38. 魔性の女(26)

バルコニーの突き当りの部屋に招き入れられた。

正面には暖炉が切られ、左には来客用のL字形の大きな黒いソファー、右には象嵌細工の大きな食卓と布張りの王朝風の椅子がきちんと配置されていた。

目を引いたのは、暖炉の上のガラスケースだった。

ショーケースのように、さまざまな形のピストルが横向きに背板に嵌め込まれていた。


「父は仕事が趣味のようなひとでしたが、ピストルのコレクションに凝っていました。子供みたいでしょ」

夫人は細い顎をめぐらせて、ピストルのショーケースを見やった。

「母はそんな無粋なコレクションを嫌がっていましたが、父は泥棒除けにといって譲りませんでした。父が亡くなって、このコレクションも含めてここの不動産はすべて息子が譲り受けました」

そんな話をしながら、夫人はコーヒーミルと湯沸かしポットを暖炉の上にセットした。

「あら、コーヒーでよかったのかしら。それともお紅茶?」

「大のコーヒー好きです」

と答えると、

「よかった。でも息子はモカしか飲まないようで、ここにはモカの豆しかありません」

と可愛げに小首を傾げた。

「モカでかまいません」

と答えると、

「モカはちょっと甘すぎるかもしれませんね。わたくしはブルーマウンテン派です

「同じです。独特の苦みがいいですね」

コーヒー豆に特にこだわりはなかったが、夫人に話を合わせた。

「ええ、そうです。コーヒーシュガーとミルクをたっぷり入れて・・・。でもそれだとカフェオレになって、ブルーマウンテンのよさが消えてしまいますね」

夫人は、少女のような悪戯っぽい目を向けて微笑んだ。

ショートヘアーで童女のようだが、すらりとしたからだつきで、グランドピアノの前では多分映えるだろう。

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