けばフードの人物は地面に投げ飛ばされていた。
フードの人物は急に視界が上を向いたと思ったら背中に衝撃が走り呼吸が止まった。何が起きているのかわからないと目を白黒とさせている。
「あっぶなぁ。走るならちゃんと前向いて走れよな。今のは正当防衛、正当防衛だからオレは悪くないからな!後で慰謝料払えとか言ってもダメだかんな!えと、怪我とかないぃ……、ですよね?大丈夫ぅ……、ですよね?オレ、悪くないですよね?」
そんな中青空は特に怪我をした様子もなく、寧ろこの後に起こるであろう面倒事の気配に怯え、わたわたとしていた。
青年も今起こったことに理解が及ばず一瞬フリーズするが、フードの人物が転がされている今がチャンスであるとそのまま駆け寄り、フードの人物を拘束した。AGEで確認したところフードの人物は逮捕協力依頼が出ていた男であった。
「ち、ちくしょう!はなしやがれ!!」
「悪いがお前が自由になるのは衛兵に突き出された後だ、諦めな」
「え、衛兵?あれ、オレ捕まるの?やっぱり転がさせるのはやり過ぎだったとか!?正当防衛は通用しないのかここは!?」
「あ、いや、君じゃなくてこのフードの男ね」
青年は混乱の極みにいる青空へフォローをしながら、AGEを使って捕縛した人物の回収依頼を提出する。その間フードの男が暴れるため、当身をし暫し眠ってもらうことにした。
「へぇー、そしたらこの男が最近巷を騒がせていた連続ひったくり犯で、お兄さんが捕まえに動いてたと」
「ま、結果的にはって話だけれど」
青年はフードの男の回収がされるまで現場を離れるわけにはいかないため、青空の混乱を解くためにも現状の説明を行った。すると青空は納得と言った様子で落ち着きを取り戻した。
「それにしてもさっきのすごかったね。まさか体格が倍近くある男を投げ飛ばすなんて」
先ほどの光景。それは吹き飛ばされると思われた青空があまりにも簡単に男を投げ飛ばした姿。同じ様な体格の人間でも中々咄嗟に投げ飛ばすなんてできないものだが、それをこの小さな少女がやったというのだから驚きを隠せない。
「ん?あ、あぁ。まぁ、その一応合気道っていうか、武術を嗜んでいたもので」
「いやいや、武術を嗜んでたとしても、あの咄嗟で動けるのは相当鍛錬を積んでいる証拠だよ。君のおかげで何とかこれ以上の被害が出る前に捕まえることができた。ありがとう」
「え、えへ……。あ、いや、はい、どういたしまして?」
青空は頬をぽりぽりと人差し指でかき照れくさそうに答えた。いまいち自分が凄いことをしたという自覚が無さそうであるが、それを指摘しようとしたところで衛兵が到着し声を掛けてきた。
青年としても鞄の持ち主が待っているため、長居するわけにはいかないので、会話もそこそこに犯人を引き渡した。
去り際に、やはり一言ぐらいは言っておきたいと思ったので、青年は振り返り青空へ話しかける。
「君、本当にその武術の腕前と咄嗟の判断力凄いから自信持って!もし興味があったらコネクションってところにおいでよ!」
「コネクション?」
「そ、将来有望そうな人材に勧誘さ、それじゃ!」
青年はそう言い残し去って行ってしまった。青空はと言うと「コネクションとは?」とはてなマークを頭に浮かべていたが、取りあえず帰ったらイオにでも聞いてみようと思った。
「それにしても何だかちょっとしたイベントだったなぁ。何事もなく終わってよかったぁ……。やっぱりフラグって立てるもんじゃないなぁ……。あ、そうだレッドアイズ買わないと。忘れるところだった」
中々当事者になることが無い事件に遭遇してしまった青空は内心ふわふわとしながらもおつかいの続きを求めに歩き始めたのだった。
=== TIPS ===
・AGE
現代風に言うとスマホ。
通信手段としても用いるし様々な情報を確認することが出来る便利なツール。
魔力によって動作しており、これも一種の魔導具。
基本的には成人はほぼ全員が所持しており、広く普及している。
因みに青空はまだ持っていない。
・コネクション1
なんか組織みたい。
どうやら依頼と言う形で色々と仕事を引き受けているみたい。
衛兵などの仕事の一部も斡旋されているようだ。
因みに腕の立つ人材を募集している模様。
・青空1
青空は小学生のころから合気道を習っており、
基本的にはほぼ毎日道場に通っていた。
実力は今のところ不明だが、取りあえず自分の倍くらいの体格の男性は
投げ飛ばせるくらいはできる模様。
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