第12話 混濁、安息の空間にて

 気づいたら真っ暗な闇の中にいた。

 暗闇深い空間の中、自分自身がこれまでに何をしていたかを思い出す。

 

 私は、僕は、何をしていたか……。

 確か、僕はどこかの貴族様の屋敷にいた。屋敷にいて……。

 それから……。


 そう、いつの間にか牢獄に入れられていた。

 屋敷のご主人様が「命を受けた」と言って。

 僕は……。


 私は何も悪い事はしていないはずだったのに。

 私は何か知らぬ間に罪を犯していたのだろうか。

 だが、ご主人様は命を受けたと確かに言った。

 命……。命とは何なのだろうか。命令? 使命?

 何にしても、その命は私と関係があるのだろうか。

 おそらく、関係があるのだろう。

 ご主人様が私を、僕を、送り出す際に謝っていたのだから。


 あれは、何の謝罪だったのだろうか。

 僕を地獄のような牢獄に収容することへの謝罪でしょうか。


 それとも、私をこんなにも苦しい下界へ送ることへの謝罪だろうか。

 下界? 下界とは何でしょうか。

 

 私の、僕の中に、知るはずもない記憶が混じる。

 僕は奴隷だったはず。

 生まれたときから奴隷であり、誰かの命令に従って、何も考えずに従って……。


 従って? 従って。

 従って、私は下界に降りたのだろうか。

 いや、だから下界って何なのでしょうか。


 私の、僕の、思考が混乱する。

 私の中に、私以外がいるような気持ち悪さを感じている。

 僕の中に、僕以外がいるような気持ち悪さを感じています。


「いったい、君は誰なんだ?」

「いったい、あなたは誰なんでしょうか?」


 自分自身に対して、疑問を投げかけます。

 自分が誰であるかを問う疑問。

 そんな自分という存在に疑問を感じている中、暗闇の空間にノイズが走りました。

 

 瞬間。

 暗闇は炎に包まれました。

 ほのかな熱さを感じる炎。

 何も燃えるための物質はないはずなのに、熱さの割に激しく燃えています。




 しばらく、炎に包まれていると、僕は僕自身を思い出しました。

 僕は、奴隷。

 自分を私とも、僕とも呼称してはいけないはずの、奴隷。

 ただ、一時の運で自分自身を僕と呼称していいことになった、奴隷。

 

 奴隷、奴隷、奴隷。

 ただ、僕は僕に向かって、奴隷と唱え続けます。

 それと共に僕に向かって命令します。

 考えるな、思考するな。

 自分自身を戒めるための命令を自分自身にし続けます。


 自分が何者かを唱え続け、自分に命令をし続けます。

 そして、思考というもの、考えというものに疑問を持ち始めると、最後にどこかで聞いたことのある声で締めくくられました。

 締めくくられた瞬間、空間内の炎がなくなりました。

 締めくくりに聞いた言葉は確か……。


 “怠惰であれ”。


 そう、怠惰であることを命じられたんでした。

 だから、僕は思考してはいけない。

 自分の意見を持ってはいけない。

 

 自分自身のことを思い出すと、炎のなくなった暗闇の空間に光が灯りました。

 灯った光は白く、この光が何かを思い出しました。

 だから、僕はためらいもなく声をかけます。

 

「ちょっとぶりだね」

 

 僕の言葉に、白い彼はいつもの口調で答えました。

 

「おう、昼間にここ来て以来だな」


 白い彼の返答を聞いたあと、僕は予測します。

 いつもなら、“今日はどうだった?”と聞いてきますが、ここに来るのは今日で二回目。

 だから、彼はこう言います。

 “あの後、どうだった?”、と。

 そんな予想に従うように、白い彼は言いました。


「あの後、どうだった?」


 予想通りでした。

 昨日までの答えなら、“いつも通りだったよ”と言うのですが、今日は特別な事があったので、白い彼に僕は報告しました。


「あの後、名前をもらったよ」

「そうか、よかったな」

 

