3話

 ここは異世界「リアース」。


 ……なんて、今なら当たり前のように言えるけれど、3ヶ月前のオレにそんな言葉が通じたかは怪しい。ここセントリア大陸は、地球で言うとユーラシア大陸並にバカでかい大陸らしい。その中の都市「イース」は、首都セントラルには遠く及ばないけれど、飛行艇が飛ぶくらいには栄えてる。


 けど、一歩街の外に出れば、そこは魔物がうようよいる危険地帯。都市と村の間には、文明どころか命の保証すらない「境界線」がある。

 そう、ここでは魔物がいる。それも、ゴブリン、オーク、スライム……。ゲームでおなじみの“あいつら”が、リアルに存在してるんだ。


 魔物たちは基本的には有害であり、人類の生存圏を奪う存在だ。そのため、魔物が出没するような場所で人が生活することは非常に難しい。

 大きな街というのはそういった魔物の脅威を徹底的に排除し、人類が安全に生活を行える場所であり、そもそも魔物が発生しづらい場所でもある。逆に小さな村や町というのは魔物の脅威はあれども何とか生活ができるレベルだ。

 ではそう言った小さな村や町はどうやって魔物の脅威から身を守っているのかと言えば、それこそ原始的なバリケードによる陣地の構築や常駐するモンのハンターのような者などによって間引きがされているためだ。

 とは言え原始的な手段での対応には限度があるため、毎年、多ければ毎月何かしら魔物被害が発生することもあり、結果的に村や町の発展は中々望めない。


 逆に現在オレ達がいる「イース」のような比較的大きな街や都市と呼ばれるようなところはどのようにして魔物の脅威を徹底して排除しているのか。

 勿論村や町と同じ様に外壁があったりハンターのような存在が日夜戦っているというのもあるけど、一番の違いは結界だろう。


 例によって、リアースには魔力を利用したというものが存在していて、その魔術によってさまざまな事象を引き起こすことが出来るみたいなんだけれど、その魔術の中でも結界と呼ばれる魔物の存在を弾くものがある。じゃあ、魔術師が結界を張り続けているのか?と言われると否だ。結界を張るためにはそれ相応に魔力が必要で、大きな街や都市を覆う程となると、どれほどの魔術師が死を覚悟し魔術を行使しなければならないのかという規模なんだとか。つまり基本的には人力で行うには無理があるってこと。

 なら、どうやって大きな街や都市を覆う程の結界を張り維持しているのか、それは魔術と科学の融合らしい。魔術を魔導具と呼ばれる物体に置き換え、魔力と呼ばれるエネルギーを生み出す機械を作り循環させる。これにより人力では非現実的な巨大な結果を作りだすことに成功したとのこと。

 ただ、この結界装置については莫大なコストがかかるため、どこでも設置が可能という事ではない。また、結界装置を使うためにはインフラも整備されている必要があり、そういった整備にもお金や時間を要するため、特定の大きな街や都市でしか採用されていないみたいだ。

 よって小さな村や町と大きな街や都市とこうして格差が産まれているのだとか。


 因みに大きな街や都市レベルとなるとほぼ現代の地球と同じ程度の文明レベルであるため、そこらの道路はしっかりと舗装されているし魔術で動く街灯なんかもある。比較的透明度の高いガラスや丁寧な装飾のお店、歩いている人々の衣服にはジッパーのついたものやしっかりと形作られデザイン性が保たれたものを着ている。

 時折物騒な刃物などを携えた者も存在するけれど、それ以外は現代と言っても遜色ないレベルだなと感じる。


 現在オレが暮らしているところでは蛇口をひねれば水が出るし、家の中にはスイッチを押せば放たれる光源があり、トイレは水洗式。十分文明的な暮らしが出来ていると言っても過言ではない。実際オレはここでの暮らしについてそこまで普段の生活とのギャップによるストレスは感じてないしな。


