第22話 暴走中
「んー。初めて見る症状だね」
カモは訝しげに右手で自分の顎先の肉を摘み、左手でプロトを触診した。
「口開けて。喉は……、もうちょっと上見て。うん、そう」
プロトは同期たち固唾を飲んで見守られながら、カモの言いなりになる。カモの目を見るのも何だか気恥ずかしいし、カモから目を逸らしても同期の奇異の視線がある。
「喉は確かに赤い……、少し腫れてるね。……うーん」
「症状は熱と喉の痛みだけ?せきとか鼻水とか、他に身体の異常なんかは?」
「――ああ、そうか声が出せないんだったね」
『少しの頭痛と、頭がふらふらします』
と、プロトはスマホに打ち込んで答える。
カモは腕を組んでポツリと「なるほど」と呟くと、虚空を見つめて首を捻る。それから「ちょっと、いいかい?」と前置きしてプロトの手を取って、プロトを立たせた。二人は会議室のデスクを挟んで向き合った状態のまま両の手を繋ぎ輪になるようにする。
そのままカモは瞑想を始めて一言も喋らなくなった。
高熱のプロトと同じくらいにカモの手は熱い。そしてカモの手は固くゴワゴワしている。その肉の厚みは、精々がゲームのコントローラーやペンを握るぐらいにしか使ってこなかったプロトには想像が付かない。
――歳のせいだけではないような。
プロトはぼうっとした頭で考えてから、自分とカモが子供みたいに手を繋ぎ、一言も言葉を交わさず、さらにはその二人の様子を他に三人が見守っているという不思議な光景に気付いて急に恥ずかしくなった。
照れ隠しに何か言ってシリアスな雰囲気を茶化してしまいたかったが、生憎声は出ない。
「……やっぱり、魔力が溜まってるね。流れが悪い。それに、魔力が溜まってること自体が異常だ。なるほど」
カモは握った手を離してメガネの鼻当てを押し上げて掛け直す。
「これは私の見解だけど、魔力適応障害じゃないかな」
――魔力適応障害?
声は出ないが聞き慣れない言葉を聞き返すみたくプロトが眉を顰めて困惑した表情をすると、カモはそれを察して言葉を続ける。
「まあ、当然プロトくんは分からないよね。説明すると、魔力適応障害って言うのは身体のうちに秘める魔力と外の魔力の差が大きい時、もしくは魔力の薄いところから急に魔力の多いところへ移動した時なんかに感じる所謂魔力酔いのことなんだけどね。例えば――魔法で魔力を使い過ぎた後の倦怠感と気分の悪さとか、魔王様の前に感じる迫力感というか重圧感というか、転移魔法の後の眩暈とか浮遊感とか。そんなのがよくある魔力酔いかな?」
カモは触診を止めてプロトたち四期生の座る向かい側、スイレンの隣の席へ腰を掛けた。
「プロトくんの場合は元より魔力を持っていないこの世界の人間だから。魔力増強剤を日常的に、かつ長期間使用し続けたことで、身体に無理が祟ったんだろう。うん、間違いない」
カモはメガネのレンズの奥からギラギラと目を光らせ、好奇心をありありと覗かせながら言った。
「では、プロトさんの声が出ないのは?」
タレントのマネジメントを引き受けているスイレンが心配そうに訊く。
「そうだね。魔力の流れを追ってみたけど、魔力は身体の中心から目、耳、喉、手なんかに流れて行ってて、身体に溜まり過ぎた魔力を普段良く使う部位から無意識に放出しようとしたんじゃないかな?特に喉のところは魔力がかなり濃密だった。この世界の人は魔力がなくて、魔力脈が発達してないみたいだから、かなり強引に魔力を消費しようとして暴走してるんだと思うよ。声って言うのは私たちも詠唱魔法なんかで使うでしょ?魔力を込める媒体として声って言うのは都合が良いからね。声に無理矢理に魔力を乗せて、魔法として成立しないからしっかりとした魔法にも発声にもならない。喉が少し腫れているのは度重なる配信によるダメージなんじゃないかな」
「でも、そうなると……詠唱魔法は魔法の効果が不成立でも魔力を消費するってことだよね。やっぱり詠唱魔法は魔力のロスが無視できないのか……。それに、魔力酔いは濃い魔力に身体が慣れるまで一時的なものだけど、魔力脈が正常に動かないとかなり深刻な障害が出るみたい。ということは――」
説明していたカモは後半になると自分に言い聞かせるみたいに何やらブツブツと唱え始め、それはホウキが「あの」とカモの自問自答に割って入るまで続いた。
「ああ、ごめん。肝心なところが抜けてたけど、
「では――」
とスイレンが言うと
「うん。休養の告知を出そうか」
カモは柔和な笑みを浮かべ、一先ずVtuber活動が続けられそうで良かったとプロトは胸を撫で下ろした。
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