 僕の報告に、白い彼は喜んでくれました。


 そんな僕と白い彼のやり取りの中で、ノイズが走ります。

 ノイズと同時に声が聞こえました。

 “怠惰であれ”

 ノイズと声が収まったあと、僕はある疑問を抱えていることに気付きます。

 僕如きが名前なんて高尚なものを持ってもいいのでしょうか、と。

 そんな疑問を代弁する様に、白い彼は言いました。


「それにしても、奴隷のお前が名前なんて持っていてもいいのか?」


 僕は白い彼に答えました。


「持っていていいわけないよ。 僕は奴隷なんだから」


 僕自身の立場を言い聞かせるように言いました。

 そんな僕の言葉に白い彼は言います。


「だよなぁ。俺たちは奴隷だからよ」


 僕の言葉に同意する彼。

 彼はそのまま言葉を続けました。


「でも、名前がないと不便なのは確かだからよ、自分の名乗る名前は覚えておこうぜ。なんだっけ、る、る……」

「ルエンだよ」


 彼の言葉に被せるように、僕は言いました。

 そして、僕は名前の意味を彼に教えてあげよう思い、言葉を発します。


「僕の名前の意味は」

「忘れろ……」


 僕が意味を教えようとした言葉を遮る様に、白い彼は言いました。

 遮る様に言ってきた彼に、さすがにムッとした僕は言います。


「いいでしょ、意味くらい覚えていても」

「忘れろ!!」


 そんな僕の怒りに呼応するように、白い彼は怒鳴りました。

 そして、白い彼は怒りのままに、僕に言いました。


「俺は、俺たちは奴隷だろうが!! 名前を持つだけでも罪なんだよぉ!! 忘れろぉ!!!! その名前はお前を呼称するための借り物だ。わかったな?」


 僕に怒りのままに言った白い彼は、最後に言い聞かせるように確認してきます。

 そんな白い彼の言葉を聞いていると、自然と自分が何者かを思い出しました。

 思い出せた僕は、白い彼に言葉を返しました。


「そう、だね。そうだったよ。僕は奴隷だったね。名前はただの借り物。僕を便利に呼称するためだけの借り物の言葉だね」


 僕が納得していると、別の光が現れました。

 紫のようなピンクのような光。

 そう、変態だ。


「どうしたのぉ~。また、メインが何か言ったのぉ~?」


 いつもの気怠そうで間延びした声だ。

 僕は、変態に問いかける。


「消えたはずじゃなかったの?」


 そんな僕の問いかけに、変態は激しい勢いで返答してきました。


「消えるわけないじゃない!! メインのアンタが消えなきゃ私たちは消えないの!! 本当に忌々しいわぁ、この身体。どうにかメインとなり代われないかしらぁ~」


 僕に対するトゲのある態度はそのままに言ってくる変態。

 変態がそんな態度でいると、白い彼が僕を庇ってくれる。


「変態。その辺にしとけ」

「はいはい」


 白い彼が一声かけるだけで、変態は大人しくなる。

 大人しくなった変態に、密かにほっとしていると。


「変態は置いといて。ルエン、お前そろそろ戻らないといけないんじゃねぇか?」


 そんな白い彼の言葉を聞いて何故そんなことを言うのだろう、と疑問に思っていると、白い彼が言いました。


「お前が気付いていねぇだけで、外では結構な時間が経ってるんじゃねぇか? 案外、長い時間ここにいるぞ、お前」

「そ、そうなの?」

「おう」


 白い彼がそう断言するなら、本当に時間がかなり経っているのだろうと確信します。

 どれくらい経っているか、白い彼に質問しました。

 すると、彼は言いました。


「ん? 五日間か六日間ぐらいじゃねぇか?」


 そう聞いた瞬間。

 僕は思い出しました。

 思い出したことを僕が言う前に、白い彼が言います。


「確か、サリュだったか? 約束があったろ。そろそろ目ぇ覚ましな」


 その言葉をきっかけに僕の意識が安息の空間からなくなりました。

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