EP4 夏に降るのは雪か血か

「ふわふわのモカかき氷二つくださーい」

「かしこまりました。シロップはミルクとコーヒーの2種類ありますが、どちらにしますか?」

 ランチタイムが始まってお客さんが続々と来るなか、去年のこの時間帯はこの店の隣に構えるライブハウスから関係者がやってきて軽食を摂りながら話し合いをしていたり、中学生くらいの子が何人かで涼みに来ることが多かった。これも有馬さんの人柄の良さが原因だろう。俺は楽しそうに食事をする客を見るたびに、体は忙しくても、素敵な店だなと思えた。

 しかし今年は様子が違った。もちろん去年と同じ客層は変わらないが、今年は明らかに女子高校生が多い。

 その理由は今年の夏季限定新メニューのモカかき氷だ。有馬さんのカフェオレで作った氷をふわふわのかき氷に仕上げたもので、何もかけずとも美味しいが、ミルクかコーヒーシロップを選んでかけることができる。涼しげで、鮮やかなスイーツなものだからたちまち人気が出て流行りを常に追いかけ続けるJKが訪れるのは当たり前だ。

「凄いっすねかき氷の人気。さっきからかき氷ばっか注文されてますよ」

「夏休みに入ったからね〜、君くらいの歳の子は結構来るよ」

「有馬さんの店が注目されるのは俺も嬉しいんで、SNSに載せてくれるのはありがたいですね!」

「まあね〜。でも、中にはすっごく迷惑な子もいるんだよねぇ」

「まあ女子高校生なんで、騒がしい団体様とか多いですものね」

「いやいや、それは注意すればいいんだよ」

「え?じゃあなんですか?」

「あ、ほら!あの人なんてそうだよ」

 有馬さんの目線を辿ってみると、茶髪のロングの女性がモカかき氷を前にして食べもせずに脚を組んでスマホをいじっているだけだった。

 女性はさっきまでスマホで様々な角度から写真を撮っていた。きっとSNSに投稿するんだろうなと思っていた。しかし撮り終えても食べ始めない。店内は涼しいから溶けにくいとは思うが、早く食べたほうがいいよな。

 しかし、別にそこまで迷惑ではないなと思った矢先、その女性は立ち上がった。そしてレジに歩いてきて俺を呼んだ。

「お会計お願いしまーす」

「え……、お、お会計ですか?」

「は?そうだけど。はやくして?」

 ありえないだろ。この人、一口も食べてないのに帰る気だ。SNS映えの為にそういうことをする奴がいるっていうのは知っていたけど、実際目の当たりにすると、腹が立ってきた。だけど、、、、

「わかりました……、カフェモカかき氷一つですね」

 我慢しながらレジを打ち始めると窓側の席に座っていた男性が立ち上がってこちらに向かってきた。待たせるわけにはいけないと思って接客を早めようとすると、その男性は言ってくれた。

「なあお嬢さん、あれは違うんじゃないか?」

「は?あたし?なんのこと?」

「お嬢さんが座っていた席のテーブルの上にあるかき氷だよ。何にも減ってないじゃないか」

「出されたもんは残さず食べなさいって説教したいの?やめてよね、おじさんには関係がないし、私のお金で買ったものなんだからさ食べようが食べまいがどうだっていいじゃない」

 確かに女性の言っていることは間違ってはいない。服屋で買いもせず、試着をしてそれをSNSに投稿して帰っていくやつよりはマシだ。だけど、なんだか……

「まあな。お嬢さんの言い分はもっともだな。だが、悲しいもんだなぁ。そんな無駄遣いができるなんて。というものを捨て去ったお嬢さんは、哀れなものだ」

「はあ!?あたしが哀れ!?バカにしてんの!?」

「お客様……!他のお客様のご迷惑になりますのでお静かにお願いします!」

「な!大体、かき氷よ?たかが氷を残したくらいでなんで知らないジジイに説教されないとならないのよ」

 ため息を吐き、呆れたようにスマホで文字を打ちながら呟いた女性を、灰色の髪がよく似合う男性が先ほどまでの温和な表情から一風変わって、鬼の様な形相で睨みつけた。

「たかが氷とあなどったか不敬者め。お前の汚れた心よりも美しい氷だ。敬い、感謝し食べるのが礼儀だ。恥を知れ」

「は……?マジで……、意味わかんない!」

 女性は苦虫を噛んだ様な顔をして、お金を力強くトレイに投げてから逃げる様に店から出て行った。

 レジ前に残った背の高いこの男性は、一体何者なんだろう。

 冷房を切りたいくらいには、先ほどの一喝で俺の背筋は凍った。

 冷や汗が背中を伝って、また俺の中で、何かが響いた気ががした。

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死を見届ける者 大和滝 @Yamato75

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