 さてそんなリアースに迷い込んでから早、3ヶ月。


 オレは死にもの狂いでセントリア公用語を覚えた。読みは勿論、書くことも話すこともできるようになった。新しい言語を覚えるのだからそれは苦労を強いられたものだけど、イオ以外は皆このセントリア公用語を利用してるし、覚えるしかない状況であったこともあり何とかものにすることが出来たといったところだ。なお、文体や文字は英語に近いものがあったためそれもまた早めの取得を手助けしてくれたと言えるだろう。

 今は何とか日常会話レベルならば行えるレベル……、だと思っている……。うん、会話できてるっぽいし。


「さて、今日のおつかいは野菜が少々と……。あとは香辛料と……。げっ、薬草か。薬草ちょっと苦手なんだよなぁ。必需品レベルはわかるようになってきたけれど、レッドアイズ……。これなんて薬草だよ。名前が禍々し過ぎるだろ」


 オレは今おつかいに出ていた。


 すっかり日常に溶け込みこの世界での普通の生活をしている。しかし自分の家に帰ることや元の姿に戻ることを諦めたわけではない。寧ろ帰るためにも元に戻るためにも、この世界での生活を知り常識を学ぶ必要があるからだ。

 やみくもに外の世界に飛び出したところで魔物の餌になることは間違いないし、魔物以外にもそもそも必要最低限の人の営みを行えなければ死んでしまう。異世界に来たからと言って一足飛びに何でも都合よく行くわけなんてない。日本にいた頃と同様に現実は厳しかったよ。


 この3ヶ月、今のように落ち着いて生活をしていたわけではない。実は幾度となく取り乱したりもした。

 全く知らない土地、よくわからない言語、肉親も知人の一人もいないし、早く帰りたいという想いと刻一刻と過ぎていく時間に言いようもない不安が溜まり爆発する。そんなことが何度も何度もあった。その都度イオが話を聞いてくれて寄り添ってくれたりお尻を蹴飛ばしてくれた。そしてそれを繰り返すうちに、焦ってもどうにもならないということ、一つずつ覚えていくしかないということ、泣きわめいている暇があったら少しでも理解をしていかなければならないという現実と向き合うことが出来るようになった。


 さて、そんなわけであるからこそ、オレはイオから多くの常識を学び詰め込んでいた。


 コミュニケーションの取り方。 


 お金や必需品の存在、価値、使い方。


 どのお店でどういった物が買えるのか。

 

 交通手段はどういったものがあるのか。


 人はどのように生活しているのか。


 今行っているおつかいもそれらを知る一貫の活動だ。


 オレは手元のメモにあるものを求め大き目の商店街へ向かう。今回向かう商店街には乗り合いのバスで向かう。バスに乗る際にプラスチックの様な材質のカードを入口にあるターミナルに翳してから乗車する。奥の方に1人席が空いていたのでラッキーとそこに座った。

 今では慣れたものだが、初めて乗り合いバスに乗った際にはまんまSui〇aだなと思ったわ。こういったところからもやはり日本と大して変わらない文明レベルだなと感じた。

 独自の科学的・魔術的進歩がこういった技術を生んだのか、それとも過去この地に来た地球人が持ち込んだのか。歴史書などを読み漁っていないから、実際にはどっちなのか見当もつかないけれど、いずれにしろ同じような発展をしているということには驚きを隠せなかった。

 とは言え、前提に全く別のエネルギーである魔力やそれを用いた技術である魔術が発展しているため、全く同じと言うわけではない。ところどころ異世界だなと感じられる要素が散らばっていた。


 しばらくバスに揺られ、数分、目的地である商店街へ着く。バスから降りる際も日本にいた時となんら変わらない。前払い制だから乗車の際にカードをターミナルへ翳せばそれで終わり。降車の際には特に何もせず降りられた。


