第7話 困惑とスキル

 ブリヤン様が僕に「ルエン」という名前を与えてくれました。

 名前を貰っただけだというのに、こんなに感情を動かされるなんて思いもしませんでした。

 そんな僕を見て、この国の宰相様であるブリヤン様は満足されたように頷かれた後、僕に向かっておっしゃいました。


「さて、ルエン君。これで君の名前が決まったわけだから、これからの事を相談しないとね?」


 ブリヤン様のおっしゃった内容を数秒後に理解した僕は、突然不安に襲われました。

 “これから”。

 これからって何でしょうか。

 僕はこれまでも、そしてこれからも誰かの指示で動いていればいいのではないのですか。

 僕自身にしたいことなどないというのに。

 そんな僕の様子を知ってか知らずか、ブリヤン様はおっしゃいます。


「ルエン君は名前を与えられる前から奴隷として生きてきただろう? あくまで予想だけど、『考える事』や『思考する事』の機会を尽く奪われていたはず。だからこそ、君は自分のしたい事や自分の未来について考えなければならない。君の名前の意味の為にも」


 僕の名前の意味の為?

 ブリヤン様は、“僕の名前の意味の為”とおっしゃいました。

 僕の名前の願いは、僕自身が僕自身の人生を称賛できる終わりを迎えられること、だったはず。

 僕が自分の未来の事を考えられるようになれば、それに近づけるのでしょうか。

 僕自身を、僕は称賛できるのでしょうか。

 戸惑いを抱えたままに、恐れ多くもブリヤン様に質問しました。


「ブリヤン様」

「なんだい?」

「僕は、……僕は自分の未来を、僕自身で選んでもよろしいのでしょうか」

「もちろんだよ。自分の未来を考え、選ぶのは誰しもが当たり前に持っている権利なのだから」


 ブリヤン様は即答してくださいました。

 それだけで少し安心できましたが、僕には自分のしたい事が分かりません。

 だからでしょうか、またもブリヤン様に愚痴をこぼす様に質問してしまいました。


「僕は、どう生きていけばいいのでしょうか。僕は何がしたいのでしょうか。僕には、……分かりません」


 そんな質問に、ブリヤン様は優しそうな表情をなさいました。

 こんな表情を慈愛に満ちた、と表現するのでしょうか。

 そのような表情でブリヤン様はおっしゃいました。


「それは私にも分からないかな。私たち大人ですら、ただ漫然と日々を送っているだけの人も多いのだから……。少年と言っても差し支えない君の年齢の子供で、自分の未来を明確に描いている人なんてなかなかいないさ」


 まさかの答えでした。

 僕のような奴隷でもない普通の方でも、未来を明確には考えていないなんて。

 では、どうして普通に生きている方々は、不安を表情に出さずに生きていけるのでしょうか。

 一般の方は何を考え、生きているのでしょうか。

 生きていけるのでしょうか。


「ただ、皆何かしら不安は持っているんだよ」


 ブリヤン様は慈愛に満ちた表情のまま続けました。


「皆、不安を持ちつつも、より良い未来を願っているんだよ。そして、思考する。どうすれば、今よりもより良い未来を迎えられるかを」


 ブリヤン様はそうおっしゃいました。

 “思考”。

 奴隷の僕には必要のない物でしたが、これからは必要になるのでしょうか。


「だから、ルエン君。君はこれから色々と学びなさい。学んで、自分で考える事を覚えなさい」


 ブリヤン様は、最後に厳しい表情でおっしゃいました。

 有無を言わせないというのでしょうか。

 僕に「はい」以外の言葉はありませんでした。

 そんな僕の様子に、ブリヤン様は表情を和らげておっしゃいました。


「そんなに不安に思うことはないさ。君の能力の検査は必要だが、検査の結果に左右されずに、君が学べる環境はこちらが、国が用意するさ。それが被害者である君に、国が保証する補填だよ」


 学べる環境。

 奴隷の僕には贅沢に過ぎると思うのですが、国が保証することを拒否するのは、更に不敬であることは分かっていますので、素直に頷きました。

 僕の様子に満足したブリヤン様は一つ頷くと、両手をパンっと合わせてから、気分を変えるかのように、おっしゃいました。


「じゃ、さっき言った検査をしよう」

「検査ですか?」


 検査と言われて、僕の健康状態を検査されるのかと思いましたが、ブリヤン様は何かをブラーヴン様に指示されました。


「ブラーヴン殿。検査に必要なものはありましたかな」

「この部屋に持ち込むよう、別の騎士に指示してあります」

「そうかい、ありがとう」


 ブラーヴン様は即答すると、ブリヤン様はお礼の言葉をおっしゃいました。

 そして、ブリヤン様は改めて僕に向かい、説明を始めました。


「さて、ルエン君。検査と言うのはね、我々人類や俗にいう魔物が持っている能力、つまりスキルというのを調べるんだ」

「魔物ですか? 冒険者などが駆除する化け物ですよね? そして、スキル……」

「あぁ、魔物はそういう認識で構わない。そして、スキルは個々人の得意なことを表したものとでも思っていてくれ」


 スキルですか。

 5番が教えてくれたことにあったはずですが、その人の得意な事だったのですか。

 

 そんな風に僕が納得していると、部屋の扉がノックされました。

 

 コンコンコンコン

 

 そのノックにブリヤン様が答えました。


「入ってくれ」


 すぐに騎士様が入ってきました。

 手には両手に収まる程の丸い石がありました。

 水晶でしょうか? お屋敷で見たことがあるような気がします。

 そして、木枠に嵌まった黒い板がありました。


「ここの机に置いてくれ」


 僕が観察している間にも、それらの物はブリヤン様の指示によって机に置かれました。


「さて、ルエン君」


 ブリヤン様の声に驚いてしまい、背筋をピンと伸ばしました。

 そんな僕の様子がおかしかったのか、ブリヤン様は笑いながらおっしゃいました。


「ハハハ。ルエン君、別に緊張する必要はないよ。こっちの水晶は、能力を読み取るんだ。そして、こっちの黒い板に能力の名称が浮かぶ。貴族はだいたい持っているから、君がいた屋敷にもあったんじゃないかな」


 そうおっしゃったのち、ブリヤン様は僕の手の届く所に水晶を置きました。

 続けて、おっしゃいました。


「さぁ、ルエン君。この水晶に手をかざすように置くんだ。両手でね」


 ブリヤン様がおっしゃったように、僕は水晶に両手を置きました。

 手を置いた瞬間、僕の手から何かが抜かれたような気がしました。

 そのまましばらくすると、真っ黒な板がぼんやりと光り出しました。

 光が収まったあと、ブリヤン様がおっしゃいました。


「ルエン君、もう手を放していいよ」


 そうブリヤン様はおっしゃった後に、僕に光っていた板を渡してくださいました。


「さぁ、ルエン君、自分の能力を確認するんだ。読めたら、私たちに内容を教えてくれ」


 ブリヤン様がおっしゃられたように、能力が表示されたであろう板を確認しました。

 そして、僕はブリヤン様とブラーヴン様に声をかけました。


「ブリヤン様、ブラーヴン様」

「ん? なんだい?」

「どうした?」


 何故か、空気が緊張したような気がします。

 僕はごくりと息をのんだ後、言いました。


「僕は文字が読めないのですが……」


 僕の言葉を聞いた瞬間。

 何故か、ブリヤン様とブラーヴン様がずっこけた気がしました。

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