55「真夜中」

 真夜中に目が醒めるなんてことはどんな人でも一度はあるのではないだろうか? ましてやそのタイミングで電話なんてかかってきたら尚さらのことだ。

 かくいう僕も今まさにその状況に置かれていて、うっすらと覚醒していた頭は、呼び出し音で一気に冴えわたった。眠気などなく、むしろ心臓はバクバクと動いていていた。

「なんだ、おまえか……」

 電話の主は、同級生であり親友の木村だった。親友とはいえ非常識だ。当然のことながら僕は木村に、何の用かと聞いた。


『ちょっと、外に出てきてくれるか?』


 木村のその弱々しく掠れた声に僕は違和感を覚えた。電話では話せない内容なのか、理由を聞いても返事は無く、どうやら木村は僕の家の前にいるらしいので仕方なく僕は家の外に出てみることにした。


「おい、何なんだよ急に」

「ついてきてくれ」

「って、ちょっとどこいくんだよ!」

「……」

「おい!」


 木村はただ一言それだけ言って、一人夜道を歩き出した。突然の事で訳も分からず、仕方なく僕は言われるがままに木村についていくことにした。道中、木村にどこへ行くのか、これから何をするのかを問いただしてみた。しかし木村は、

「見つけて欲しいものがある」

 と言うのみで、何を見つけるのか、どこへ向かうのかも言わなかった。その普段の木村と違う異様な不気味さに、僕はそれ以上何も聞けずにいた。


 電灯で照らされているとはいえ真夜中は暗かった。皆が活動を止めた世界は、静寂という名の不協和音が染みているようだった。


「なんだろう……」


 訳が分からなかった。

 数十分ほど歩き続け、少しずつだが僕は冷静さを取り戻した。そしてそれに伴って違和感が呼び起こされた。頭の隅で何かが引っかかっている。やっぱり何かがおかしい。言ってしまえばこの状況自体が既に不可解なのだが、そうではなく、木村がどこかへ向かい出してから、何かが妙に頭の片隅に引っかかって取れない。この違和感は何だろう?


「おい木村」

「……」

「木村、返事しろって!」

「……」

「くそッ……」


 当然のごとく無視された。普段のこいつはこんな態度は取らないのだが……。

 しばらく歩き続けると、木村は森の中へと向う細い一本道に入っていった。道の左右にはひょろ長い木が雨のようにざんざんと生えている。

 途中僕は、顔に蜘蛛の巣が引っかかたりしながらも木村のすぐ後を追った。


「なあ木村。いつまで歩くんだよ」

「……」

「おい、いい加減教えろよ!」

「……」

「はいはい。だんまりですか」

「……もう少し、あの崖の側だ」


 前を向いたままの木村がふいに答えたので、驚かされた。話せるなら話してくれよ……。


 ふと僕は思った。

 夜の森は当然人気ひとけなどなく、まるですべての生物が死んでいるかのように物音は一つもしなかった。まさか自分はすでに死んでいるのではないか。

 そう錯覚してしまいそうなほど、刺激というものが与えられない。自分が一歩踏み出すたびに出る足音だけが唯一、まだ自分が死んでいないということを教えてくれた。

「ああ、そうか」

 そのとき僕は気づいてしまった。


 直後、木村は歩みを止めた。出たのは森の端の崖、少し拓けた場所で、月明かりが暗闇に慣れた目をやわらかく刺す。

「あそこだ」

 指を差した木村。僕は、木村が向ける指の数十メートル先を見てみた。

「は──っ!」

 瞬間、息をのんだ。

「おいおいどういうことだ、そんな。まさか、ありえないッ!」

 いや、違う。そう、僕の考えは正しかったんだ。


 先刻気づいた違和感の正体。そして、なぜ木村が真夜中に僕を連れ出したのか。その理由。

 僕はとっさに近くにいたはずの木村に目を向けた。だが、木村はいつの間にか足音一つ立てずに消えていた。それもそのはず。だって木村は。


 僕は崖を降りることにした。

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