 既に何度か来た事ある場所だ。目的のお店までも地図など見なくても辿りつけるようになっているので最早馴染みの場所と言っても良いだろう。

 そこそこ人がいるため、日本で培われた人避けの術をフル活用し歩く。街並みは違和感ないんだけど、やはり通り過ぎる人たちは本当に多種多様でそればかりはあまり慣れない。

 ケモ耳ありにケモ尻尾あり、角が生えている人もいれば、耳が長い人もいる。褐色ぽい人もいれば頭トカゲっぽい人もいて魔物との扱いとの境目はどこなんだろうとも思っていた。

 それでもそれらの『人』は姿形関わらずに穏やかに、朗らかに、時には殺伐と……まぁつまりは普通の人間と変わらない様に生活している。

 異世界に来てからは嫌なことばかりが目立つが、唯一良いなと思ったのはこの実に多種多様な人種の多さだ。やっぱり異世界と言えばそういうところだろ。勿論魔力や魔術があるのも十分胸が熱くなるんだけど、今のところオレ自身は使えないし実感はない。イオの言葉ではしっかり学べる機関にいければ適性次第で使えるとのことだったので、少しは……。いや結構期待している。あと、魔導具、これも十分ファンタジーを実感させてくれるツールだ。バスや普段使いしているこのバス乗車用のカードや街灯、所謂機械や自動機構については大体が魔道具の一種だから初めの方はかなり興味がそそられた。

 とは言え、電気やガス、原油、それらのエネルギーが魔力に置き換わっているだけなので少しすると感動にも慣れてしまった。今期待しているのはファンタジーらしい魔道具だが、今のところはそういった物にはお目に掛かれていない。


 閑話休題。


 今回買う物も何度か通ったことのあるお店が殆どであるため迷いはなかった。日本の地元にいた時と同じ様に慣れた足取りで歩く。すれ違うケモ耳とケモ尻尾に目を奪われることもあるけど、あんまりジロジロと見るものではないと何とか自身を律しながら目的の店へ行き着々とおつかいの品を購入していく。


「あらソラちゃん!今日もイオんとこのおつかいかい?」

「あ、ネイおばさん、ども」


 そこそこ、このお店を利用するオレはすっかり常連扱いとなってしまった。どうやら今日は店主のネイおばさんがレジに立っているようだ。ネイおばさんはオレがまだ言葉も物も良くわかっていない時に色々と教えてくれた恩人の一人だ。今じゃこうしてオレの事を見つけると声を掛けてくれる。


「全くあの娘もこんな小さな子をおつかいさせるなんてねぇ」

「ち、ちいさ……。あ、あはは、まぁいつもお世話になっているし、少しでも出来ることはしたいからさ」

「ソラちゃんはホントいい子だねぇ。よし、今日は少しまけて全部で1200シアだよ」

「ありがとっ、1200、1200……。はい」


 ネイおばさんのオレへの評価は中々高く、特に大したことしていないにも関わらずこうして良くしてくれる。値切り率はそこまで高くないものの、なんだかんだ毎回少し安くしてくれるものだからちょっと申し訳なくもなってしまう。とは言え、オレは貰えるものは貰う主義なので今日も有難く値切らせてもらいます!

 財布から1枚の紙幣と2枚の硬貨を取り出しネイおばさんに手渡す。ネイおばさんはさっと内容を確認するとレジスターの様なものにしまい、代わりに購入した商品が入った袋を手渡してくれた。


 因みに購入に使用するお金は複数の硬貨と紙幣。そこも地球にいた頃となんら変わりないため、覚えるのはそこまで難しくなかった。お金の単位は「シア」で数え方も円と同じ。単位が変わっただけっぽい。

 現在オレがいるセントリア大陸での使用する硬貨と紙幣は次の様になっている。


 1シア     … 鈍色の硬貨

 10シア    … 銅色の硬貨

 100シア   … 銀色の硬貨

 500シア   … 金色の硬貨

 1000シア  … セントリア大陸初代皇帝が描かれた紙幣

 10000シア … 女神アレイシアが描かれた紙幣


 これがまたウェステリア大陸やノストリース大陸など、他の大陸になるとまた異なった貨幣となるようだが、基本的な考え方は一緒だ。

 今回の買い物で掛かった料金は100シア硬貨が2枚と1000シア紙幣が1枚で支払わている。因みにクレジットカードのようなものもあるのだが、実際の硬貨や紙幣を使った方が覚えやすいということで現金での支払いしか今のところはしたことがない。


