第6話 名前

 応接室に残るのは僕だけになりました。

 1番も他の奴隷と同じほどの時間で面談が終わるなら、そろそろ騎士様の迎えが来るころです。

 僕の面談は長くなるかもしれないと聞いていますが、何か重要な話でもあるのでしょうか……。

 僕に、何か問題でもあるのでしょうか……。

 

 不安を募らせていると、騎士様が案内に来てくださったのか、部屋がノックされます。

 

 コンコンコンコン

 

 四回ほどのノック音。

 四回以上のノック音は、僕たち奴隷のような目下のものが、目上の方に対するマナーとしてあるのですが、何故僕のような奴隷がいる部屋にするのでしょう。

 そんな思考をしつつもノックをしてくれた方に対して、丁寧に返事をしなくては。


「はい、どうぞ」


 少し生意気でしょうか、と思いつつドアが開くのを待つ。

 すると、ノックの主はすぐに部屋内に入ってきました。

 

 その人物は、僕たちをここまで連れてきてくださった団長様でした。

 そして、その団長様の他にも、もう一方入室してこられました。

 

「失礼するよ」


 団長様の後ろにいた方は、そうおっしゃいながら部屋に入られました。

 どなたかは分かりませんでしたが、僕の身分が一番下であることは分かっていますので、ソファから立って入室を待ちます。

 そんな僕の様子を気にせず、入室してきた方は僕の前のソファに座ります。

 団長様は、それが当たり前のように、後から入室してきた方の後ろに立ちます。

 そんな一連の流れが、何の疑問も挟む余地なく進むと、ソファに座った方が僕の様子に気付いて話しかけます。

 

「ああ、すまない。座ってくれ。そもそも今からの時間は君の為のものなのだから、別に入室するのを立って待つ必要はなかったのだよ?」


 目の前の方は、そんな風におっしゃいました。

 それに従うように、僕はソファに座りました。

 そして、目の前に座る方が誰なのかが気になってしまいました。

 僕たち奴隷は目上の方に了承なく、どなたか訊ねる事をよしとしていません。

 僕の様子を知ってか知らずか、目の前の方は小首を傾げて言います。


「ええと、君は何という名前なんだい?」


 どうやら僕の呼び名を聞きたいようです。

 であれば、僕の答えは決まっています。


「3番です」

 

 簡潔に答えました。

 正しい答えを発したはずなのに、目の前の方は困ったように顔を歪めます。


「う、う~ん。それは君がいた場所での呼ばれ方だろう? 元々呼ばれていた名前が聞きたいのだが……」


 そうおっしゃいますが、生まれてから奴隷であり、誰かから特別な呼称を付けられた事のない僕は困ってしまいます。

 僕の様子に何かを察したようで、目の前の方は憤っているように、困惑しているようにおっしゃいました。


「もしかしてだけど、自分の名前がないなんて事はない、……よね?」


 その通りで、僕に名前はないのですが、目の前の方は何を怒っておられるのか、僕には分かりません。

 僕の返答が遅くなり、更に機嫌が悪くなられては困ってしまいますので、すぐに僕は答えました。


「僕に名前はありません。奴隷3番です」


 昔、お屋敷に居た時のように自分の立場を明確にするように答えました。

 どうやら、僕の答えは相手方の気に障ったらしく、更に機嫌が悪くなったように見えます。

 護衛するためにソファの後ろに立っている団長様も、心なしかお顔が曇ってしまったように思います。

 なぜでしょうか。

 お屋敷では、この答えが正しかったはずなのに。

 僕の戸惑いが相手方に伝わってしまったようで、目の前の方も困惑したように言います。


「そう、か。どうしたものか……。名前すらないのか。う~む。それにどこから話すべきか……」


 目の前の方は心底困ったようにおっしゃいます。

 僕は僕で、相談相手の方々の名前すら知らないのが、気になってしまいます。

 そのことに、団長様は気付いたようで、おもむろに口を開きました。

 

