EP3 誤った昼前

 カランカランとドアベルが鳴る。

 俺は去年から春、夏冬の長期休みにはこのヴィンテージ感溢れる喫茶店「珈琲キヤーナ」でアルバイトとして雇ってもらっている。

「いらっしゃい走馬君。今年も手伝ってくれて嬉しいよ。じゃあ早速だけどもうあと30分もしたらランチタイムだからよろしくね」

「はい。よろしくお願いします」

 店長の有馬㮶ありまさくさんの淹れたコーヒーは美味しく、料理もとても上手だ。39歳らしいのだが、とてもそうは見えない。それに何より、人当たりが良くて、記憶力も優れている。そのため、有馬さんは随分前に来たお客さんのことを覚えていたり、お客さんごとの好き嫌いに合わせた味付けをしたりする。だから2回目に来たらこの人の陽っぷりに魅了されていつのまにか常連になってしまう。愛されて当然のようなおじさんだ。俺もそうさせられた一人だ。

「走馬君が2年生になっても変わらずうちで働いてくれて助かるよ。走馬君仕事テキパキしてるし、うちのメニュー覚えてくれてるから毎回長期休みの時期は捗るんだ」

「いやいやそれほどでも。俺ここ好きなんで、ちょっとでも力になろうと頑張ってるだけなんで」

「嬉しいこと言ってくれるな〜」

 有馬さんはニコニコしながらテーブルを乾拭きしている。するとハッとして俺に問いかけてきた。

「そういえば走馬君、2ヶ月前くらいに一緒にきた彼女とはうまくいってるのかい?」

「え!?彼女!?」

「知らないふりしても無駄だぞ?一緒にミルクティー飲んでただろ。あの見るからに年上の子、確かに可愛い子だったな。走馬も隅におけないなぁ」

 椿さんのことだ。6月に俺は椿さんに俺の行きつけの店と言って、キヤーナに連れて行った。俺は好きなミルクティーを注文したら、「そんなに美味しいなら」と椿さんもミルクティーを頼んだ。そして確か椿さんの友達の話をしてて、あまりに可笑しい話だったから周りを考えずに笑っちゃったんだ。あ、そうしてたら有馬さんがすごい満面の笑みで俺らにパンケーキをそっと置いてくれたんだ。あの時は常連へのサービスだとばかり思ってたけど、そうか、カップルだと思われていたんだ。

「そういうの興味ないと思っていた走馬が彼女連れてくるんだもん。僕嬉しいし微笑ましいからさ、ハチミツをふんだんに生地に入れたんだよ。特別だよ」

「確かに甘くて美味しかったです。椿さんもすごく気に入ってて」

「椿さんって言うのか!!」

 やっちゃった。

 結局そのあと素直に椿さんとの関係を言えずに、付き合っているということになってしまった。

 12時。今季初仕事のランチタイムが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る