第23話 お見舞いの暖かさ

***



「それで調子はどうなん?カモさんの魔力吸収マナドレイン受けんたんやろ?」


 プロトがカモの施術を受けた後、自室に戻ってしばらくするとイナリがやって来た。どこか身体に芳ばしい匂いをまとい、手には風呂敷で包んだ重箱のようなものを抱えている。


『大分楽にはなった』


 とプロトはスマホでの筆談で答えた。

 ミーティングの後、カモと二人で会議室に居残って、数十分ほど背中を触られた。背中に当てられていたカモの手を中心に身体の熱っぽさが吸収されて行くようで、この熱が魔力なのかとプロトにも感じられた。少し倦怠感が少なくなって、頭も軽くなった気がする。

 ただ依然として声は出ないし、発熱が治まっているわけではない。


「食欲ないとかは聞いてへんかったし、たこ焼き作って来たで」

「――食べるやろ?」


 イナリは尻尾を振り回しながら、いやにニヤニヤして言う。

 そしてプロトの部屋のローテーブルに重箱を乗せて風呂敷を解いていく。重箱の蓋を開けると薄っすらとした湯気と共に、ふわりとソースの匂いが立ち昇る。


 食欲のない人がたこ焼きを食べるか?普通はおかゆとかプリンとか後は――。

 と考えるが、しかし匂いだけで美味そうなのが悔しかった。


 部屋に遅れてホウキも入って来て、その手にはコンビニ袋を提げている。


「えー、いい匂い。お好み焼き?でもそれ体調悪い時に食べてもいいの?」


「たこ焼きやで。やわこいし、おかゆなんて味気ないもん食いたないやろ」

「なぁ?ほれ、まだ熱いうちに食べ。熱々やないかもやけど」


 そう言ってイナリは重箱をぐいぐいと押し付ける。中には手作りと思しき少し小ぶりなたこ焼きが乱雑に積まれていて、湯気が抜けてぐったりと萎んでいる。朝から何も食べていなかったから当然に食欲をそそられるわけだが、いかんせんたこ焼きを食べる道具がない。素手のプロトへイナリは箱だけを押し付けて「さぁ食べ食べ」と催促するのだ。


 ――食べろと言われても。


 プロトがそう内心で困惑していると、イナリの奥でホウキがガサゴソとコンビニ袋を漁る。


「わたし割り箸あるよ、はい」


 プロトに歩み寄り、コンビニで貰ってきた割り箸を手渡すと、さらにホウキは続けた。


「後、うどんとゼリーとスポーツドリンクと、あと効くか分からないけど解熱剤とか買ってきたよ」


 プロトは箸を受け取ってたこ焼きを摘む。たこ焼きは箸の先でドロリと自重で垂れ下がり、ひび割れた生地から湯気を漏らす。熱の所為かサラサラになったソースが滴り、たこ焼きが崩れていくのもあって、プロトは急いで口へ運ぶ。

 思っているよりも熱かったため、慌てて舌の上で転がした後、口の中でどうにかするのは難しいと判断して飲み込んだ。

 もちもちトロトロでほんのりと出汁の味がするたこ焼きは、痛んだ喉に張り付くが、その痛みすらも粋な気がした。


 ――やっぱりイナリが言うようにたこ焼きは熱々がいい。食べられる範囲でだけれど。


「飲み物もあるからね」


 そう言ってホウキはプロトの部屋に適当に座った。

 そして小さな声で、「私男の人の家に来たの初めてかも」と言う。その声はプロトにも聞こえるので、もはや独り言になっていない。


 それから、プロトがたこ焼きを食べ進めている間もイナリとホウキは部屋に残って見守り続けた。

 それが少し迷惑だなと思いながらも、友人に、それも二人の女性に囲まれるような手厚い看病を受けたことがなかったプロトは複雑な気持ちになる。


 ありがたいことには間違いないのだが、重箱に詰め込まれたたこ焼きはとても一人で食べ切れる量ではないし、ゆっくり休みたいところを、部屋に居つかれてしてしまっては落ち着かない。


 声が出せるなら、この複雑な心情を何とかオブラートに包んで言えそうな気がするのに。と、プロトは苦心しながら、スマホに『ありがとう。元気出たかも』と打ち込むのだった。

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