「失礼します。ブリヤン様、まずは我々の名を名乗るべきかと……」

「ああ、それもそうだな。うっかりしていたよ」


 どうやら、目の前に座る方はブリヤン様と言う名前の方のようです。

 そして、ようやく自ら名前を名乗ってくださいました。


「んんっ! 私の名前は、ブリヤン。ブリヤン・ド・ルナールだ。一応は侯爵位だが、あまり貴族としての歴史は長くなくてな。故に、名前も短い。分かりやすいだろ? ちなみにだが、私の役職は宰相だ」


 ブリヤン様は優しく微笑むように、名前を教えてくださいました。

 続いて、ブリヤン様の後ろに控えていた団長様が口を開きます。


「では、失礼ながら、私も名乗らせていただきます。私の名前はブラーヴン・ド・イディ。さっきも言ったが、この国の第三騎士団の長をしている。まぁ、第三騎士団の責任者だな。私は男爵位だから一応貴族だが、平民の君とあまり変わらんよ」


 ブラーヴン様もブリヤン様同様に、名前を名乗ってくださいました。

 それだけに、自分自身の名前を持たない僕は、胸を張って名乗れるような名前がないことを少し悲しく感じました。

 これまでなら、自分の名前は”奴隷3番”で良かったはずなのに、です。

 どうやら僕は我儘になってしまったようです。

 外の世界に出られたからといっても、自分自身が奴隷であることには変わらないはずなのに。

 そんな風に考えていた僕に、目の前の方々はおっしゃいました。


「う~ん、私たちには名乗る名前があるというのに、君に名前がないというのは不便だねぇ。ブラーヴン殿、諸々のしなければならない話の前に、名前を先に考えた方がいいのではないかな」

 

 その言葉に、ブラーヴン様は納得したようにおっしゃいました。


「確かに、名前がないというのは今後不便になるのは間違いないかと」

「そうだよねぇ。で、騎士団長であるブラーヴン殿も言っているように、名前がないというのは問題だからねぇ。我々で考えてもいいかな?」


 ブリヤン様から思わぬ提案に、僕は少し戸惑ってしまいました。

 奴隷である僕如きが、名前などと言う特別な呼称を貰っていいのだろうか、と。

 ただ、もしかしたら、この機会が名前を貰える最後のチャンスかもしれないと思い、目の前のお二方に自分の名前を考えて下さるようにお願いしました。

 

「もし、ブリヤン様、ブラーヴン様さえよろしいのであれば、僕の名前を考えては下さいませんか?」


 自分自身の初めての我儘。

 相当な覚悟を持って言った初めての我儘は。


「もちろん。私たちで良ければ、考えさせてもらうよ!」


 お二方は、叶えて下さるようです。

 ブリヤン様が名前を考えて下さるとおっしゃってくれた後、僕の中で表現の出来ないような気持ちを感じ取りました。

 泣きそうで、嬉しいような、生まれて初めて感じる心の動き。

 これを言葉で何と表せばいいのか僕には分かりません。

 自分という存在を確立していいことに、心が揺れました。

 これは安心なのでしょうか。


 そんな風に僕が戸惑っている間にも、ブラーヴン様とブリヤン様は名前を考え付いたようです。


「おほんっ! では、私ブリヤンが君に名前を与えよう。君の名前は、ルエンだ。意味の一つに称賛がある。君が君自身を称賛できるような、褒め称える事ができるような人生を送れるように、という願いを込めた。この名前、受け取ってくれるかな?」


 僕はこのとき、生まれて初めて心から感謝と言う気持ちを持ったと思います。

 そして、それは言葉に出さないといけないと思い、ブリヤン様に感謝の言葉を発しました。


「ブリヤン様、ありがとうございます。この名前の意味を忘れずに、大切にします」


 僕は今日このときから、”奴隷3番”から”ルエン”になった。

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