「そうだわ。最近、この辺にひったくりが現れるみたいよ」

「ひったくり?」

「そうそう、この前うちの常連さんもやられたとか言っててね。この辺も物騒になったもんだわねぇ。ソラちゃんは小さくて可愛いんだし、余計に注意しなきゃだめよ?」

「か、かわ……あ、はは、そうですね、気を付ける、ます」


 さて、おつかいの続きもあるし退店しようとしたところ、ネイおばさんに話かけられる。ひったくりとはまた穏やかではないなと思うが、対岸の火事と言うやつだ。まさか自分が被害にも合うとも思えないので、話もそこそこに店を出る。


 にしても、女の体で過ごすのは未だに慣れない部分もあるけれど、やはり小さいとか可愛いとか言われるのはどうにも慣れない。イオにも毎日のように何かしら言われるので、ここ最近じゃ「可愛いって言うな!!」とか条件反射気味に返してしまうことがあったため、ついネイおばさんにも出しそうになってしまった。おかげで歯切れの悪い返答をしてまった。


 ふと、足を止める。


 さっきのネイおばさんの話……。いや、これ絶対オレみたいな“ちっさい女子”が狙われるやつじゃん?ひったくりしやすい相手っていったら、年齢が上の方や比較的弱そうに見える女性ってところだろう。しかも今のオレっていかにも買い物中ですって恰好だからお金とか持ってそうだし。これフラグか?フラグなのか?


 オレは頭をぶんぶんと振る。


 いやいやいや、やめよう!そういうこと考えると大概事件に巻き込まれるんだ。日本にいた時を思い出せ。自分はモブ。不特定多数の一。つまりそうそう何かが起こることは無い。


 よし、いいな。気持ちを切り替えおつかいの続きだ。


「さて、後はレッドアイズだけど……。うーん、ここにもないってことは専門店とか行かなきゃかなぁ。候補は二つくらいあるけれど……。まぁ行ってみるか」


 一ヶ所にすべての商品が揃っていれば便利なのに、そんなことを思いながら次の店へと足を進める。


「――」


 少しして、遠くから叫ぶような声がし、それが徐々にオレの方に近づいてきていたようだが、その時のオレは気付かず歩き続けていた。




=== TIPS ===


・セントリア公用語

 セントリア大陸で使用される共通語。

 大体これを覚えておけば会話には困らない。


・バスに乗る際にプラスチックの様な材質のカード

 PA〇UMOとかSui〇a的なカード。

 少なくともセントリア大陸ほぼ全土で使用できる魔法のようなカードで「アレス」と

 呼ばれている。

 カード内に魔力回路が組み込まれており、それにより残金の計算や入出金を管理している。

 因みにバスだけでなく、魔導列車や飛行艇に乗車する際にも使用できる。

 ある程度発展した街では必需品。


・薬草と呼ばれるものたち

 この世界には自然に魔力が満ちており、人だけでなく、様々な動植物もその影響下にある。

 薬草は魔力を受け形質変化したもので、通常の漢方と呼ばれる草花よりも遥に高い効能がある。

 大体はこの薬草をより効果の高いものへ加工し販売される。

 とは言え、やはり加工品よりも元の材料を買った方が安いということで、

 材料自体の需要も高い。


・レッドアイズ

 名前が禍々しい薬草。

 見た目は黒い葉の中央に赤い大きな斑点がある。

 横向きにしてみると目のように見えないでもないためそう呼ばれるようになった。

 名前が禍々しいがれっきとした薬草。

 温感効果の効能がある。冷え性にぴったり。


・女神アレイシア

 リアースにおける女神様。

 女神アレイシアを祀る宗教団体があるみたい。

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